第24話 とてもくだらない遊びですわッ!
不可思議な二者の睨み合い。
そんな光景に先に立ち眩みを起こしたのは、一足早く戻っていたアイリーンさんだった。
「もうやだ……リュミエールちゃん。あたしめっちゃめんどくさい」
――それはこっちの台詞ですわ。
わたくしの肩に項垂れてくるアイリーンさんに頭を乗せたくなるのをぐっと堪えていると、シルバーがこちらに視線を向けてくる。
「お、ちょうどいいところにお戻りで。ちょいと今から男同士の勝負を始めるんで、審判のほどお願いします」
「ちょっと何を始めるつもり?」
わたくしがまさに聞きたかったことを代わりに聞いてくれたアイリーンさん。
対して、シルバーがニヤリと口角を上げた。
「おまえが聞くなよ。ロシアンルーレットに決まってるじゃねーか」
「やっぱし……」
――いや、何がやっぱりなんですの⁉
完全についていけてないわたくしに対して、今度はグリムヴァルド殿下が口を開く。
「この九個のグラスの中の一つに毒薬が入っていてね? 一杯ずつ飲み干していって、毒を飲んだ方が負けって遊びさ」
その説明に、声を荒げたのはアイリーンさんだった。
「はあ⁉ ウォッカじゃなくて⁉」
「ほんとの酒だったら勝負にならねーじゃねぇか。ウォッカの一気飲みくれぇジョッキでもできる。ちなみにこれ、全部酒な」
「それはまぁ、あたしでもそうだけど……」
――ウォッカって、けっこう強めのお酒のことじゃなかったかしら?
まだ未成年ゆえ、お酒の知識には疎いけれど……少なくとも、年上とはいえ未成年のシルバーが飲み慣れていてよいものではない。しっかりとお酒は十八歳からと条例で決められている。
――民を代表する王子と、公爵家の執事が条例違反だなんて……。
店員も人払いしているのが、せめてもの救いというもの。そこまで計算づくなのだろうが。
わたくしは未だ呆然としている中、シルバーは対面に座る殿下に促した。
「それじゃあ、お先にどうぞ?」
「おや。ずいぶんと余裕じゃないか」
「そうでもないですよ? 最後の一杯を呑むのは殿下になりますから」
「ふふ。それじゃあ、お先に」
殿下が端に置いてあるグラスを持ち、一気に飲み干す。
それに「いい飲みっぷりですね~」と軽口を叩きながら、シルバーもまたグラスをひとつグイッと飲んで。
――いや、もう少し躊躇ってくださる⁉
本当に毒が入っているかはさておいても、あまりの潔いグラスの空け方に、見ているこちらがドキドキしてしまう。
それなのに、彼らは次のグラスを飲みながら呑気に会話をし始めた。
まるで、普通に盃を交わしているかのように。
「シルバーさんはどうしてリュミエールに固執するの? それだけ有能なら、他でも働き手があるだろうに」
「そりゃあ、俺はお嬢様に拾われた身ですからね。飼い主に生涯を捧げる……なんて、よくある話でしょ」
「ふふ、そんな忠誠心の高い男には見えないけど。でも安心しなよ。この勝負でぼくが勝ったあと、ちゃんと君の新しい働き口を斡旋してあげるね? それこそ城で働くとかどうかな? 将来的にリュミエールと同じ敷地内には居させてあげるよ」
「は~、勝負が終わる前から勝った気ですか。さすが王子殿下は強気ですね~」
そんなことを話している間に、お互い二個目のグラスを空にしたらしい。
グラスを選ぶ順序はきちんとグリムヴァルド殿下からのようだ。殿下はシルバーがグラスを選び終えたのを確認してから、またゆっくりとそれを飲み始める。
「あぁ、リュミエールも普通に話していいんだよ? そのために人払いをしたんだし」
――やっぱり、わたくしがわざとだってバレてますの?
わたくしが躊躇っているも、シルバーが「そりゃあ普通わかるっしょ」と鼻で笑い飛ばしてくるから。わたくしは渋々口を開いた。
「……どうして、わたくしの与太を兄殿下方に進言しなかったんですの?」
「え、だってなんか面白そうだったから」
脱力したくなるほどシンプルな理由に言葉を失くしているも、殿下はグラスを傾けながらのんびり頬杖をつくだけ。
「てか、兄上たちは一体どうしたんだろうね? さすがにリュミエールのあんな下手くそな演技に気付かないほど、落ちこぼれていないと思ってたんだけどな」
――下手くそって……。
あぁ、シルバーがまたしても机を叩いて大笑いしている。
アイリーンさんも「だよねー」と髪をいじりながら苦笑していた。
……もうどうにでもなれと、わたくしも同意する。
「それには同感でした。なので、わたくしなりに殿下方の方こそ呪いにあっているのではないかと調査していたのですが――」
「あぁ、いいんじゃない? ほっとけば」
「えっ?」
殿下方はまたしても同時に飲み終えたらしい。グリムヴァルド殿下は数が半分近く減ったグラスの中から、次のをのんびり選んでいる。
きっと、毒だなんだという話はわたくしをからかうための嘘なのでしょう。
なので、わたくしは話の流れ通りに異を唱える。
「だ、だってブルーノ様などはともかく……レッドモンド殿下は貴方様のお兄様ですよ? しかも王太子殿下がヤンデレ化しようものなら今度の為政にも――」
「その兄上たちのヤンデレ化? それは何かぼくに支障があるのかな?」
その発言に、わたくしが目を見開けば。
グリムヴァルド殿下はゆっくり目を細めた。
「まあ、兄上が使えなくなったら、必然的にぼくに王位継承権が移るよね。特別王位に固執しているわけじゃないけど……リュミエールが付いてくるなら話は別かな。そのためなら、ちょっとめんどくさいことだって頑張るつもりはあるよ」
殿下が「これに決めた」とグラスをとれば、シルバーもすぐさま手前のものを選んで。
「それに、元からブルーノ殿もイエーロ殿は……わかりやすく言えば『第一王子派』だから。上を挿げ替えるなら、同時に改めるべき人材だ。彼らがどう落ちぶれようが、やっぱりぼくにさして影響はない」
彼らはまた同時に飲み始めながら、殿下は語る。
「民草にとっても……きちんとした為政さえ行ってくれれば、ぶっちゃけ王様が誰だろうが関係ないでしょ? 別に今のところ税収を上げるとか戦争するとか、そんな構想ぼくにはないからさ」
……それは、真なのかもしれない。
皇帝が誰になろうが、民には直接影響しないような些末な問題なのかもしれない。
それでも。
「ね? この奇怪な現象はぼくにとって急を要するに値しない状況ってわけ。まぁ、できることなら君を表舞台に立たせない方が好ましくはあるんだけど。その分リュミエールを独り占めできるわけだし?」
――それでも、レッドモンド殿下はあなたのお兄様でしょう?
わたくしには兄弟がいないから、全てを理解することはできないかもしれないけど。
「ま、今までは水槽の中の魚で疑似体験するだけに済ませていたんだけどさ。ぼくの最愛なるリュミエールが他の男に娶られる――兄上はぼくの慈悲でリュミエールを抱けているんだ。そしていつか、リュミエールは何人もの子供を産まされる。全員が自分の子供だと信じて、きっと兄上はすべての子供を平等に愛するだろう」
それでもレッドモンド殿下は口数少ないながら、たまに話していた。
自分の弟はとても優秀な子だと。
とても思慮深くて、将来共に政を行うのが楽しみであると。
正直、グリムヴァルドが王位に就いても構わない。その時は自分が全力で支えてやろうと。
「でも、そのうちの何人が、本当に兄上の血を継いでいるのだろうね? ねぇ、リュミエール……想像するだけで楽しくなって来ないかい?」
そうとまで言っていた、兄殿下に対する物言いに。
わたくしは気持ち悪いと軽蔑するよりも先に、他の感情を抱いた。
――すごく、悲しい……。
なんて言葉を返したらいいのかわからないでいると、アイリーンさんがわたくしの肩に手を置いてくる。
「リュミエールちゃんの手には負えないと思うよ」
そして、その言葉もまたシンプルだった。
「こいつは天然のヤンデレだ」





