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14「悪が生まれた日 この瞬間に」

 

 学院での昼食は食堂で摂る事に決まっていた。新入生も在校生も教師もだ。例外は無かった。


 広い空間に幾つものテーブルが点在しており、どの席に着くも自由だった。食事を摂る事が出来るのは昼休みの時間だけで、昼休みは十一時から十三時までの二時間と比較的たっぷり取られていた。学院内にどうしても馬が合わない相手が居る者や反目し合っているグループなどは食事の時間帯やテーブルの場所を出来るだけずらしたり離したりとしていた。


「学院のお食事ってどんな料理が出るんでしょうか」


「普通の料理よ。豪華過ぎず質素過ぎずを日替わりで。同じメニューを教師も王族も食べるのよ」


 新入生だけが参加した入学式と実技授業のクラス分け試験が終わるともう昼休みの時間だった。テルマ達、在校生はその間、座学の授業を受けていた。


 試験が終わったクラウディウスは、新入生の侍従用の説明会に出ていたキルテンと合流した後にテルマと再会していた。


 テルマの姿を確認するなり駆け寄ってきたクラウディウスから、


「実技のクラスは『中の上』になりましたっ」


 と報告を受けた時は本当に驚いてしまった。


「あら。本当に? 凄いわ。本当に?」と何度か聞き返してしまった。


「本当です。本当の本当です」とクラウディウスは興奮気味に何度も答えてくれた。


 テルマは正直、ここまで上手くいくとは思っていなかった。


 クラウディウスが本気でクラス分け試験に臨めば、即座に「聖女」だと認定されてしまうかもしれない――それは言い過ぎとしても周囲の目は「聖女だ」と見るようになるだろう。それだけは避けたかったのだ。……単なる問題の先延ばしに過ぎないとしても。テルマがクラウディウスの体の事を知ったのは昨夜なのだ。考える時間も、具体的に何かをするにしてもその為の時間が全く足りていなかった。


 クラウディウスが「聖女」に認定されれば、すぐにではないにしろいずれは慣例に従って王族の一人と結婚をする事になる。そうなれば確実に「聖女」が男性であるとバレてしまう。公爵家が養子とした「聖女」が実は男性だったなどとなれば一大事である。それから先は推して知るべしだ。


 今回、クラウディウスがクラス分け試験を「中の上」程度――普通の感覚で言えば稀有な高さなのだがテルマ自身もこのランクである上にクラウディウス本来の能力を知ってしまっている為に「程度」だった――のランクで通過してくれたおかげで「聖女」騒ぎとはならず、とりあえずは最悪の事態を免れた。


 結果、テルマの目論見以上ににクラウディウスの不正は大成功してしまったのだ。


 ……なのにテルマの胸は痛まない。


「妹」に不正を働かせて。王立学院を欺いたのに。


 素直に吐露すれば、クラウディウスの結婚が先延ばしになった事を喜んでしまっていた。


 ……妹が「聖女」なら姉のわたくしには「悪」の才能があるのかもしれないわね。


 例えば、身が竦んで当然の恐怖をスリルとして楽しめてしまうような……。


「あ。これもおいしいです。お姉さま。あと熱々でした。お気を付けてください」


 クラウディウスはウナギのパイ包みを一口食べてまた無邪気な感想を言う。前菜のサラダからずっと「おいしい」と言っていた。


「食欲旺盛ね」とテルマは目を細める。


「これも。はじめて食べます。おいしいです」とクラウディウスははしゃいでいた。


 半年前までクラウディウスが暮らしていた教会ではもっと質素な食事が出ていた。半年前から今日までの公爵家ではもっと豪華な食事が出されていた。この食堂でクラウディウスが目にする料理はその二つの間にあるようなものばかりで、


「はじめて見ましたっ」


 珍しく感じるものだらけだった。クラウディウスは楽しんでいた。


 クラウディウスのそんな様子をテルマは微笑ましい気持ちで眺めていたのだが、


「公爵家の御令嬢がこの程度の料理をおいしい、おいしいと……?」


「見て。テルマェイチ様のクラウディウス様を見る目――ほくそ笑んでるわ。怖い」


 クラウディウスを眺めていたテルマの様子も含めて周囲からは、


「やはり公爵家といっても養子と実子では扱いが違うのか」


「もしかしたらクラウディウス様に御毒見役をさせて……? 学院の食堂で毒なんて入れられるはずはないのに。……はッ。学院では毒見が不要となっている事を逆手に取って、テルマェイチ様がお席で毒を入れたお皿をクラウディウス様に……?」


 見間違いから思い込み、勘違いやら妄想までもが入り交じって、


「養子のクラウディウス様は実子のテルマェイチ様にいじめられている」


 という間違った既成事実が今まさに形成されようとしていた。


 が当の二人は周囲の目やひそひそ話の内容に全く気が付いていなかった。テルマもクラウディウスも今現在は特に遠巻きの見知らぬ人間達になど興味がなかった。


「そういえば。お姉さま」


「口に物を入れたまま喋らない」


「……ん。はい。ごめんなさい」


「それで? 何を言おうとしたの?」


 テルマの声色は厳しくも柔らかかった。周囲の声がテルマやクラウディウスの耳に届いていないのと同様に彼ら彼女らにもテルマのその声は聞こえていないのだろう。


「えっと。初日の今日からもう実技の授業はあるんですね。座学は明日からなのに」


「そうね。なったばかりのあなたは大変かもしれないけれど。学院生徒のほとんどは生まれてからずっと十年以上も貴族を続けている方達ですから。そういった生徒達にしてみれば座学で習う事は今更のおさらいと感じるような事も多いのよ」


「そうなんですね」


「確認の意味でも必要な授業である事は確かなんでしょうけれど。本音を言えばそこまで重要視はされていないのね。きっと」


 クラウディウスはあれだけ「おいしい」と連呼していた料理を食べる手を止めて、話すテルマをじっと見ていた。視線が熱い――などと感じてしまうが。テルマの気の所為だろうか。自意識過剰か。……いや。ちょっと。見過ぎじゃないかしら?


「ええと。そういった座学とは反対に実技の授業では初めて習う事が多いですから。真剣に取り組まなければ危険も無いわけではありませんし。入学初日で新入生の誰もが緊張感を持っているうちに始めてしまおうという事かもしれないわね」


「お姉さまは何でも知ってますね」


 クラウディウスは何故だか嬉しそうに言った。


「すごいです」


「そんな事はないわよ?」


 クラウディウスからの称賛をテルマは微笑みでかわすがその内心はどきどきとしていた。……嘘も含めて。褒められるという事に慣れていないわけではないのだけれど普通なら褒められはしないだろう事で褒められているからか、それとも褒めてくれているのがクラウディウスだからか妙に気分がふわふわとしてしまう。落ち着かない。……もう。どんな顔をしていればいいのかしら。


「うふふ」とクラウディウスは微笑んでいた。……あんな顔がわたくしも出来れば。いいえ。きっと似合わないわね。テルマは「ふっ」と息を吐く。


 その表情を見ながらクラウディウスが「すごい。カッコ良い。オトナだ。わたしもお姉さまみたいになれたらいいけど。でも。ムリだ」などとテルマと同じような事を考えていたとは「何でも知っている」テルマですら思いもしていなかった。


「クラウディウス様はテルマェイチ様にいじめられている」などというフィルターが掛かってしまっている遠巻きの人間達にはゼッタイに分かるはずがなかった。


「……噂は本当だったのか。可哀想に……」


「冷たく睨まれても暖かい微笑みで応えるお姿は実に健気だが」


「……彼女は俺に助けを求めてくれたんだ。俺はやるぞ……ッ!」


「まあまあ待て待て。よく考えてから行動しないとな。助ける相手も倒す相手も公爵令嬢だ。難しい戦いになるだろうが……頑張れよ。我らが『赤い勇者』殿」


 テルマ達と同じ時間、食堂の別のテーブルに付いていたホラティオ・レイショホーとその友人のオズリック・チールソオの二人はこっそりとだが強く有難迷惑な決意を固めていたのだった。




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