第20話 まったく嬉しくないお誘いですわ。
そして、何も味がしなかった昼食も終わり。
「それではグリムヴァルド殿下。俺らはここで――」
「えー、ぼくも同じ教室じゃない?」
いち早く殿下と別れたくても、残念ながらわたくしは殿下と同じクラスだ。
なので、シルバーと二人で話したい時に限ってヤンデレに拘束されっぱなしのわたくしは、また『必殺・あぁ、眩暈が』を発動させようかと悩んでいた時だった。
「あ、リュミエールちゃ~んっ!」
そのやたら親しげな声に振り返れば。
桃色の髪を弾ませた美少女、アイリーンさんがこちらに手を振りながら駆け寄ってくる。当然、本来なら廊下を走ることはマナー違反。
だけど、殿下が口にしたのは別のことだった。
「ほら、シルバーさん。恋人が呼んでいるよっ!」
その声がひときわ大きく廊下で響く。
「えっ、違う! あたしは――」
「ほらほらシルバーさん。遠慮しないでいいですよ。リュミエールには僕がついているし……たとえぼくに不甲斐ないところがあっても、ラグリがフォローしてくれますから」
ラグリさんはグリムヴァルド殿下付きの従者である。
まさに従者の中の従者という方で、いつもグリムヴァルド殿下の影となり付き従っている方。元は公爵家の三男となる男児だった。だけど愛妾の息子ということで幼い頃から王宮に入り、第一王子付き従者としての経験を重ねることになったという。
……そう、昔はレッドモンド殿下に仕えていた方。でもグリムヴァルド殿下が入学する際のお祝いとして譲り受けたらしい。
もちろん、レッドモンド殿下には新しい従者がついたし、ブルーノ様、イエーロ様にも常に従者がいらっしゃったが……呼ばれた時以外に控えているのが通常の従者である。常に主に軽口を叩き、主を大笑いする存在感のある従者なんて、わたくしはシルバー以外に知らない。
そんなラグリさんはシルバーより年長者だが、従者クラスの場合は主の学年に合わせる。だからラグリさんは同じ学年をやり直すことになっているのだが……そんな彼は何も語らずただただシルバーに頭を下げて。
シルバーが「どうします?」とばかりに視線を向けてくるが、わたくしは大人しく頷いた。さっきと同様。相手は仮にも第二王子殿下だ。ここまでお膳立てされて、逆らう方があとが怖い。
すると、シルバーはわたくしたちに向かって一礼する。
「それでは……決して殿下のおっしゃるような関係ではありませんが、俺はここで失礼させていだたきます」
「うんうん。リュミエールのことは何も心配しないでいいからね」
そしてシルバーは「めちゃくちゃ心配です」という視線をわたくしに投げてから「アイリーン」と踵を返して。
「それじゃあ」とわたくしを促した殿下は、自然と手を繋いできた。
「そういえばさ……明日の休日は何か予定ある?」
嫌な予感がしつつも、わたくしが「こてん」と小首を傾げれば。
グリムヴァルド殿下はニコニコと告げた。
「ほら、シルバーさんも疲れているようだし……たまには恋人とデートとか行きたいだろうからさ。暇をあげたらどうかなって」
――その間、わたくしの世話は誰が?
わたくしが眉根を寄せると、殿下はまるで心を読んだかのようにスラスラ言葉を発する。
「その間、ぼくらもデートしようよ。兄上も今、城に戻ってしまっているでしょ? 代わりに休日のエスコートするのも、弟の務めだと思うんだ?」
「ね、お願い?」と上目遣いされると同時に、繋がれた手を強く握られて。
それを拒絶するオノマトペを、わたくしは持ち合わせていなかった。
「――と、いうわけで。明日は休日を満喫してきて構わなくてよ」
「いや、どーして俺があいつなんかとデートしなくちゃいけないんですか!」
今日もシルバーはわたくしのジャケットを脱がせてくれる。
後ろにいる彼に、わたくしは視線だけ向けた。
「……だって、恋人なんでしょう?」
「はあ? 俺があいつと?」
わたくしがベッドに座るまで、シルバーはあんぐりを口を開けたままだった。
だけど途端、手を叩きだす。
「あっはっはっ! お嬢様はほんとお可愛らしい! やっぱりそれでここ数日嫉妬してるんですか⁉」
「そんな、嫉妬だなんて!」
わたくしはベッドから立ち上がり、慌ててシルバーに詰め寄ろうとするも、
――誰に、そんな権利が……。
やっぱりベッドに腰を戻す。
「ただ……わたくしは、あなたにも幸せになってもらいたいと……」
「俺の幸せ?」
「えぇ……あなたにだって、あなたの人生があるでしょう?」
しょせん、主と従者は仕事関係の間柄にすぎない。
だから顔を背け、そう告げれば。シルバーの手がわたくしの頬に添えられた。
「あぁ、幸せだなぁ」
「……シルバー?」
「あんたのその悲しげな顔、マジでそそる。いっそのこと泣かせてやりたいね」
無理やり顔を向き合わせられれば、彼はうっとりと目を細め、薄い唇を舌で舐めていて。
そして「そうだった」と何か思い出したかのように慌てて手を離したシルバーは、その手で自身の首輪を撫でていた。
「それじゃあ、明日はお言葉に甘えてデートしてきましょうか。お嬢様もグリムヴァルド殿下とのデート、楽しんできてくださいね」
シルバーは美しいまでににっこりと微笑んでいる。





