【短編】雪の匂い
雪の日の、冷たい匂いを嗅ぐと君を思い出す。君を見失った日も、この冷たさが香っていたから。
ずっと後悔している。あの日、なぜ、離れて行かないでくれと縋る事が出来なかったのか。なぜ、その瞬間が最後だと決めつけていい思い出にしようと思ったのか。
君との初めての出来事には、いつも雪があった。初めて共に夜を過ごした日、君は駅へ向かう俺の手を掴んで、手のひらに溶ける雪を見つめて、一緒にいたいと願った。
あまりにも愛おしくて、感情が強すぎて、僕が君に何を言ったのかは覚えていないけど。その時、誤魔化すための笑顔も浮かべられなくて、ただ抱き着いて顔を隠した心臓の音だけは覚えている。
僕は、そんな君に好かれている自分に溺れていた。抱いたハズの愛おしさを、別の何かと勘違いしてしまった僕は、この上なく滑稽なピエロだ。
卵も焼けない君が作ってくれた、歪な形のチョコレート。この世界の何よりも、君が僕を好きでいてくれる事を知れた気がした。
やはり、雪が降っていた。ラッピングに乗った、溶けた雪。君はこの時も誤魔化さず、君以外に何もいらないのに、何と比べるハズも無いのに、下手くそでごめんと謝って。ただ僕を好きでいるのだと、その気持ちを焦げた味で伝えてくれた。
でも、僕が君にお返しをする日は来なかった。あれほどまでに愛してくれた想いを、僕は抱えたまま君を見失った。
……会いたい。
今、君の隣に、誰かがいるのなら。きっと幸せな君を、何の迷いもなく祝福したい。もし、一人で居るのなら、僕との恋が間違っていたのだと、あの頃の僕を貶して欲しい。許して欲しいだなんて、二つは君に望まない。ただ、会って、君を失った僕を謝りたい。ここにある、残り続ける温もりを失いたい。
もう、声も思い出せない。あの日の綺麗なままの、君を好きでなくなった今の僕は、そんな事を思う。
だからいつも、雪の降る日に夢を見る。この匂いに馳せた、愛し方を知ったいつかの僕が、心から君を幸せにした夢を。
ハッピーバレンタイン