23「Carpe diem ~今を生きる~」
「――お、俺はッ?」
焦った様子でホラティオ・レイショホーがしゃしゃり出てきた。
「『火』じゃ駄目なのか? 『水』じゃなきゃ駄目なのか?」
「そんな事はありません」
テイン先生は「ほっほっ」と笑った。
「この現実に於ける実際の『水』と『火』も、どちらが上でどちらが下だと決まっているわけではありません。ジャンケンのグー・チョキ・パーやカードの数字のように強い弱いの関係が確定しているわけではないのです」
「『火』は『水』を掛けられると消える――今さっきそう言ってなかったか?」
ホラティオは大きく首を捻った。
テイン先生は「ふむ」と一息ついた後、
「ホラティオ様は料理をされた事などありますかな?」
貴族の令息が「YES」と答えるはずのない質問を口にした。
「料理……? ……修行で師匠と野営中にそれっぽい事なら」
ホラティオ・レイショホーは普通の貴族の令息ではなかった。
「師匠には『そんなものは料理とは言えない』とか言われたけど」
「ふむ。ふむ。それならば覚えがあったりはしませんか。火に掛けた鍋の水は減るのです。徐々にではありますが。確実に減るのです」
先生に言われて、
「……ああ」
とホラティオは思い出す。
「水じゃないけど。鍋を火に掛けっ放しにしておいたらスープだけが無くなって具が真っ黒焦げになってた事があったな。……師匠のイタズラじゃなかったのか」
「ほっほっほっ。直接、水を掛ければ火は消えますが水もまた火の発する熱によって蒸発するのです」
「火が発する高温の熱によって水を蒸発させるイメージ」を強く持ちながらテルマが顕現化させた「水」を「火」で打ち消す事がホラティオの授業課題となった。
「まずは『火』を『水』に押し当てて、打ち消してみてください。テルマェイチ様の場合はそこから魔力を抑えて――と言いましたが、ホラティオ様の場合は『水』との距離を少しずつ空けていってみてください。ほんの少しずつで結構です。『火』そのものではなくて『火』の発する熱で『水』を蒸発させるのです。そのようにイメージしてください」
こうして――テルマにとっては本当に不本意ながら、テルマェイチとホラティオは二人一組となって今後の実技の授業を過ごす事となった。顕現化させた互いの魔力を交互に消し合う事でまさしく競い合うように二人は魔力の扱いを上達させていく。
「……先生」とテルマが尋ねる。
「聞いた事もなかったとても画期的な鍛錬方法だとは思いますが。素晴らしいように思えるこの方法が話すらも世間一般に広まっていないという事は何か問題が含まれているのではありませんか? 何処かに大きな穴があるのではありませんか?」
「ほっほっほっほっほっ!」
テイン先生は大きく笑った。
「素晴らしく優秀ですな。流石はテルマェイチ・アムレート様です」
褒められているのか、それとも馬鹿にされているのか。素直ではないテルマは笑えなかった。
「何度も言うようですが魔力の扱いにはイメージが大事となります。『水』と『火』のように概念的に相対する魔力を打ち消す事によって、自身が持つ魔力のイメージをより強くするというのがこの訓練の狙いですが……逆に言うと打ち消される側が弱い気持ちで心を折れば――持っていたはずのイメージを失えば、その魔力を成長させるどころか失う事にすらなりかねないでしょうな」
「え……ッ?」と強く驚いたのはクランツとスターンの兄弟だった。
ホラティオは「ハイリスク・ハイリターンてやつだな」と妙に慣れた感じで頷いていて、テルマは何故だか少しだけイラッとしてしまった。
「ほっほっ。それほど心配されなくても。皆さんでしたら大丈夫でしょう」
何の根拠も示さずにただ先生は言い切った。兄弟は不安げに顔を見合わせていた。
特に反論も異論も口にしなかったテルマだったがテイン先生の言葉を鵜呑みにしていたわけではなかった。そこまで彼を信望はしていなかったし、
「ま。何とでもなるだろ」
と呟いていたホラティオよろしく楽観的に受け入れていたわけでもなかった――がテルマは自身の「リスク」とはまた別の事を考えていたのだった。
……この鍛錬方法を上手に利用すれば「聖女候補」であるクラウディウスの魔力を弱める事も出来るのだろうか。いや。でも。それは彼女の才能を潰す事に他ならないわけで。隠すまでならまだしも本当に無くさせてしまっては最悪、アムレート公爵家から放逐されかねない……か? 「聖女候補」だからこそ彼女はアムレート公爵家の養子とされたのだから。
いくらテルマェイチが望んでいたとしても。「テルマェイチが望んでいる」というだけでヒト一人を屋敷に囲い、あまつさえその「妹」として「アムレート家の一員」として在籍させ続けるなんて事を父のゲルトルデ・アムレートは許すだろうか。
……分からない。ただ、どちらに転んだとしても「父らしい答えだな」とテルマはきっと思ってしまうだろう。完全なる不透明だった。
ジレンマだ。クラウディウスが「聖女」となった暁には――ほどなく彼女の本当の性別が知られてしまい――アムレート公爵家と共にクラウディウス自身も罰せられるだろう。かといって「聖女候補」でなくなればアムレート公爵家にクラウディウスの居場所は無くなる――かもしれない。
……どちらにせよか。時間の問題なのだろうか。テルマェイチがクラウディウスと一緒に笑っていられるのは「今」だけという事なのか。
テルマはクラウディウスに目を向ける。
クラウディウスはクランツとスターンの兄弟を見ていた。じっと。まるで観察でもしているかのようだった。ふとテルマは気が付いた。
「先生。一つお尋ね致しますが。中の上クラスの生徒は全部で五人です。わたくしとホラティオ・レイショホーのように二人一組で課題をこなすのでしたら、一人余ってしまうのではないですか? その一人の相手は先生がされるのですか?」
素朴な疑問だった。……別に、余った一人の相手を先生がするのならホラティオ・レイショホーをキャンセルして先生に自分の相手をしてほしいだなんて考えたわけでもなかった。




