第31話 きゅるるん♡の呪いって怖いですわ…。
そうして連れていかれた先は、教会の裏手だった。
学園内に併設された教会は、もちろん国教である女神アガメテリーテを祀っているアガメテ教のものだ。週に一度、生徒はアガメテリーテ様に祈ることで、その週の平穏と健康が約束されるといわれている。
そんな神聖なる教会の裏手も、もちろん草花の適度な手入れはされているものの……手入れをする時以外、あまり人の来る場所ではない。あとは教会の清掃の際、神聖なる水を汲み上げるための井戸があるくらいである。
なので、そんな清掃とは無縁であろう着飾った令嬢が、第二王子付き従者がいるなんて、本来ならありえないのだ。
「あの……なんで彼の場所がすぐにわかったんですの?」
「あぁ、彼も攻略対象者だからね。メインキャラの居場所、学園内ならわかるんだよ。ヒロインのチート能力ってやつだね」
乙女ゲームだとか。ヒロインだとか。悪役令嬢だとか。
この数日、聞き慣れない単語をやたら耳にするが、ここでさらなる未知な単語が登場した。
「お~。これはスチルってやつに……ならないなぁ」
「すちる……」
「映える光景ってことだね!」
――映え……とは?
謎が謎を呼ぶとは、まさにこのこと。
だけど目の前の光景も謎だった。どうして第二王子付きの若き有能従者が、着飾っていたはずの令嬢の襟首を掴みあげているのか。
しかも、
「てめぇ、うちのお嬢に何してくれてるんだよ? 樽の中に詰められて海に沈められたいのか。ああ?」
口調から何から物騒である。つい先ほどまでわたくしに適切な情報提供のみをしてくれていた節度はどこにいってしまったのか。
凄んだラグリさんに、令嬢の方は恐怖で怯え切ってしまっている様子。何か言葉を発しているようだけど、まるで言語になっていない。
そんなボロボロになってしまった令嬢にも見覚えがあった。ラムネリア家を目の敵にしている子爵家の令嬢である。数年前、彼女のご実家が大きな借金を抱えて没落しそうとのことで、幾ばくか資金援助をしたのだ。それで没落の危機は脱することができて、本来なら感謝されるべき立場であろうが……その後のとあるパーティーで、わたくしが少々失言をしてしまったのだ。
『あら、新しいドレスですわね。でもお金は大丈夫でしたの? ご相談くだされば、わたくしが見繕ってさしあげましたのに』
わたくしとしては善意のつもりだった。だけど……大勢の前でのその発言を、彼女が侮辱と捉えてしまったらしい。当然、わたくしは一緒に参加していた母上からとてもとても怒られた。当然、親同伴で謝罪しにも行っている。まだ十を過ぎた子供だったこともあり、それでお許しをもらっているとはいえ……その後も彼女に会うたびに睨まれるのも仕方のないことね。
「あの令嬢方で当たりですの?」
「うん。それは当たり。だから勝負自体は黄緑の勝ちになるのかな?」
――シルバーは負けたのね……。
ふと沸き上がった感情に、わたくしはまばたき三回。どうやら、わたくしはショックらしい。
だけど、のんびり感傷に浸ってている場合ではなくなった。
とうとうラグリさんがハサミを取り出す。
「おい、さっさと罪を認めろって言ってんだよ。髪でも切るか? 頭丸めて詫びを入れさせたら今後の牽制にも――」
そう言いながら、ラグリさんは彼女の長い髪を掴み上げて、その伸びきったところに刃を――――て、髪は女の命である。まだ実害はあってないようなものなのに、そんな大層なことしてもらわなくて結構!
「リュミエールちゃん⁉」
わたくしは慌てて飛び出して、ラグリさんの胴体に体当たり。反動でハサミが彼女の顔に当たらなかったことに安堵しながらも、わたくしはよろめいたラグリさんの前で、両手に腰を当てた。
「ぷんぷんッ!」
「リュミエール様……?」
――ここまで徹底する必要があるのでしょうか。
ラグリさんの目がそう語っている。わたくしも思った。ここにはいないシルバーの笑い声が聞こえるようだ。はぁ、アイリーンさんの言う通りだわ。早く癖を治さなくては。
ため息をしていると、目を見開いていたラグリさんが表情を戻す。そしてすぐさま敬礼をしてきた。
「そこをお退きになってください。今は彼女らとおはなししている最中です。すぐに終わらせますので、カフェテリアでお茶でも――」
――ずいぶん物騒なおはなし方法ですこと。
彼がどういうつもりでわたくしの従者になりたかったのかは知らないが、こうも物騒な方がいつもそばにいるなんて御免である。というか、どうして最近、わたくしのまわりにはろくな殿方がいないのか。
――もしや、これは『きゅるるん♡』の呪い?
アイリーンさんが言っていた。ラクをしていて楽しいのは最初だけ。あっという間に泥船化すると――まさにその弊害が怒り始めているのではないか。
それなら、もう男の勝負などに付き合っている場合ではない。
わたくしが今すぐ口を開いて、目の前の従者に説教しようとした時だった。
「よし、パーティーしようぜ!」
なぜ、彼の声が聞こえるのだろうか。
振り返れば、呆れかえったアイリーンさんをよそに、シルバーが倒れた令嬢を助け起こしていた。無駄に丁寧な動作で。
だけどその反面、彼の言葉はとても軽い。
「事件も無事に解決。そしたら後、和解のためにすることと言えば……パーティーしかありませんよね!」
「……こてん?」
シルバーの提案に、珍しくわたくしのみならず、この場の全員が小首を傾げたのだった。





