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15「エンカウント to ミニゲーム」

 

 テルマとクラウディウスの二人は空いていた四人掛けのテーブルに向かい合う形で付いていた。専属メイドのロウセンとキルテンはそれぞれの主の後ろに控えていた。


 ナイフやフォークといったカトラリーを床に落としてしまった場合などは彼女達が即座に対応してくれる。公爵邸での食事と同じスタイルであった。


 一緒に居るのに一緒に食べないだとか食べないヒトが見てるのに自分だけが食べるだとか、最初は申し訳なくて恥ずかしくて中々に食も進まなかったクラウディウスも一日三食を半年も重ねていくうちにどうにかこうにか慣れる事が出来てきていた。


 一緒に食べない、見ているだけのキルテン自身から色々と言ってもらえたおかげもあった。フツウのヒトが貴族らしく振る舞うというのは思った以上に大変だった。


 学院での従者の食事は十三時以降から此処、学院食堂――通称「学食」で摂る事が出来た。彼ら彼女らの主が午後の授業を受けている間にという事になる。その機会に彼ら彼女らは他の従者と交流――様々な情報を収集したりや交換したりをしていた。


 ロウセンとキルテンの二人はテルマェイチとクラウディウスの後ろに立っており、四人掛けのテーブルにはまだ二席が空いていた。


 テルマの背後でロウセンが何か動いた気配を感じた。


「……何かしら?」


 とテルマが顔を上げる。のんびりと。貴族は慌てない。


「あら」と呟いてテルマは、汚れてはいなかった口許をナプキンで拭う。ロウセンが椅子を引いた。席を立つ。


 流れるようなテルマ――とロウセン――の美しい所作に軽く見惚れてしまった後、


「……あ。え? え?」


 クラウディウスがばたばたと後ろを振り向くとそこには見た事のある男性が二人、立ってた。クラウディウスは急いで立ち上がる――その動きに合わせて椅子を引いたキルテンの腕前はたいしたものだった。


 不意に現れた二人の男性――それはオフィール第二王子殿下とその侍従だった。


「ごきげんよう。オフィール様はこれからお食事ですか。お先に失礼しております」


「お。あ。し、しつれいしておりますっ」


 テルマの言葉を真似てクラウディウスも頭を下げる。少し下げ過ぎなくらい下げていた。テルマは可愛らしいと思って目を細めたが遠巻きの人間達にはまた「冷笑」に見えていた事だろう。


「ああ。二人はもう食べ終わる頃か?」


 テーブルの上をちらりとだけ見てオフィールが言った。


「ええ。そろそろ」


「少し付き合え」


 有無を言わせぬ物言いだった。応えを待たずにオフィールはテーブルに付く。


 侍従が引いた椅子はテルマの斜め向かい――クラウディウスの隣の席だった。


「…………」とテルマは少しだけ黙る。


「え? あの? えっと。その……」とクラウディウスは向かいと隣を交互に何度も何度も見やっていた。


 オフィールは「婚約者」であるテルマェイチの顔を見ようとその席に着いた。


 テルマは、オフィールが「いずれ結婚する相手――『聖女』」の隣に座ったのだと考えた。


 ふぅ……と一息をついてからテルマは、


「……クラウディウス」


 と「妹」に声を掛ける。


「あなたはこちらに座りなさい」


 立った状態のままきょろきょろと首を振っていたクラウディウスにテルマは自分が座っていた席の隣を指して言った。


「あ。はいっ」


 クラウディウスは元気に頷いて席を移動する。クラウディウスなら「何故?」等の返しも無く、素直に言う事を聞くだろうとはテルマも想像していたが「うふふっ」と思いの外、嬉しそうなクラウディウスの様子にはテルマも「ん?」と不思議に感じてしまった。


 主よりも少しだけ早く速く動いたキルテンが引いた椅子に腰を下ろしたクラウディウスは、ちょっとだけ、ちょっとだけ、ちょっとだけと三回に分けて、ず、ず、ずと今はまだ誰も座っていない「隣の席」に椅子を近付けていた。……お姉さまの着席が待ち遠しい。うふふっ。


 今、テーブルの席はテルマとクラウディウスが隣同士で、オフィールはクラウディウスの向かいとなっていた。場所が学食で互いに生徒同士という事もあってか、上座下座といった席次は誰も考えていなかった。


 テルマとしては、クラウディウスとオフィールが向かい合わせで座っているというこの状況に何か――無意識の内にリスクを感じ取っているのか心に引っ掛かるものがあったが、仕方がない。これが今の最善手であろうと自分に言い聞かせていた。


 が、その「最善手」はあっけなく崩されてしまう。


「……ふむ。空いたか。ならば俺はそちらに移動しよう」


 オフィールが席を立って、さっきまでクラウディウスの座っていた椅子に移ろうとした。


「え――ッ!?」とテルマは驚きの声を発してしまった。


「……どうかしたか?」


 オフィールは真顔をテルマに向けていた。それは本当の「真顔」なのか、それとも「真顔」を作っているのか。その表情からはオフィールの思惑が何も読み取れない。


 だからこれは完全にテルマの妄想だったが――殿下。クラウディウスが本当についさっきまで座っていた椅子に移ろうだなんて。まさかとは思いますが……クラウディウスのお尻の温もりを求めて……? …………。……――はッ! 女性がお尻を付けていた椅子と男性がお尻を付けていた椅子って温もりに違いはあるのかしら? 今、殿下にクラウディウスが座っていた椅子に座られてしまったらその温もりに違和感を覚えられてクラウディウスが男性だとバレてしまう可能性が……ッ?


 テルマは、


「どうか。オフィール殿下」


 およそテルマェイチ・アムレートらしからぬ勢いで向こう見ずな行動に出た。出るしかなかった。


「何だ? テルマェイチ」


「殿下にはそのままお座り頂きまして」


「ふむ」


「わたくしが、そちらの――先程までクラウディウスが座っていた席に座らせて頂きたいと思っております。よろしいでしょうか?」


「ぬ……ッ」と一瞬だけオフィールの表情が崩れかかったが、すぐにまた「真顔」に戻されてしまった。……その様子から見るにやはり先程の「真顔」も作られたものであったとみるべきであろう。その真意は分からないが。多分、危なかった……。


「…………」


 オフィールはうんともすんとも言わぬまま、だが、先程まで座っていた椅子にまた腰を下ろしてくださった。


「……ありがとうございます」


 テルマがほっと息を吐くと同時に、


「――ふん」


 とオフィールが鼻を鳴らした。反射的にテルマの背筋が伸びる。気を抜いた瞬間に峰打ちでもされた気分だった。


「テルマェイチ」


「はい。殿下」


「座るなら早く座れ」


 苛立ちを隠しきれていない様子のオフィールに促されてテルマは、


「はい。では失礼を致します」


 クラウディウスが座っていた席に着いた。


 ロウセンとキルテン――テルマェイチとクラウディウスの侍従らがテーブルの上を整理する。そもそも学食での配膳は侍従の仕事であった。席に付いた主の元に彼らや彼女らが料理を運ぶのだ。


 テルマの前にあったクラウディウスが手を付けていた皿と、クラウディウスの前にあるテルマが手を付けていた皿を交換した。最初は全ての皿を下げてしまってから、また改めて新しい料理や飲み物等を持ってこようとしたのだが、クラウディウスには「もったいないです」と止められてしまい、テルマにも「取り替えるだけで良いわ」と許されて、オフィールには「…………」と何も――「新しい物を持って来い」等のお叱りの言葉は頂けなかった為にそのような対応となったのであった。


 ロウセンやキルテンが忙しく動いていた間、テルマは隣に座っているオフィールの横顔に目を向けていた。


 オフィールは向かいの席に顔を向けたまま、ポジティブな感情を押し隠そうとしているような表情をしていた。……完全には隠しきれていない「笑み」のようなものがにじみ出てしまっていた。


 オフィールの向かいでは、何故かクラウディウスが頬をふくらませていた。


 その数秒後。クラウディウスは声を出さずに「あ」と口だけを開けて、さささ……と隣の席に移動した。さっきまでテルマが座っていた席だ。……お皿の移動が微妙にやり直される。キルテンの仕事が地味に増やされていた。仕方の無い子ね……。


 ほんの数秒前まで頬をふくらませていたクラウディウスが席を替えたと同時にほくほくとし始める。……そんなにもオフィール殿下の向かいの席が嫌だったのかしら。


 テルマはまた「ふっ」と微笑んでしまった。微笑んでしまった後で「失敗した」と気が付く。……今の「笑い」はクラウディウスにフラれてしまったオフィール殿下をあざけったようには受け取られなかっただろうか。


 恐る恐るテルマが盗み見たオフィール殿下の横顔は――先程と全く同じであった。もうクラウディウスは居ない向かいの席に顔を向けたまま、まだポジティブな感情を押し隠そうとしているような表情をしていた。隠しきれてはいない「笑み」のようなものがにじみ出ていた。


 ……意外と心が広いのか。それとも「同じテーブルに付いている」だけで満足してしまうほど殿下は出逢って間も無いはずの「聖女」に夢中となりつつあるのか。


「……まだまだ。難しい局面は続くわね」


 テルマはその口許に力を込めて、そっと微笑みを強めた。


 あっちの席からこっちの席へ。こっちの席からまたあっちの席へと、まるで新手の椅子取りゲームみたいになってしまっていたこの状況下、プレイヤー三名の背後ではちらり、ちらり、ちらりと一度だけずつ目を合わせた三人の優秀な侍従達が居た。




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