03 ルール
2023・10・25に書き直しました。
フィヨルは、自分たちを囲む騎士たちを見回した。
桜の花に似た紋章を左胸に付けた鎧を着た一団が、僕らを囲むように並んでいる。
帯剣はしているが、唯の一人も剣を抜いている騎士はいない。
全員が顔全体を覆い隠す兜を身に着けているため性別は分からないが、声を聞く限り、この世界では女性の騎士が珍しくないのかもしれない。
「我々はあなた方の敵ではありません。むしろあなた方を保護するためにここに来ました。異世界からの客人たちよ、ご同行願えませんでしょうか?」
相手の言葉が分かることにほっとする。
これだけ別々の世界から集められた人間の言葉が、偶然同じなんてことはありえるのだろうか?と安心すると同時に疑問が湧いてきた。
暫定リーダーであるヨロイさんが、敵意がないことを示すように両の掌を相手に見えるように頭の上に持ち上げながら前に出る。
「俺たちは、ナゼこんなところにいるのか、何も分からないんです。子供だっています。身の安全を保障してください。それと……出来るなら全員一緒に居られるようにしてください」
僕ら五人は何も知らない。全員が余所の国、国どころか別の世界から来た可能性すらある。短い付き合いとはいえ、この五人で一緒にいた方が幾分か心強い。
「分かりました。出来るだけ希望に添えるようにいたします。ここは空気が良くありません。まずは外に出ましょう、我々について来てください」
鎧姿の騎士たちに前後を挟まれながら歩きはじめた。
外から鍵がかかって開かなかった扉は既に開いている。
部屋の外に出た後、暫く階段を登る。
ネクタイさんが〝エレベータがない世界なのか〟と呟くと、ナガグツさんが〝私たちには不便な世界かもしれませんね〟と言葉を返した。
地上に出た途端、日の光の眩しさに思わず目を瞑る。
太陽は僕の知る世界と同じ顔をしていた。
何もない荒地に建つ一軒家……寝る前に聞いた爆発音が原因なのか、家は大きく崩れている。周囲にはギザギザした岩の小山のようなものがあった。
「ネットで見た、ボリビアの月の谷って地名の画像がこんな感じだったな」
ネクタイさんの言葉は謎が多い。
彼がいた世界には、家から遠い国の景色を見ることができる窓があったのだという。ローブさんが〝それって魔法みたいですね〟と言ったが、ネクタイさんは〝奇跡じゃないよ、みんな使えたしね〟とそっけない言葉を返す。ネクタイさんとローブさんの相性は、あまり良くないのかもしれない。
外は暑くもなく寒くもない、僕には丁度良い気温だった。
ただ、Tシャツ姿のナガグツさんには、少々肌寒かったようで、騎士から上に羽織る物を借りていた。
「この先に馬車が止めてあります。少々距離はありますがそこまでは歩きになります。詳しいことは馬車に乗ってから話しますね」
女騎士さんは、そう言って先頭を歩きはじめた。
僕らは世界の果てのような場所にいたのだろう、緑が少ない荒地が暫く続いた。
随分不便な場所に家を建てたものだ。普通の人はこんな場所に家を建てたりしないと思う。
悪い奴らのアジトから救い出されたというのは、楽観的過ぎるだろうか?
ようやく馬車が見えた。馬車の近くにも同じ紋章入りの全身鎧を着た騎士たちが立っていた。
相変わらず話をするのは女騎士さん一人で、女騎士さん以外、鎧の中身が空だったら面白いのに、そんな妄想を思い浮かべる
竜使いの家に生まえたこともあって、馬車を見る機会は多かった。
つい客車とそれを牽く馬に目が行ってしまう。黒塗りの客車は、僕が今まで見たどんな客車よりも立派だった。
馬も僕がいた世界の馬に比べて一回り以上大きいんじゃないだろうか?
もちろん地竜に比べれば可愛らしい大きさではあるのだが、先にこういったモノに目が行くのも見習いとはいえ家業の竜使いを手伝っていた、一種の職業病のようなものなのだろう。
「君は動物が好きなの?」僕が馬を見ていたことに気づいたのだろう、女騎士さんが話しかけてきた。
「はい、家で動物の世話をする仕事をしていたんです。嫌いな動物はいないかもしれません」
「小さいのに随分と丁寧な話し方をするのね。そう、動物が好きなのね……」
少し含みがある言葉のように思えた。
僕は一日でも早く一人前の竜使いになりたくて、家族以外と話すときは、常に背伸びをしていたんだと思う。今もそうだ。
急に不安になってきた。
帰れるんだろうか?もし帰れなかったらと、最悪の想像をしてしまう……これもローブさんが話していた魔法の力なんだろう。嫌なことを考えた瞬間、その想いは不意に消えてなくなった。
便利な力だけど、家族のことは忘れたくないな。
竜使いは、竜の声を長く聞かないでいると、竜の声を聞く能力を失ってしまう。
そうなったら二度と竜使いは目指せない。
僕らは、全員同じ馬車に乗せられた。
ここではじめて、僕らを案内してくれた女騎士さんが兜を外した。
女騎士さんの素顔を見てカワイイとか美人とかよりも先に、カッコイイという言葉が頭に浮かぶ。
髪の短い女性だった。髪は金色で瞳の色は濃い緑色である。少しだけ吊り上がった目から気の強そうな印象を受けた。
女騎士さんは改めて僕らに向かって丁寧に頭を下げた。
「私は、ヒルマイナ王国騎士団異世界人保護部隊所属のミーシャ・ライナーと申します。この度は皆さんを城までお連れするよう国王陛下より勅命を受けてまいりました」
国王陛下という言葉に誰もがぎょっとした。
「俺らって、これから王様のところに向かうんですか?」ヨロイさんの声も若干上擦っている。
「はい、みなさんには陛下に会っていただきます」
ミーシャさんはにっこり微笑んだ。
兜ひとつないだけで人の印象は大きく変わるものだ。
強そうという印象は変わらないけど、兜を外した彼女から受ける印象は柔らかいものになった。
ミーシャさんは、僕たちの置かれている状況についても教えてくれた。
僕らは異世界からこの世界に召喚されてきた。異世界人なのだという。
「もともと異世界召喚は動乱の時代、この世界を救う勇者を召喚する手段として神様から私たちに贈られたものでした。今はもう平和な時代になりましたが、陰謀論などに踊らされて異世界召喚に手を出す者が後を絶たないのです」
ミーシャさんは、視線を落としながら僕らはその被害者なんだと申し訳なさそうに言った。
この世界の神様は、異世界人がこの世界で暮らしやすいように幾つかのルールを決めたそうだ。
この世界にやって来た異世界人が、言葉と読み書きに困らないよう力を授けた。
悲しいことや辛いことを思い出そうとすると、心を守る呪いが発動するようにしたのも神様だ。
呪いというと怖い感じもするが、この呪いは僕らの心が壊れないように守るためのものである。
この呪いは強い感情すべてに反応する。
それには、嬉しいといった喜びの感情も含まれており、強い感情であればすべてを抑えてしまう。この力は、間違いなく呪いなのだとミーシャさんは目を伏せた。
ただ、月に一度の満月の夜には、この呪いも解けてしまうそうだ。
僕らが名前を言えない理由についても教えてくれた。当時の異世界人は特別な、とても強い力を持っていた。
その力を抑えるためのものが名前であり、異世界人にとって名前は自分を縛る鎖にもなる。
異世界人の強すぎる力を悪用されないよう、僕らが易々と名前を明かさぬように神様が追加で『名前を言えなくなる』呪いをかけたんだそうだ。
この世界の神様は、身近な存在なのだろうか。
名前については教会で『この世界の住人』となったことを登録することで、僕らは自由に名乗れるようになる。
異世界人には特別な力があると言われワクワクしたが、平和な時代になったことで神様が異世界人に特別な力を授けることもなくなった、と残念な説明を受けた。
僕らが向かっているのは、『この世界の住人』になるための儀式を行う教会だ。登録を終えた後、今日は宿でゆっくり休み、王城へは明日向かうそうだ。
やっと布団で眠れるのか、僕はホッと息をついた。
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