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第1話 白い結婚がしたいですわッ!



「リュミエール、なぜ他の男と話すんだい? 僕以外と話す必要はないだろう?」


 どうして、わたくしの婚約者はこうなってしまったのだろう。

 この赤い長髪がとても華やかなレッドモンド=フォン=ネルネージュ第一王子殿下はわたくしの婚約者である。長身痩躯。文武両道。質実剛健。眉目秀麗。ありとあらゆる誉め言葉が似合う、誰もが次期国王と認める立派な青年が……今、学園の校門の真ん前でわたくしの腰を抱き、まさに顔と顔が触れてしまうそうな近距離でそんなことを言ってくる。


 一か月前までは、こんなことなかったのに。

 もっとビジネス的に。適度な距離感をもって。


 お互いに一歩引いた感覚で、よい政略結婚の相手(仕事のパートナー)と割り切った良い間柄だったのに。


「殿下、少々距離が近いように思います」

「そんな寂しいことを言わないでおくれ? できることなら、きみとは心も身体も一つに溶け合いたいくらいなのに」


 ――朝っぱらから気持ち悪いですわッ!


 だけど相手は仮にも王太子殿下。公衆の面前であってもなくても、そんな暴言を吐くわけにはいかず。そして仮にも『婚約者』という手前、あからさまに拒否するわけにもいかず。


「そんな……皆様の前で恥ずかしいですわ」


 などと、無難な苦言で愛想笑いを浮かべることしかできない。

 しかも納得がいかないのが、そもそもわたくしは殿下に注意されるような行為を何もしていないのだ。

 ただ馬車を下りる際に手を貸してくれた自分の執事に「ご苦労」と告げただけ。


 レッドモンド殿下は公衆の面前で、わたくしをこれでもかと引き寄せたまま、わたくしの執事を睨みつける。


「貴様もいつまで恨めしそうに俺の婚約者を見ているんだ? 役目はもう済んだだろう? 早く下がりたまえ。できることなら、他の誰の視線にも入れたくないんだ」


 そう言うな否や、殿下は鼻と鼻がくっつきそうな至近距離で、金色の瞳をうっとりと細めた。


「きみは僕の瞳の中だけにいればいい……そうだろう? 僕だけのリュミエール」


 えーと……それではわたくしも殿下も、公務が全然できなくなるのでは?

 だけど、やっぱり相手は婚約者であり第一王子殿下。

 しかもここは、多くの生徒が登校する校門前。


 わたくしは「ほほほ」と愛想笑いをするほかないのだった……。




「どうしてこうなったんですの⁉」

「あっはっは! この間言っていたじゃないですか、『僕は真実の愛に目覚めたんだ』って」


 そして夜。ようやく私室に戻れたわたくしは自分の執事シルバーに文句をぶつけた。

 全寮制の王立貴族学校。貴族のご子息ご令嬢たちに一律高度な教育を与える……という名目で、反旗を翻す貴族が出てこないように管理するための学園では、それぞれ同年代の従者を一人だけ連れて入学することが許可されている。


 そんな制度の中で、どうしてラムネリア公爵家の長女たるわたくしが、異性の従者を連れているかはさておいて……わたくしが日中のストレスをぶつける相手は彼しかいない。


「なんですか、その胡散臭い理由は⁉ わたくしたちの間には『より良い国を作る』という崇高かつ淡白な理由だけがあったんじゃないんですの? 学生である今はお互い勉学に励み、たまのパーティー時に互いのパートナーを務めながら定期報告をかわすだけだったのに! それを! 朝からわたくしを待ち伏せだなんて……‼」


 わなわなと震えていれば、シルバーはわたくしの制服にブラシをかけながら苦笑していた。


「でも、ゆくゆくは世継ぎを作る間柄でもあるんですから。あれよりもっと深いことを――」

「世継ぎ……」


 それは……わたくしが普段あまり気にしないようにしていること。

 そりゃあ、王太子殿下の婚約者に一番に求められる業務がそれになるのですが。

 勿論、わたくしも最小限の知識は本で学んだことがありますし。まさか幸せを呼ぶ鳥が運んできてくれるとか、そんな子供だましな話を信じてはいる年ではない。一年前までは。でも、それだけで何も問題ないはず。そういった公務を求められるのは卒業して、妃教育を終えて、結婚した後――五年後くらいのはずだ。決して遅れをとっているわけではない。


 もう十六歳の立派な公爵家の長女たるわたくし、リュミエール=フォン=ラムネリアは、自慢の菫色の髪を掻きあげてから……現状の悩みを思い出して、叫んだ。


「でも……あんなめちゃくちゃ気持ち悪い言動を望んではいませんっ‼」


 今思い出しただけでも鳥肌が立つ。

 どうして、あんな歯の浮く発言ばかりするようになったのか。

 少し前までは、口を開けば政治のことばかりの真面目な殿下だったのに……。


「意味がわかりません! 自分以外と話すなとか、他の者と視線を合わせるななど……そんなこと命じられたとて、わたくしの人権はどうなりますの? 殿下の人形になれと? わたくしにだって心はございますのよ⁉」


 そこまで一息に言い放ってから、わたくしはベッドから立ち上がる。そしてシルバーのネクタイを掴んだ。


「なのでシルバー、今すぐ選びなさい」

「何をですか?」

「わたくしは明日から、殿下に嫌われるよう全力を尽くすつもりです」


 ネクタイを引っ張られても、彼は眉根ひとつ動かさなかった。


「仮に、その罪でわたくしが公爵家を追われた場合、あなたにも責任が追及される恐れがあるわ。そんなわたくしに最後まで付き合うか、それとも今すぐわたくしの従者をやめるか――あなたには選ぶ権利がある」


 だけど、わたくしの発言に彼は青い瞳の上にある整った眉根を寄せる。


「お嬢様、レッドモンド殿下に嫌われたいのですか?」

「えぇ。わたくしに愛想が尽きて、白い結婚になれば御の字。たとえ婚約破棄と言われても……あんな嫌悪感を抱えたまま余生を過ごすよりはマシだわ。大人しく身分を捨てて修道院にでも参りましょう」


 白い結婚とは、愛のない偽装結婚を意味する言葉。

 正直それを自ら望む女はほぼいないと思う。それでも、わたくしはそれを望んでしまうほど全身が『それ』を拒否していた。

 ここ最近の殿下の言動を思い出すだけで、両腕を擦ってしまう。

 そんなわたくしに、シルバーはため息を隠さない。


「さすがに婚約破棄は世間体を考えて難しいと思いますが……仮に白い結婚になったとして、愛妾を囲われても我慢できると?」

「勿論よ。むしろ殿下の御戯れ相手を務めてくれるなら、わたくしから報奨金を出したいくらいだわ」

「どんだけ愛がないんだよ……」


 さすがのシルバーも敬語が抜けるくらい呆れているようだけど。

 それでも、わたくしは本気だ。表情を引き締めたまま訴える。


「情と愛は別物ですわ。幼い頃からお互いを知っているからこそ、受け入れられないものがあるんですの」


 それにシルバーも声を落とした。


「そんなにヤンデレがお嫌いですか」

「やんでれ……?」

「俗語では、心が病んでいるように過剰な愛を示すことを『ヤンデレ』というのですよ」

「それは……病気や呪いの一種なのかしら?」


 その疑問に、彼は短く応じる。


「性癖の一種です」

「せいへき……」


 それって、また閨事に関する単語なのでは……?

 思わず視線を逸らして、わたくしは話の本筋を戻した。


「と、とにかく! わたくしには付き合いきれません! 早急にそのヤンデレ? 対象を変えていただかないと!」

「それで? 具体的にアイデアはあるんですか?」

「えぇ、勿論! とっておきを用意してありますわっ」


 わたくしがきっぱりと言い切れば、彼は作業の続きをしながら「ふーん」と気のない返事を返す。そんな彼にわたくしは真面目に結論を促した。


「でも、それにあなたまで付き合う必要はないと――」

「付き合うに決まっているでしょう」


 シルバーは仕事をいったん止め、わたくしの前に(ひざまず)く。


「お嬢様は俺の全てだ。女神様からもらった奇跡(ギフト)を簡単に手放すはずがないでしょう?」

「……あなたまでヤンデレ? にならないでくださる?」

「ははっ、ご安心ください。たとえ女を堕とそうとも、女に堕ちるつもりはありませんから」


 軽やかに笑った彼は青い瞳を細めて。

 そして思わず見惚れるほどの綺麗な所作で、わたくしの指先に唇を落とした。


「銀座ナンバーワンの名にかけて」


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