第8話 面倒なキャラが増えましたわ。
「すぐアイリーンさんにお詫びの品を手配しておいて」
「いや、それなら殿下方に『嘘ついてごめんなさい』する方が先では?」
食堂でブルーノ様らと解散したあと、シルバーに教室まで送ってもらっている時だった。
定期考査の結果が貼られている掲示板の前で、先まで食堂で騒いでいたアイリーンさんが指を掲げていた。
「見て見て! うちのお義兄ちゃん二位だよ!」
どうやらアイリーンさんにはお友達が多いらしい。義兄の優秀者にはしゃぐ彼女の周りを、同学年とみられる女生徒たちがきゃあきゃあ楽しそうに囲んでいる。
――まだ入学して一週間だというのに。
さっきも「お義兄ちゃんのばかっ」と涙ぐんでいち早くわたくしから離れた彼女は、食堂の外で待っていたらしき女子生徒らに励ましてもらっている様子が見られた。
途中入学の編入生。しかも元平民。普通ならば疎まれ、陰口が叩かれていてもおかしくなさそうなのに、もう心から許せる友人がいるとは……そのコミュニケーション能力の高さは素直に羨ましい。
「お嬢様、まともなご友人いませんものね~」
「……誰もそんなこと言ってないわ」
「ま、俺が下心あるやつらを全員追い払っているからなんですけど」
「えっ?」
そんな空耳を問いただす休憩時間は残っておらず。
午後の授業。当然シルバーは従者クラスの授業があるので、わたくし一人で授業に臨まなければならない。今日の午後の授業は学年全員での特別授業だ。女子生徒はお菓子作り。男子生徒は馬術の授業。授業というより世間勉強と交流に重きを置いた授業に、わたくしも当然グループの生徒らと調理に励んでいた時だった。
「わぁ、ごめんなさ~い!」
わたくしの顔に、思いっきり泡立てた生クリームの乗ったケーキが飛んでくる。
……あまり痛くはないけれど。
ボトリ、とケーキが落ちたあとのわたくしの顔は真っ白だっただろう。
思わず唇を舐めてみると、生クリームの甘みが上品で好みの味だった。
怒ればいいのか、笑えばいいのか。
わたくしの顔にケーキをぶちまけてきた張本人、桃色髪の編入生アイリーン嬢がわかりやすくアワアワしていたから。わたくしは小さく微笑む。
「いえ、大したことなくってよ」
「あれれ~。そこは『はわわ』じゃないんですかぁ~?」
「…………」
――これは、わたくしに喧嘩を売りたいのでしょうか?
わたくしの殿下方の前だけの『ぶりっこ』も噂として広まっているらしく、彼女の発言にくすくすと笑っている生徒も多い。……でも、戸惑っている方が大多数か。
仮にもわたくしは王太子妃候補。そして相手は平民上がり。
友人がいないと言っても、それは心を許せる相手がいないというだけで、特別社交性を問題視されるほどではない。なので同じ公爵という爵位の令嬢だとしても、まだ信用度には雲泥の差があるというもの。
そんな引け目を感じているのかいないのか。アイリーンさんは狼狽えないわたくしに対して耳打ちしてくる。
「悪役令嬢は悪役令嬢らしく、むしろあたしを虐めてきなさいよ」
「えっ?」
だけど、その疑問符に答えてもらえることはなく。
彼女はすぐに離れると、両手を合わせて「本当にごめんねっ!」と小さく舌を出したのだった。
「“あくやくれいじょう”って何ですの?」
「……それ、誰に言われたんですか?」
午後の授業後の人気のない廊下。放課後の約束の前に合流したシルバーに「アイリーンさんですが」と告げれば、彼は珍しく眉根をしかめた。
「お嬢様。このあとブルーノ様とお二人になっても大丈夫でしょうか?」
このあとは、なぜかブルーノ様に勉強を見てもらうことになっている。
……別に、わたくしは何も勉強に困っていないのだけど。昼食時に「会計学が苦手だろう⁉」と執拗に迫られ続けた結果、なぜか放課後に教えてもらうことになったのだ。
まぁ、彼の『ヤンデレ化』も今日でケリを付けたかったですし。
ここで決めると決意を固くお約束した手前……それこそシルバー相手に『あなたがいないとダメなの』などと言おうもんなら、それこそ抱腹絶倒。笑い転げてしまうだろう。
実際、わたくしが少し返答に遅れただけで、彼はにやりと口角を上げる。
「俺がいないと不安ですか?」
「誰もそんなことは言っていません」
「いいんですよ? 『シルバーがそばに居てくれないとダメなの』と甘えてくださっても」
「だ、誰がそんなこと言うもんですか」
「ま、俺は寂しいんですけどね」
「えっ?」
わたくしが疑問符を上げれば、彼はそっとわたくしの耳元を撫でる。
そのくすぐったさに肩を縮めれば、シルバーが笑った。
「俺を呼んでくれれば身を清めてさしあげましたのに」
――まだ生クリームが付いてましたの⁉
これでも濡れタオルで顔を拭って、制服も予備に着替えたつもりだったのに。
指を舐めて「甘いですね」と呟いた彼は、軽く肩を回してから真剣な顔で告げた。
「彼女の対処は俺がします」
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