07 草原の我が家
(幾つかの漢字にルビを付け当て字にしています)
2023・10・26に書き直しました。
馬車に揺られ続け三日、体が重く感じたフィヨルは、その場で大きく背伸びをする。
日が落ちる少し前に、目的の村フェザントに到着することが出来た。
ミーシャさんが一人馬車から降りて、村の中へと入っていく。
村の外に停まる馬車を遠巻きに見物する村人たちの視線は、友好的なものとは呼べず、ある種の攻撃性すら含んでいた。
ミーシャさんが村から戻るまで、かなりの時間を要したと思う。
村に立ち寄る前に作っておいた、茹でたジャガイモに塩を振り齧りながら雑談をする。
騎士の兜は、外さずにそのまま食事が出来るよう口元だけが開くようになっている。
口元の部品をずらし茹でジャガを口に運ぶ所作は、どこか小動物じみて可愛くさえ見えた。
もし、村に受け入れてもらえないのなら、僕の主食は当分この茹でたジャガイモになりそうだ。
「早急に村を離れる」
戻って来たミーシャさんの表情は暗かった。
「すまないフィヨルくん、フェザントの村はキミの受け入れを拒否した。この村に近付いた場合には、矢を射るとこともあると警告をされたよ」
「……気にしないでください」
そう言いながら笑顔を作るが、内心不安で一杯になる。本当に僕は一人で生きていけるんだろうか……と、思い詰めていたんだろう、急激に心が軽くなった。
知らない世界で生きていくのに、この呪いは想像以上に便利なものだ。
僕の気持ちがみんなに伝染ってしまったのか、馬車の中が静かになる。何か言葉を発しないと、そう思っても、良い言葉が見つからない。
やっと振り絞った言葉は、いま言うべきものではなかったのかもしれない。
「異世界人って、本当に嫌われているんですね」……と笑顔で言ってしまった。
「仕方ないことなんだ。この世界に救世主として呼び出された異世界人の多くは、その有り余る力に溺れ暴れ回ったからね……この世界の人々にとって異世界人は恐怖の対象なんだよ」
「グレイっ!」
「隊長、この話はフィヨルくんにもしておいた方が良い、王都の外で暮らすなら尚更だ。異世界人を召喚して、無理矢理この世界に招き入れたのは俺たちこの世界の人間です。だからといって、彼らが何をしても許されるわけじゃないんだ。異世界人たちは、その力を使って傍若無人に暴れ回った。滅びた国すらあったという話さ、一番その力の犠牲になったのが力を持たない人々だ。既に数百年以上の時間は過ぎているし、昔のことなんだろう。それでも異世界人は怖く野蛮な者だと、この世界の人々の頭の中には残っている。フィヨルくんどうする?王都に戻るかい」
グレイさんの兜越しの視線が僕を射抜いた。怖いけど歯を食いしばり、それを正面から受け止める。逃げちゃダメなんだ。
「いえ、僕にはどうしても諦めたくない夢があるんです」
ミーシャさんは、とても不思議なものを見るように僕を見た。
「フィヨルくんは、ここに来る前は、どんな生活をしていたんだい」
「僕の家は代々竜使いという、竜を飼い馴らし馬車を牽いたり、空を飛んで荷物を運んだり、竜と一緒にみんなの役に立つ仕事をしていました。僕は見習いなので、竜の世話ばかりでしたけど」
「え、竜ってドラゴンのことだろう……飼い馴らすことなんて可能なのか」
グレイさんは興奮して声を震わせる。
「この世界のドラゴンとは別のものだと思いますよ。僕の世界の竜は心の優しい、人間とも仲の良い動物でしたから、犬や猫と同じように人に甘えるのが好きな生き物なんです」
「人に懐き甘えるドラゴンですか……流石異世界ですね」
「いつかは、牧場で元の世界にいた竜に似た動物を飼いたいと思っています」
そんな僕の言葉にミーシャさんは、ただただ目を丸くする。本で読んだ限りでは、この世界のドラゴンは、途轍も無く厄介な存在である。ドラゴンの亜種とされるワイバーンですら人里に降りてくれば、小隊ひとつを討伐に動かさなければならないのだ。僕の言葉も荒唐無稽に感じられるだろう。
でも、僕は本気だ。この夢は、僕が元いた世界への唯一の繋がりでもある。
そんな話をしているうちに馬車が止まった。
「フィヨルくん、キミの新しい家に到着したみたいだ」
既に日は落ちて、辺りは暗闇に包まれている。
背の高い木々の並ぶ森を背に、広い草原の中に立つ木造平屋の一軒家。けして大きくは無いが、僕一人が暮らすのなら十分な大きさである。
周囲に人工物が無く月の明かりしかないせいだろう、その家はひどく不気味に見えた。
今にも幽霊が出てきそうな、夜には出来るだけ近付きたくないと思える建物である。
馬車のそばに二人の見張りを残すと、騎士たちは、念のために武器と携帯型ランタンを手に家へと進む。僕もその後ろを歩いた。
野草の性質だろう、どれも草丈が膝下程度しかなく、草刈りは思っていた以上にやり易そうである。
時折、僕らが動くのに合わせて草むらが大きく揺れる。普段人気の無い場所だ。驚いた小動物たちが草下を走り回っているのだろう。そのたびに僕の口からは小さな悲鳴が漏れた。
騎士たちは、そんな僕の態度に肩を揺らした。どうせなら我慢せずに大声で笑ってほしい。
特に襲ってくる動物はいないみたいだ。日が昇れば印象も変わるだろうけど、月明かりで見る家はなかなか立派に見えた。
離れた隙に馬が襲われては困ると、その日は家に入らずに、火が移らないよう草を抜いてから、火をおこし馬車を囲んで休むことにした。
翌朝――。
目を開けると、騎士たちは既に朝食の準備をはじめていた。
塩味の効いた野菜スープと、硬めで日持ちのする黒パン、黒パンをスープに浸しながら口に運ぶ。
日の光に照らし出された、草原の中にポツンと建つ一軒家はとても綺麗だった。
長年人が住んでいなかった割には外観もさほど痛んでいないように見える。
ミーシャさんたちに手伝ってもらいながら、手始めに家の周りの草を刈った。当分は、毎日草刈りに追われそうだ。前向きに考えるのなら、村から拒否されたのはある意味幸運だったのかもしれない。
これだけ広い土地だ。半日じゃ草刈りはちっとも進まないだろう。
草刈りの次は、家の掃除だ。
家のすぐそばの井戸も、蔓草に巻き付かれていたが、水を汲むための滑車も修理しないで使えそうだ。正直水はこのまま飲んでもいいのかと悩むレベルだが、飲み水については近くに小川もあるので、なんとかなるだろう。
掃除や草刈りが、一日程度で終わるはずもなく、家が使える目途が立ったところでミーシャさんやエリクさんにグレイさんといった騎士のみんなは、馬車に揺られながら王都へと帰っていった。
次に来る際には、魔物の素材の適正価格について書かれた本を持って来てくれるそうだ。
異世界人って理由で、牧場を初めても素材を買い叩かれそうだもんね。
当面は家の中でも寝袋を使った生活になりそうだな。
ついに僕の異世界ライフがはじまるのだ。
読んでいただいてありがとうございます。
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