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01 竜の里の神隠し

2023・10・25に書き直しました。

 竜というのは、大きなトカゲである。

 羽根があって空を飛ぶことができる飛竜と、羽根はないが走ることが得意な地竜の二種類がいる。

 そんな竜と呼ばれる大きなトカゲを飼いならし、共に暮らす一族を人々は竜使いと呼んだ。


 竜使いは誰にでもなれる職業じゃない。

 竜使いの家系は、竜と話が出来る特別な能力(ちから)を持っている。この能力(ちから)は遥か昔から、僕たち竜使いに受け継がれてきたものだ。


 数十年前に戦争が起きた。

 多くの竜使いたちは、竜を使い、戦争を大きくした。

 沢山の人がその戦争で死んだ。

 竜使いたちは、その罰として国が管理する竜の里から自由に出ることは出来なくなった。

 でも、父さんは言った。

 この国の王様は、私たち竜使いの一族に安住の地をくれた恩人なのだと。

 でも、それを言う父さんは、どこか寂しそうで苦しそうだった。


     ✿


 僕、フィヨルは、山間(やまあい)にある竜使いの里で、竜使いの家の三男として生まれた。現在(いまは)、竜使い見習いとして修業中の日々である。

 長男のハービー兄さんは飛竜との相性が良く、飛竜を使い荷物や手紙を運ぶ仕事をしている。

 次男のエミル(にい)……兄さんは、地竜の扱いが上手く、地竜に馬車を牽かせて、お客さんを運ぶ仕事をしている。


 見習いの僕は、毎日、竜小屋の寝床に敷かれた干し草を変えたり、排泄物を片付けたり、体を洗ったり……竜たちのお世話を頑張っているんだ。

 いつか僕も、父さんや兄さんたちのような立派な竜使いになってみせる。何度も誓ったこの言葉を胸に、今日も掃除を頑張ります。


「おーいフィヨル、竜たちの餌を混ぜてくれ」

「分かったよ、父さん」


 竜種の多くは雑食で基本なんでも食べる。

 ただ、肉ばかりを与えてしまうと、竜は力持ちになって凶暴性が増してしまうんだ。

 そんな理由から、どの家も肉はあまり与えずに、牧草に野菜や果物を混ぜた餌を与えるようにしている。

 竜たちは、大人しく臆病でとても優しい生き物だ。

 絶対人を襲ったりしないんだ。……でも、馬や牛に比べると体が二、三倍は大きいから、竜を怖がる人は多いし、竜は怖いものだと誤解している人も多い。


 万が一を考えて、父さんたち竜使いは、様々な努力をしている。

 お客さんに、じゃれて噛みつかないように、仕事の際には口輪も付けている。

 竜たちは、ただ人に甘えたいだけなのに、それがなかなか伝わらない。

 僕たちは、竜たちの言葉が分かるから、それが可哀そうで仕方がないんだ。


 こんなに可愛いのに……みんな損してるよね。

 首元をブラシで撫でてもらうのが気持ちいいのか、地竜は甘えるように僕に頭を預けた。


「あ……ピカラおばさん、おはようございます」


 表に父さんがいなかったんだろう。お隣のピカラおばさんが、裏手にある竜小屋に直接顔を出した。


「フィヨルちゃん、おはよう!朝早くから家の手伝いなんて偉いわね。うちの子供たちときたら、ぎりぎりまで寝ているのよ、少しはフィヨルちゃんを見習ってほしいわ」

「偉いなんて、そんな……僕は少しでも早く父さんや兄さんのような立派な竜使いになりたいだけなんです」

「本当にいい子ね、誰に似たのかしらね」そう言ってピカラおばさんは「フフフフフ」と笑い出す。


「ピカラおばさん、何を笑っているの」

「ナイショよ、そうそう回覧板を置いておくわね。お父さんに渡しておいて、それと、フィヨルちゃんもちゃんと目を通しておくのよ」

「回覧板……事件でもあったの?」

「最近この辺りでも神隠しが増えているの、フィヨルちゃんも竜たちの塗り薬や飲み薬を作るために薬草採取に森に行くでしょ。気を付けた方がいいわ」

「神隠しか……ありがとうピカラおばさん。気を付けるよ」


 ピカラおばさんも竜使いの家系であり、僕の家とは昔から隣同士で親戚関係にあたる。

 この里で暮らす人のほとんどが、竜使いなんだけどね。

 神隠しの噂は知っている。

 なんでも急に足元が光った後、十を数え終わる頃には、光に包まれた人は消えてしまうんだとか、みんなは妖精の悪戯だって噂してるけど、消えた人で戻って来た人はいないって聞くし……怖いよね。


「神隠しかー怖いよね、ラスカルもそう思うだろう」


 僕は、何時の間にか足元に擦り寄って来た。生まれたばかりの赤ちゃん地竜ラスカルに話しかけた。ラスカルは、一緒に生まれた五匹の中でも特に体が小さく、僕が甘やかすからなんだろうけど、他の竜たちとはあまり遊ばず、僕がいるとこうしてべったりくっついてくる。


「ラスカル、そろそろお前も親離れしないとダメだぞ」ラスカルの頭を指で軽く押す。一瞬よろけた様に僕から離れたが、またすぐ僕の足元に体を擦り付けた。

 ラスカルはブラッシングが大好きだ。こうして寄って来ては、僕の足やお尻に頭を擦りつけては、甘えた声を上げブラッシングをねだってくる。


「どうだ気持ちいいか?ラスカル」

「きゅー……きゅー(きもちいいよ)」


 ――この時の僕は、自分の身にあんなことが起こるなんて、想像すらしていなかったんだ。


     ✿


 日が落ちて夜が来る前に、外の草原で遊んでいる竜たちを小屋に呼び込む〝みんなー夜だよー〟。まだ小屋に入りたくない、もっと遊びたいよ、とごねる竜たち。

 地竜のお尻を押して小屋に入れる。ようやくすべての地竜たちを小屋に入れ終えると、既に虫たちが鳴きはじめていた。

 もうすぐ夜だ。

 遠くから〝ゴトゴト〟と音がした。

 石畳の上を走る車輪の音。エミル(にい)が帰って来た。

 竜たちの水飲み用の桶に、新しい水を急いで注ぐ。

 早く……早く終わらせないと……エミル兄が一人で森に行っちゃうよ。早く、早く。

 外の井戸から何度も水を汲み、竜たちのいる柵の前に置かれた大きな桶に、いっぱいになるまで何度も水を注ぐ。


 よし、水オッケー。


「ちょっと……ラスカル……やめてよ、明日も遊んであげるから、ズボンの裾を引っ張らないでよ」


 ラスカルを持ち上げ、他の赤ちゃん竜たちがいる子竜専用のゲージへと入れる。また少し重くなっていた。すくすく育っているな、いっぱい食べて早く大きくなるんだぞ。

 ラスカルをゲージの中に入れると表へ急ぐ。


 エミル兄は、地竜を馬車から外している最中だった。

 エミル兄の相棒の地竜グラッドは、優しい性格をした竜で、グラッドが牽く馬車は揺れが少ないとお客様たちからの評判も上々だ。

 最近では領主様からも気に入られて、領主様のご息女の専属御者として働いている。

 僕の自慢の兄さんだ。


「おかえり、エミル(にい)

「ただいまフィヨル。ずぶ濡れじゃないか、何をそんなに慌てているんだ」

「だって、急がないと置いていかれちゃうんだもん。エミル兄、薬草摘みには、これから行くんでしょ?僕も連れてってよ」

「ごめんフィヨル、帰る途中偶然道端に生えている薬草を見つけてな。今日の分はもう摘み終わってしまったんだ」


 エミル兄は、そう言いながら〝ごめんな〟と体の前で両の掌を合わせて、申し訳なさそうに頭を下げる。……せっかく楽しみにしていたのに、ひどいや、僕はついつい頬を膨らませてしまった。

 そんな僕を見てエミル兄が大笑いする。僕には、どうしてエミル兄が笑っているのかが分からない。


「ごめん……本当にごめん。薬草を摘み終わったって言ったのは、ウソだったんだ。フィヨルがあまりにも楽しみにしているから、つい、いじわるしたくなってさ、本当にごめん」

「えーーーひどいよ、エミル兄、僕本当に楽しみにしていたんだよ」

「そう怒るなって、森に連れてってやるからさ、機嫌直してくれよ」


 そう言いながら、エミル兄は、僕の両頬を指で突いたり、引っ張ったり、揉んだり、いたずらする。まったく謝る気ないじゃないか、もー。

 頬を膨らせたまま、僕は結局エミル兄を許してしまった。

 兄が大好きであるという気持ちには勝てないのだ。少しでも早く森に行くために馬車の後片付けを手伝う。


 日暮れも近い。手持ちのランプに油カエルから採った背油を注ぎ火を灯す。

 薬草採取用の藁を編んで作った籠を肩にかけて、兄と手をつないで出発する。

 いつもならエミル兄の言い付けを必ず守るグラッドが、森に行こうとするエミル兄の服を咥えて離そうとしない。


 グラッドはこの時何かを感じていたのかもしれない。


「どうしたんだよグラッド。お前がわがままを言うなんて珍しいじゃないか、裏の森に少し行くだけだって、すぐ帰ってくるからさ行かせてくれよ」


 僕ら竜使いの一族は竜の言葉が分かる。

 グラッドはエミル兄にこう言っていた〝いかないで……そばにいて〟と、こんなに甘えるグラッドは珍しい。

 咥えた服を離すように、エミル兄がグラッドを説得する。


 グラッドの説得に時間がかかったこともあり、森に入る頃には、既に日は落ちはじめていた。

 いつもより森が静かで不気味に感じるのは、気のせいだろうか。


「あちゃー、こりゃ早く帰らないと夕飯に遅れて母さんに怒られるな。急いで必要な薬草を探そうぜ」


 薬草の根を抜かないように、葉だけを採取用のハサミで切っては、そっと籠の中に入れる。

 根さえ痛めなければ薬草はまた新しい葉をつけようと新芽を伸ばす。

 森はみんなのモノだ。採り過ぎは禁物である。

 僕は薬草採取が大好きだった。

 植物に傷をつけないように丁寧に葉を切っては、近くの野草につく可愛らしい小さな花を愛でる。

 植物を見ていると、あっという間に時間を忘れてしまう。


「フィヨル……おーいフィヨル、そろそろ帰ろうぜ」


 少し夢中になってしまったみたいだ。

 日は完全に落ち、雲が出ているせいで月が顔を隠している。

 あたり一面真っ暗だ。森の賢者フクロウの鳴き声と虫の声が、静まり返る森の中に響く。


「うん、急がないと母さんに叱られちゃうね」


 帰り支度をはじめた時だ、エミル兄の足元が急に光り出した。

 幾重にも重なる円と幾何学模様、見たことのない文字や数字のようなものが浮かび上がる。

 それを見て僕はすぐに思い出した。回覧板で読んだ神隠しを。


「エミル兄ーー」

「逃げろ、逃げるんだ。フィヨル」

「やだ、エミル兄も一緒に逃げよう」

「体が、体が動かないんだ。お前ひとりで逃げるんだ。お兄ちゃんは大丈夫だから」

「いやだー」


 目からとめどなく涙が溢れ出す。神隠しにあって消えた人は、二度と家に帰って来ないと回覧板にも書いてあった。

 僕は、無意識のままエミル兄に向かって走り出していた。


「バカ、来るな!」


 いやだ……大好きなお兄ちゃんを僕が守るんだ。エミル兄の胸に飛び込もうと全身で光の中に飛び込んだ。〝えいっ〟

 ……え?

 僕が光に飛び込むと、エミル兄の姿は目の前から消えていた。

 僕と交代するように、エミル兄の体が光の外へと弾き出される。


 エミル兄は、目に涙をためながら何度も何度も僕の名前を叫んだ。

 エミル兄の声が少しずつ聞こえなくなっていく。光がどんどん強くなる。

 そして、体がふわりと浮く感覚に襲われたあと、僕は暗闇に包まれた。

読んでいただいてありがとうございます。

面白い、続きを読みたいと思った方は、ぜひブックマークと評価をよろしくお願いします。

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