第15話 怒ったり泣いたり忙しいですわ…。
――周りからの視線が痛いですわ~ッ⁉
午後の授業中はずっと誰かにじろじろコソコソ見られっぱなしだった。
陰口も『ぶりっこ』に対してだったら構わない。だってそれを覚悟しての作戦だったもの。
だけどお昼の被虐趣味は……ものすご~く恥ずかしい。
わたくしは変態じゃないですわッ!
そう言い返してやりたいものの、イエーロ様の醜聞の件もあるし。そもそも授業中だし。
正直先生の話なんてまるで耳に入らないので、窓の外を見やれば。
グラウンドでは二年生の男子が剣術の訓練をしていた。なぜ学年がわかるのかと言えば、運動着のアクセントカラーが緑だったからだ。
その中で、特に目立つ生徒がひとり。
イエーロ様だ。その大柄な体格が……ではなく、誰と剣を向き合わせても、一瞬で勝負がついてしまうらしい。しかもそのあと、倒れた相手に必ず手を差し伸べ、怪我の心配をしているようだった。紳士である。そんな紳士が、どうして婚約者の令嬢を突き飛ばしたのか。
――どうにか早く解決しないと。
もはや、わたくしのヤンデレが気持ち悪いなんて私情は後回しだ。
今まで正しい努力を重ねてきた人たちが『ヤンデレ』のせいで道を踏み外してしまう。
そんな勿体ない話があってたまるものか。
――放課後はどうしようかしら。
お昼休みはうやむやになってしまったから、特にイエーロ様と放課後の約束はしていない。
だけど今日中に決着は着けるべきだ。レッドモンド殿下とブルーノ様が戻ってくる前に、ひとりでも正常化しておきたい。……さすがのヤンデレ四人をまとめて相手するのは御免だもの。
――とりあえずシルバーと合流して……。
そう思考を巡らせて、唇を噛み締める。
――仲直り……したのよね?
もしも、また他人行儀な態度をとられたら。
そのことを想像して、暗い気持ちを胸に抱えていると……授業終わりの鐘が鳴る。
今頃、廊下ではシルバーが控えているのだろう。
その姿を想像して、固唾を呑んで。祈るような気持ちで彼が冗談を言ってくれることを期待していると。扉が開いた先は、どうやら騒々しいようだった。
「待って待ってちょっとどいて……あっ、リュミエールちゃーんっ!」
――リュミエールちゃん?
公爵家の令嬢たるわたくしを、今までそんな可愛らしく呼んだ人物なんて一人も知らない。
だけど、クラスで『リュミエール』はわたくし一人なので……そちらを向けば、従者たちの間から無理やり身体を出す令嬢が一人。桃色髪のわたくしの義理のはとこ、アイリーン=フォン=ヤッターメンだ。
「ねねね、リュミエールちゃん。ちょっと話したいことが――」
そう、彼女が気安げにわたくしの腕を引いた時だった。
「――アイリーン」
――呼び捨て?
彼女を呼んだ声に、とても聞き覚えがあった。
それはわたくしが先まで思い浮かべていた相手――わたくしの従者シルバーが、たしかに彼女を鋭い目つきで見つめている。だけどわたくしと視線が遭うや否や、その表情をすぐに和らげ、恭しく頭を垂れた。
「お嬢様はこれから大事な用事がありますので。もしご用件がございましたら俺に申しつけていただけますか?」
「……あんたと話したくないから、直接リュミエールちゃんを呼んだんだけど」
そんな彼女の発した低い声音に、わたくし含めて周囲が息を呑むも――ただシルバーだけが「ははっ」と肩を竦める。
「おやおや、俺はこんなにもお前と話したいのに。ずいぶんと嫌われたものだな」
「はあ⁉ 誰が好き好んで――」
わたくしは彼らの会話を最後まで聞くことができなかった。
――そんなに仲がいいのね。
わたくしが知る限り、出会って二日目のはずだけど……すでに「アイリーン」や「あんた」と気安く呼び合う仲であるらしい。もしや、もっと昔から知り合いだったのかしら? それならそうと教えてくれればいいものを――わたくしが知らないということは、話せないような深い間柄なのだろう。
わたくしは二人の間を無理やり押し通る。
「どうか、お二人でごゆっくりと! わたくしはイエーロ様に用がありますので!」
「いや、だからその前に聞きたいことが――」
アイリーンさんが呼び止めようとしてくるけど、わたくしはその手を容赦なく振り払った。教室を慌てて飛び出しながら、わたくしは唇を噛む。
自分が惨めで惨めで……泣きたい気分だったの。





