17「Round1,――Fight!」
それぞれの従者であるロウセンもキルテンもそばに居ない現状をテルマは「クラウディウスと二人きり」などと思ってしまっていたが厳密に言えばそうではなかった。
広い野外演習場には現在、五名の生徒達が居た。
テルマ達から見て十数メートル向こうに一人、そのまた向こうにもう二人だ。
手前側の一人はクラウディウスと同じ新入生のホラティオ・レイショホーだ。奥の二人はテルマの一学年後輩にあたる第二学年生のクランツとスターンだった。二人は共に同じ男爵家の養子で義兄弟らしいがいつも二人だけで居て他人とは距離を取っていた為、去年一年間も同じ実技の授業を受けていながらテルマは彼らと会話の一つもした事が無かった。興味が無かったせいもあるが、テルマは二人の家名も知らない。
テルマェイチ・アムレート。クラウディウス・アムレート。ホラティオ・レイショホー。クランツ・某。スターン・某。テルマ達「中の上」ランクの生徒はこの五人で全部となる。
場合によっては危険も伴う実技の授業は生徒全員に先生の目が届くようにと本当に少人数制であった。
しばらくもせず校舎の方から老齢の男性がやってきた。
「1・2・3・4・5と。はい。全員おりますね」
テルマ達をさっと見て、
「皆さん。こちらにお集まり頂けますかな」
呼び集める。
「ごきげんよう。テイン先生」
「今日もよろしくお願いします」
「お願いします」
テルマとクランツとスターンが頭を下げる。三人の先輩方を見て、
「あ。よ、よろしくおねがいしますっ」
「よろしくお願いいたっしゃっすッ!」
クラウディウスとホラティオも続いた。
「ほっほっほっほっ。こちらこそよろしくお願いします。さて。去年に続いて今年も一年生が二人も入りましたか。王国の未来は明るいですね」
細められた目でクラウディウスとホラティオを見た後、
「クラウディウス様とホラティオ様には初めてお目に掛かります。私の名前はフォーブラス・テイン。子爵です。皆さんが参加される『中の上』ランクの実技授業の担当教師となります。――テルマェイチ様、クランツ君、スターン君も改めてまた一年、よろしくお願いしますね」
丁寧な自己紹介をしてくれた。
「はいッ!」
とホラティオだけが大きな声で返事をし、
「きゃッ」
とクラウディウスが驚いた。
じろりとテルマがホラティオを見る。そんなテルマを見てスターンがビクッとし、それに気付いたクランツが半歩だけ前に出る――テルマとスターンの間に入った。
「ほっほっほっ」
テイン先生が笑う。
「今年も楽しいクラスになりそうですな」
「テイン先生。魔力の実技とは具体的に何をするのでしょうか?」
マッドな赤髪に赤目の男子生徒、元気なホラティオ・レイショホーが手を挙げた。
「はい。この『中の上』ランクで言えば魔力の顕現化です。顕現化自体は皆さんもう出来ますね。こちらの時間ではそれを何度も繰り返して顕現化に慣れてもらいます」
それだけ言ってテイン先生は口を閉じた。
「…………」とホラティオは黙って先生の次の言葉を待つ。
しかし中々に次の言葉が訪れない。
「…………」
ホラティオは我慢しきれずに、
「あの……それで?」
と先生に続きを求めた。
「……それだけですよ?」
テイン先生が答える。
「それだけ……なんですか? 顕現化だけ……?」
「はい」
先生は穏やかな笑顔で頷いた。
「何度も何度も顕現化を積み重ねまして、顕現化に慣れて下さい」
「それで。慣れて。その後は……?」
「ありません。顕現化にただ慣れて下さい」
先生にきっぱりと言い切られてしまったホラティオは、
「はあ……」
と呆気に取られてしまっていた。
「……お姉さま」
クラウディウスがこそこそとテルマに尋ねる。
「ホラティオさんはどうしてショックを受けてるんでしょう……?」
「さあ。魔力の顕現化が出来ないのかもしれないわね」
とテルマはテキトウな事を言う。
先程いきなりの大声でクラウディウスを驚かせた事、「ホラティオさん」とクラウディウスにもう名前を覚えられている事、またその名前を実際に呼ばれている事や、今も何やら気にされているという事等々からテルマの「ホラティオ」に対する印象は悪かった。
「――顕現化くらい出来るわいッ!」
貴族らしさの欠片も見えない赤髪赤目の田舎猿がまた大声を上げた。
「こ、公爵家の御令嬢になんて口の聞き方を……」
「あ、あやま……でも彼も侯爵家の御令息で。僕らは男爵家だから。何も言えない」
クランツとスターンが身を寄せ合って震えていた。何だか説明的な口調で「申し訳ありませんが自分達は立場が弱過ぎるのでどちらの味方も出来ないのです」と中立を宣言しているようだった。
この二人はいつもこうだ。「君子危うきに近寄らず」で「触らぬ神に祟り無し」の事勿れ主義だった。……貴族社会の現実を知っているだけなのかもしれないが。
去年一年間、同じ授業を受けていながらテルマが彼らと会話をした事も無く、その家名すら知らないでいられた理由の大方は「それ」だった。
テルマェイチ・アムレートの「公爵」位に恐れおののいた彼らがテルマから大きく距離を取っていたのだ。テルマもテルマでその「距離」を縮めようとも縮めたいとも思っていなかったが。
……彼らには是非、去年と同じで居てもらいたいわね。『公爵』でも養子ならまだ話しやすいだとか考えてクラウディウスに近付くんじゃないわよ……?
去年も去年で別に彼らを好ましいともいとわしいとも思っていなかったが今年は、好ましいとかいとわしいとか思ってあげるから。――さあ。どちらを選べば良いのか分かっているわよね? 事勿れ主義の男爵兄弟さん。
じろり、じろりとテルマは二人を順番に見やった。
……クラウディウスが「聖女候補」だってバレない為にね? その為よ?
「ひ……ッ」
「む、むう……」
クランツとスターンが縮み上がる。……縮み上がりながらもクランツはスターンの手前に立ち続ける。一歩も引かない。半歩も引かない。……現実的には効果など無いのかもしれないが兄クランツは弟スターンの日除け風除けとなっていた。おそらくは弟スターンの拠り所にもなっているのだろう。
テルマは「ふっ」と小さく微笑んだ。
「ひぃ……ッ」「ふぅ……ッ」と何かが産まれてきそうな兄弟の吐息は無視して、
「ホラティオさん……でしたっけ。あなたには話していませんわよ? 身内の会話に入ってこないで頂けるかしら?」
冷たく強く、テルマはホラティオの赤い目を見据えてやった。




