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06 旅立ち

2023・10・26に書き直しました。

 フィヨルは、宿屋の女将さんから昼食が入ったバスケットを受け取ると、図書館の開店時間に合わせて出発した。


 朝から図書館に入り浸り、人鳥(ペンギン)について調べた。

 人鳥(ペンギン)の多くは寒い地域に住んでいる飛べない鳥で、餌は主に魚である。

 翆玉人鳥(エメラルドペンギン)は、人に害になる魔物でもないからだろう、山や森が主な生息地であるとしか書かれていない、詳しい生態は謎で、研究も進んでいないようだ。


 魔物とそうでない生き物の違いは、体に一定以上の魔力を有するか否かである。

 僕ら異世界人も、この世界に来たことで魔力持ちになったそうだ。

 正直、魔力と言われてもピンとこない……魔法が使えるようになったんだろうか?

 念のために、異世界人という理由で村に受け入れてもらえないことも考えて、食べられる木の実や野草も調べておくことにした。

 そうなったら牧場だけじゃなく、畑も必要になるかもしれないな。


 調べものを終えると図書館を出て、近くのベンチに座り、昼食用に持たされたバスケットから包みを取り出す。中には、薄く切ったハムとレタスを挟んだ黒パンが入っており、早速大きく口を開けて噛り付いた。

 なかなかに歯ごたえのあるパンだ。何度噛んでも思うように飲み込めない。行儀は悪いが、一緒に持たされた水筒の水を口に入れ、パンを柔らかくしてから、何度も噛んで喉に流し込んだ。


 食事を終えると、昨日と同じ食材屋が並ぶ通りへ向かう。


「おっ坊主今日も来たのか、ロドリゴの店ならすぐそこを曲がって右側だぜ」


「ありがとうございます」


 店主にお礼を言い先を急ぐ。僕はボウズと呼ばれやすい見た目なのかもしれない。見た目……鏡が貴重なものだからしょうがないけど、自分がどんな顔をしているのかじっくり見た記憶がない。

 竜の里にも鏡がある家は少なかったし、竜の里のみんなの髪と目の色は、少し茶色がかった暗い赤色、深緋(こきひ)色だった。

 この色は飛竜や地竜の瞳の色と同じで、僕らが竜の声を聞くことができるのは、竜の血が混じっているからだとも言われている。

 小さい頃、夜更かしをしてなかなか眠らずにいると、〝早く寝ないと竜になってしまうんだからね〟と脅された記憶さえある。あの時は、本気で竜になりたくないと泣いたものだ。


「こんにちはフィヨルくん、友人から翆玉人鳥(エメラルドペンギン)の飼育方法を聞いておいたよ。ただね……飼育方法といってもペットとして半年だけ飼っただけみたいなんだ。ごめんね」


 ロドリゴさんが金色の髪をかきながら、申し訳なさそうな顔をする。


「気にしないでください。他にも幾つか生き物を育ててみようと思っているので、そうだ!魔物の飼育ってこの世界じゃ珍しいんですか?」


「うーん、最近は増えてきているかな。でも、魔物の飼育や養殖がはじまったのはここ数年だと思うよ、元々なんでも食べるスライムなんかは下水に突っ込んでいたわけだから、あれを含めると、かなり昔から飼育は行われてきたともいえるけどね」


 スライムは、この世界でも便利な生き物の代名詞のようだ。

 僕がいた世界には、魔物って呼び名はなかったけど、スライムはいた。

 生ごみや残飯の処理に、どの家にも一匹はいたんじゃないだろうか?人間だけじゃなく、竜たちの排泄物なんかもスライムが食べてくれたし、生活に欠かせない生き物だった。

 翆玉人鳥(エメラルドペンギン)を捕まえる前に、先にスライムを探した方がいいかもしれない。ただ、スライムも餌が無ければ縮んで死んでしまうわけで、その辺りは注意が必要だろう。


「これって鏡ですよね」


 枠の彫り物の花の細工が見事な、高そうな鏡である。


「ああ、珍しい彫り物だろう。フィヨルくんがいた世界でも鏡は高級品だったのかい?」


「はい、硝子が高価であまり普及していませんでした」


「硝子かー確かに透明度の高いガラスは高級品だね。ヒルマイナ王国でも庶民の家で使うのは、透明度も低く色が付いたスライム硝子さ。硝子と違って落としても割れないのはありがたいんだけど、光もあまり入らないからね、朝でも本を読むのに明かりが必要になったり不便なんだよね」


 そう言われて、周囲の建物を見上げた。確かにどの家の窓にも、青や緑色をしたスライム硝子が多く使われている。核を潰し液状化したスライムの体に、特別な木の樹液を混ぜて固めて薄く伸ばしたものをスライム硝子というそうだ。


 鏡を覗き込んだ。鏡に映る自分の顔を見て家族を思い出す。王都ホーンドアウルの人々に比べて若干肌の色は白い、ミーシャさんもそうだったが、この辺りの人の髪は金色で目は青や緑系統の碧眼が多い。


 ロドリゴさんに貰ったメモ書きには、主に翆玉人鳥(エメラルドペンギン)の食べ物について書かれていた。主食は、魚ではなく木の実や果物や野草……草食で糞の臭いは思ったほど臭くないらしい、一羽ならそうなのだろうが、牧場で数を飼うとなるとどうなんだろう。

 これについては、飼ってみないことには分からないだろうな。


 ロドリゴさんには、行商で西の未開拓地の近くに来た際は是非寄ってほしいと頼み、再会の約束をして別れた。


     ✿


 そして、ついに出発の朝が来た。朝早く王城へと向かう。


 てっきり駅馬車のようなものに乗って向かうとばかり思っていたのだが、行きは、騎士団が馬車を出してくれるそうだ。

 御者を含めた全員が、桜の花に似た紋章を左胸に付けた鎧を身に着け、兜をかぶっている。

 人数は六人、騎士団に所属する人間は、人前で易々と素顔を晒してはいけないことからこの格好なんだという。

 今回は二人が代表して兜を外した。一人は短めの金色の髪と、濃い緑色の瞳の、この世界に来てから何かとお世話になっている女騎士のミーシャ・ライナーさんだ。


 もう一人の顔を見て、僕は思わず声を上げた。


「ヨロイさん二日ぶりです。もう名前を呼んでも良かったんですね。エリクさん騎士になったんですね。おめでとうございます」


「ありがとう、まだ見習いだけどな。ボウズ……じゃないな、フィヨルの家を訪ねる時には、訓練として俺も同行する予定なんだ。よろしくな」


「それは心強いですね」


 思わず笑みがこぼれた。ヨロイさんことエリク・ブルガルさんは、僕と一緒にこの世界に召喚された異世界人だ。大きな体と、身に着けていた鉄鎧から〝ヨロイさん〟というあだ名を僕が付けた。

 髪は黒色で、身長は百九十センチと高く体格も良い。頼りになるお兄さんというよりは、年齢的にはお父さんて感じだ。

 見知った相手が近くにいてくれるだけで、気持ちもだいぶ楽になった。


 王都ホーンドアウルから、西の未開拓地の手前にある村フェザントまでは馬車で三日。

 ミーシャさんが所属する部隊は、異世界人に関する事案で動く部隊であり、鎧着用時には、町や村には立ち寄れないそうで、今回もフェザントまでの道中、町や村には寄らずに、夜は野営になるそうだ。

 不謹慎かもしれないけど、この世界に来る前にも野営の経験はない、キャンプみたいでワクワクする。

 野営用の食材なのか、馬車には、沢山のジャガイモやニンジンや玉ネギといった野菜の入った麻袋が積まれていた。


「すごい量の野菜が積んであるんですね。野営で使う食材ですか」


「いや、それは全部フィヨルくんに渡す食材だよ。異世界人は本当によく思われていないんだ……万が一フェザントの村が君を拒否した場合、すまないが自炊してもらうことになる。もちろん、そうなっても定期的に食材は運ぶから安心してほしい」


 ミーシャさんは、そう言ってくれたが、未開拓地で牧場を開きたいといったのは、もの凄くわがままなことだったのかもしれない。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 午前中、村で働いて午後から牧場作りをするという計画は、はじまる前に早くも破綻しそうである。



 日が落ちる前に馬車を止めて、みんなで野営の準備をはじめた。


 野営は人生初の経験だが、枯れ枝を拾い、火起こしをし、みんなで分担しながら料理を作る作業は楽しかった。一人でも自炊できるように簡単な料理も教わった。

 ミーシャさんとエリクさん以外の四人の騎士は、僕の前では兜をとることはなかったが、声は出してもいいみたいだ。


「最初、皆さんを見た時には、あまりにも無口なんで鎧の中が空っぽだと思ったんですよ」


「ハハハハハハ、我々は人前では声を出さないよう言われているのです。今回は三日間同行になりますから、フィヨルくんの前では声を出すことも許されているんですよ」


「異世界人に関係するお仕事って大変なんですね」


「大変というよりは……厄介ではありますな」


「グレイ喋り過ぎだ」


「すみませんミーシャ隊長」


「僕こそ、色々聞いてしまい、すみませんでした」


 ミーシャさんが偉い人であるということと、グレイさんがお喋りなことを、僕は、三日間の短い馬車の旅で知ることが出来た。

読んでいただいてありがとうございます。

面白い、続きを読みたいと思った方は、ぜひブックマークと評価をよろしくお願いします。

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