第13話 犬も食べないというアレですわ。
そして午前の授業の終わりを告げる鐘が鳴れば、ぞろぞろと従者たちが主を迎えに入ってくる。従者クラスはこのために少し前に授業が終わっているのだ。
当然、例にもれずわたくしのそばにシルバーがやってきては、
「お嬢様、授業お疲れ様でした」
と、恭しく椅子をひいてきた。
――何よ、いつもはもっと気安いのに。
それこそ、うたた寝もしてないのに『涎のあとが付いてますよ』くらいの冗談を言ってくるのが常である。それなのに「このまま食堂へ向かって宜しいでしょうか?」と視線を合わせないまま確認してくる彼の足を、わたくしは踏んだ。
それでも、彼はまるで顔を上げてくれない。
「……何か言いなさいよ」
「俺を踏もうが蹴り飛ばそうが、全てはお嬢様の自由ですので」
「もういいわッ!」
この学園に通い出して三か月。従者の案内などなくても、食堂の場所くらいわかるもの。
わたくしは足早にひとりで食堂に向かう。当然のように、何も言わないシルバーが着いてくるようだけど……わたくしは一瞥しただけで、あとは勝手にさせておいた。
食堂につけば。椅子から立ち上がり手を振ってくる美丈夫が一人。
「リュミエール殿!」
だけど遠くから全力の「きゅるるん♡」を発動させる気分ではない。
令嬢らしく小さく手を振り、彼のそばに近づいてから控えめに「きゅるるん♡」と挨拶すれば、イエーロ様は慌ててテーブルの向かいに回り、直々に椅子を引いてくださった。
その不慣れな愛らしさに「きゃび☆」と礼を告げてから椅子に座れば、シルバーが粛々と「それではお食事を運んでまいります」と頭を下げてくる。
わたくしはイエーロ様が対面の席に戻っているわずかな死角に顔を向けて唇を噛み締める。
――誰か笑ってよ~~ッ!
この嫌われ作戦を始めて、今日で五日目。
オノマトペだけで会話をすることには慣れてきたが、だからといって羞恥がなくなったわけではない。自分の痛々しさに顔を隠していると、席に戻ったイエーロ様が眉根を寄せてくる。
「どうした? やはり体調が優れないのか?」
――改めて、どうやってオノマトペだけで近況を聞き出せばいいのでしょう?
この連鎖的な『ヤンデレ化』の糸口には、やはりブルーノ様と同様、イエーロ様にもお悩みがあるのではと考えるのが普通である。
昨日は筆談が使えたが、食事の場でノートを取り出すのは無作法。
そして肝心の通訳役のシルバーもあんな様子。
――これはまた放課後に賭けるしかないかしら……。
とりあえず顔を「ふりふり」した時だった。
「リュミエール様、イエーロ様をお借りしても宜しいでしょうか?」
昨日と同様、わたくしの食事時間に割り込む令嬢。
ただし、その丁寧な申し出はアイリーンさんのものではない。
胸までの金色の巻き髪に、青いカチューシャがとても映えていた。そんな貴族オブ貴族な令嬢は二年生のコンスタンツェ=フォン=ブラックサンダー。わたくしもパーティーで度々挨拶したことがあるが、スルメロ伯爵家と縁談を結んでいる侯爵家のご令嬢である。
そう――このイエーロ=フォン=スルメロ様は婚約者持ち。
今の時代、在学中に婚約者を見つける令息令嬢たちも多い中で、イエーロ様は入学前からこのコンスタンツェさんと婚約を結んでいた。どうやらイエーロ様の父親とコンスタンツェ様の父親は昔からのご友人らしく、お酒の場で決まってしまった婚姻という噂だ。
それでも子供同士の年齢や家督的にも何も問題がなかったため、今まで婚約が続いているのだという。聞いた話によれば、お二人が卒業したらすぐにでも式を挙げる予定なのだとか。
そんな学年が上の令嬢から直々に婚約者と話したいと訴えられて。たとえわたくし方が身分が上であろうと、ここで意固地を張る趣味もなければ、イエーロ様に執着があるわけでもない。
――調査は放課後に回しましょう。
わたくしが素直に「こくり」と頷くも、それに反対するのはイエーロ様の方だった。
「邪魔をしないでくれ。今、オレはキミに用がない」
「そんな言い方はあんまりですわ! わたしこそ、イエーロ様に毎日ランチのお誘いをしているのに……どうしてリュミエール様とは一緒に食べるんですの⁉」
「いつもは訓練で忙しいからと言っているだろうが。ただ、そんな大切な訓練よりもリュミエール殿とのひと時の方が大事だと気が付いただけだ」
「まあ! あなたの婚約者はわたしですのよ⁉」
「ただ親同士が決めただけだろう。別にオレも嫌だと言ったわけではないが、そもそも婚姻だ結婚に興味があったわけではない。オレは将来、王の盾になるだけなのだから」
「なら、あなたにとってわたしは何なんですか⁉」
「……そういうのは面倒だからやめてほしいって、何度も言ってきただろう」
――これは、痴話げんかというやつかしら?
キーッとハンカチを噛むコンスタンツェ様。
その様子をうんざり顔で見つめるイエーロ様。
――間にいるのも、余計に話がややこしくなるわよね。
こういう話には関わらないのが一番。わたくしがそっと席を立とうとするも、やはりコンスタンツェ様は見逃してくれなかった。
「リュミエール様も……殿下という婚約者がおりながら!」
別に、彼女はわたくしに何かしようとしたわけではない。ただ涙を浮かべて、そして憎々し気にわたくしを睨みながら叫んできただけ。
それなのに……何を勘違いされたのか、イエーロ様が飛び出してくる。
「オレのリュミエール殿に何をする⁉」
もしかしたら、イエーロ様はコンスタンツェ様を軽く押しただけなのかもしれない。だけど、常に日傘を差しているような令嬢と、毎日訓練を重ねている騎士。
その腕力と体格の差は、強き者が意識して弱めないとただの暴力だ。
「きゃあっ!」
椅子を巻き込み倒れるコンスタンツェさんに、わたくしは慌ててハンカチを取り出す。椅子の角にでもぶつけたのか、彼女の口の端が切れてしまっていたからだ。だけど、「貴女様の同情など要りませんわ」と受け取らない気丈な彼女に、イエーロ様は言い放った。
「コンスタンツェ、キミとの婚約をなかったことにしてもらいたい」
「そ、そんな……⁉」
――なんですってッ⁉
その最悪の展開に、わたくしは思わず息を呑んだ。





