夢魔女王の献身
第3話!
今回はオニキス観点です〜!
よろしくどうぞっ٩( 'ω' )و
オニキスは夢魔を統べる女王だ。
そのため、彼女は自分の同胞の気配だけであれば……どんなに離れていても辿ることが出来る。
その日は、なんてことがない日のはずだった。
けれど、遠い遠い場所……閉ざされた境界線の先で、夢魔の気配がした。
しかし、門は閉ざされているため、物理的に会いに行くことは叶わない。
ゆえに、オニキスは夢魔としての能力を使い……夢を介して、その同胞の元へと向かった。
そして、新たに産まれたであろう夢魔を見て……愕然とした。
「あぁ……なんてこと……」
産まれたばかりの幼子。
けれど、その中には確かに夢魔の血が流れている。
「一体、誰がっ……!」
夢魔は確かに性的な行為で相手の生気を奪う。だが、それでも相手が子を孕まぬようにと……避妊の魔法を使うのだ。
それはかつて、悪魔の血を引くハーフの子供が無残に殺され……或いは魔法の触媒などにされ、悲惨な事件を何十件も引き起こしたからで。
オニキスもまた、配下の夢魔達に必ず避妊をするようにと厳命していた。
なのに──。
(女王としての力があるから、あたくしは夢を介してこの子に会いに来れているだけで……実際にこの子を助けることは出来ない。魔力制御も所詮夢では、学ぶことは出来ないわ。出来るのは……知識を与える程度。もしも、この子が辛い目に遭っていたとしても……手を差し伸べることなんて出来ない……!)
初めから助けられないと分かっているならば、手を差し伸べない方が正しいのだと理解していた。
でも、小さな手がオニキスの指を掴み、無垢な笑顔を向けられた瞬間──彼女は決心していた。
(人間の世界には悪魔なんていない──唯一会いに来れるあたくしだけが、夢魔としてのこの子の味方。せめて、孤独に陥らぬように──あたくしが寄り添うわ)
その日から、オニキスの大変な日々が始まった。
*****
幼かったあの子……ニアは、少しずつ成長した。
赤子であった時は必要最低限の世話をしてもらえていたようだが……物心つく頃には、薄暗い地下室で暮らすようになったようで。
四歳になったばかりのニアの辿々しい言葉で語られた、彼女を取り巻く環境に、オニキスは何度も胸を痛めた。
(なんで……地下室で? やっぱり魔法の触媒にするため? あぁ……この子は、いつまで生き残れるのかしら?)
人間は欲深い生き物だ。目的のためならば、どんなことだってする。
ゆえに、いつニアが触媒として殺されてしまうか分からない。
そもそも……触媒にされるかどうかすらも分からないが。何も知らされずに閉じ込められているニアでは、どうすることも出来ない。
それに……所詮、夢でしかなく。現実に干渉出来ないオニキスもまた同じ。
(あぁ……こんなに無力感を覚えたのは、初めてだわ)
花が咲き乱れる庭園を走り遊ぶニアを見守りながら……オニキスは泣きそうになるのを我慢した。
「ねぇ。人間の知識を教えて欲しいの。教えて下さらないかしらぁ?」
「……ア?」
長年の雨晒しで薄汚れた古城──通称・悪魔城。
全ての悪魔を統べる王が暮らすその場所を訪れたオニキスは、執務室で公務を行なっていた悪魔の王──グラムにそう告げた。
グラムは愉快げに真紅の瞳を細める。そして、ケラケラと笑いながら顎に撫でた。
「珍しいナ? お前が人間の知識を知りたいナンテ……どういったつもりダヨ?」
「分かっているでしょうぉ? 人間界で暮らす人間と夢魔のハーフの子供のためよ。あの子は今……地下室で暮らしているのよぅ」
「………アァ? 人間界に悪魔の気配があるのは知ってたガ……なんでそんなコトになってやがル?」
オニキスは顔を歪めながら、自身の同胞がやらかしたことを報告する。
グラムはそれを聞いて、不快そうな顔をした。
悪魔の血を引く子供に起きた悲惨な事件を、彼もまた知っていた。だからこそ、彼女からの報告がこんなにも遅くなったことに怒りを覚えた。
「何故、もっと早く報告しなかったンダ」
「報告したら、貴方はあの子を助けてくれたのかしらぁ? 閉ざされた門を開いて下さるのぅ?」
「…………」
そう言われたグラムは顔を歪める。
オニキスの言葉は……確かに、その通りだったからだ。
「駄目、だな。下手に門を開けちゃぁ……また面倒なコトにナル」
悪魔は他者を痛ぶること、虐げることを好む。
人間は欲深い生き物だが、悪魔はもっとタチが悪い。
彼らが欲望のままに力を望めば、彼らの破滅を望んで悪魔達は力を貸してしまうだろう。
そうなれば始まるのは……いや、混沌の時代に逆戻りする。
永生きすればするほど、その本質を制御出来るようになるが……若い悪魔は無理だろう。
だから、グラムは門を開かない。助けになど行かない。
たった一人のために、世界を混沌に落とすのは……許されざる行為であるから。
溜息を零して顔を上げたグラムは、言葉を失った。
いつも余裕の笑みを浮かべていた夢魔の女王。けれど、今のその顔は……泣きそうな顔をしていて。
グラムは、どれだけ彼女がその幼子に情を移しているのかを知って……申し訳ない気分になった。
「……すまねぇナ。酷いことを言っタ」
「いいぇ。あたくしも報告だけでもすべきだったわぁ。申し訳ございませんでしたぁ、陛下」
「……イイ、気にすんナ。人間の知識を知りたいんだったナ? なら、ジー様に聞ケ。あのヒトの方が人間と関わってきた時間が長イ」
爺様とは王の相談役のようなヒトであり、生き字引のような方だ。
グラムは白紙を取ると、サラサラと一文を書いてオニキスに渡す。
「オレの一筆があった方が話が早いダロ」
「ありがとうございますわぁ。それでは御前を辞させて頂きますわぁ」
「アァ、じゃあナ」
オニキスは優雅なカーテシーをしてから、グラムの前を辞す。
少しでもニアの助けになれるように──。
出来ないことが多い中でも、オニキスは争い続けていた。
*****
そして──その日はとうとう訪れた。
「オニキス様!」
「は……ぇ?」
悪魔城に呼ばれたオニキスは、応接室のソファに座っていた女性に言葉を失った。
いつも夢を介して会っていた。けれど、現実で会うことは叶わないと思っていた子。
「なんで……なんでここにいるのぅ!? ニア!?」
「えへへ……旦那様が連れて来て下さいました」
ニアは隣に座った男の腕に抱き着く。
彼女よりも歳上の、焦げ茶色の髪の男。……もしかしなくても、ニアから聞いていた夫となったラファエル・クアドラだろうか?
何故か、ボロボロで頭に包帯を巻いているが……。
いや、その二人の向かいに座っているグラムも頬に大きなガーゼが貼られている。
オニキスは現状がサッパリ過ぎて、その頭上にクエスチョンマークを飛ばしまくっていた。
「オォ、やっと来たナ。ナァ、聞けヨ。コイツ、クッソウケるゾ」
グラムはケラケラと笑いながら、何が起きたのか語る。
ニアを苦労させた原因である父親……夢魔を一発殴るために、門を確立させたこと。
だが、悪魔の領域で人間が好き勝手するのも問題かと思い、まさかの悪魔城に乗り込んで来たこと。
そして、流れで戦うことになり……悪魔の王たるグラムと対等に渡り合ったこと。
それを聞いたオニキスは絶句した。
全ての悪魔を統べる王というのは、伊達ではないのだ。つまり……今の人間の世界には、そんな凄まじい男がいるという訳で。
そんな男がニアの夫となったことに、オニキスは安堵の気持ちを抱いた。
妻のために魔界にまで来てしまった彼ならば、何があってもこの子を守ってくれるだろうと。
「ンデ。ニアの父親殴んの協力してやろーかと思っ──……」
「勿論、協力しますわぁ。一発と言わず、百発ぐらい殴りましょう〜?」
「だとヨ、ラファエル」
「それは有難いですね。では、よろしくお願いします〜」
実を言うと……オニキスは既に罰を与えていたのだが、敢えてそれは口に出さずに。
……結果、素晴らしい拳が披露されたとだけ、言っておこう。
*****
人々が泣く。
一人の男の旅立ちを惜しんで、悲しんで泣く。
黒い喪服に身を包んだオニキスは、子供達に支えられて棺桶の中にいる夫に向かって別れの言葉を紡ぐ愛娘を見つめていた。
本質の制御が可能な上位の悪魔しか出入り出来ないように調整した門を確立させ、悪魔と人間との貿易同盟を成功させた立役者。
きっと大勢の人々の認識はそんな感じだろう。
けれど、知っている人は知っている。
彼はただ……妻のために、妻のためだけに生きていただけだと。
彼こそが、この国で一番の愛妻家と言っても過言ではなかったことを──。
(随分と子供を産ませるのだと思っていたけれど……残していくあの子に、寂しい思いをさせないためだったのね)
オニキスは悪魔の血の影響で、あまり歳を取っていないニアを見て、そう考える。
きっと分かっていたのだ。ハーフとは言え……ニアは自分よりも遥かに永く生きるだろうと。
だから、自分が生きた証を……沢山の子供を残したのだ。
(ねぇ、ラファエル。あたくしの義理息子。貴方は、とっても良い夫だったわ。あたくしの愛娘の夫が……貴方で良かった。ありがとう)
土の中へ、彼の亡骸が入った棺桶が埋められていく。
オニキスはそっと娘の側に歩み寄ると……ポロポロと泣き続けるニアを抱き締めた。
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