第16話 脳が理解を拒みましたわ。
なのに、どうして二人はついてくるのだろう。
「ほら、おまえは早く帰れよ! 全然勉強についていけてないんだろう?」
「そんなのあんたには関係ないじゃん! あたしにはもっと大切なことがあるの‼」
「ただでさえ訳あり転入生のくせに成績がビリとか救いようがねぇじゃねーか!」
ずんずんと。ずんずんと。
ひたすら突き進むわたくしの後ろで、二人はこれでもかと仲の良さを見せつけながらずーっとずーっと着いてくる。
だから、イエーロ様がいるであろうグラウンドに着くまであっという間だった。
「リュミエール殿じゃないか! 嬉しいな、オレの応援に――」
――あ~、そうだ。応援……応援、ね……。
思いっきり息が切れているわたくしに、さらに応援しろとおっしゃいますか。
そんな嫌味を飛ばしたくなるが、それは令嬢根性でグッと堪えて。
わたくしが「きゅるるん♡」と挨拶すれば、イエーロ様がまるで飼い主を見つけた忠犬のように爽やかな笑顔で駆け寄ってくる。
「さっき窓から見ていただろう? オレはキミを守る騎士に相応しかっただろうか?」
――あなたが守るべきなのはわたくしではなく、レッドモンド殿下なのでは?
そう訂正したいところだけど、オノマトペだけでは難しい。
なので「にっこり」と誤魔化していれば、イエーロ様は気まずそうに視線を逸らした。
「さきほど……昼の件だが、オレなりに考えてみたんだ。あれはあの場を納めるための貴殿の演技だったのだろう?」
すると、イエーロ様は両手でわたくしの手を掴んでくる。
「感謝する、リュミエール殿。やはり、オレには貴殿しか……」
細めた目の端を赤く染めたイエーロ様。
たしかに昼のは演技ではあるのですが……そのお話は公衆の面前ですることではない。
わたくしは微笑んだままイエーロ様の手を掴み返す。そして人気のない校舎の影へと連れて行くのだが……イエーロ様は何を勘違いしたのだろうか。
「リュミエール殿も意外と積極的なんだな」
――何のことですの?
わたくしが「こてん?」と疑問符を投げるよりも前に。
壁際で振り返ろうとしたわたくしの横に、イエーロ様がドンと手をついてくる。
こ、これは……昨日シルバーがアイリーンさんに迫っていた時の恰好に近いのでは?
しかもそのまま、イエーロ様がわたくしの顎を少し持ち上げて……どんどんと顔を近づけてくる。半目。荒い鼻息。気持ち悪い。
「いやっ!」
わたくしは足を振り上げていた。とっさに出るのはシルバーの教えだ。
――目と、こ……足の間!
「めっ!」
容赦なく足を振り上げると、それはイエーロ様の足の間に直撃した。そのままよろける彼の顔に掌底を打ち込めば、大きな殿方が尻餅をつく。
「はうわぁ……」
――今のオノマトペ、わたくしではないですわよね?
周囲を見渡せば……眼下のイエーロ様が、なぜか恍惚とした顔でわたくしを見上げていた。
「やはり貴殿はそっちが好きだったのか……そういうことなら、オレも腹を括って……」
――ちがーうっ!
だけど、ここ数日で気が付いたことがある。
『ヤンデレ』って、実はとてもポジティブなのでは?
全身でこうも拒絶されたのに、好意があると思えるなんて。解釈違いは甚だしいけど、そこまで前向きな思考ができるとは。一周回って羨ましい。
思わず呆れ返っていると、奥からシルバーが近づいてくる。やっぱりアイリーンさんと一緒についてきていたらしい。だけど彼はわたくしの隣で、粛々とイエーロ様に一礼する。
「僭越ですが、お嬢様は単純にあなた様を怒っていらっしゃるのですよ」
「リュミエール殿が、俺に怒りを?」
――今蹴ったり殴ったりしたのは、ただの自衛ですけど。
それでもやっぱり前向き解釈をしたイエーロ様は慌てて立ち上がって、わたくしの手を取ろうとしてくる。
「すまなかった! オレの不満があるなら何でも指摘を――」
「まず謝る相手が違うんじゃな~い?」
それをシルバーが制するよりも早く。
イエーロ様の後ろで、自身の桃色の髪をくるくる弄んでいるアイリーンさんが、さもつまらなそうに口を尖らせていた。
「あれでしょ~。あたしも見てたけど、お昼にコンスタンツェちゃん突き飛ばしてた方でしょ。どんな理由があろうともさ~、プロの男が素人の女を殴っちゃダメだってば」
「あ、あれはそもそもリュミエール殿を罵った彼女が――」
「どSのSはサービスのSっ!」
そして容赦なく、アイリーンさんはイエーロ様にビンタを食らわせる。
バシンとした音にわたくしが奥歯を噛み締めるより早く、アイリーンさんは踵を返していた。
「よく覚えとけ、この○×※★◇」
去り際のセリフは、わたくしにはよく聞き取れなかったけれど。
やれやれと肩を落とすシルバーと、なにやら青ざめているイエーロ様。
そんなイエーロ様は「貴殿もそう思うか?」とおそるおそる訊いてくるから、わたくしもとりあえず「こくり」と頷いてみれば。
彼はがっくりと項垂れた。
「コンスタンツェに正式な謝罪をしてこよう。そして……オレが嫌なら、正式に婚約を見直そうと」
見送った背中がとても小さくて。
思わずシルバーに視線を向ければ、彼はにっこりと微笑んでくる。
「お嬢様、アイリーンの言ったことよくわかってないでしょう?」
「……えぇ」
「俺が教えるまで、ずっと可愛らしいお嬢様のままでいてくださいね」
その美しい笑みが、ものすごく腑に落ちなかったのは言うまでもない。





