婚約破棄された聖女:1-1
「ミーシェ。お前との婚約を破棄する!」
玉座の間。
ロッド王子がわたしに向かってそう叫んだ。
わたしはわけがわからずぽかんとしていた。
わたしは今までずっとロッド王子のために尽くしてきたのに……。
ドラクセル王家の第一王子、ロッドさまは幼いころから持病があった。
その病を癒す聖女だと、預言者の託宣によってわたしはロッド王子の婚約者に選ばれた。
わたしは使命をまっとうするため、ロッド王子の期待に応えるためにいっしょうけんめいがんばった。
幸いにも身体には魔力を宿していたため、錬金術の勉強に励んだ。
錬金術さえあれば薬学の知識が無くても薬が作れるから。
わたしは錬金術を学んで薬を作り、ロッド王子にさしあげてきた。
残念ながら、まだ病を治せる薬は作れていないけど……。
もしかすると、そのせいでロッド王子に見放されたのかもしれない。
わたしの予想は半分当たっていた。
「預言者によると、どうやらお前は聖女ではないらしい」
「えっ!?」
「前々から怪しいと思っていたのだ。お前はいつも妙な薬ばかり作ってくる」
「わ、わたしはロッド王子のために――」
「黙りなさい」
わたしの声を遮ったのはロッド王子ではなかった。
わたしの前に現れた、妖しい魅力を感じる女性がロッド王子の前に立つ。
「俺の病は彼女が、ベラドンナが治してくれた」
「ベラドンナ申します。お初にお目にかかりますわ、『偽聖女』さま」
偽聖女……。
その言葉にわたしはがく然とする。
これまでの努力を一瞬で否定する言葉だった。
「預言によると、ベラドンナこそ真の聖女だという。その証拠に、彼女の薬を飲みはじめてから俺の体調はすっかりよくなった」
「そ、そんな……」
「今までよくもだましてくれたな。王子たるこの俺を」
「だましてなんかいません!」
わたしは今までがんばってきた。
聖女に選ばれて、王城で暮らしだしてからずっと。
ロッド王子の病をいつまでたっても治せなくて、王子やお城の人たちから失望されていたのも薄々感じていた。
でも、いきなり『偽聖女』だなんてあんまりだよ……。
目の前にいる『真の聖女』らしいベラドンナは笑みを浮かべている。
わたしをあざ笑っているんだ。
「今までどんな効能の薬を飲ませてきたのやら。ロッド王子、この偽聖女をどうしましょう?」
「むろん、処刑だ。王族を騙した罪は重い」
「お待ちください」
そう言ったのはわたしではなかった。
玉座の間にもう一人、誰かが現れた。
黒髪の美しい青年――キール王子だった。
「兄上。いきなり処刑などあんまりではありませんか」
キール王子はわたしを守るようにわたしのとなりに立つ。
わたしは思いもよらぬ味方を得て驚いていた。
「弟が兄に口答えするか。俺は将来のドラクセル王だぞ」
「父上のいないときばかり大口を叩く」
「なんだと!」
憤慨するロッド王子。
対してキール王子はまったく意に介していない。
「僕はミーシェが兄上のために尽くしてきたのをこの目で見てきました。彼女の心は純真で、偽りや悪意などありません」
「そんなもの信じられるか」
「そうですわ。その証拠として、その偽聖女、ぜんぜんロッド王子の病を治せなかったじゃないですか」
キール王子は肩をすくめる。
「どこの骨ともわからぬ女はお前のほうではないか。兄上も妙な女に入れ込んで……」
「なんですって!?」
「とにかく、ミーシェの処刑は反対します。その努力が実らなかったとはいえ、彼女は今日まで兄上のためにがんばってきたのは事実です。父上が僕と兄上、どちらの意見を尊重するかわかるかと思いますが」
「ぐ……」
口元を引きつらせるロッド王子。
キール王子はすました顔をしている。
そう、これが王家の力関係なのだ。
「ならば偽聖女は追放だ! この城から追い出せ!」
そういうわけでわたしは王城から追放されることになった。
思い返せば、王城に連れてこられたのもいきなりだった。
いきなり「お前は聖女らしい。俺の病を直せ」と言われたときは戸惑ったっけな。
わたしはどこにでもいる普通の田舎娘なのに……。
田舎娘なりにがんばったけど、結局はうまくいかなかった。
処刑されるのは免れたけど、追放か……。
荷物をカバン一つにまとめたわたしは王城から追い出された。
今は城下町から遠い城を見上げている。
「落ち込むことはない、ミーシェ」
なんとキール王子はわたしを城下町まで送り届けてくれたのだった。
「あの、キール王子。わたしをかばってくれてありがとうございます」
ぺこり。
おじぎする。
「キール王子が来なかったらわたし、今頃処刑されてました」
「たまたま兄上のどなり声が聞こえてよかった」
わたしをはげますための、キール王子なりの冗談らしい。
いつも無表情なキール王子が微笑んでいる。
笑うとすごい魅力的だ……。
「ごめんなさい……。わたし、自分の使命を果たせなくて」
わたしがしょぼくれていると、キール王子は――
「気に病む必要はない。僕はキミがどれほどがんばったか知っている」
わたしの頭をなでてくれた。
心地いい……。
他人のやさしさがこんなにあったかいの、やっと思い出した。
ドラクセル王国の王さまになるのはロッド王子じゃなくてキール王子がいいな。
なんて口に出したら今度こそ処刑だね……。
「いきなり城から追い出されたが、行くあてはあるのか?」
「な、ないです……」
「なら、僕についてくるか?」
「えっ?」
わたしはその言葉の意味がわからず首をかしげてしまった。
「ミーシェの新しい居場所を僕があてがおう」
「いいんですか!?」
「言っておくが、無償ではないからな」
「で、でしたら……」
お財布の中には二枚の銀貨があるだけ。
わたしはそれを手で握り、目を閉じて精神を集中させる。
身体に流れる魔力を操り、手に集中させる。
――手ごたえを感じた。
「これ、キール王子にさしあげますっ」
そう言うのと同時に手をぱっと開くと同時に蒼い閃光が発生した。
蒼い光が収まると、わたしの手には銀貨の代わりに一輪の花があった。
錬金術成功だ。
「この花は……」
キール王子が花を手に取り、まじまじと見る。
「ミーシェはこの花の花言葉を知っているのか?」
「いえ、知らないです」
「……フッ。そうか。面白いな、キミは」
キール王子が微笑んだ。
めったに笑わない王子が笑った……。
「なんにせよ、僕の一番好きな花を出してくれるとは。さすがは聖女だ」
そのうえ、ほめられちゃった。
キール王子の好きな花だったのは偶然なんだけど。
……もしかしたら、偶然じゃなくて『運命』なのかも。
「わ、わたし、こんな感じで錬金術が使えますので、役に立てることがあるかと」
「ああ。錬金術――ミーシェの『聖女』としての力を貸してもらう」
わたしはキール王子に連れられて馬車に乗り、王都ドラクセルを離れた。
東から登っていた太陽が西に落ちていくころ、馬車は小さな町に到着した。
町長の邸宅を尋ねる。
「グリーンヴェイルの町にようこそ、キール王子」
メガネをかけた大人の女性が笑顔で出迎えてくれた。
わたしより年上なのは間違いない。
25歳くらい?
彼女と目が合う。
にこりと笑みを向けられる。
「私の名前はマリーゴールド。一応、グリーンヴェイルの町長よ」
「ミ、ミーシェですっ。聖女です!」
「へ……?」
し、しまった!
すごく変なあいさつだ!
マリーゴールドさん、ぽかんとしてるし!
「す、すみません! 偽物ですけど!」
気が動転して意味不明なことを口走ってるよ、わたし!
マリーゴールドさんがおかしげに笑った。
「面白い子ですね、キール王子」
「彼女には今日からグリーンヴェイルで暮らしてもらう。いいか?」
「ええ。こんな面白い子なら大歓迎です」
わたしは恥ずかしくて今にも蒸発して消えてしまいそうだった。
「それにしても、連絡もなしにいきなり訪れるとは驚きました」
「文句なら兄上に言ってくれ」
「あー」
なっとくするマリーゴールドさん。
ロッド王子の性格は知っているらしい。
「こう見えてミーシェは錬金術が使える。自立して生活はできるはずだ」
「錬金術……。今、錬金術っておっしゃりました?」
「ああ、言った」
「ミーシェちゃん、すごいわね!」
「すごいんですか?」
わたしが錬金術が使えると知ってマリーゴールドさんは驚いている。
「ミーシェちゃんはいくつ?」
「18歳です」
「まだ未成年じゃない。その年齢で錬金術が使えるなんて天才ね」
「そうなんですか……」
「さすがは自称・聖女」
いまいち実感がわかない。
錬金術なんて力とは無縁の生活を送っていた田舎娘だったから、その力を行使できることにどれだけの価値があるのかさっぱりわからなかった。
「錬金術でお金を錬成したりできるの?」
「やったことないですが、できると思います」
「通貨の偽造は大罪だぞ」
錬金術で今まで薬ばかり錬成していたから、お金を錬成しようだなんて発想がなかった。
「実はね、今このグリーンヴェイルはちょっとした問題を抱えているの」
「問題……」
「それは明日、説明するわ」
「わたしに解決できるでしょうか……」
「聖女さまなら救ってくださると信じているわ」
「に、『偽』でよかったら……」
「ミーシェ。お前は偽物ではない」
冗談を言い合っているところに、急にキール王子がまじめに言う。
わたしはどきりとする。
「お前こそ真の聖女だと僕は信じている」
「キール王子……」
身体の芯がぽっとあたたかくなる。
キール王子がいてくれてよかった。
キール王子のおかげでわたしは心細くない。
「ミーシェちゃんがキール王子のお気に入りっていうのはよーくわかったわ」
マリーゴールドさんはにやにやしていた。
顔がぼっと火がついたように熱くなる。
キール王子はもしかして、わたしのことを……。
なんて、思い違いもはなはだしいよね……。
その証拠に、キール王子はマリーゴールドさんにからかわれても平然としていた。
それからわたしたちは町はずれにある一軒家に案内された。
「どう? 幽霊とか出そうでしょ」
「ここが今日から僕らが住む家か」
「わー」
ぼ、ぼろい……。
とはさすがに失礼だったので口には出せなかった。
小さなこの家は建ってからだいぶ年月が経っているのか古びている。
手入れも長い間されていないらしく、クモの巣やらホコリやらで汚れ放題だった。
床もギィギィ鳴っている。
廃屋一歩手前だ。
マリーゴールドさんの言うとおり、幽霊が出そうだ。
でも、ぜいたくは言ってられない。
キール王子の厚意がなければ屋根のある場所で寝ることすらできない運命だったのだから。
「また明日、会いにくるわね」
マリーゴールドさんが手をひらひらさせながら帰る。
キール王子と二人きりになる。
訪れる沈黙。
「まずは掃除からだな」
「って、ちょっと待ってください!」
腕まくりしたキール王子をわたしは止める。
「僕のことなら気にするな。王族だからといって特別扱いする必要は皆無だ。いっしょに掃除してきれいにしよう」
「あ、えっと、それもあるんですが……」
この人、さらりととんでもないことを言っていたような気がする……。
「キール王子、さっき『僕らが住む家』って言いませんでした? わ、わたしの聞き間違えじゃなければ……」




