第36話 睡眠不足はお肌の大敵ですわよ
♦ ♦ ♦
「ねぇ、シルバー。主を徹夜に付き合わせるとはどういうつもりですの?」
「お嬢様は三時にはウトウトしてらしたじゃないですか」
「だったらせめてその時点で帰らせなさい!」
もう空が白み始めるどころか、がっつりとお日さまが上っている。
早朝の五時ごろにみんなが寮に戻り始めて、無理を頼んだシェフなどに頭を下げたり、清算の旨を確認したりして、それから慌てて寮に戻って湯あみして。
ウトウトはしても、ベッドに身体を横たえることは叶いやしない。ましてやあまりの時間の無さから馬車では間に合わないからと、シルバーの馬に相乗りする始末。
前代未聞の重たい身体で彼の腰にしがみつきながら、遅刻スレスレで登校しているものの……どうして、この男は元気なのか。心なしか肌つやも良くなっている気がする。
「昨日のは本当なんだったのよ。あんな即席パーティー? する理由がどこにあったわけ?」
「え、ありありだったじゃないですか」
どうしてわからないのかと言わんばかりに返されるが……これが爆速で走る馬の背じゃなければ、思いっきりその口を摘まんでやりたくなるほどの憎らしさだっただろう。
そんなことを想像している間に、シルバーは説明する。
「まず、あの首謀者を俺のファンにする!」
「はい?」
いきなり飛び出た突拍子理論に疑問符を返すと、彼は解説した。
どうやら『俺のファン』という俺の応援をしてくれる人々をつくることで、間接的にわたくしに攻撃しようとする者を減らす魂胆らしい。俺の味方は、わたくしの味方……わたくしがシルバーの主でいる以上、そんな等式ができあがるとのシルバー談。
「その上で、俺にとっての『特別』はリュミエールお嬢様だけとアピールする」
「はあ」
主従関係に収まらない個人的な感情であることを強くアピールするのだという。
「それで、あの場にいた令嬢はみんな俺の言うことを聞きます。本当はもっと早く、学園内の女を掌握しておきたかったんですけどね。申し訳ございません。お嬢様との時間を優先したくて、ついつい面倒を先延ばしにしてしまいました♡」
その謝罪に、まったく反省の色がないのはさておいて。
わたくしは納得のいくようでいってはいけない謎理論で、特に穴のある点を指摘する。
「仮にそれが上手く行ったとて……その『特別』に嫉妬するコが新たにわたくしに敵意を向ける可能性もあるのでは?」
「それはないですよ。だって、そんな女、俺嫌いですから」
同じような疑問符しか出てきそうもないので、思わず閉口する。
だけど、振り向いたシルバーは怖いくらいにっこりとしていた。
「だってあいつらはみんな俺のことが好きなんですから。俺の嫌がることはしない――そうでしょう? 俺に嫌われたくないのに、俺の嫌がることをするなんてバカですからね」
――絶対に納得してはいけないような気がする。
だけど、あまりにも自信満々に語るものだから、どこを論破すればいいのかわからないジレンマ。そんなモヤモヤから無駄に彼のジャケット越しの背中を爪先でギイギイ引っ搔いていると、彼は「あと」と補足する。
「あの場にいた男連中も大丈夫です。俺のまわりにいれば、昨日のように他の女と知り合えるというおこぼれが貰えると学んだはずです。上手く活用できると思いますよ」
「……わたくしはあの夜で五十人あまりの味方を手に入れたと思っていればいいのかしら?」
面倒になった。
なので考えることを拒否したわたくしがそう結論づけると、シルバーも大きく頷く。
「ヤンデレさえ生まなければ大丈夫ですよ!」
「それですわッ!」
ヤンデレはダメだ。ダメですわ。
思いっきり頭を抱えるしかない。ヤンデレはダメだ。全ての理屈を超えて、彼らは前向きにヤンをデレてくる。ある意味最強生物だ。簡単にシルバーを(自称)愛する令嬢に刺される未来が視える。
だけど、当の原因であるシルバーは呑気なものだ。
「まぁ、ヤンデレ化の原因はわかるようなわかりたくない気がするんですけど、順当に撃退は出来ていそうですからね。あとレッドモンド殿下さえ丸め込めれば、それなりに収束するんじゃないかと」
「つまり……わたくしが殿下方に不敬を謝罪しなくても良いということね!」
「いや、それはさっさと謝るのがいいと思いますが」
「謝らないで済むなら、それに越したことはないわ」
――それはともかく、あなたはヤンデレ化の原因がわかったと?
彼のあやふやな物言いは、多分そういうこと。それでもわたくしに話したくない理由を察するに、おそらくアイリーンさん絡みなのだろう。
――転生者などという、神の御心による関するものなんだとしたら。
それも運命と受け入れるのが、きっとこの世に生きる者の定め。
――だけど、わたくしは?
このままレッドモンド殿下と結婚する未来を想像して、胸が悲しくなる自分の気持ちはどこに置いて行けばいいのか。
そんなことを考えて、シルバーの背に頭を預けた時だった。
「リュミエールっ!」
どうやら学園に着いてしまったらしい。
城から戻った殿下が、今朝も門のところで待っていたらしい。殿下もおつかれだろうに、ご苦労なことで……と嫌味のひとつでも言いたくなってしまうものの、そうはいかない。
わたくしを下ろすために、シルバーが馬から先に下りそうとする。だけどそれよりも早く、殿下はわたくしの腕を無理やり引き、その胸の中へと引きずり込む。そしてぎゅっと抱きしめてきた。
「あぁ、きみに会えない三日間がこんなに長いとは思わなかった。どうしてオレは共に連れて行かなかったのだろう。こんな美しい花、少しでも目を離したら虫がつくに決まっているだろうに!」
制服の靴に多少ヒールがついているとはいえ、殿下はわたくしの頭分くらい背が高い。なんだか思いっきり頭頂部の匂いを嗅がれているような気がして、とてもムズムズする。
腕に出来てきた鳥肌を擦っていると、殿下が耳元で囁いてくる。
「だから、行こう?」
「こてん?」
――どこへ行くんですの?
殿下の前ではオノマトペ。
自ら課してしまった設定を未だ謝罪する勇気の湧かないわたくしが、そんな疑問符を兼ねて首を傾げてみる。すると殿下は痛いくらいにわたくしの手を強く握った。
「オレときみしかいない、二人だけの愛の巣さ」





