第29話 見えない所にも気を遣うのがイイ男ですか?
「他に何か被害はありませんでしたか?」
「ふりふり」
「それはまた……相手のやりたいことが図りかねますね」
ラグリさんとそんなことを話している間に、シルバーはすぐ帰ってきた。
「捕えてきました。こいつ、無駄に書道段持ちなんですよ」
「なんだよー! 文字の綺麗な女の子はねぇ、モテるんだぞ~!」
「知ってるわ!」
シルバーが言葉の通り襟首掴んで連れてきたのは、アイリーンさん。
……うん。なんか、妙に腑に落ちた。ピンクですしね。それに【リュミエールちゃん】ですし。教室に入ってくるまでも、遠くから二人の喧嘩する声が聞こえてきていたから……はい、なんか、お疲れさまでした。
というわけで、わたくしはこれにて解散しようと思ったのだけど。
無理やり連れてこられたアイリーンさんに、わたくしは両肩を掴まれた。
「いや、悪いことしてないじゃん⁉ ただリュミエールちゃんにラブレター書いただけじゃん! 前々からお友達になろうって言ってたっしょ、あたし!」
――たしかに、それはそうですけども。
別に嫌な言葉を書かれただとか、脅迫されたなどではない。
だけど、昔は彼女の兄であった(らしい)シルバーが巻き舌気味で問いただす。
「じゃあ、なんでわざわざ教科書なんかに書くんだよ。ヤッターメン公爵家は養子に便箋すら与えてやれないほど貧乏なのか? 俺がちょー可愛いの買ってやろうか? あぁん?」
「いらないわっ! めっちゃ使いきれないほどお小遣い貰ってるわ! ほんと、あの公爵家には、あたしもママもいい暮らしさせてもらって感謝しかないわっ‼」
――それは何よりですわ。
……拍子抜けするほど、同じ貴族として誇り高いというものである。たとえ元平民であろうと、引き取ると決めたからには何不自由ない生活を与える。そしてしっかり子供には最高峰の教育として王太子やご子息が通う学園へ編入させる。家族仲もブルーノ様や彼女の発言からして、とても良好とのこと。善きかな善きかな。……で、終わってくれたらいいんだけど。
「じゃあ、どうしてこんな微妙なことしてんだよ⁉」
きっちり追及するシルバーに、アイリーンさんはこめかみを掻いた。
「いやぁ~、なんか如何にも三流っぽい令嬢らに、いじめに協力しろって脅されちゃってさ~」
――それ、笑いながら言うことですの⁉
思わずわたくしは眉間に力が入るものの、アイリーンさんは呑気なものである。
「あー、脅されたは語弊あるかな? なんか、貴族界を上手く渡っていきたいなら、ご協力しますわなんだとか。それでとりあえず、あたしに悪だくみを目論んでいるリュミエールちゃんを学園から追い出しましょうって言われて?」
「そんなこと考えたこともありませんわッ!」
もう、この際オノマトペどころではない。
食い気味で否定の言葉を口にすれば、彼女は「わかってるよ~」とわたくしの両腕をぽんぽんと叩いてきた。
「だからねぇ、こいつら馬鹿だなぁと思いながら、面白いかなと悪ノリしてみたわけですよ」
「ど阿呆」
そんな彼女のピンクの頭に、シルバーの拳がズドンと落ちる。
それはもう流れるような手並みと鈍い音で。
反動で座り込み、涙ぐみながら「あ~に~き~」と恨めしく見上げるアイリーンさんに対して、シルバーは腰に手を当てた。
「で、そのろくでもないこと言ってきたのはどこの誰だよ」
「教えな~い♡」
「はあ?」
――この兄妹は、心臓がオリハルコンで出来ているんですの?
そんな超稀少な材質で例えたくなるほどの会話に、数々の場数を超えてきただろうラグリさんも空気になるだけ。もう、わたくしも空気になろう。そう決めた時に限って、なぜか話を振られてしまうのだ。
「ところで今日はリュミエールちゃんたちって……今日も飽きずにリュミエールちゃん争奪戦をしているわけだよね?」
――飽きずになんて言わないでくださいまし……。
飽きてます。昨日今日と同じ展開に飽き飽きしてます……。いい加減、わたくしに令嬢らしい優雅な平穏を返してください。
「じゃあ、その黒幕を探すので勝敗つけたら?」
――なんか、また面倒なことになりましたわ。
指を立てるアイリーンさんは、とても可愛い。目鼻立ちが愛らしいのもあるけれど、それ以上に、表情と動作がいちいち可愛い令嬢である。
そんな現実逃避をしている間に、アイリーンさんは教室の時計を見上げていた。
「じゃーあー、制限時間は二時間かな。閉門の鐘が鳴るまで。それじゃあ、よ~いどんっ!」
アイリーンさんがパンッと手を叩く。
勝手に決まった勝負内容。それに当の本人らは文句がないらしい。シルバーとラグリさんは一斉に教室から飛び出していく。いかなる時も迅速な男たちである。もう少し主であるわたくしにペースを合わせてほしい。
「よし、それじゃあ行くよ。リュミエールちゃん!」
「へ?」
――どうして私も行かなきゃいけないんですの⁉
当然の疑問符があげるものの、やっぱりアイリーンさんは聞いてくれない。
「だって普段見えないところを見ないと、どっちがイイ男かなんて選べないでしょ?」
「ほえ?」
そんな彼女に手首を掴まれる。振り返った彼女の顔は今日の天気のように晴れやかだった。
「それじゃあ、れっつご~!」





