第11話 わたくしは泣きませんわよ!
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似合わないお菓子の袋紙は、わたくしのために買ってきてくれたのだろうか。
「見なかったことには……出来ないか。仮にも、レッドの婚約者だもんな?」
その冷たい声音は、まるでナイフのような鋭さで。
固まったまま動けないわたくしを、ブルーノ様は後ろから抱きしめてくる。
「じゃあ、このままどこかに隠してしまおう」
その言葉に、わたくしはますます身を固くする。
そんなわたくしを、ブルーノ様は笑い飛ばした。
「ははっ、表向きは誘拐ということになるのか。それもまた一興だな。どうせレッドを討てば、大罪人になるんだ。どのみちリュミエールを手に入れるためには、この手を犯罪に染める必要があるわけか」
――だから怖いですってば~‼
本気で泣きたい。助けてと泣きわめきたい。
だけど、わたくしは気が付いてしまった。
わたくしを抱きしめるブルーノ様の手が震えていることを。
だから、
「なでなで」
「リュミエール……?」
「なでなで」
その手を、わたくしは擦るように撫でる。
だって、わたくしは知っているから。
レッドモンド殿下とブルーノ様は、いつも二人で難しい話をしていることを。
去年のスラム街の疫病問題の際も、わたくしの誕生日パーティーに参加しながら、お二人は挨拶もそっちのけにずっと解決策について議論していた。その時の阿吽の呼吸で繰り出される案の数々……わたくしには展開が早すぎてさっぱりだったのだけど、一朝一夕の交流でできる会話ではなかった。
そんなお二人が、本当に心の底から憎しみ合っているなんて思えない。
少なくとも、わたくしの名より「ブルーノが」とよく口にする殿下が、ブルーノ様を嫌っているはずはないから。
わたくしが撫で続けていると、耳元で聞こえる声が震えていた。
「あぁ、もう……なんで……」
その熱い吐息が、わたくしの肩を濡らす。
「俺はこんなに努力しているのに、どうしていつも二番手でいなければいけないんだ」
泣いているのか、いないのか。肩に顔を埋められて、ブルーノ様がどんな顔をしているのかはわからないけれど。まるで彼の声は泣いているようだった。
「本気でやったら、俺はあいつよりも頭がいいんだ。だけど、俺はあいつより優れてはならない。王太子は、常に一番でなければ。俺はしょせん、あいつの引き立て役でしかないんだ……」
――それは本当なのでしょうか?
わたくしとて、一応レッドモンド殿下の婚約者。それこそ今まであまり縁のなかった親戚よりは懇意にしていたつもりである。
そんなわたくしから見て……レッドモンド殿下はとても努力家だった。
ブルーノ様がどれほど優秀なのか、わたくしは噂話と試験の順位でしか知らないけれど……少なくとも、レッドモンド殿下がそんな贔屓を望む人ではないことは知っている。
――だけど、そういうことではないのでしょう。
たとえ、殿下自身が望んだことではなくても。
周囲がそれを望んでいるから。
常に王太子が一番であるように。
すべては盤石な為政のために。
その期待に応えるというのは、疲れるものだ。
その現実逃避に物騒なことを考えたくなるくらいには。
――それこそ、わたくしが『ぶりっこ』で婚約破棄を狙おうとするのと同じかも。
そう考えると……撫でているのは、わたくし自身。
ただただ、おつかれさま――と、誰かに言ってもらいたかったのかもしれない。
そうして、しばらく撫でていると。
肩から重みが抜ける。そして頭上から聞こえてくる声は、ひどく落ち着いたものだった。
「……あれ」
「こてん?」
手を止めて、見上げれば。
「……君はなに馬鹿なふりをしているんだ?」
思いっきり眉をしかめたブルーノ様が、わたくしに心底呆れた目を向けていて。
――こ、これは……⁉
もしや、ブルーノ様の『ヤンデレ化』が解けたのでは⁉
何が良かったのかわからないけれど、これでブルーノ様が正気に戻ってくださるのなら……それこそレッドモンド殿下にわたくしの異常性を訴えて離縁まで持って行ってくださるかもしれない! もしかしたら、レッドモンド殿下自身の『ヤンデレ』もご指摘してくださるかも!
そう期待に満ちた目で「きらきら」と見上げれば。
ブルーノ様はなぜか顔を赤くして、視線を逸らしてしまった。
「あ、違う……そうだった。そういう呪いにかかっているんだったな……」
――違いません……ブルーノ様の目が正しいんです~‼
もうここは、本当のことを打ち明けるべきでは?
腹を括って、ここ数日の非礼を詫びて。軽蔑、罵倒される覚悟で頭を下げるべきなのでは?
そう、意を決して口を開こうとしたのに――
「まったく、手のかかるはとこ様だ。勉強するよりも先に、その症状の改善策を調べなければならないとは……待っていろ。一刻も早く治してやる」
そんな優しい口調で言われてしまったら、言い出しにくくなるではないですか~ッ⁉
しかも、すぐさま踵を返し、それらしき本棚へと向かうブルーノ様が小さく苦笑する。
「そんな馬鹿っぽい相手じゃ、おめおめ甘えることもできないからな」
「はわわ?」
その後、わたくしはこれ以上何も言うことができず。
レッドモンド殿下が「俺も仕事を全て片付けて来たぞ!」と突撃してくるまで、二人で呪術書探しをしていたのだった。
少なくとも、ブルーノ様に異常なストレスがあったことがわかった。
だけど、そのことを恐らくレッドモンド殿下は知らない。だってさっきも三人で本を漁っていた時も、殿下は常にブルーノ様のことを呼んでいた。きっと試験の順位が詐称されていることを知ったら……どうなるのかしら? しょせん「きゅるるん♡」しか話せないわたくしには、告げ口することもできないのだけど。
それよりも驚くことが。
「あぁ、リュミエールもあのブルーノのノートを見たのか」
「はわわん?」
あの――ということは、レッドモンド殿下も承知のノートであるということ。
わたくしが「あわあわ」していると、ブルーノ様はくつくつと笑う。
「そう、レッドは僕があのノートを書いていることを知っているんだ。しかも、たまに『もっとこうした方がいいんじゃないか?』と真面目な顔で口出してくるんだぞ? お前の婚約者、性格悪いだろう?」
ブルーノ様は「今からでも婚約を見直した方がいいんじゃないか?」と提案してくるが、わたくしは要らぬ杞憂に脱力するばかりである。当のレッドモンド殿下も「まぁ、あまり広まらない方がいい趣味だがな」と苦笑するだけだった。
ともあれ、わたくしのための解呪方法を探しているにも関わらず、そんな会話以外はわたくしのことそっちのけで集中していたお二人。このまま時が過ぎれば……と思っていたのに。
結局別れ際は、
「すまない、僕のリュミエール。本当なら片時も離れたくないのだが、今から僕は王都に戻り、王城の書庫を調べてこようと思う。……ブルーノ、同行するな?」
「勿論でございます、殿下。ただ俺のリュミエールと最低三日間も会えなくなることだけが心残りだ。どうか俺の夢に中に会いに来ておくれ。いつでも待っている」
と、なぜか両名から抱きしめられ、彼らは慌てて馬車へと乗り込んでいった。
行動の早い未来の王様と宰相である。将来がとても有望だ。彼らの調査内容が『ぶりっこの治し方』などではないのならば。
――どんどん謝りづらくなっている気がするわ……。
夕暮れにどっとため息を吐いて、わたくしは馬車を見送ったあとに踵を返す。
なかなか濃い一日だったが、三日間も二大ヤンデレに会わずに済むのはありがたい。
そんな重い足取りで、わたくしはシルバーを探す。
今日もどっぷり疲れたので、寮に戻ってマッサージでも受けながら、ブルーノ様についての報告をしなければ。成果があったようななかったような、そんな報告しかできないのだけど。
「さて、どこに――」
彼の方がわたくしを探してくるのが常である。
だからカフェテリアでお茶でも飲みながら待っていようと向かっていれば、中庭の影に見覚えのある人影あり。
話が早くて助かったわ――と、彼を呼ぼうとした時だった。
わたくしの従者が、桃色髪の女子生徒を校舎の壁に押し付けている。
その腕の間に彼女を入れて。足の間に膝を入れているのか、彼女は身動きが取れない様子。
そんな状態で、シルバーはその女生徒――アイリーン=フォン=ヤッターメンの顎を軽く持ち上げて、どんどん顔を近づけていく。
「きゃ……」
わたくしは上げかけた悲鳴を無理やり押さえて、その場から逃げ出した。
胸が痛いのは、走るなんて慣れないことをしているせい?
それとも――なぜだか、わたくしの目から涙が零れそうになった。





