第19話 第二王子は厄介ですわッ!
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嫌われ大作戦六日目。
――あら、ものすごく仲睦まじいですわね。
お昼の食堂で隅の席を見やれば、イエーロ様とコンスタンツェさんがとても楽しげに会話をているようだった。……殿方の顎を扇で持ち上げるのが正しいお姿かはさておいて。
それでもとても『婚約破棄』したようには見えないお二人に、わたくしが思わず苦笑した時だった。
「リュミエール知ってる? 昨日の夕方、イエーロ殿がコンスタンツェ嬢に土下座したんだって。それにアイリーン嬢が一枚噛んでいるって噂だよ」
グリムヴァルド=フォン=ネルネージュ第二王子殿下。
彼は、わたくしの婚約者・レッドモンド王太子殿下の弟君である。
学年はわたくしと同じ一年生。まだ成長期が来ていないとのことで、比較的身長が小柄の愛らしい少年である。だけど昔から頭の回転が早く、城の者たちも一目置いているという噂。
そんな第二王子殿下が、食事を待ちながら頬杖をつく。
「アイリーン嬢が彼らと親交あるなんて話、聞いたことなかったんだけど……リュミエールは何か詳しいこと知ってる?」
その笑顔の問いかけに、わたくしは首を「ふるふる」と横に振った。
おそらく……昨日の夕方、イエーロ様より一足先にコンスタンツェさんに接触したのだろう。その時コンスタンツェさんに何を吹き込んだかまでわからないが……わたくしが憶測できるのは、そのくらい。
深く知るなら、もちろんシルバーに訊くのが一番だろう。だってあからさまにアイリーンさんと縁がある様子。だけど昨日もあれから、いくらわたくしが問いてもアイリーンさんに関してだけは話を逸らしてばかりだった。
わたくしがそんな給仕に向かっている執事を目で追うよりも早く、グリムヴァルド殿下が「あはは」と笑い声を発してくる。
「ほんと呪いにかかったリュミエールは可愛いねぇ。兄上たちは必死に解こうとしているようだけど、ずっとそのままでもいいんじゃない? ぼくら以外とは普通に話せるんだから、実際生活の支障はほとんどないでしょう?」
そして、殿下は頬杖をついたまま目を細めた。
「ずーっと好きなだけ『きゅるるん?』していていいからね」
――これはもしや……バレてます?
こめかみに嫌な汗を掻くわたくしに、さらに殿下は追撃をかける。
「ねぇ、知ってる? シルバーさんって、アイリーン嬢と恋仲なんだって」
「俺がどうかしましたか?」
シルバーが戻ってきたのは、ちょうど胸が苦しくなった時だった。
一礼とともにそう声を挟んできたシルバーが、慣れた手つきでトレイの上の食事をわたくしに給仕しようとする。当然、殿下の前には殿下付きの従者が同じように動こうとしていた。
だけど、わたくしが殿下の発言に動じている間に、二人の会話は進んでしまう。
「あ、シルバーさん。ここからはぼくにやらせてください!」
「そんな不遜はできかねます」
「はは、ぼくがやりたいって言ってるんだから。そんなに働きたいなら、お水のおかわりでも持ってきてくれないかな? ぼく喉カラカラで」
「……かしこまりました」
シルバーが何か言いたげにわたくしを見てくるけど。
わたくしは何も言葉を返せない。
――シルバーが彼女と恋仲……。
その瞬間は、わたくしも一昨日しっかり目撃している。
だから、今更なことなのに。
どうも他人からその事実を聞いてしまうと、なぜだか胸が縮こまったように苦しくて。
「あーん?」
だけど、そのオノマトペと目の前に差し出されたスプーンに、わたくしは我に返る。
いつのまにか隣に移動したグリムヴァルド殿下が、その愛らしい顔でわたくしに匙を差し出しているではないか。
「……こてん?」
わたくしが小首を傾げた途端、殿下の表情が変わる。
「ぼくの食事は食べられない……?」
目にたくさんの涙を溜めた、今にも泣きだしそうなその顔に「いえ――」と思わず言葉を返そうとした時だった。
――しまった!
ハッと口を噤む。「そんな不敬は」やれ「恥ずかしいです」などと言えれば簡単。だけど、たとえ首を横に振ったとしても「ぼくがいいって言っているんだよ」など笑顔で躱されてしまうだろう。
なにより今のスプーンを差し出すグリムヴァルド殿下の笑みが「擬音語だけで断れるの?」と挑発してきているようで。
わたくしは観念して、大人しく口を開く。「美味しい?」と聞かれたって、味なんてさっぱりわからない。ただ気恥ずかしさで視線を逸らしていると、今度は殿下が首を傾げてきた。
「あれ? いつもシルバーさんにやってもらっているんじゃないの?」
――そんなわけないじゃないッ!
赤子じゃあるまいし、そんな過保護な面倒なんてこちらが御免である。
全力で「ぶんぶん」と首を振れば、グリムヴァルド殿下が目を細めた。
「……ぼく、公爵になるのやめて、リュミエールの世話役に立候補しようかな。もう少し身長が伸びたら、燕尾服も似合うと思わない? 最近膝とか痛いから、もう少し伸びると思うんだよね」
たしかに……身長が伸びた殿下を想像すれば、かなりの美少年になるだろう。レッドモンド殿下とはまた違った……それこそ色っぽさを兼ね備えた麗人になりそう。それこそシルバーのように。
だけど、
――そんなの許されるわけないじゃないですか。
れっきとした王家の人間が、いち使用人に下ろうなんて。
わたくしが「じとー」と半眼を向ければ、殿下は「冗談だよ。半分はね」と笑うけれど。
そんな時、現在のわたくしの使用人シルバーが水を持って帰ってくる。
よかった。これでこの戯言は終わり……と安堵の息を吐こうとした時だった。
「おあっ」
突如、シルバーが珍しく素っ頓狂な声をあげて転ぶ。当然膝をついた彼のそばでグラスが割れていた。床が濡れ、その水がグリムヴァルド殿下にもほんの少しだけかかってしまったらしい。
顔をあげたシルバーが慌てて謝罪を口にする。
「も、申し訳ございません……」
「あはは、ただの水だし、ぼくのことは気にしないでいいよ。でもシルバーさんもお疲れなんじゃないかな。ねぇ、リュミエール。たまには彼に暇でも出してあげたら?」
そう――殿下の顔色は明るいけれど。
だけど、わたくしは気づいてしまっていた。
シルバーが転ぶ少し前、グリムヴァルド殿下の足が不自然に伸ばされていたことを。
「いえ、ただの俺の不注意ですから。お嬢様、何も気にせず――」
わたくしに向かって弁明してきたシルバーに、先に笑みを向けたのは殿下だった。
「それじゃあ、自分の不始末はちゃんと自分で片付けてね? あ、モップじゃなくて雑巾で掃除してほしいな。誰かが掃除している光景を目にしながら食事なんて、みんなに迷惑でしょ?」
「……かしこまりました」
そして一礼したあと、シルバーは急いで雑巾をとりに行く。
「はい、それじゃあリュミエール。あーん?」
――公衆の面前で、殿下に楯突くわけには。
だからこそ、シルバーも不満を顔に出さずに堪えているのだろうから。
わたくしはシルバーが這いつくばって床の水を拭くすぐ隣で、笑顔のグリムヴァルド殿下に口を開く。





