09 灰色熊の前足と未開拓地のナゾ
2023・10・26に書き直しました。
フィヨルは、冒険者たちを前に委縮していた。
リーダーと呼ばれた男が、荷馬車から颯爽と僕の前に飛び降りる。同時に〝とう!〟という擬音が聞こえてきそうだ。
僕の視線は、何の革で作った鎧なんだろうと、目の前に立つ男よりも男の着ている鎧に釘付けになる。
地球という世界からやって来たネクタイさんの話では、異世界には浪漫たっぷりの魔物の素材で作られた武器や防具があるそうだ。
せっかく異世界まで来たんだ。まずは冒険者に会うべきだと、ネクタイさんが興奮しながら語っていた姿を思い出す。
その冒険者たちが、いま僕の目の前に立っているのだ。
魔物、素材、革、牧場運営を目指す僕にとってそれは無視できないものだろう。
「おい坊主、どうしたんだ?急に俺の鎧をじっと見たまま黙り込んで」
「あっ……すみません。あの、その鎧ってやっぱり魔物の革で作った鎧だったりするんでしょうか?」
「え?あ、ああ……まあな、確か魔物の革の鎧だったと思うぞ……たぶんな」
男は目を泳がせながら、自信が無さそうに頭を掻いた。
「ちょっとリーダー鎧の話よりも自己紹介が先でしょ。お互いファーストネームだけでいいわよね。私はリュカ『灰色熊の前足』の回復担当よ、適正職種は稀少種の『僧侶』なの、どう……すごいでしょ」
リュカさんと名乗った女性は、自分の適正職種を自慢げに話すと、白い神官服をなびかせて荷台から飛び降りる。カッコイイポーズをいちいち決めなきゃいけないとか、これも冒険者規則なのだろうか。
全員髪の色は金色で、瞳は濃い緑や青といった碧眼である。王都やフェザントの村でも思ったが、これが、この国の一般的な髪色と瞳の色なんだろう。
「次はおいらの番すね!おいらはアスカっす『灰色熊の前足』の斥候担当、適正職種は『レンジャー』すよ」
アスカさんと名乗った元気一杯の女性は、肌に張り付くデザインの革鎧を着ている。動きやすさ優先なんだろうが、肌を覆う面積が少ないせいか、なかなかに目のやり場に困る。
リュカさんが長い髪を後ろでひと束ねにしているのに対して、アスカさんは短めの髪でより活発な印象を受けた。
「次は俺だな、俺はハルパー『灰色熊の前足』の攻撃担当だ。適正職種は『槍使い』よろしくな!」
この世界の名乗りというのは、適正職種までがセットなのだろうか、『竜使い』を目指す僕として、毎回『羊飼い』と名乗るのは、羊も可愛いとは思うけどほんの少しだけ不満だ。
ハルパーさんは、五人の中では一番背が高い。ツンツンと真上に立てた髪は、一体何で固めているのだろう。
「僕はジザンだよ。『灰色熊の前足』の御者兼ハルパーと同じ攻撃担当かな、適正職種は『御者』なんだな」
ジザンさんは御者台で、片手で手綱を握ったまま〝やあ〟ともう一方の手をあげた。五人の中では一番親しみやすさがある。冒険者というより、商人といわれたほうがしっくりきそうな雰囲気である。
「最後は俺だな、『灰色熊の前足』のリーダーにして引き付け役のドヴァンだ。適正職種は『盾使い』、今回は未開拓地に新しい住人が来たと聞いて挨拶に来たってわけさ。ん……もしかして、俺らのことを何も聞いていないのか?名前は、えーーっと」
「フィヨルです。適正職種は『羊飼い』。未開拓地には牧場を開くためにやって来ました。みなさんのことは何も聞いていません」
「フィヨルかよろしくな。俺らのことは、えっ、何も聞いていないのか……そうか、そうか」
冒険者たちは、何やら集まって相談をはじめる。〝もしかして、来るのが早かったか〟〝だから確認してから行こうって言ったじゃないすか〟と声が漏れてきたが、悪い人には見えないし、あえて、聞こえないふりをする。
「ここでは何なんで、家の中で話しませんか?」
立ち話もどうかと思ったので、家の中で話すことにした。ミーシャさんたちが、いつ訪ねて来てもいいように、馬小屋も修理済みだ。
ジザンさんにお願いして、馬車を馬小屋近くまで移動してもらい。ロバを一頭ずつ馬車から外して馬小屋へと連れていく。
「フィヨルくんは、馬車のことにも詳しいんだな」
「詳しいというか、この世界に来る前に家業で馬車を使っていたんです。慣れているだけですよ」
僕とジザンさんが、ロバを馬小屋に入れている間、四人は家の周りを興味深そうに散策する。
「ねぇフィヨルくん、これってクフィカ草だよね。野菜は育たないって聞いていたんだけど薬草は育つのね」
僧侶のリュカさんが、レンジャーのアスカさんと一緒に薬草畑を眺めていた。
「森から採ってきた薬草を幾つか植えてみたんですが、クフィカ草以外は全部枯れてしまって、これも上手くいくかどうか、まだ……」
「上手くいくといいわね。クフィカ草は下級ポーションの材料にもなるから需要は多いと思うわよ」
「ありがとうございます。がんばります」
冒険者の人にそう言ってもらえるだけでも自信になる。なんとかクフィカ草栽培だけでも軌道に乗せたいところだ。
「リーダーたちは、何を見ているの」
「ああ、リュカか、これ見てみろよ、スライムがうじゃうじゃいるぜ」
うわー、なんか朝見た時よりもスライムの数が増えて、穴の中がスライムで埋め尽くされていた。
これだけいれば、スライムたちだけで協力して穴の外に出られると思うんだけど……思った通りスライム同士で縦に重なり外に出ているスライムもいた。
せっかく外に出たのに、自分からまた穴の中に飛び込んでいくスライムたち〝ジャーンプ〟である。
もう、何がしたいのかさっぱり分からないよ。
家の中に入り、五人の前にお茶を並べた。
乾燥させたクフィカ草を煮出して作った、ほんのり甘みもあって飲みやすいお茶なんだけど、色が紫色と毒々しいせいか、誰もがお茶に手を伸ばすのを躊躇っている。
「すみません。お茶しかなくて」
「気にすんなよ、来たばかりじゃ物も揃ってないだろうしな」
「このお茶、凄い色っすね」
アスカさんがお茶の色を見て引いている。紫色だもんな、みんなを安心させるためにも先にお茶を飲んでみせる。毒見役だ。
そんな僕を見て、リュカさんが勇気を出してお茶を口に流し込んだ。
「クフィカ草をお茶にしたのね。ほんのり甘くて美味しいわ」
リュカさんがお茶を飲むのを見て安心したのか、残りの四人もお茶を口に運ぶ。
表情を見る限り不味くはないんだろうが、甘いお茶だけに好き嫌いはあるのかもしれない。空気を変えるようにドヴァンさんが口を開く。
「代表してリーダーである俺が話そう。この場所、未開拓地のヒミツを――」
ドヴァンさんは、この場所について語りはじめた。
未開拓地は、ヒルマイナ王国にとって特別な土地であり、許可された人間しか入ることが出来ない場所なんだそうだ。
トヴァンさんたち『灰色熊の前足』は未開拓地の守護を命じられた特別な冒険者であり、未開拓地の開拓に選ばれる人間も特別なんだと彼らは言う。では、どうして僕が?ということになるのだが、今回僕は異世界人ということで、この場所の開拓民に選ばれたそうだ。
この場所は不思議な土地で、土地自体が人を選ぶ。土地に気に入られなければ、その人間はやることなすことすべて失敗に終わる。
未開拓地の調査を依頼された冒険者も同じで、土地に拒まれてしまった冒険者は、今まで見たこともない怖い魔物と出会うことになると、トヴァンさんは緊張した面持ちで語る。
「まあ、未開拓地の調査と住人の警護は、大して危険な仕事でもねーのに冒険者ギルドを通して国からたんまりとお金が出るのさ。ここには珍しい生き物もいるからな、だが、そこで欲をかき過ぎると、冒険者は土地に嫌われてしまうってわけよ。この仕事を失ってしまうかもしれないってことさ。土地に嫌われるようなことが無ければ、フィヨルもここにいる間は、異世界人だからといって変な嫌がらせを受けることはないはずだぜ」
僕はその言葉に、心の中でガッツポーズをしながら土地に媚びる方法を考えるのだった。
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