第21話 緑のヤンデレの事情
本作で一番病んでるかと思います。
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「明日は、本当にラムネリア嬢と逢引きされるのですか?」
「ラグリ、この時間はいつも邪魔するなと言っているだろう」
ぼく、グリムヴァルド=フォン=ネルネージュの専属従者ラグリが、今日もぼくの憩いの時間を邪魔してくる。
だけど、今日のぼくは機嫌がいいから。そんなラグリの不敬も笑って許してあげよう。
「それより、きみは何か勘違いをしているな。ぼくはただ不在の兄上の代役を務めるだけだよ」
そう話しかけながらも、僕は水槽から視線を動かさない。
だって、僕の『リュミエール』の子供が生まれたばかりなんだ。
彼女と同じ菫色に輝く熱帯魚の『リュミエール』は、今日も無垢な顔で優雅に水槽の中を泳いでいる。何も知らないというのは、本当に美しい。
ちなみに、『リュミエール』と繁殖した男はすでに水槽から取り出してある。
別に、ぼくはそれ以上のことは何もしない。それどころか、彼のために高価な小皿まで用意してあげたくらいだ。今、水槽の隣の小さな皿の上には、干からびた小魚が乗っている。
卵を産んでから『リュミエール』はますます美しくなった。膨らんだお腹も愛らしかったけどね。やはりスマートでいる方が泳ぎやすいようだ。
『リュミエール』にはこれからもずっと元気でいてもらいたいから。
水槽の管理も、高価な餌も、きちんと適切に保ってあげなければ。
「ですが、ラムネリア嬢はレッドモンド兄殿下の婚約者……兄殿下の許可なくして過度な接触を避けた方が――」
「うるさいなぁ。別に二人の間に『真実の愛』があるなんて、リュミエールは思ってもいないんだから……別に公爵令嬢がどっちの王子に嫁ごうが大局から見れば変わらないじゃない。リュミエール自身の妃教育が本格化するのも卒業したあとから。たとえ今ぼくが寝取ろうと、まだ母上から小言いわれる程度だよ」
そう、ぼくはずっと、ずーっとあらゆる方面を気遣ってきた。
僕の気遣いを、たとえ生涯『リュミエール』はわからないのだとしても……それでも、ぼくは構わない。彼女がずっとぼくの水槽の中で、無邪気に泳いでいてさえくれれば、それがぼくの幸せだ。
……そう、だから他の男なんて『リュミエール』には要らないんだ。本当にただの気まぐれに入れてみただけだったんだけど……その醜い男は、ぼくの無垢な『リュミエール』をあっさり自分のものだと錯覚した。
――だから、兄上なんて眼中にすらない。
――むしろ、目障りなのは……。
「し、しかし、私も貴方様の付き人として定期的に陛下に報告書をあげなければならない身でして――」
「うるさいってば! まだ兄上に未練があるの⁉」
ぼくは手近にあった小皿をラグリに投げ飛ばした。
しょせん小皿だ。彼の胴部分に当たったところで殺傷能力なんかないし、絨毯の敷かれた床に落ちても割れやしない。ただ、上に乗っていた『何か』は、どこかに落ちただろうけど。
ラグリもただ、兄上のものだったから奪ってみただけ。兄上がどれだけ執着するか図るためにおねだりしてみたら、意外とあっさり手放した。だからリュミエールも、タイミングさえ見計らったらあっさりくれそうな気もしてるんだけどね。最近の兄上の様子を見ると……どうなんだろう?
ともあれ、兄上から譲り受けた従者はどこか煮え切らない顔をする。
「そういうわけではありません。ただ、自分は与えられた役目をこなすまでですので」
「ふ~ん……」
僕は名残惜しくも、水槽から離れる。
だけど何も心配はないんだ。どうせ、『リュミエール』はぼくの水槽からは出れない。
ぼくはラグリのネクタイを引っ張った。
「別に見た通りのことを報告にあげていいよ。ありがとね。ぼくを守ろうとしてくれているんでしょ? でも大丈夫だから。別に、どこかの使用人の暇に関与したって咎められることもないでしょう?」
そして、ぼくはラグリに笑みのひとつを残し、水槽へと戻る。
この往復の間に、ぼくはあれを踏んだのだろうか。まぁ、わざわざぼくが確認するまでもないよね。どうせ人生を長い目でみたら、子供時代のそばにいた相手なんて思い出のひとつにすぎない。いつかは顔すら思い出せなくなる。きっと、その程度なものなのだから。
――そうなるように、ひと時の戯れ相手は早めに始末しておかなくちゃ。
ぼくが再び水槽を観察すれば、『リュミエール』の口の中に小さな小さな稚魚が飛び込んでいった。
「あぁ、今日も可愛いね。ぼくだけの『リュミエール』」
僕は優しく、優しく水槽を撫でる。
緑のあとにちょっと入れたいエピソードができたので、完成原稿に手を加えてます。そのため当分1日1話更新にする予定です。最後まで宜しくお願いいたします。





