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08「王子はつらいよ」

 

 道の真ん中を歩く公爵令嬢の行く手を銀髪の男性――少年と言った方が適当か――が遮る。このとんでもない状況を横目に登校途中の他の生徒達は皆、


「……おい。こういう場合はどうしたら良いんだ?」


「どうしましょう。どうしましょう」


「お、お取り込み中よ。御挨拶は控えましょう? ね?」


「そ、そうか。……そうだな。そうしよう。お邪魔にならないように。早く行こう」


 どよめきながらも巻き込まれたくはないという思いからであろう足早にその場から離れようとしていた。校舎に逃げ込む。


 少年はそんな周囲のどよめきに気が付いていないわけではないが全くの無関心に、自分のしたい事をする。


「姉と同じ授業を受けたい――か。確かに。不可能ではないな。実技の授業は魔力の習熟度別に分けられる。年齢も身分も性別も何も関係無くそのレベルが同程度ならば受ける授業は同じになるぞ。だが――」


 少年は目鼻立ちの非常に整った顔をずいとクラウディウスに近付けた。


「え? あの……え?」


 クラウディウスの顔を銀髪の少年は至近距離からじっと見詰める。鮮やかなスカイブルーの瞳にはクラウディウスの戸惑う表情だけが映り続けていた。その目の色は、テルマェイチ・アムレートの瞳の青色とはまた違う「ブルー」であった。


「お前の姉の魔力ランクは『中の上』だぞ?」


「は、はいっ。頑張ってわたしも中の上にむ――ッ!?」


 話の途中でクラウディウスは変な音を漏らした。少年が指でクラウディウスの頬をつまんだのだ。……ヒヨコみたいな口になっているクラウディウスが可愛らしい。


 ――が現状はまるで可愛らしくないものとなっていた。


「隠すな。聖女候補のお前のランクは『上の上』か、もしくはそのまた上だろう?」


 遠巻きに見て見ぬ振りを決め込んでいる他の生徒達には聞こえないであろう小さな声で囁いた少年に、


「殿下」


 テルマが声を掛ける。


 そうなのである。この銀髪で鮮やかなスカイブルーの瞳を持つ、非常に整った目鼻立ちの少年こそこの国の第二王子であらせられるオフィール・エルシノアであった。


 年齢は十四歳。学年で言うとテルマの一つ下でクラウディウスの一つ上の第二学年生となる。


 オフィールの兄である第一王子は現在二十五歳で隣国の高位貴族を第一夫人に迎えていた。政略結婚である。オフィールの弟である第三王子は現在三歳で、いとこには男子が居ない。もっと探せば出てくるだろうがそうなると王家の血筋としては随分と薄くなってしまう。何の話をしているのか――次代の聖女の嫁ぎ先の話だ。


 普通に考えれば。このオフィールがクラウディウスの夫になるのだ。次代の聖女の夫となれる者はこのオフィールしかいなかった。


 当代の聖女の年齢や歴代聖女の聖女としての限界を考えると、まだ三歳の第三王子には早過ぎる。聖女を第二や第三夫人とするわけにもいかず、かと言って政略結婚の要である現在の第一夫人をこちら側の勝手な都合で第二や第三夫人に降ろすわけにもいかない。隣国とは元々、上手くはいっていなかったからこその王族による政略結婚なのだ。そんな事をすれば最悪、戦争の切っ掛けとされかねない。


「聡明」と評判だったテルマェイチ少女は聖女候補クラウディウスという存在を知るもっとずっと前から「第二王子は聖女と結婚する」と知っていた。分かっていた。


 そんな事は分かっていながら――。


「何だ? テルマェイチ」


 オフィールはテルマの方をちらりとも見ずに返した。そのブルーの瞳はクラウディウスだけを映し続けていた。


「『聖女』とは聖女として生まれて、聖女として生きる者です。『聖女候補』などというものはありえません。それは品の無い輩が好むと言われる『一発逆転』や『下剋上』や『成り上がり』に通ずる下衆な考えです。どうかお控え下さい」


 古風な詭弁だ。現実的には聖属性の魔力が高い女性を教会本部が「聖女である」と「認定」しているわけだが歴史的な建前としては「聖女」を「発見」して迎え入れるというのが教会全体としての立場だった。


 平民は別としても貴族ならば下級だろうが辺境に引っ込んでいる者だろうが誰でも知っている現実だった。むしろテルマが口にした古風な建前の方こそが皆には忘れ去られようとしているくらいだった。


「クラウディウスはわたくしの妹――ただの『妹』でございます」


「クラウディウスは聖女候補ではない」と言えば嘘になってしまうが「『聖女候補』というものは無い」という建前を口にする分には何の問題も無かった。


 そんな内訳を全て理解した上でだろう「――ふん」とオフィールは鼻で笑った。


 テルマもクラウディウスの本当の性別を知ってしまっていなかったら、聖女クラウディウスの「未来の夫」であるオフィール第二王子のちょっかいなど放っておいた。無理にたしなめるような事はしなかった。でも。クラウディウスは男性だったのだ。


 公爵家が養子にまでした聖女候補が男性だったなどとバレれば大変な事になる。


 どの段階で誰にバレるかにもよるだろうがアムレート公爵家を飛び越えてこの国を揺るがすような大問題にもなりかねない。……かもしれない。


 テルマはクラウディウスが男性であるという事実を隠し通すと同時に「彼女」には聖女と認定されるほどの魔力は無いのだという「設定」を押し通そうと考えていた。


 だから「聖女の結婚相手」である第二王子には出来るだけ「聖女ではない」という「設定」のクラウディウスには近付いて欲しくなかったのだ。


 何がキッカケでその嘘がバレてしまうか分からない。また「第二王子」は最もその嘘がバレてはいけない相手の一人だった。出来るものならばリスクは回避したい。


「お聞き下さいませ。オフィール殿下」


 行動的なこの第二王子にクラウディウスと距離を取って頂きたかったテルマは、


「あなたはいずれ聖女様と御結婚なされるでしょう」


「……ふん。それがどうした」


「ですが。今はまだわたくしが――わたくしだけがあなた様の婚約者なのですよ」


「…………」とオフィールが目を見張る。


 それは事実でオフィールも当然、知っていた。今更の話だが――オフィールが驚くのも無理は無かった。


 王家に次ぐ最高位である公爵家の令嬢テルマェイチ・アムレートは、この半年前にクラウディウスの存在を知ったその七年も前からオフィール第二王子殿下の婚約者であった。しかし「婚約者」だ。結婚に至る事は無い婚約者止まりの婚約者だった。


 事情の分からない諸外国からの目や実際に送り込まれそうにもなっていた見合った年頃の令嬢方を回避する為の「婚約者」だ。事実上、聖女様との結婚が決まっている立場の第二王子に形ばかりの――だが、だからこそしっかりとした家柄の更に言えばこの婚約の意味をきちんと理解する事が出来る、当時まだ八歳ながらに聡明な令嬢としてテルマェイチ・アムレートは選ばれたのだった。


 そんなテルマが、


「自分の前で他の女性を構わないで」


 みたいな事を言うなんて。あのテルマェイチ・アムレートが。


 幼き日の婚約から七年半――。


 少なくともオフィールが覚えている限りでは……そんな事はこれまで一度もありはしなかった。いや。このような状況が無かっただけなのだろうか。


 思えばテルマェイチの前で他の女性に触れた事など一度も無かったかもしれない。そんな事が出来る機会も多かったわけではなかったが……。


 なるほど。クラウディウスを聖女候補などではなくて普通の女性だと考えてみれば「婚約者」の立場からあのような事も言って当然、むしろ言うべきなのかもしれないがクラウディウスは聖女候補だ。オフィールは知っていた。オフィールが知っている程度の事を聡明なテルマェイチが知らないはずがなかった。彼女はクラウディウスの「姉」でもあるのだ。彼女は全てを分かっていながら「聖女候補」を前にしてそれと張り合うが如くの発言をしたのだ。


 そもそも。先の「聖女候補」という存在自体を否定するかのような発言もまさか、


「嫉妬……なのか?」


 ぼそりとオフィールは口の中で呟いた。


 鮮やかなスカイブルーの瞳をちらりと一瞬だけテルマに向けてから、オフィールはすぐにぷいっと今度は顔ごと反対の方に向いてしまった。「婚約者」のそんな仕草には気が付きながらもテルマは「?」とその意味にまでは気が付いていなかった。


「――ふん」と第二王子は鼻を鳴らした。心なしか先程までの「ふん」よりも幾らか軽い音に聞こえた。


「クラウディウス・アムレート」


「は、はいっ」と急に名前を呼ばれたクラウディウスは怯えるように返事した。


 それには構わず、


「俺は勘違いしていたようだ」


 オフィールは自分の言いたい事を言う。


「え。あの、ええと」


「精々『頑張って』姉と同じクラスになると良い」


 言いたい事だけを言ってオフィールはクラウディウスに背を向けた――その際に、スカイブルーの瞳がちらりとテルマの方には動かされたがその真ん中にテルマェイチの姿を映すまでには至らなかった。


「あ……。はいっ。ありがとうございますっ。がんばりますっ」


 クラウディウスは遠ざかっていくオフィールの背中に向かって深々と頭を下げる。


 ずっとそばに控えていた侍従の男性が立ち止まって、振り返り、クラウディウスに頭を下げ返してくれたが当のオフィールは前を向いたまま、片手を軽く掲げてみせるような事もしなかった。




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