第26話 雑草は生えなくていいんですのよ⁉
「それで? 俺に何を聞きたいですか?」
なぜか、今日はシルバーがベッドに座っていた。わたくしを労う茶を淹れたりすることもなく、まず寮の部屋に着くなり従者が腰をかけたのだ。
その愚行にわたくしは嘆息を吐き、黒色のかつらを脱ぐ。
目の端に移る菫色。汗ばんでいたとしても、やはり馴染みある色というのは落ち着くもの。
特に突拍子もない話を聞くときには。
「転生者というのは、どういうことですの?」
「え、いまさら?」
鼻からの嘲笑にわたくしは眉根を寄せる。
それに、シルバーは慌てて「いやいや」と両手を振った。
「すみません。お嬢様を馬鹿にしたわけじゃなくって……俺、何度も転生者だって話していたのになぁっと。むしろ寂しく思っているくらいですよ」
「だって冗談だと思ってたんだもの。転生って、ようは何かの生まれ変わりってコトでしょ?」
「そうっすね。元の俺は、この世界ではない異なる世界の住人でした。その時の記憶を全てもった状態で、俺は今の『シルバー』という人間として生まれ変わったんです」
「それって……なんか凄い人ってことでいいのよね?」
わたくしが疑問符を投げかけると、彼は遠慮なく吹き出した。
「それが、そうでもないと思いますよ」
「どういうこと?」
「だって、たしかに女神の気まぐれで毒が効かない身体ではあるのですが……それ以外は本当に普通の人間ですし。筋力だって人並みですし、特別知能が優れているとも感じません。魔法みたいな力も使えませんしね」
……たしかに、彼が超人的だったことなんて、今日のさっきまで一度もなかった。
転べば怪我をするし、風邪だって引く。幼い頃から彼と生活をしてきているのだ。それこそ彼が見られたくないような情けない姿まで、わたくしは見てきているはずである。
「ちなみに、このとても優れた顔や身体は前世のままを使用してもらいました。俺、元から顔イイんで。さすがに髪や目の色はこの世界のに合わせてもらいましたけど」
自分で自分のことを『顔がイイッ!』と言い切る自信を超人と呼ぶなら、異なるけれど。
「あと、手先の器用さや女の口説き方なども前世の賜物です!」
「ギンザのなんばーわん……とかだったかしら?」
「そう! 元からデキた男だったんですよ、俺。だから、どうせ褒めてくださるなら、『転生者』だからではなく『俺』という人間を褒めていただきたいですね。今日もヤンデレ戦隊のひとりを撃退しましたよ! ほら、ご随意にどうぞ?」
「どうぞって……」
呆れたわたくしの手を掴んだ彼は、その手を自分の顎の下へと持っていく。
これは……猫や犬のように撫でろと言いたいのだろうか。
少しだけ指を動かして彼の顎の柔らかい部分を擦れば、彼はくすぐったそうに目を細めた。
――これは……何が楽しいの……?
自然と不可思議な状況に小首を傾げていると、とても楽しそうなシルバーがわたくしの腰を抱き込んでそのまま倒れる。当然、わたくしもシルバーを下敷きにした状態でベッドに倒れるのだけど……わたくしを胸に抱き込んだシルバーは声をあげて笑っていた。
「あ~、てか今までマジで信じてもらえてなかったのかぁ。転生してから十二年? はぁ、ここから始まるってマジ?」
至近距離で彼の匂いを感じて恥ずかしい以上に……なんか腹立つ。とても馬鹿にされているようでイライラする。それでも「まぁ、いいや」と勝手に笑い終わった彼は、とても優しい手つきでわたくしの髪を梳きだした。
「ねぇ、お嬢様。俺が異世界からの住人ってわかって、引きました?」
「え?」
わたくしは彼の固い胸に顎を乗せるように彼を見上げる。
「あなたは、わたくしの知るシルバーなんですのよね?」
「他にもっとイイ男をご存知だと?」
「そういうわけじゃ……」
思いっきり眉根を寄せれば、わたくしは再び顔を潰されるようにして頭を抱きかかえられてしまった。
「ははっ、やっぱり俺のお嬢様はサイコー‼」
――苦しいっ、さすがに苦しいわっ!
そんなに押し付けられると息もできない。なんとかモゾモゾ顔をあげると、そこにはとても至近距離なシルバーの嬉しそうな顔が待っている。
「それでは、これからも世界一の色男・シルバーをよろしくお願いしますね」
――そういうわけじゃないッ!
でも、いくら頭を巡らせても、他にイイ男と言ったらお父様くらいしか思い浮かばないから。父親執着者とも思われなくないわたくしは、結局むくれて顔を背けることしかできない。
嫌われ大作戦八日目。だけど今日は休戦日。
だって、王城の調査からレッドモンド殿下やブルーノ様が戻られるのは明日の予定だ。
なので、
「残る敵はレッドモンド殿下だけですか。ラスボス前のセーブポイントみたいなモンですね」
「何をわからないことを……」
馬車を下りるわたくしに手を差し出してくるシルバーに苦言を呈しつつも、わたくしも足取りは軽かった。だって彼の言う通りなのだから。表向きに『敵』と称するわけにはいかないが、今日はヤンデレの対処と無縁のはずである。
何事もなく、普通に勉学のみに集中する一日。そろそろ定期考査も近いはずだ。本腰を入れるにちょうどいい時期だろう。今度わたくしがどのような末路を辿るか定かではないが、試験の点数と成績はとって得することはあれど、損することはないのだ。
空が青々と澄んでいる。気持ちよい朝に、そんな学生らしいことを考えていた時だった。
「お待ちしておりました、リュミエール様」
門の前で、わたくしにお辞儀をしてくる執事がひとり。
無論、それはシルバーではない。黄緑色の艶やかかつ短い髪の青年は、現グリムヴァルド殿下の従者、そして前レッドモンド殿下の従者であるラグリさんだ。
それこそ、昨日もグリムヴァルド殿下とのお出かけにも空気のように着いてきてくださっていた方で……当然、わたくしも面識のある方である。
――昨日の詫びかしら?
そう周りを見渡してみても、肝心のグリムヴァルド殿下はいない。
ラグリさんは言う。
「本日グリムヴァルド殿下は体調不良という体でお休みでございます」
「なるほど。それではお見舞いの言葉だけお伝えいただけるかしら?」
「勿論でございます」
さすがに昨日の今日で、わたくしたちに顔を合わせにくいのだろう。まともな感性を持ち合わせてくれていて何よりである。わたくしもそれ以上の用はないので「それでは」と立ち去ろうとした時だった。
なぜか、ラグリさんに腕を引かれる。
「お待ちになってください」
「まだ、何かわたくしに用かしら?」
「はい。なので今日一日、私を従者として使ってはいただけないでしょうか?」
「はい?」
「そして宜しければ、今後とも私を使っていただけないかと」
「はい????」
――なにが「なので」に繋がるんですの?
主が休みなら、尚更その世話に努めるのが従者の役目ではないだろうか。
しかも、わたくしに仕えたいなど。
たしかに、グリムヴァルド殿下に愛想が尽きたといっても、わたくしは何も否定しない。だけど、レッドモンド殿下付きに戻りたいならともかく、なぜわたくしに?
そんな優れた点など、ここ数日「きゅるるん♡」しかしてないわたくしにありまして?
思いっきり眉根を寄せるわたくしの後ろで、シルバーが「ぷっ」と吹き出した。
「新しいヤンデレが生えた」





