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~sideビアンカ①~
その日の午後、クラバル王国王城居住棟の専用執務室で、国王ジェラルドの婚約者であるビアンカは独り言をつぶやきながら机上の書類を捌いていた。
「……さすがにこれ以上の供出を承諾させるのは難しそうね……あら?この開拓地の徴税額、おかしくない?……ふむ、この不正に気付いていることを匂わせればあの伯爵からもう5千メレクくらい引き出せるのでは?……」
「ビアンカ様?独り言の内容が不穏なんですが?また貴族相手にギリ公式記録に残せるレベルの要請しようとしてませんか?」
「あら、もうこんな時間。少し休憩しましょう。クララ、お茶をお願い」
「誤魔化しましたね。まあ、休憩を入れるのは賛成です。只今用意いたします」
幼少時からの付き人で、現在はビアンカの補佐兼侍女のクララが退室し、やがてポットや茶器などを載せたワゴンを押して戻ってきてお茶を入れる。
ビアンカの勧めで席についたクララと共にお茶を飲んで一息ついた。
「仕事の終わりが見えないわね」
「周辺国への侵略行為の後処理ですからね……想定していた状況のなかでは最善と言っていいくらいかと」
「それは私も同意見ね。一昨日会談から帰国したジェラルド様をお迎えしたときにも『会談の感触は良かったと思う』と仰ってたし。この苦しい中でも良い方に向かっているとは言えるでしょうけど。国が潰れて民が路頭に迷うような最悪の事態を迎えないよう私も頑張らなければね」
一昨日は国王であるジェラルドが、西の大国ギルモア王国の代表との会談から帰国してきていた。会談の席でジェラルドは、前国王が侵攻した他国の領土を占有するつもりはないことを表明し、それなりの好感触を得たことをビアンカに告げていた。
「それはようございました……?一昨日のお出迎えの後には陛下にお会いしてないのですか?」
「陛下も政務が溜まってるもの。最低限お互いの状況を整理して少し落ち着いたところで改めて今後の方針を話し合うということになっているの」
ビアンカがそう言った直後遠くからジェラルドの声が聞こえてきた。
「ビアンカアアアアアーッ!」
「あら、ちょうど良かった。こちらに向かってらっしゃるようね」
「ビアンカ様、私にはあれが『少し落ち着いた』状態の御方が発してる声に聞こえないのですが?」
やがて全力疾走の足音が近づいてドアが開く。
「ビアンカ!」
「あら『先代が獲得した領土を失った無能王と語り継がれるであろう』と噂のジェラルド様」
「密かに気にしてるトコ抉らないでもらえる!?って言うかそうなると君は『無能王の妃』ってことになるけどいいの?」
「私は『傾いた国家を立て直した賢妃』として名を残す予定ですので」
「本当にそうなりそうだよ……いや、今はそれはどうでもいい!君は一体ガンビーノ将軍への手紙に何を書いたの!?」