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28「参戦」

 

 鈍重だが一撃でも喰らえば致命傷となり得るスターンの攻撃を全てかわしながら、ホラティオ・レイショホーはスターンがその全身にまとっている「岩」を殴り続けていた。


「おらぁッ! どしたぁッ! まだまだぁッ!」


「ぐぅぅぅ……。ああぁぁーッ! があぁぁぁ……ッ!」


 殴られて揺れる。反撃とばかりに大きく振られたスターンの腕が空振る。


 軽くバランスを失ったスターンは次なるホラティオの一撃を受けて大きくひっくり返った。


 スターンの土魔法で作られていた「岩」は本物の岩と同じ――もしくはそれ以上の硬度を持っていた。そんなものを勢い良く何度も何度も殴っていたホラティオの拳は傷だらけとなっていた。何箇所も破れていた。血がにじみ、または噴き出して、その拳は真っ赤に染まっていた。


「ただのスリップだろ。早く立て。来い。おらッ!」


 それでもホラティオは痛そうな顔ひとつせずにその真っ赤な拳を振るい続ける。


 拳から飛び散る己の血がホラティオの顔を赤黒く汚していく。何だか恐ろしい。


 ……「赤の勇者」ってそういう意味だったのかしら。髪の色だとか目の色だとか、火属性の魔力を持っているだとかは関係無く……。


 テルマの顔は自然と引きつっていた。


「きゃーッ!」


 不意に聞こえた悲鳴にテルマが振り返る。


 ホラティオのお陰もあってかテルマには当たらなかった先程の「岩」が、テルマの背後にあった校舎の壁を盛大に壊していた。瓦礫の隙間から中の様子が窺える。


 その教室にはテルマ達とは別のランクの生徒達が集まっていたようだ。


「なんだよこれ、なんなんだよッ!?」


 突然の事態に巻き込まれた生徒達の多くはパニックを起こしているようだった。


「痛い痛い痛い……」


「岩」の直撃ではないが「岩」が校舎を壊した際に起きた何かによって怪我を負ってしまったらしい生徒も居た。


 ……教師の姿は見当たらないが無事な生徒の避難誘導でもしているのだろうか。


 その大騒ぎ具合から見るに実践的な魔法にはまだ全く触れていない、低いランクの生徒達のようだった。


「…………」


 テルマは目を配る。


 不幸中の幸いか。確認の出来る限りにテルマの知人は居なかった。


 なにも見知らぬ他人ならば怪我をしても構わないと言っているわけではない。


 公爵家の令嬢であるテルマェイチ・アムレートが付き合いのある人間となれば即ち高位の貴族という事である。


 高位貴族の令嬢や令息を騒動に巻き込んだ、ましてや怪我を負わせたとなれば――後始末がより面倒になってしまう。


 あくまでも家柄に主観を置いた場合ではあるが、この場にテルマと近い格の人物は居なかった。全員が格下だった。……あまり褒められた物の見方ではないが。


 これならば多少強引にでもこの騒動を揉み消せる。


 テルマェイチ・アムレートは渋い顔で黙々と黒い計算を始めていた。


 実際に暴れているのはスターンだがその切っ掛けとなったのはクラウディウスだ。事の善し悪しに関わらずクラウディウスの行動、延いてはその存在に、テルマは誰の目も関心も向けられたくはないと考えていた。


「痛た……何なんだ?」と一人の生徒が瓦礫の隙間から顔を覗かせる。


「……ホラティオ?」


 その男子生徒は向こうに見知った顔を見付けたようで貴族の子息らしからぬ見事な匍匐前進でもって瓦礫の隙間からこちら側に這い出ると、


「どうなっているんです? これ。……ホラティオの馬鹿が原因ですか?」


 比較的近くに居たテルマに尋ねてきた。


 黒髪黒目の少年だった。


 壊された校舎の中にテルマの知人は居なかったがホラティオ・レイショホーの知り合いは居たらしい。……どうだろう。この事は吉と出るのか凶と出るのか。


「あなた」とテルマは男子生徒に声を掛ける。


「はい――」とここでようやくテルマの顔を見た男子生徒は、


「――えッ? あく……とと。テルマェイチ公爵令嬢」


 半歩下がって頭を下げた。……ホラティオの知り合いにしては随分とまともな反応だった。


「構わないわ。顔を上げなさい」とテルマも相手の期待に応えるように公爵令嬢然とした雰囲気を醸し出す。


「はっ」


「先程、彼の名前を呼んでいたようだけれど。あなたはホラティオ・レイショホーの知り合いなのかしら?」


「はい。私はオズリック・チールソオと申しまして。ホラティオ・レイショホーとは幼少からの付き合いです。大きく分ければ同郷となります」


「チールソオ……侯爵ね」


「はっ。片田舎の名ばかり侯爵であります。御存知頂けていたとは光栄です」


「ホラティオ・レイショホーの事は良く知っているのかしら」


「十年以上の付き合いとなりますので。それなりには」


「そう」とテルマは一度、息を抜いてから率直に尋ねてみた。


「……勝てると思って?」


 誰が誰にとは言わない。顔面も含めてその全身が「岩」に覆い隠されている事実をよい事にテルマは「スターン」の名前を伏せた。


 テルマの視線の先では、


「はッはははぁーッ!」


 両拳を真っ赤に染め上げたホラティオ・レイショホーが「岩」のバケモノと死闘を繰り広げていた。……何だか楽しそうに。


 テルマの視線に導かれてテルマと同じものを見たオズリックが答える。


「非常に硬そうではありますが。相手は戦いに慣れていないようですので恐らくは」


「そう」とテルマは小さく頷いた。


 だったら放っておいた方が良いかもしれない。


 明らかにホラティオが劣勢――負けそうとまではいかなくとも攻められ続けているような状況であれば、スターンの頭上に「雨」でも降らせてみようかと思っていたのだが。止めておくとしよう。


 下手な手出しはホラティオの邪魔になりかねない。


 ……それでも「万が一」があっては困る。


 ホラティオ・レイショホーが大怪我を負おうが死のうがテルマの知った事ではないと言いたいところだが、その切っ掛けがクラウディウスの行動となれば話は別だ。


 今回の騒動は可及的速やかに且つ可能な限り無事に沈静化させなければならない。


「オズリック・チールソオ」


 だからテルマは打てる手を打つ。


「はっ」


「あなたも腕には覚えがあったりするのかしら?」


「……ホラティオ程度には」


 オズリックの答えにテルマは「ふふっ」と本当に笑ってしまった。


「男の子ね」とテルマは小さく呟く。それはただの感想だった。


「え――?」とオズリックがテルマの横顔を見て、またすぐにさっと前を向いた。


 ほぼ一瞬の出来事であった。たったそれだけの事でオズリックの頬は赤く染まってしまっていた。……テルマはその事に全く気が付いていなかった。


「こちらの事は全てわたくしに任せてあなたはホラティオ・レイショホーの手助けをしてください。方法と加減は好きにしてくださって結構ですので。ただ彼がやられぬよう、またやり過ぎぬようにお願い致します」


「はっ。……ホラティオと『相手』方の双方を無事にあの場を収めてみせます」


 力強く意気込みを語り、オズリックは戦いの場へと向かっていった。


 ……オズリック・チールソオか。頭の回転も悪くはなさそうだ。


「少なくともホラティオ・レイショホーよりは頼りになりそうね」


 彼に背中を預ける気持ちでテルマは今一度、振り返った。


 壊れた校舎と少数ながら確実に居た怪我人達に向き直る。


 ……さて。こちらはどうするか。




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