05 翆玉人鳥(エメラルドペンギン)
(昆虫食について若干触れています。苦手な方すみません)
2023・10・26に書き直しました。
フィヨルは生まれて初めて城に足を踏み入れた。緊張しすぎて、その瞬間の記憶は曖昧である。
ミーシャさんから王様との謁見と聞き、緊張して臨んだのだが、その謁見は僕が思っていたものとは違っていた。
玉座の間ではない、数多くある謁見の間のひとつで、床に片膝をつき頭を下げている間に、やって来た王様がありがたい話をして去っていく。
どこか流れ作業じみたものだった。
いまや何の特別な力も持たない異世界人に、王としても国としても魅力の欠片も感じないのかもしれない。我が国は、きちんと異世界人を保護していますよ!といった建前がほしいだけなのかも。
その後四人と別れた僕は、王城敷地内にある、騎士団詰所にある部屋のひとつでミーシャさんと面談していた。今後についての話だ――。
「そうですか、僕以外は全員仕事が決まったんですね」
「はい……フィヨルくんは皆さんに比べると年も若いですし、焦る必要はないと思います。なにより、王都の外に行くのはオススメできません」
ミーシャさんが複雑な表情をする。
僕が王都ホーンドアウルを出て未開拓地に行きたいと話したからだろう、僕以外はみんな王都で働くそうだ。
王都から離れ田舎に行けば行くほど、異世界人への差別はきつくなる。
同じ見た目をした人間なのに何故異世界人だとすぐに分かるのか、どうして差別の対象になるのか?それは僕らの左腕に巻かれた青色の腕章が原因である。
異世界人は寝る時以外、この青色の腕章を外すことを許されていない。なにより僕は、まだ十二歳である。ミーシャさんの心配も分かる。
僕は牧場を開くために、未開拓地行きを希望した。
目の前には未開拓地の借用書も置かれている。
借りるといってもお金は一切払わなくてもいいそうなので、サインした時点で貰ったようなものである。
未開拓地は好きに使っていいそうだ。土地に生えている木の伐採も自由、最低限必要になりそうな、農具や工具に釘などの消耗品まで手配してもらえる、と至れり尽くせりだ。
しかも、僕が借りるのは一度畑にしようと人の手が入った土地で、寝泊まりが出来る小屋まで付いている。
三年近くほったらかしということで多少痛みはあるだろうが、雨風さえ凌げれば生活は出来るだろう。
ここまで好条件で土地を借りることができるとは思ってもいなかった。
それだけ、未開拓地の開拓に手を挙げる人が少ないのだろう。
食事についても未開拓地に近い村の手伝いをすることで、分けてもらえるように話してあるそうだ。当分は午前中は村で仕事をして、午後から牧場作りに挑むことになる。
僕が署名した書類を確認しながら、ミーシャさんは大きなため息をついた。
「無理はしないでくださいね。定期的にフィヨルくんの確認に人は出しますので、困ったことがあったらその者に遠慮なく相談してください」
僕の意思が固いと感じたのだろう。ミーシャさんは諦めた顔でそう言った。
僕が借りることになった、西の未開拓地方面行きの馬車が出るのは三日後だ。
それまではヒルマイナ王国に生息する動物についての知識を得るために、王都にある図書館に通う。
漠然と牧場を開こうとは思ったが、どんな生き物を何の目的で育てるのかも決まっていない。
家畜といっても、肉、皮など、殺す必要があるものもあれば、乳、卵、毛など、殺す必要が無いものもあり様々だ。
僕がいた世界では乳は牛やヤギ、肉は、豚や牛やイノシシやウサギや鳥、卵は鳥、皮は、豚や牛やイノシシや馬やトカゲやワニ、毛はヒツジやウサギが一般的だった。
乗り物として、牛や馬や竜を育てる牧場も多かった。
牧場といっても多種多様であり、世界が変われば育てる生き物の種類も違ってくるだろう。
それを知るための図書館通いである。
土地代がタダとはいえ、生き物を育てるのにはお金がかかる。
最初に狙うなら餌代のあまりかからない、自分で捕まえることが出来る生き物だろう。
家業の竜使いを手伝っていた時は、育成型牧場だったため生まれた竜を人の役に立つように育てるのが仕事だった。
しかし、牧場の多くは生産型牧場が多い。僕ら人間が食べるためとはいえ、殺すために育てる側面が強いのだ。
果たして、それが僕に出来るのだろうか……。
はじめて竜の赤ちゃんが死んだ時は、悲しくて三日は食事が喉を通らなかった。
出来れば、この世界でも生き物を殺さずに済む、育成型牧場を運営したい。
もちろん、生き物を飼うかぎり死ぬこともあるだろう。
図書館にやって来た僕は、早速、目の前に積まれた生物図鑑と睨めっこする。
生き物を育てながら生活していくことを考えると、牧場というよりも養殖場?餌代を考えると食用昆虫の養殖が一番手っ取り早い……昆虫は繁殖力も高い、なによりみんな気持ち悪がって手を出さないことから、他の養殖業に比べても国からの支援も手厚いという。
見た目はアレだが、虫の中には味がエビに似ているものもあり、海のないヒルマイナ王国では食用としての人気も高い。
人間は現金なもので、見た目で虫とさえ分からなければ、味さえよければ口に入れてしまうものだ。
牧場からは離れてしまうが、未開拓地の先には湖があるって言うし、魚やカニの養殖なんかも出来るかもしれない。当初の予定に反して、殺すため、自分たちが食べるために生き物を育てることになってしまうのだが、本当に難しい選択である。
ミーシャさんから貰ったノートに育ててみたい生き物と、お金になりそうな生き物、単に興味がある生き物を図鑑からひたすら書き写していく。
書き終わると図鑑を元の棚に戻し、図書館の受付に置かれた名簿の退出欄に名前を書いて外に出た。少しだけ町を歩いてみることにした。
人々の目は、自然と僕の左腕に巻かれた青色の腕章に向けられる。
王都ホーンドアウルには、それなりに異世界人も暮らしているため、あからさまに嫌な顔をする人はいない。
未開拓地に行けばそうはいかないだろう。呪いのお陰で多少の嫌味程度なら気にならないとは思うけど、石でも投げられた日には、すぐにでも人間不信に陥りそうだ。
町を歩き、目的の通りを目指す。この辺りは食材の露店が多く並ぶ通りだ。
その中には、生きたまま並ぶヤギやヒツジやウサギなど、動物も沢山いる。牧場をするのなら生きた動物も直に見ておきたい。
「随分若い異世界人だな」
足を止める僕に、食材を扱う店の店主と思しき男が声をかけてきた。
ミーシャさんも話していたが、僕のような子供が異世界召喚されることは稀なのだという。僕の場合は、エミル兄の代わりに異世界召喚されたようなものだから異例中の異例なのだろう。
これに関しては、露ほども後悔していない。
異世界召喚された人間が元の世界に帰ったという記録はない。それでも異世界人の帰還についての研究は、各国が行っているということなので望みはある。
「僕のような年で、召喚されるのは珍しいみたいですよ」第一印象は大事だ。僕は満面の笑みで店主に言葉を返す。
「へーそうなのか……で、こんなところに何しに来たんだ。初めて見る顔だし、こっちの世界に来たばかりなんだろう?見た感じ料理人にも見えないが、適正職種が料理人か何かだったのか」
「いえ、実は――」
僕は素直に、近々王都を出て未開拓地に行き、牧場を開くつもりでいることを話した。
そこで育てる生き物を探していると……店主は渋い顔をする〝王都と違って、外は異世界人には厳しいぞ。お前さんみたいな子供には、外に行くことは、オススメしねーな〟それが分かった上で、僕は、この世界に来る前の家業に似た仕事がしたいのだと、店主に自分の気持ちを伝えた。
「お前さんたちも無理矢理この世界に攫われて来たんだもんな……大変だな、ちょっと待ってな」
そう言うと、店主は近くの店の人たちにも声を掛けて、僕のことを話してくれた。
ややあって一人の男が僕の前に来る。店主は言った、こいつは行商人で未開拓地についての知識があると。
「はじめまして、私は行商人のロドリゴ・デパウルと申します。西の未開拓地辺りですと一番近い村はフェザントになりますね」
「はじめまして、異世界人のフィヨル・ランカスターです」
僕はロドリゴさんに頭を下げた。
「詳しい話は店主から聞きました。未開拓地で新しい牧場を開きたいそうですね。餌代があまりかからず、自分で捕まえて飼うことが出来る動物を探していると、それなら翆玉人鳥の飼育に挑戦してみてはどうでしょう。年に何度も羽根が生え変わる鳥なんですが、その羽毛には魔力が宿り、人肌程度に温まることから高級寝具の材料としても人気があるんです。人間のような立ち姿の飛べない鳥で、見た目もなかなかに可愛らしいんですよ。魔物なので少々厄介ではありますが、以前飼っていた友人がいますので飼育は不可能ではないはずです。数も近年では減っていますので飼育に成功すれば、それなりの儲けも出るでしょう。鳴き声がウルサイので町の近くで飼うのは難しいかもしれませんが、未開拓地であればそれも問題ありません。翆玉人鳥は見つけるのが大変かと思いますが、成功すれば面白い商売になると思いますよ」
そういいロドリゴさんは、明日もう一度同じ時間にこの場所に来てほしいと僕に言った。翆玉人鳥を飼育していた友人から詳しい話を聞いきてくれるそうだ。
「ロドリゴさんありがとうございます。僕のことはフィヨルって呼んでください」
「分かりました。フィヨルくんの育てる翆玉人鳥の羽毛を扱える日が来ることを楽しみにしています。私は行商人なのでフェザントにも商売で立ち寄ります。異世界人故、王都を出れば不当な扱いもあるでしょうが、フェザントは優しい者が多い村です。村に立ち寄った際には、私からもフィヨルくんについて話しておきましょう」
「何から何まで、本当にありがとうございます」
僕は、ロドリゴさんと周囲に集まってくれたみんなに、何度も頭を下げてお礼を言った。
読んでいただいてありがとうございます。
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