04 教会
2023・10・26に書き直しました。
フィヨルは、馬車の窓から遠くにそびえ立つ教会を眺めた。
白い壁に黒い屋根、中央にある細く背の高い三角頭の建物は塔のようなものだろうか、竜の里にあった子供が勉強を教わる木造の教会を思い浮かべていた僕は、建物の大きさに言葉を失う。
都会の教会ってお城みたいだ。
「おおきな教会ですね」
外の景色を見て興奮する僕に、ミーシャさんはクスっと笑った。
「小国といっても一応王都ですから、明日行く王城はあの教会よりも大きいんですよ」
ヒルマイナ王国王都ホーンドアウル。
四方を背の高い城壁に囲まれた大きな町だ。
山の中の小さな集落で生まれ育った僕には、どれもが初めて見るもので、窮屈に建ち並ぶ石造りの建物は見ているだけでも退屈しない。窓に顔を貼り付けながら夢中になって景色を見る。都会って凄い。
「あの、ミーシャさんに聞きたいことがあるのですが?」ミーシャさんに質問をしたのは、青髪のローブさんだった。
僕も外の景色を見たまま、耳を傾ける
「何でしょう」
「私たちは『この世界の住人』であると神様に認められることで、力の制限を受けなくなるということなのでしょうか」
「力の制限があったのは昔の話です。新しくこの世界に訪れた異世界人には、神が特別な力を与えることはありません。制限をする必要がなくなったんです。ただ、今のままでは、みなさんは王や貴族と言われる、異世界人への命令権を持つ方々の言葉に従順に従ってしまいます」
「それって、死ねって言われたら私たちは迷わず死を選ぶということですか?」
「その通りです。命令には逆らえません。それだけ異世界召喚がはじまった当初、異世界人の方が持つ力は凄まじかったのです。昔は人権すらなく物や兵器として扱われていました」
「もしかして、ミーシャさんたちが来なければ、私たちはそういう扱いを受けていたんでしょうか」
「どうでしょう……断言することは出来ませんが、売られていく国によっては、そういったこともあったかもしれません。実際奴隷のような扱いを受けている異世界人もこの世界には大勢います。ヒルマイナ王国にはありませんが、奴隷制度がある国もこの世界には多いのです」
質問したローブさんだけじゃなく、全員がその言葉に表情を硬くした。
ヨロイさんとナガグツさんは、ミーシャさんを信用しているわけではないようだ。
それでも、僕らには他に頼れる人がいない、従うしかないと思っているのかもしれない。
一人で生きていくと、強引に町を出て行ったところで、まともな生活できるとは思えないもんな。
「俺も聞きたいんだが、教会では、住人登録以外にも何かやるのか」続いて、ネクタイさんが声を上げた。
「住人登録と一緒にみなさんの適正職を調べます。例えばこれが私のプレートなんですが、適正職業に『騎士』と書いてあります。この世界の人々は、自らの適正職を参考にどういった仕事に就くのかを決めるんです」
「へぇーそんなものまであるのか、職種によって優遇されたり不遇されたりみたいなこともあるのか?あと自分の能力が数値化された『ステータス』みたいなものは聞いたことがあるか」
「『ステータス』ですか、以前も同じような質問を受けたことがありますが、『ステータス』という力は聞いたことがありません。適正職による優遇、不遇は残念ながらあります。しかし、普通の方に比べると異世界人の方は良い仕事に就けることが多いんです。この国もですが、無理矢理他の世界から連れて来られた皆様を不憫に思う者が多く、仕事という面では異世界人の方は優遇されています」
「それくらい当然だろう!俺たちはこの世界に望んで来たわけじゃないんだ」
思わずネクタイさんの言葉が強くなる。
「ネクタイさん落ち着こうぜ、ミーシャさんが俺たちを呼んだわけじゃないんだ。俺たちをこの世界に呼んだのは犯罪組織みたいなものなんだろう、保護してもらえるだけでもありがたいって」
一瞬怒声を上げたネクタイさんの肩に、ヨロイさんが宥めようと手を置いた。
「なあミーシャさん、優遇されている俺たちを良く思わない人もいるんだろう」
ミーシャさんの表情が変わる。
「ヨロイさんは鋭いですね、異世界人の方のために税金を使う必要はないと言われる方も、この国には多くいます。特に市井の方々からはそういう声が強く上がっているんです。そういった事情から、異世界人の方の多くは王都を出ることを望みません」
その後も質問は止まらなかった。
これからどうやって生きていくのかみんな不安なのだ。いまは、心の大きな揺れに反応する呪いの力が頼もしくすら感じる。
誰もが願う、この世界で生きやすい適正職種でありますようにと。
教会の前で馬車は止まり、ミーシャさんの後に続いて教会の中に入る。
大勢いた鎧姿の騎士たちも、今はミーシャさん以外に四人しかいない。
先に連絡がいっていたのだろう、入口では立派な格好をした司祭様が出迎えてくれた。
〝どうぞ、こちらへ〟司祭様に促されるまま教会にある小さな部屋へと進む。
ここは、普段犯した罪を懺悔するための部屋なのだという。
既に日は暮れ、教会の中には僕ら以外誰もいない。
「では、時間も時間ですので早速はじめます」
住人登録の順番は、年齢の高い順となった。
『この世界の住人』となった瞬間、祈るように両手を組むヨロイさんの全身を光が包む、その瞬間、見ている僕らでさえ神様の存在を身近に感じることができた。
この世界は、神様の存在を感じることができるのだ。
最後に司祭様が適正職を小声で囁くと、それを聞いた若い神官が金属のプレートに、適正職と本当の名前である真名を刻んでいく。
時間が遅いこともあり、儀式は一人五分程度、次から次へ流れ作業で進んでいく。
そして、僕の順番が来た。
「よろしくお願いいたします。司祭様」
「この世界にようこそ、あなたのような若い異世界人が来たという話は聞いたことがありません。年齢を聞いてもいいでしょうか」
「少し前に、十二歳になりました」
「私の孫と変わりませんね、辛かったでしょう……それでは手を前に組み天上より伸びる神々の光に身を委ねてください」
体の前で両手を重ねて目を閉じる。司祭様が祈りを捧げる声が響く。
自分の上に、神様の御使いである天使たちの存在を感じた。
体が芯から温かくなっていく、天使たちから〝ようこそ、この世界へ〟と歓迎された気がした。
僕もこの世界の住人として認められたのだ。
「神々はあなたをこの世界の住人として迎えいれました。あなたの適正職種は『羊飼い』です。困難な道だと思いますが、常に神と天使はあなたを見守っています」
帰り際、若い神官の手より、僕たちはこの世界の住人の証であるプレートを手渡された。
『真名:フィヨル・ランカスター 適正職種:羊飼い』
途中で立ち寄った食堂で遅い夕飯を済ませると、馬車で宿へと案内される。一人部屋である。
ミーシャさんからそれぞれ配られた紙には、僕たち異世界人へのお薦めの仕事が書かれていた。
明日までに僕らはここからひとつ仕事を選ばなくてはならない。
合わない時は、別の仕事に移ることも出来ますと言われたが、やはりこういうもの決めるのは緊張する。
職種毎のおすすめを見るが、羊飼いのところにはこれといったおススメは書かれていない。優遇職と不遇職があるなら、羊飼いは間違いなく不遇職に入るのだろう。
適正職が『竜使い』ではなく『羊飼い』だったのが辛かった。
〝『竜使い』という職を私は初めて聞きました。この世界には『竜使い』という職種がないのかもしれません〟僕が職種を報告した際に、ミーシャさんに『竜使い』について訊ねたら、こんな言葉が返ってきた。
動物繋がりで探すのなら、馬の世話係もいいのかもしれない。でも、竜使いを諦めたくないなら、城の中で働くよりも差別はあるだろうが、王都の外に出た方がいい気がする。
ミーシャさんから渡された紙の端に『未開拓地の開拓』という文字を見つけた。
なになに、ヒルマイナ王国の西に大きな草原があり、その場所の有効な使い道を探しています。か、おすすめの仕事に自分の望む仕事がない場合、自分で新しい仕事をはじめるのも選択肢のひとつらしい。
うん、この世界に僕が知る竜と同じモノがいるか分からないけど、未開拓地に竜と暮す新しい牧場を作るのも面白そう。少しだけ、この異世界に希望が持てた。
読んでいただいてありがとうございます。
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