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04「お姉さまは見目麗しい妹の夢を見る」

 

 時間は少しばかり遡り――気を失ったテルマが専属メイドのロウセンに連れられて出て行った後の風呂場には、その二人と入れ替わるようにして入ってきたクラウディウスの専属メイドのキルテンと彼女にこの世の終わりのような顔を向けるクラウディウスの姿があった。このキルテン、年齢は三十一歳でメイド歴は十年。ロウセンから見れば「年上の後輩」となる。


「お、お姉さま……、お姉さまが……」


 腰にタオルの一枚も巻いていないクラウディウス。倒れた血の繋がらない姉。姉の年齢は十五歳――キルテンは「ああ。なるほど」と一人で頷いた。


「落ち着いてください。クラウディウス様。テルマェイチ様なら大丈夫です」


 テルマお嬢様は知らなかったのだ。クラウディウス様が男性であった事を――キルテンはそのように理解した。


 肩書上は「姉妹」だが実際は血も繋がっていない異性と一緒にお風呂に入ろうだなんて。十五歳にもなって無邪気が過ぎるのかそれとも逆に邪な事でも考えているのかとその提案を聞いた時には驚き呆れたが真相はそのどちらでもなかった。


「でも……」と小刻みに体を揺らし続けているクラウディウスの両肩に手を置いて、


「テルマ様は湯あたりを起こされただけですから」


 キルテンは適当な事を言う。


「湯あたり……?」


「少し休まれればすぐに目も覚まされます。クラウディウス様と御一緒なされる事が楽しみで少しだけ早くから長く湯船に入られていたのでしょう」


「あ……。……わたしの準備が遅かったから……?」


 クラウディウスが公爵家の養子となってまだ半年しか経っていなかった。それまでの彼女は清貧というよりは赤貧に近い孤児院に居たのだ。半年前から急に着させられ始めた凝ったデザインのドレスを一人きりでスムーズに脱ぎ着するのはまだまだ難しかった。


 普段なら専属メイドのキルテンがドレスの脱ぎ着を手伝うのだが今回は姉のテルマェイチから「メイドも入れずに二人っきりで」と何度も重ねて言われていた為、クラウディウスは馬鹿正直にキルテンの「脱衣所までならメイドの私が御一緒しても構わないのでは」という申し出を固辞してたったの一人でドレスを相手に悪戦苦闘してしまった。そのせいで当初の予定よりも多少、脱衣所から風呂場へと移動するのが遅くなってしまっていたという事実は確かにあった。それでもクラウディウスが気に病むような長い時間ではない。本当に「多少」の時間だ。


「クラウディウス様」


 キルテンは、


「いつまでも立ち尽くしていらっしゃらないで。まずはお体をお洗いしましょうか」


 慰める事は諦めて話題を変えた。


「でも……」


「いつまでもそのままでいらっしゃるとお風邪を召されてしまいますよ。さあ。参りましょう。ここでクラウディウス様まで倒れられてしまったらテルマお姉様は大変に心配されますから。それこそクラウディウス様が倒れられたのは自分のせいだと気に病まれてしまうかもしれませんよ」


「そんな」


「はいはい。泡の準備は出来ましたから。お座り下さい」


 クラウディウスの言葉は聞き流して、キルテンは幼い主人の体を洗い始める。


 入浴の手伝いは専属メイドの仕事の一つだった。


 クラウディウスがアムレート公爵家にやったきたその日から今日までの半年間、キルテンはまさに毎日、クラウディウスの体を洗ってきた。その裸を見てきた。そう。キルテンは知っていたのだ。「彼女」は男性であると。半年も前の最初の日から。


「クラウディウスに淑女としての振る舞いを教え込め。クラウディウスを淑女として扱い、クラウディウスには淑女として扱われる事に慣れさせろ」との命を受けていたキルテンは「淑女、淑女、淑女」と重ねて言われていた事から、


「旦那様もテルマェイチ様も執事長もメイド長もロウセンさんも皆々様、クラウディウス様の性別は御存知の上で淑女たらしめようとしているのかと思っておりました」


 自身、風呂場で「彼女」を真っ裸にするまで全く分からず疑いもしていなかったその真の性別を「周知の事実」だがしかし誰も口には出さない「公然の秘密」なのだと勝手に捉えてしまっていたのだった。


「少なくとも『姉』であるテルマェイチ様は御存知なかった。それと、二人きりでの入浴を承諾したロウセンさんも知らなかったのでしょう」


 となると「周知の事実」でも「公然の秘密」でもないという事になるのか。


 どういうつもりで旦那様は美しい男児を淑女に仕立て上げようとしているのか。


 それとも旦那様まで「彼女」の性別を知らないのか。


「……難しい事は分かりませんが。私は私の命じられた仕事を全う致しましょう」


 キルテンは幼き淑女の玉の肌を丁寧に磨き上げる。静かな笑顔で命じられた仕事を命じられた通りにこなす事が出来る使用人の鑑であった。




 クラウディウスはわたくしの妹――嘘ではなく、自分に言い聞かせる為にでもなく心の底からそう思っていたはずなのに。テルマはその夜、夢を見た。


 金色の長い髪をした見目麗しい男性に「お姉さま」と囁かれる夢を見た。


 その男性は裸だった。気付けば自分も裸になっていた――いや、始めから裸だったのか?


「お姉さま」


 男性が手を伸ばす。テルマはその手を取れなかった。取りたくなかったかどうかも分からない。テルマはただ固まってしまっていた。


 行き場を失くしたその手を男性は引っ込めるではなく、


「お姉さま」


 そっとテルマの頬にあてがった。冷たい手だった。テルマの熱が上がる。


「く、クラ――ッ!?」とその夢の中で気を失うのと同時にテルマは目を覚ました。夢から覚めた。


「……な、なんなの……」


 ベッドの上、起こした体を更に折る。立てた膝に額を押し付ける。息が漏れる。


 夢からは覚めて尚、テルマの顔は熱いままだった。




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