婚約破棄された聖女:1-2
「言ったが、それがどうした」
「それってつまり、キール王子もここで暮らすってことですか!?」
「そうだ」
とんでもないことになった。
てっきりわたし一人で暮らすのかと思いきや……。
「お、お城に戻らなくてもいいのですか?」
「話はすでにつけてある。気にする必要はない」
そう言われたって気になってしまう。
「次男というものは案外気楽なものだ。あんな兄の下に生まれてよかったと思う日が来るとはな」
「……」
「ミーシェ……?」
たぶん、キール王子はわたしがよろこぶとばかり思っていたのだろう。
もちろん、うれしい。
わたしにやさしくしてくれる人と暮らせるなんて、これ以上のしあわせはない。
でも、そのやさしさはどこからくるもの?
同情?
それとも――恋愛?
わたしは不安だった。
キール王子がわたしを哀れんでいっしょに暮らそうとしているのなら、それはわたしが王子に負担をかけていることにいなる。
そんなのは嫌だ。
「キール王子は、どうしてわたしにやさしくしてくれるんですか?」
だからわたしはそう尋ねた。
「ミーシェ。キミが好きだからだ」
直球!
「お前をそばで見守りたい。ただそれだけだ」
キール王子はいつもの平然とした面持ちでそう言った。
うれしさよりもまず、わたしは動揺してしまった。
異性に『好き』って言われたことなんてなかったから。
「で、でもわたし、今まであんまりキール王子と接点はなかったはずじゃ……」
「僕はミーシェを見ていた。聖女である自分の使命をまっとうするために努力していた姿を」
見てくれている人がいたんだ……。
ちょっと照れくさい。
「ミーシェには気の毒かもしれないが、兄上がキミを捨ててくれたのは幸運だった。こうして僕が遠慮なくキミのそばにいられるようになったのだから」
「気の毒だなんて、そんな……」
結果的にわたしもほっとしていた。
あの王子から解放されて。
王城での生活は息苦しかったし。
「ミーシェの気持ちを尋ねるべきだったな」
キール王子がわたしをまっすぐに見つめてくる。
「ここで二人で暮らさないか?」
「……はいっ」
「……その返事が聞けてよかった」
キール王子が笑みを見せてくれた。
キール王子、普段もキリッとしていてかっこいいけど、笑ったときもすごく魅力的だ。
わたしにだけ見せてくれるのかな。
それからわたしたちは新しい住まいを掃除することにした。
「掃除道具はあるのだろうか……」
「あ、それならわたしが錬金術で錬成します」
ホウキやモップくらいならこれくらいの対価でいいかな。
わたしは銅貨を一枚に握る。
そして魔力を集中させて錬金術を唱えた。
「はいっ。できましたっ」
「……何度見てもおどろかされる。ミーシェの錬金術はすごいな」
銅貨を代償に、わたしはホウキとモップを錬成したのだった。
それから二人で掃除をする。
ホコリを落として床も窓もピカピカにすると、家は驚くほど若返った。
くたくたになるまで掃除したかいがあった。
やるべきことを終えてイスに座ると、おなかがぐーっと鳴った。
「今日は酒場で食事をとるか」
「場所はわかりますか?」
「ああ。この町には以前も来たことがあるからな」
月と星の明かりに照らされた夜道を歩いて酒場に向かう。
酒場に到着すると、すでに扉の外からにぎやかな声と食欲をそそるいい匂いがした。
「はーい、いらっしゃ――い?」
わたしたちが酒場に入ると、お客や店員さんたちの動きがぴたりと止まった。
あんなに騒がしかった声も止み、しんと静まり返る。
思いっきりよそ者を警戒している。
「いらっしゃい。見ない顔ね。新しい移住者?」
勝気そうな美人の女性店員さんが尋ねてくる。
「そうだ。今日からグリーンヴェイルで暮らすことになった。よろしく頼む」
あわわわ……、そんなえらそうな態度でいいのかな。
実際えらいんだけど、ここの人たちはキール王子が王族だって知らないわけだし。
わたしははらはらする。
しばしの沈黙のあと、
「フフッ。よろしくね」
「よろしくな、兄ちゃん!」
「お嬢ちゃんもよろしくな!」
「ハハハハッ! まずは酒でも飲んでけ!」
幸いにも店員さんやお客さんたちは気さくに返事をしてくれた。
いい人たちそうで安心した。
わたしとキール王子はカウンター席に並んで座る。
「お兄さんはお酒飲める? お嬢ちゃんは未成年よね」
「ぶどう酒を頼む」
「わたしはミルクで」
しばらく待つと各々の注文が出てきた。
「アタシはダリア。この酒場の店主よ」
「わ、わたしは――」
そこで言葉に詰まってしまう。
なんて自己紹介したらいいだろう。
マリーゴールドさんのときは失敗したし。
「僕はドラクセル王家第二王子のキール。彼女は聖女ミーシェだ」
正直に言っちゃった!
冗談だと思われたらしく、ダリアさんはけらけらと笑う。
「キールくん、意外と面白い子ね。いいわ。王子さまと聖女さまは今日はおごりね。好きなだけ飲んで食べてちょうだい」
「あの、わたしたち――」
「いいの」
ダリアさんが手をかざしてわたしを制する。
「グリーンヴェイルの移住者には、素性を明かしたくない人は少なくないの」
本当なんだけどなあ……。
とはいえ、説明したらしたで余計ややこしいことになりそうなので、ひとまずそういうことにしておいた。
料理が運ばれてくる。
おいしそうな鶏肉だ。
「お口に合ったかしら」
「おいしいです! お城の料理よりおいしい!」
「シェフを呼べ」
「いつまで王子さまごっこしてるのよ」
ダリアさんが苦笑した。
キール王子、意外とおちゃめなのかな。
キール王子の横顔を横目で盗み見る。
整った顔立ち。
見ているだけで心臓の鼓動が早まるのがわかる。
この人とこれからいっしょに暮らすのだ。
身に余る光栄だ。
うれしいけど、緊張もする。
「どうかしたか」
「いえっ、なんでもないですっ」
視線に気づかれたので慌ててごまかした。
「二人とも、もう知ってると思うけど」
食事を食べ終えたタイミングでダリアさんが言う。
「新地区には入っちゃダメだからね」
「ああ。心得ている」
新地区。
初めて聞く言葉だ。
キール王子は知っているようだ。
新地区とは、グリーンヴェイルにもともと住んでいる人たちの居住区だという。
そしてわたしたちの家やこの酒場のある場所は、移住者たちが暮らす旧地区。
「先住者は移住者を嫌っている」
「だから新地区には入っちゃダメなんですね」
なんだか悲しいな、そういうの。
同じ町で暮らす人同士なのに。
ダリアさんも同じ気持ちらしく、やるせなさそうにため息をつく。
「まあ、先住者がアタシたち移住者を嫌う理由もわかるのよ」
「理由……」
「それは明日、マリーゴールドから聞かされるだろう」
翌日、マリーゴールドさんがわたしたちの家を訪ねてきた。
「すっかりきれいになったわね」
マリーゴールドさんは驚いていた。
「さすがは錬金術師ね」
「い、いえ、自力で掃除しました」
昨日は聖女と呼ばれて、今日は錬金術師か……。
わたしがぼんやりとしていると、マリーゴールドさんは肩をすくめた。
「キール王子、まだ説明してなかったのね」
「マリーゴールドが同席しているときのほうが都合がいいだろうからな」
それからキール王子はこう言った。
「ミーシェ。お前は今日から錬金術師としてこの町で働いてもらう」
「れ、錬金術師として……」
たしかにわたしは錬金術が使える。
ロッド王子の病を治すために独学で習得したのだ。
どうやらそれはとてもすごいことだと後から知ったのだけど。
「錬金術って、物と物を組み合わせて新たな物を作れるって聞いたけど」
「はい。もともとは純金を生み出すための術だったらしいですけど」
古代の錬金術師たちは純金を生成する技術を生み出す過程で、今の錬金術を作り出したという。
錬金という名前がついているのはその名残なのだ。
マリーゴールドさんがポンと肩に手を置く。
「そういうわけで錬金術師になってちょうだい」
「が、がんばりますっ」
「うんうん。その意気よ」
「ミーシェ。まずは最初の仕事として――」
そこでいったん言葉を切ってからキール王子はこう続けた。
「先住者と移住者の仲を取り持ってもらう」
「へ……」
思考が停止する。
想像していたのと全然違う言葉が飛び出てきたせいだ。
「えーっ!」
思考が動き出して意味を理解すると、わたしは大声を出してしまった。
錬金術師というからには、人々が求めるものを錬成する仕事をするとばかり思っていた。
なんかいきなりすごい責任重大な仕事を任されてしまった。
「キール王子、ざっくりと言いすぎ。ミーシェちゃん驚いてるでしょ」
「結果的にはそうなるだろう」
えっと、もともとグリーンヴェイルに住んでいた新地区の人たちと、他の町から移住してきた旧地区の人たちは仲が悪いんだっけ。
マリーゴールドさんの説明よると、互いにいがみあっているわけではなくて、新地区の人たちが一方的に旧地区の人たちを嫌っているという。
原因は、謎の病。
旧地区の人々の間で原因不明の病が流行っているのだ。
その病が伝染するのを恐れて新地区の人々は旧地区の人たちを遠ざけているのだと説明してくれた。
「あ、やっとわかりました。その病を治す薬を錬金術で錬成すればいいんですね」
「そういうこと」
マリーゴールドさんがウィンクした。
「できそうか、ミーシェ」
「やってみないとわからないですけど、やってみます」
せっかくわたしを慕ってくれている人との暮らしがはじまったんだ。
できることなら町の人々とは仲良くしたい。
わたしが役立てるのなら……。
それからわたしは流行り病に効く薬を錬成するため、病の詳しい症状を聞いた。
マリーゴールドさんによると、共通して頭痛とめまい、それに吐き気がするらしい。
発熱はない。
「うーん、中毒症状かな」
「あ、なんかいかにも専門家っぽいセリフね、それ」
「さすがだ。頼もしいな、ミーシェ」
「ど、どういたしまして」
中毒症状に効く薬を錬成してみよう。
テーブルにいらないベッドシーツを切って敷き、そこにペンで魔法円を描く。
あ、しまった。供物がないや。
錬成には等しい価値を持つものを代償にする。
「キール王子、銀貨は持ってますか?」
「対価が必要なのだな」
錬金術において銀や金は対価としての価値が高い。
銀貨数枚なら薬が錬成できるはず。
キール王子から受け取った銀貨を魔法円の中央に置く。
そして手をかざして念じる。
身体をめぐる魔力を手に集中させる。
魔力が集中したのを感じたら、それを一気に解き放った。
蒼い閃光。
部屋が蒼い光に覆いつくされる。
まぶたを貫く閃光は数をみっつ数えるうちに収まった。
魔法円に目をやる。
そこにあったはずの銀貨はなく、代わりに粒状の薬が詰まった瓶があった。
「すごいわ! 薬ができちゃった」
錬金術が成功したのならこの薬を飲ませれば中毒症状が治るはず。
はず……。
「もしかしたら、効き目はないかもしれません」
わたしは錬金術でロッド王子の病を治すための薬を錬成してきた。
けれど、成功したことは一度もなかった。
それでロッド王子やお城の人々に失望されたのだ。
「僕はミーシェを信じる」
キール王子がわたしの手に自分の手を重ねてくる。
心臓の鼓動が早まる。
「キミは間違いなく聖女なのだから」
そんなセリフ、ロッド王子には一度も言われたことなかったな。
言われるのは『役立たず』だの『無能』だの、いつも罵倒の言葉だった。
「さっそく患者に薬を飲ませましょう」




