第5話 この執事、ブレませんわ。
そして、迫りくる殿下方をなんとか「授業が!」「貴族の矜持が!」「持病の発作が」などと躱しに躱し、その日の晩。今日もわたくしはベッドで項垂れていた。
「どうしてこんなことになってしまったんですの……⁉」
「自業自得というものでは?」
そんな落ち込むわたくしに、無情な言葉のみ返すシルバーはいつも通り制服の手入れをしていた。
「俺からアドバイスさせていただくなら、この悪ふざけを早急に『ごめんなさい』した方がいいと思いますよ? こういう傷口は早く塞いだ方がいいんです」
「悪ふざけですって⁉ わたくしはどこもふざけてなどおりませんわっ!」
反論するわたくしに、シルバーは何も言葉を返さない。
ただ作業の手を止め、「じーっ」と青い瞳でわたくしを見返してくるだけで……。
まったく覚えがないわけでもないわたくしとしては、少しだけたじろぐ。
「わ、わたくしが謝ることなんてありません……!」
罪悪感がないわけではないのだ。
ここ数日、人前では「きゅるるん♡」だの「はわわー」などしか口にしてないわたくしである。それまでは普通にどこに出しても恥ずかしくない(であろう)公爵家の令嬢をしていたのだから……わたくしが最初『ヤンデレ』を病気や呪いかと疑ったのと同じように、殿下方も心配してくれているのであろう。今朝のあの会合も、わたくしの『呪い』を共有し、解決策を議論するためのものだったらしい。……なんか有耶無耶になってしまったけど。
勿論、この「きゅるるん♡」は病気でも呪いでもなく、わざとやっているので……騙しているという後ろめたさがないわけではない。
だけど! それをすぐさま認めてしまってどうなるのだ。
わたくしは仮にも次期王妃。そうそう簡単に自分の非を認めてしまっては、ラムネリアの名に泥をかぶせてしまうことになる。そうでしょう?
「そもそも、最初に『ヤンデレ』してわたくしを困らせたのは殿下ではありませんか。わたくしはそれに対処しただけでございます。謝るなら、まず『ヤンデレ』した殿下の方ですわ!」
「……負けて勝つ、という言葉をお嬢様はご存じない?」
「わたくしの趣味ではないだけですわねっ!」
断言したわたくしに、シルバは「はあ~」と深いため息を隠さない。
……わ、わかってますわよ。わたくしが謝ることが苦手だって。
でも、このくらいのことで謝りたくないんだから仕方ないじゃありませんか。
少々枕で顔を隠してむくれていると、シルバーが言ってくる。
「でも、さすがに彼らの言葉も一理あるかもしれませんね」
「わ、わたくしの『ぶりっこ』に傾国するほどの威力があるということですの?」
「お嬢様のポジティブさにめちゃくちゃツッコみたいところですが……さすがに四人が急にヤンデレ化するのは不可思議かと思いまして」
「やっぱり……そうですよね……」
そう――四人とも急に性格が変わりすぎなのだ。
レッドモンド殿下は良くも悪くもサバサバと仕事一筋の方だったし。
ブルーノ様も常にクールで、誰に対しても一定の距離感を保つような人物だった。
イエーロ様は明るい方だったけれど、社交よりもまず訓練。それに婚約者もいらっしゃるのに……あのような発言が公になったら、大問題に発展するのでは?
グリムヴァルド殿下も人懐っこい方ではあるけれど、きちんと将来の『義理姉弟』としてお互い線引きできていたはず。必要以上の会話はしたことないわ。
そんな近いようで遠かったはずの彼らが一斉に揃って、わたくしへの過度な独占欲を向けるなど……あぁ~やっぱり思い返すだけで鳥肌が立つ。どこの怪奇小説ですの?
わたくしが毛布をかぶってジタバタしていると、シルバーは容赦なく毛布を剥がしてきた。
「それで? どうするんですか、次期王妃様?」
「……なんでその呼び方ですの?」
「いえ? 勝手にオノマトペ化したあなた様はいつでも『ごめんなさい』すればいいだけの話ですが、もしも殿下方のヤンデレが何かの呪いだったら? 彼らは全員、このネルネージュ帝国の将来を背負って立つ令息たちです。婚約者がいる方もおられますし……何も大きな問題にならないと良いのですが……」
将来の重鎮たちの奇怪な変貌に、今のところわたくし以外に影響は出ていないようだけど……それがいつ表面化するかわからない。言いたいことはわかる。
でもとりあえず、珍妙な言葉の確認をしておきたい。
「おのまとぺ?」
「その『きゅるるん♡』とか『あは~ん♡』な擬音語のことですよ」
「そ、そんな破廉恥な言葉は使っていませんわっ!」
前者は覚えがありますが、後者は初耳です。
きっちりきっぱり訂正するものの、シルバーの表情は決して冗談を言っている時のモノではない。たとえ縁を切りたがっているとはいえ……これでも貴族の頂点に立とうとしていた女である。民を思えばこそ、放っておけるわけがない。できるかぎりのことはしなくては……。
だけど、それをシルバーに言われるのがなぜか悔しくて。
わたくしは八つ当たり気味に指を突きつけた。
「あなたにも手伝ってもらいますからね!」
「どうぞご随意に俺をお使いください――俺はあなただけの下僕なのですから」
「い、言い方……‼」
わたくしはさっきから熱くなりっぱなしの顔を慌てて両手で隠すものの、シルバーはわたくしの耳元で「ね、お嬢様?」とたっぷり息を含ませて囁いてくる。
ほんとにもう……わたくしをからかうのもいい加減にしてちょうだいっ!