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13「『赤い勇者』のプロローグ」

 

「詳しく調べれば『上の上』の更に『その上』の可能性も」


 教師の小さな呟きはその一番近くに居たクラウディウスにしか聞こえていないようだった。


「先生っ」


 クラウディウスは教師の呟きを掻き消す勢いで声をかけた。


「は――ッ!? え? あ、はい。なんでしょう?」


「わたしは『中の上』ですよね?」


「いえいえいえいえいえ」と教師は首を高速で振った。


「あなたのランクは」


「『中の上』ですよね?」


 クラウディウスは教師に詰め寄る。言わせない。


「いえ。あなた」


「彼と同じ『中の上』ですよね? 彼と同じ事が出来たんですから」


 近い距離から教師の目をじっと見詰めたまま、片手を伸ばして「彼」を捕まえる。


 不意に引っ張られた一人の男子生徒が「――のあッ!?」とよろけながら現れる。


「なに? なんだ? どうした?」


 状況の飲み込めていない少年をそのままにして、


「……彼と同じランクになりたかったわけですか?」


 教師がクラウディウスに問うた。


「はいっ」


「……はい?」


 クラウディウスと少年が同時に返した。


「なんでだよ」と少年は教師の方に向いていた顔をクラウディウスに向け直す。


「……お前、誰だ?」


「魔力は精神の影響を多大に受けます。彼と同じランクになりたいという思いが」


 少年の存在を無視するように教師は喋り始めた。


 クラウディウスもクラウディウスで、少年の「誰だ?」という問いには答えない。それどころではなかったのだ。


「――聖属性の光を火のように揺らめかせたのかもしれませんね。わかりました」


 教師は言った。確かに言った。


「あなたも彼と同じ『中の上』ランクの授業を受けて下さい」


「あッ……りがとうございます」


 一瞬、大喜びをしそうになってから慌ててクラウディウスは淑やかに頭を下げた。わたしはクラウディウス・アムレート。テルマお姉さまの妹なのだ。淑女なのだ。


「きっとそうした方があなたの魔力をより成長させると同時に安定もさせる事になるでしょう。担当の教師にはよく伝えておきます」


 教師は言ったが、クラウディウスの耳には聞こえていなかった。クラウディウスは「テルマお姉さまと同じ授業が受けられる」という「しあわせ」を一人、噛み締めていた。表情には出さず。澄まし顔でまぶたを閉じていた。


「それから。ええと。先程のあなたのお名前は」


 教師が手元の用紙に目を落とすと同時に男子生徒は自ら名乗る。


「ホラティオ・レイショホーです」


 レイショホーは侯爵家だ。


 この国の貴族には公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の五段階があり、レイショホーの侯爵家はアムレートの公爵家よりも下の格ながら貴族の序列全体で見れば上から二番目と高位の部類でもあった。


 ただ「公爵」も「侯爵」も一つの家だけを指した言葉ではなくて、この国にはアムレートの他にも公爵家はあり、侯爵家もまたレイショホーだけではなかった。


 複数の家を一括りにすればその内部では当然のように序列が発生する。


 流動的な部分や明確でないところを考慮してもアムレート家は間違いなく「公爵」の中でも最上位のひとつにあたっていた。「侯爵」の中でも中位程度のレイショホー家とは比べるまでもない。


「公爵」と「侯爵」は爵位で言えばその差は一つだが現実のアムレート公爵家とレイショホー侯爵家の間には「一つ」どころではない開きがあった。


「そうでした。ホラティオ様。あなたも精進なさってください」


 そんな教師の言葉には「オマケのような言われようだ」と憤る事も出来ただろうがホラティオは、


「はいッ」


 と真っ直ぐ応えた。背筋を伸ばす。「有望ですね」と教師は目を細めていた。


 試験は続く。残った生徒達が順番に手を置いていくが硝子球は中々に光らない。


 赤い光を揺らしたホラティオとそれに続いたクラウディウス以降、試験は滞りなく流れていった。先に試験を終わらせていた者達も私語を慎んで残った生徒達の試験を見学していた。


 その見学中、ホラティオ・レイショホーはちらちらと何度も、すぐ隣に立っていたクラウディウスの事を盗み見ていたがクラウディウスはその視線に全く気が付いていなかった。


 クラウディウスの頭と心は今、テルマお姉さまと同じ授業を受けられる事となった喜びとそれをテルマに伝えたらきっとお姉さまも喜んでくれるだろうという楽しみで一杯だったのだ。


 結局、クラウディウスの後に「中の」以上のランクとされる生徒は現れなかった。


 試験の全工程が終了し、生徒達はその場で解散となった。


 早くお姉さまの元へと気持ちのはやっていたクラウディウスに、


「クラウディウス・アムレート様」


 声が掛けられる。振り返ると、


「……はい。なんでしょう……?」


 ホラティオが居た――がクラウディウスはこの「男子生徒」を「ホラティオ・レイショホー」だと認識はしていなかった。同じ試験を受けていた大勢の生徒達のうちの一人だとしか分からない。……いや。よく見れば、さっきの試験で「手本」にさせてもらった「中の上」のヒトだ。そうか。


「先程はありがとうございました」


 頭を下げる。頭を上げる。


「では。ごきげんよう」


 くるりと背を見せたクラウディウスにホラティオは、


「あ、ま、ちょっと。なあ。待ってくれ」


 もう一度、声を掛けた。


「……はい?」


 クラウディウスは振り向いて小首を傾げる。……なんで邪魔をするんだろう。早くお姉さまのところに行かなくちゃいけないのに。キルテンの教育の賜物か、顔にこそ出ていなかったがクラウディウスはほんの少しだけイライラとしてしまっていた。


「さっき先生が言ってたけど。お、俺と同じ『中の上』の授業を受けたいから、今の試験を頑張ったって本当なのか? ですか?」


 ホラティオは「俺と同じ授業」のつもりで尋ねていた。


 クラウディウスは「『中の上』の授業」のつもりで答える。


「はい。そうです。だから頑張りました」


「そっ、そうなのか……。……はは。ま、参ったな」


 髪と目の赤い少年は頬や耳まで赤くしながら頭を掻いた。


「はあ……?」とクラウディウスは意味が分からずにまた小首を傾げた。


「困らせてしまいましたか? 申し訳ありません」


「いやっ。そういう意味じゃないんだ。ええと」


 ……なんだろう。教会でもたまに来るお客さまによくされた「内容は特に無いのだけれどもとても長いお話」の予感がした。こういう場合には、


「重ね重ね申し訳ありませんがわたくし、お姉さまに試験の結果をお伝えしなければいけませんので」


 次の仕事を口にして忙しく振る舞う――教会で覚えた対処法だった。


「え……あ、そ、そうか。呼び止めて悪かっ……申し訳ありませんでした」


「いいえ。では」


 良かった。解放された。これでお姉さまに会いに行ける。早く会いたい。上機嫌が漏れ出ていたクラウディウスは「失礼いたします」と天使の微笑みをその場に残して去って行った。


「…………」


 白い羽根でも見えているのか、クラウディウスの背中に目を向けたままぼんやりと立ち尽くしていたホラティオにその友人が声を掛ける。


「どうした? ホラティオ」


「え……あ、ああ。今、クラウディウス・アムレート様と話していたんだけど」


「ああ。クラウディウス・アムレート様。さっきの試験でもゴチャゴチャしてたな。前からの知り合いだったのか? 聞いてないぞ?」


「いや――」


 ホラティオは軽く状況を説明する。


「俺、また失礼な事をしてしまったのかな」


 しょんぼりと頭を垂れるホラティオの背中をその友人がバンバンと叩く。


「お前の礼儀知らずは今に始まった事じゃないだろ。今更だ」


「うるせい。なぐさめろよ」


「そんな事よりも」


「『そんな事』かよ」とホラティオは笑いを誘ったが友人はくすりともせずに真顔で続けた。


「クラウディウス様は姉君に試験の結果を急いで報告しに行った――と」


「それがどうした?」


 冗談を無視されたホラティオが唇を尖らせながら返す。


 友人はここでようやく「ふっ」と笑ったがそれは苦笑いに近かった。話を続ける。


「アムレート公爵家のテルマェイチ様に御兄弟姉妹はいらっしゃらなかったはずだ」


「ん? クラウディウス様はアムレート公爵家の分家の子だとか言いたいのか?」


 ホラティオは妙なところで頭が回り過ぎるきらいがあった。


「いや、もっと単純な話だ。クラウディウス様は養子で」


「養子の何が悪い?」


「実子との間には色々とあるんだろう。気を遣わなければいけないような事が」


 友人が肩をすくめる。ホラティオは横を向く。


「……ただの想像だろ?」


「確かに想像だが根拠が全く無いわけじゃないぜ? 今朝の事だ――」


 その友人は「通学路の真ん中でテルマェイチが、追いすがるクラウディウスの手を無下に払った」話を聞かせてくれた。


「まあ。これも俺が直接見たわけじゃないけどな。結構噂になってたぜ?」


「そうか……」とホラティオは呟く。


「そんな境遇のクラウディウス様がこれまで話した事も無かった噂の『赤い勇者』殿と同じ授業をあんなに受けたがるなんて。もしかしたら助けでも求めてるつもりなのかね?」


 冷やかし半分、冗談めかして友人は言ったが、


「……そうか」


 ホラティオは真顔で考え込んでしまった。




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