第3話 思っていたより強敵でしたわ……。
「僕がリュミエールに何かすると疑っているのか?」
「その時が来るまで、お嬢様の清いお体を守ることも仕事の一部ですから」
「貴様が手を出さない保証が――」
「おや、ご存じありませんでしたっけ?」
胸倉をつかまれながらも、シルバーは笑みを崩さない。
その態勢のまま器用にネクタイを緩めた。その襟元から覗くのは赤い首輪だ。
シルバーはその首輪を指先で触れながら妖艶に笑う。
「ラムネリア当主様から『隷属の首輪』を授けられておりますゆえ。俺が下心をもってお嬢様に触れようものなら、すぐに毒針が刺さり、俺は絶命する手筈となっております」
ちなみに、彼の首輪のことは殿下も承知だったはずである。
わたくしが入学した三か月前に、珍しく殿下が『男の従者で大丈夫なのか?』と心配してくださったのだ。『きみのお眼鏡に叶う侍女がいないなら、僕が手配しよう』とまでおっしゃってくださった殿下に、件の首輪の説明をしたのは記憶に新しい。
そんな心配もただの気まぐれで、忘れてしまっただけなのかもしれないけど。
殿下は悔しげにシルバーから手を離した。
「くっ……」
「リュミエールお嬢様の安全は、今後とも不肖シルバーにお任せくださいませ」
そんな殿下に、シルバーは再び恭しく頭を垂れる。
殿下は舌打ちを隠しながらも、わたくしに向かって柔和な笑みを向けた。
「見苦しいところを見せてすまなかったな」
……今の喧噪の直後に、ヤンデレは続行ですの?
心が強すぎる殿下に対して、わたくしもまた意を決して倒したばかりの身を起こす。
――ま、まだまだ必殺技は残っているんだから!
わたくしは覚悟を決めて、顔を作った。
「きょとん?」
「…………」
小首を傾げたわたくしに、殿下は再び固まられる。
ほら見て、この口元。アヒルみたいで間抜けでしょう?
この丸くした目、あざとすぎて馬鹿にされてるみたいでしょう?
「どうしたんだ……リュミエール?」
「こてん?」
そして秘儀、二連続攻撃っ‼
ほら、どうですか、この首を傾げる角度も。昨晩何度も鏡を見ながら研究したんですよ。
やっぱり今も殿下の後ろにいるシルバーは必死に口元をおさえているけれど……あなたはどうでもいいのです。勿論、イラっとしないわけではないのですが……ここは我慢。むしろ、あなたに馬鹿にされるってことは、わたくしの作戦に間違いはないはず。
そのはずなのに――
「どうしてそんな愛らしくなってしまったんだ!!!!」
「……ぽ、ぽかーん」
やっぱり殿下はわたくしを思いっきり抱きしめてきては、やれ「愛らしいだの」やれ「一生離したくないだの」、わたくしの髪を撫でながら、ずっと気持ち悪い発言を繰り返したのです。
結局、その日。わたくしは本当に知恵熱を出し。
そのまま寮へと戻らされて、今に至る。
額の上に氷嚢を乗せられながら、わたくしは眉間に力を入れていた。
「何が悪かったんでしょう?」
「いや、あれで上手く行くと思っているお嬢様が愛らしすぎるのですが」
「まあ、あなたまでそんなこと言うの⁉」
「ヤンデレ……というか甘言に抵抗ありすぎでしょう」
そう苦笑したシルバーは手慣れた様子で濡れタオルを用意する。そしてわたくしの顔や首元を軽く拭いながら、まるで世間話のように言った。
「そんな合法的に別れたいなら、一度俺と寝てみますか? 清い乙女をやめたなら一瞬で婚約破棄になりますよ。前世で大量に経験があるので、絶対に嫌な思いはさせません」
「そ、それは……」
熱のせいか、頭がぼんやりする。でも汗を拭いてくれるタオルが気持ちいい。わたくしは自然とタオルの動きを顔で追いながら考える。
たしかに彼の言う通りにすれば、必然的に彼の婚約者の座から下ろされることになる……? シルバーだったら……慣れているらしいし。そんな酷いことしない言っているし……?
「さ、最終手段にすることにしましょう」
「最終でも候補に入れてくださることが光栄ですね」
くつくつと笑うシルバーに、わたくしは握ったこぶしを見せた。
「でも何事も積み重ねが大事と言うわ! 明日もぶりっこを続けてみなくては!」
「頭の弱いおひとほど根性があるのが、どの世界でも共通の謎ですよね」
「それ、わたくしのことを言ってます?」
「いえ。ふと悟っちゃった転生者の独り言ですよ?」
でもやっぱり頭がぼんやりするから。わたくしは深く気にしないことにする。
そして、作戦決行三日目の朝。
「きゅるるん♡」
「今日もその愛らしいきみのままなんだね……」
無事に熱も下がって有言実行。
きゅるるん♡なわたくしに、さすがのレッドモンド殿下も思案顔だった。
これは……ようやく成果が出始めましたのね!
きゅるるん♡ポーズを維持しながらも、内心ほくそ笑んでいると。
殿下はまるで子供を諭すような優しい口調で言ってきた。
「そのままでもまんざらではないのだけど、それしか喋れないのもまた不便だろう……それは呪いの一種なんじゃないのか?」
「こてん?」
呪い……ですか……?
そう言われてしまうのは予想外でした。
でもたしかに……急に「きゅるるん♡」「こてん?」などの擬音語しか話さなくなったら、病気か呪いかと思うのもおかしくない……のかも?
わたくしが戸惑っていると、熱いまなざしの殿下がわたくしの両手をそっと握ってきた。
「一緒に来てほしい所がある」
。