地下室暮らしだった半夢魔少女
第2話です!
今後とも〜よろしくどうぞっ( ・∇・)ノ
ニアの世界は薄暗い地下室が全てだった。
ベッドしかない狭い部屋。夏場は茹だるほどに暑く、冬場は凍りそうなぐらいに寒くて……何度体調を崩しかけたことだろうか?
食事は一日二回。残飯のような少ない食事が、扉についた小さな受け取り口に置かれている。
身嗜みなんて整えたことがないから、十六年間一度も切らなかった髪は伸び切っていて……床についてしまうほどに伸び切っていた。
そして、十六年間──彼女はたった一人でこの部屋に閉じ込められていた。
普通であれば精神崩壊を起こしてもおかしくないだろう。けれど、そうならなかったのは……夢を介して、ニアに会いに来てくれるヒトがいたからで。
彼女の家族と言えるのは、その女性ただヒトリだけだった。
…………例え、そのヒトが人間でなくても。
だが……狭い世界はある日、なんの前触れもなく崩壊した。
「おいっ……! 閉じ込められている子がいるぞ!」
*****
王宮魔法師団の副団長でもあるトラバル・フォン・トリード第二王子は、今日行った家宅捜査の結果に溜息を零した。
今日、家を調べたのは古くから続く名家の侯爵家であった。
かの家が禁忌とされている死者蘇生魔法に手を出そうとしていると、匿名の密告が入り……捜査を行うこととなったのだ。
結果は、黒。
死者蘇生魔法に関する資料が押収され……死者蘇生の触媒となる少女も保護された。
詳しく事情聴取をしてみれば……侯爵は自死した愛娘を生き返らせるために、娘が生んだ子供を生贄にしようとしていたらしく。
ついでに……十七年前に起きた、犯人不明の貴族令嬢惨殺事件の真実も知ることとなった。
「はぁ……」
執務机に報告書を放り投げたトラバルは、眉間に寄ったシワを揉み、大きな溜息を零す。
同室にて書類整理をしていた側近アルバは、主人の疲労に目敏く気づくと……苦笑を零して、声をかけた。
「殿下。休憩にしましょうか」
「……あぁ。そうするか」
アルバは備え付けの棚からティーセットを取り出すと、慣れた様子でお茶を入れてトラバルの前に置く。
彼は一度、解毒魔法を発動してから……ゆっくりとカップを口につけた。
「……今回の事件は、とても大変でしたね」
どこか哀れみを含んだ声で、アルバがそう呟く。
大変──確かに、大変と言うしかないだろう。
「…………愛憎の縺れほど、恐ろしいモノはないな」
はっきり言って……侯爵の愛娘が自死した理由は、自業自得でしかない。
好いた伯爵令息に、婚約者を理由に袖にされた。それに怒った侯爵令嬢が、足がつかないようにと悪魔召喚に手を出し……成功する可能性は限りなく低かったというのに成功してしまい、令息の婚約者であった子爵令嬢が惨殺された。
だが……悪魔は対価として、侯爵令嬢を犯した。
その結果、侯爵令嬢は発狂し……一年後、自身を犯したあの悪魔の子供を産んでしまった。
そして──自死した。
「悪魔召喚に対価は付きモノ。そして、悪魔は他者を虐げること、痛ぶることをこの上なく好む。それ以前に……人を呪えば穴二つ。ある意味、彼女は自業自得でしかない」
「……そうですね。侯爵令嬢は自業自得でしかありません。けれど、今回保護したあの子は違う。産まれてきた子供に罪はないというのに……あの子は十六年間、あの地下室に閉じ込められてきました。それも……禁忌の生贄とするために。流石に、許せませんね」
「だが、逆に良かったのかもしれない」
「っ!? 殿下!?」
アルバは王子のその言葉に、目を見開く。
しかし、トラバルは酷く困ったような顔で、肩を竦めた。
「婚約者を殺された伯爵令息は……《狂犬》サバトだ」
「………あっ!?」
「……アイツならば、真実を知るやいなや皆殺しにしかねない」
婚約者を殺した犯人を追うために、警備部に所属した彼は……悪人ならば容赦なく半殺しにしてしまう。
何度も注意勧告、謹慎を受けても変わることがない。
それどころか……警備部から解雇すれば、逆に歯止めなくなってしまい、勝手に悪人を殺し始めかねないほどに危険で。
アルバは、主人の言わんとしていることを理解し……成る程と頷いた。
「確かに……日の目に当たることがなかったということは、サバトに知られることもない、ということになりますね」
「だが、今後も元のような生活をさせるのは……な」
「えぇ。またあんな場所で暮らさせるのは、倫理的にアウトです」
「だとしたら……大事を想定して対応出来る者を──」
ふと、トラバルの頭に閃きが浮かぶ。
そういえば……この国には、最強と言っても過言ではない男がいるではないか、と。
「ラファエル」
「………はい?」
「ラファエルに、彼女を守らせる」
「!」
アルバは驚きに目を見開く。
だが、直ぐにラファエルに保護した少女を守らせることへのメリットとデメリットを計算すると……こくりっと頷いた。
「悪くない案かと」
「そうか。お前がそう言うなら、問題なさそうだな」
「ついでに、本人達の了承があればですが……結婚させてしまっては如何でしょうか?」
「………何?」
トラバルは怪訝な顔をする。
彼はそんな主人に向かって、結婚させる理由を語った。
「クアドラ卿と婚姻関係があれば、守る理由としてこの上ないです。それこそ、妻を守るためという免罪符があれば……多少の無茶も押し通せましょう」
「それは……確かにそうだが……」
「後、クアドラ卿はこの国で最強と言っても過言ではございません。その血を絶やすことは国の損害。国王陛下並びに重鎮の皆様方も問題視しておりました。つまり──」
「彼女を利用する、ということか?」
「婚約者と愛情を育まれて婚姻なさった殿下に言うのはアレですが……政略結婚とは本来、そのようなモノですよ」
トラバルはニコニコと笑うアルバに鋭い視線を向ける。だが、正しいのは側近の方だ。
政略結婚とは利用し、利用されるような関係でもある。この国最強であるラファエルが、政略結婚に該当する人物であるのは当然のことで──。
「それに──」
だが、ふっとアルバの顔が悲しげな顔をする。
それは友を心配する男の顔をしていて。
トラバルは〝あぁ……コイツも、アイツがあぁなった理由を知っていたな〟と思い出した。
「…………二人の出会いで何かが変わる、そんな気がするんです」
……十三年前。
トラバル達が若かりし頃に、その災害は起きた。何日も大雨が続き、崖が崩れて町一つを飲み込んだ。
災害救援として王宮魔法師団が派遣されたのだが……生き残った者達に彼らは責められた。
『なんでもっと早く来てくれなかったんだ!』
『どうして、どうして!』
『なんでっ……こんな目に遭わなきゃいけないんだ!』
トラバル達でさえ心が軋みそうなぐらいに辛かったのだ。
だが、彼らは誰かを責めねばやっていけなかったのだろうと理解していたから……それに耐えた。
しかし……。
重傷者の治療を行なっていたラファエルは、もっと酷かった。
『ラファ、エル』
人気のない場所。
崩れるように俯いた彼の姿に、トラバルは息を飲んだ。
まるで……屍人のような。重苦しい空気を纏っていた。
『どうしたんだ、ラファエル』
『なぁ……俺ら、人殺しなんだってさ』
『…………は?』
『俺よりも小さい男の子に言われたんだ。なんで、なんで妹を助けらんなかったんだって。救える力を持ってるクセに、なんで助からんないんだって。人殺しって……は、ははっ』
ラファエルは崖の下に埋まっていた小さな女の子の治療をしたが……それでも、手遅れで。救えなかったことを、その女の子の兄に泣きながら責められたらしい。
『…………俺に、力があれば……助けられたかもしれなかったのにっ……』
両手で顔を覆ってラファエルは、呻き声を漏らす。
彼らは行き場のない怒りを、ぶつけただけだ。
魔法を使えたって、彼らの手は遠くまで届かないのだ。全てを救うことなんて出来ないし、零れ落ちるモノの方が多い。
だから、気にする必要は……ない。
けれど……そうは思っても、もうラファエルの心に刻まれた傷は消えない。彼は優し過ぎた。言葉を素直に受け止めてしまうほどに、繊細過ぎた。
だから──ラファエルは魔法の研究にのめり込むようになった。魔法以外を切り捨てるように。
救えなかったことへの、贖罪をするように──。
「……本当に、何かが変わると思うか?」
トラバルの呟きには、なんとも言えない感情が滲んでいた。
自分は結婚して幸せになれた。だが、あくまでもそれは自分で……ラファエルは違う。
実際に、トラバルの声は届かなかった。〝もう充分だ〟と言っても、ラファエルは魔法の研究を抑えようとしなかった。
今までのラファエルを見てきたから、結婚した程度では変わらないのではないかと思ってしまう。けれど、変わってくれることも願っている。
そんな複雑な感情が満ちた主人の呟きに、アルバは首を振る。
「そんなの、誰も分かりませんよ。でも……何かが変わらなきゃ……ラファエル前を向けないとは思いますよ」
「……そう、だな……」
このままでは駄目だと思っていたのは、トラバルも同じ。けれど、彼では何も出来なかった。
いや……ラファエルが研究をすることは国益にも繋がるからと、王子として行動を起こそうとしなかっただけだ。
でも、もう……もう、充分なはずだ。
友として──動き出せと。そういう時がきたのかもしれない。
「もう──ラファエルも幸せになっていいはずだよな」
王子は祈るように、そう言葉を零した。
*****
あの日、ニアの世界は変わった。
薄暗い地下室が現実世界の全てだったのに。
ある日、唐突に閉じられていた扉が解き放たれ……彼女は知った。
世界はこんなにも色鮮やかで、眩しくて。夢でその光景を見たことはあっても……実際に見るのは、全然違うのだと。
そして──……彼女は、愛することを知った。
「こんなところで寝ていたら、風邪を引くわよぅ?」
甘ったるい声が聞こえて、ニアはゆっくりと瞼を上げる。
穏やかな風が吹く木陰の下。木の幹に背を預けて居眠りをしていた彼女の前にいるのは……夜を纏った美しい女性。
縦ロールの濃藍色の長髪。黒曜石のような瞳。豊かな胸元を惜しげもなく曝け出した露出度の高いドレスに……左右の側頭部から伸びた黒いツノ。
ニアは自分の母親と言っても過言ではないヒト……夢魔を統べる女王オニキスに、にっこりと笑いかけた。
「こんにちは、オニキス様。本日はどうされましたか?」
「こんにちはぁ、ニア。今日は貴女の娘と遊ぶ約束をしているのよぅ?」
「まぁ! それはそれは……わざわざ御足労頂き、ありがとうございます」
「ふふふっ、気にしなくて良いわぁ。だって、折角あたくし達の領域──魔界と人間界の門が繋がったんだものぉ。折角、夢じゃなくて現実で会えるんだから……有効活用しなくちゃねぇ?」
クスクスと艶やかに笑うオニキスに、ニアは自慢するような笑みを浮かべる。
悪魔召喚などといった特殊かつ一時的な召喚以外は、完全に閉ざされていた魔界との門を確立し……それどころか全ての悪魔を統べる王と友人になってしまった夫。
その理由が、自分を苦労させた父親を殴りたいからだったなんて……きっと、知る人は殆どいないだろう。
でも、例えそんな阿呆らしい理由であっても……ラファエル・クアドラが偉業を成し遂げたという事実は変わらない。
自分のためにしてくれたという事実が、嬉しくて。誇らしくて。自分の夫はこんなにも凄いのだと自慢したくて堪らない。
そんな幸せそうなニアを見て、オニキスは慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
しかし、夢魔の女王は「ところでぇ……」と、とても言いにくそうに視線を下げると……ニアの膨らんだお腹をジッと見つめた。
「それにしても……もう何人目ぇ? 人間って繁殖力が旺盛とは知っていたけど……ポコスカ産み過ぎじゃないかしらぁ?」
「ポ、ポコスカ……」
あまりにも直球な言葉に、ニアの顔が赤く染まる。
「あの男、もう若くないのに張り切るわねぇ?」
「あ、あはは〜……まぁ。愛されてますので」
「ふぅん?」
オニキスはしゃがみ込んで、ニアと視線を揃える。
夢魔には似合わない、穏やかな笑み。
けれど……母親としては相応しい顔で、夢魔の女王は愛娘に質問した。
「ニア。あたくしの可愛いニア。今、幸せかしら?」
ニアはその質問に大きく目を見開く。
けれど──。
「はい、とっても幸せです」
次の瞬間には──花が咲き誇るような晴れやかな笑みで、ニアはそう答える。
(あぁ……なんて眩しいのかしら?)
それを聞いたオニキスは……胸に満ちる温かな気持ちに泣きそうになるのを堪えつつ、そっと手を伸ばす。
「貴女が幸せになれて、良かったわぁ」
そして、彼女の頭を撫でながら……そう呟いた。
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