研究馬鹿な魔法師の結婚
初めての方もそうじゃない方も、こんばんは!
島田莉音です。
本作品は私が書きたいところだけ書いた、時間軸バラバラな(今のところ)4話完結作品です(後に、補足話とか入れるかもしれないが現時点は4話だよ)。
設定甘々なところもありますので、深く考えずにお読みくださいませ。
という訳で〜以降、毎日19時更新で参ります!
最後までお付き合い頂けたら、幸いです! それでは〜今後とも、よろしくどうぞっ(・∀・)ノ
「ラファエル・クアドラ。結婚してみるか?」
第二王子兼王宮魔法師団の副団長の執務室に呼ばれたラファエルはそう告げたトラバル・フォン・トリード第二王子の笑顔を見て、思いっきり顔を歪めた。
ラファエルはトリード王国の王宮魔法師だ。
焦げ茶色の髪は伸び切っており、適当に一つ結びされている。濃紫色の瞳は魔法の研究で日中日夜構わず寝不足のため、濁っており。目の下には濃い隈がはっきりと浮かんでいる。髭もモサモサで、着ている服もかな〜りダラシない。
歳はまだ三十歳ではあるはずなのだが、四十代後半と言っても通ってしまう見た目をしている。
しかし、そんなラファエルではあるが……彼ほど優秀な魔法師はいない。魔法以外が適当過ぎる所為で筆頭になれていないが……もしも振る舞いがマトモになれば、直ぐにでも筆頭王宮魔法師として取り立てられるだろう。
ゆえに、トリード王国の者達は考えていた。
〝優秀な魔法師の血を残さないのは、国の損害である〟──と。
という訳で……冒頭に戻る。
「で、どうだ? 結婚してみるか?」
ニコニコと笑うトラバルの背後にある窓ガラスから日の光が差し込み、キラキラと金色の髪が輝く。ぶっちゃけ、後光のように眩しい。
眩しさに目を細めたラファエルは怠そうに溜息を零すと、ガシガシと頭を掻く。
そして、やる気のない声でそれに答えた。
「生憎と俺は魔法以外に興味ないんで、お断りします」
「…………」
トラバルはほんの一瞬だけ悲しそうに歪む。
それに目敏く気づいたラファエルも、ほんの少しだけ眉を寄せた。
…………色々と知っているからと、貴方が悲しそうな顔をしなくていいのに──と。
だが、トラバルは悲しげな顔を隠すように飄々とした笑みを貼り付ける。そして、軽い声で語り告げた。
「まぁまぁ、いいから。いいから。取り敢えず、釣書を見てみろ」
「えぇ……嫌ですよ……」
「そんなこと言って良いのか?」
トラバルは執務机の上に置かれていた釣書を手に取ると、ニヤァ……と悪そうな笑みを浮かべる。
その笑顔に嫌な予感を感じたラファエルは、眉間にシワを寄せて黙り込んだ。
「実はラファエルの結婚相手は……世にも珍しい人間と悪魔のハーフなんだ──」
「結婚します」
「即答だなっ!?」
手の平を一瞬でコロリッと返したラファエルに、トラバルは思わず叫ぶ。
ラファエルが魔法以外のことに興味がないのは知っていたが……まさか、魔法に長けた種族と言われている、滅多にお目にかかることがない《悪魔》の名を出しただけで、こんなに簡単に話が進むとは。
〝どれだけ魔法馬鹿なんだ〟と思いながら、自身の手から釣書を奪って中を見ている(振る舞い的に)歳上(には思えない)魔法師に呆れた視線を向けた。
「……おぉ!」
だが、その視線に気づかないラファエルは、釣書に描かれていた少女の姿を見て、子供のように目を輝かせる。
深緑色の長髪に、右側頭部から伸びた一本の黒いツノ。橙色の瞳は爬虫類のように瞳孔が縦に割れており、容姿は愛らしい顔立ちをしている。
彼女が人間と悪魔のハーフ。
悪魔は同じ世界に存在するが、違う階層に住んでいるとされているため……滅多に人間と関わることがない。
それこそ悪魔召喚などを行なって、命を賭ける前提の不条理な契約を交わさねば会えないと言われているほどで。
悪魔は人間よりも遥かに高度な魔法を使う種族として、様々な文献の中に現れる。
そのため、人間と悪魔のハーフなんてそれはもう素晴らしい研究対象である。
だが……目を輝かせていたラファエルの顔が、徐々に険しいモノへと変わっていく。
そして……複雑そうな顔をして、トラバルの方へと視線を向けた。
「あの……殿下?」
「なんだ? 一度、結婚するって言ったんだから前言撤回は無しだぞ?」
「いや、まぁ……それは良いんですけど……彼女、何歳ですか?」
「えーっと……確か十六歳、だったか?」
「…………」
ラファエルは思わず黙り込む。
十六歳──。ならば、結婚していてもおかしくない年齢であるし、貴族社会の中では歳の差婚なんて珍しくないことである。
しかし、この釣書に描かれている少女は……。
────明らかに幼い。
「………陛下?」
「今度はなんだ?」
「俺の目にゃ、十歳って言われても信じちゃいそーな幼い女の子に見えるんですけど?」
「……あぁ。悪魔の血の影響で、その姿らしいな」
「…………俺、捕まっちゃいませんかねぇ?」
ラファエルは心配そうに呟く。
いや、ぶっちゃけ……捕まったら捕まったで仕方ないのだが。その所為で魔法の研究が遅れるのは、とても困る。
トラバルは、彼が心配している理由がそっちじゃなくて魔法関連のことだと悟って、スンッ。となんとも言えない顔をする。
王子はそれはもう大きな、大〜きな溜息を吐いて、それに答えた。
「彼女……ニア嬢曰く。〝多分、外部から精気を得られれば、悪魔としての格が上がって……歳相応の見た目に変えられるようになると思います。私、悪魔は悪魔でも夢魔なので〟とのことだ」
「成る程、成る程……あ?」
──ピクリッ。
ラファエルはトラバルの口から出た衝撃的な事実に、口をぽかんっ……と開けて、固まる。
滅多に見れない彼のそんな姿に、トラバルは笑いそうになった。
「どうした?」
「む、夢魔ぁ?」
「そうだ」
「夢魔って淫魔とか言われてる方のアレですかぁ?」
「その夢魔だな」
「…………へぇ……」
ラファエルは驚いた顔をしたまま、釣書の中にいる少女──ニアを見つめる。
黙り込んだ彼を見たトラバルは、暫くニヤニヤと笑っていたが……徐々に不安になってきたので、少しだけ釘をさすことにした。
「ラファエル」
「なんです?」
「研究と称して、自分の嫁を他の男に抱かせるとかするなよ? 流石にそれは屑野郎だからな?」
「………あははっ、しませんよ〜。本人が望まない限りは」
「…………本人が望めばするのか……」
トラバルはそう言ってしまうラファエルに、ドン引きする。
しかし、当の本人は飄々とした態度で肩を竦めた。
「だってねぇ。夢魔って性的なことが好きだって聞きますし。オジさん相手じゃ満足出来ないかもしれないじゃないですか〜。そしたら、他の男で満足してもらうしかないでしょ?」
「我が国は一夫一妻制なんだがな?」
「どこの家庭も隠れて愛人囲ってますって」
「…………お前……王子の前でそれを言ってしまうか? 常識を学び直した方が良いと思うぞ?」
「あはは〜」
「笑って誤魔化すなよ……」
トラバルは眉間に寄ったシワを揉みながら、溜息を零す。
ぶっちゃけ、コイツを本当に結婚させて大丈夫なのか心配になってきた。だが、彼女を守れそうなほどの強者は今のところ、ラファエル以外いない。
第二王子は何度目か分からない溜息を零すと、本当はこの国で最強である魔法師を見つめる。
そして──若干投げやりになりながら、彼に命じた。
「取り敢えず、結婚するんだから……身嗜みぐらい整えろ!」
……嫌そうな顔をしたラファエルにイラッとしたのは、決して悪くないと思うと。後に王子は語った。
*****
トラバルは笑いを堪えるので必死だった。
一年前──ラファエルが結婚した。
結婚式は面倒だからとやらなかったらしい。〝素敵な結婚式は女性の夢ですのに!〟というのが、トラバルの妻の言葉だ。
トラバルも男の甲斐性を見せるためにもやるべきだと思ったが……ずっと魔法魔法、魔法ばかりで結婚しないと思っていたラファエルが、結婚しただけ良しと考えることにした。
…………はっきり言って。
トラバルは彼が結婚しても何も変わらない可能性の方が高いだろうなと思っていた。
ラファエルは魔法馬鹿だ。
というか、魔法にばかり比重を置き過ぎてそれ以外が疎かになり……上司でもあるトラバルが周りの環境やら何やらを手配しなければ、最悪餓死してもおかしくないレベルの変人だ。
だから……結婚しても、彼は彼のままだと思っていた。
しかし──。
『大変です、殿下! ラファエル様が帰宅しました!!』
顔面蒼白になりながら、そう報告にきた王宮魔法師達にトラバルは噴き出しかけた。
王宮魔法師は、王宮の一画を拠点として研究や何やらを行なっている。だが、あくまでそこは仕事場であって居住区ではないのだ。
今まで自分の家に帰らずに、そこに住み着いて研究を行なっていたラファエルの方がおかしいのであって。
『帰宅するのは普通のことだからな?』
『…………あっ!?!?』
彼らはトラバルにそう言われて、今更ながらに気づいたと言わんばかりの顔で固まる。どうやら、ラファエルが王宮に住み着いてる方が当たり前になっていたらしい。
それが余計に彼のツボに入った。
また、ある日──。
『大変です、殿下! ラファエル様が騎士達を叩き潰しました!』
『!?』
トラバルは慌てて現場に駆けつける。
王宮の訓練場。そこには複数の騎士達を魔法鎖で簀巻きにして、無言のまま足蹴にするラファエルの姿があって。
…………感情の消えた顔でひたすら騎士達を蹴っているラファエルに、思わず後ずさった。
事情を聞いてみれば、どうやら騎士達がラファエルの妻……ニア・クアドラ夫人が人間と悪魔のハーフ、特に夢魔であることを嘲笑したのだとか。
『そりゃあ、彼女は……夢魔の血を引いてますけど。だからってどんな男にも身体を許すような売女とか、俺が彼女の身体に陥落したとか馬鹿にされたら……プチっと潰したくなるじゃぁないですか〜』
(──お前。最初、本人が望めば他人との関係を認めるとか言ってなかったか?)
危機察知能力に優れているトラバルは、勿論そんなことは口に出さなかった。
ニコニコと笑うラファエルが逆に恐ろしい。多分、どれだけトラバルが彼に恩を売っていても……その一言を口にしたら最後。トラバルすら潰されると本能的に理解した。
そんな恐怖の視線に向けられているというのに、ラファエルは気にする様子もなく転がっている騎士達に笑いかける。
そして、殺意の篭った声で優〜しく語りかけた。
『次にニアのことを馬鹿にしやがったら、半殺し……ではなく。三分の四殺しにしますね?』
『………それ、殺してないか?』
『嫌だなぁ、殿下〜。遠回しに殺すって言ってんですよ〜』
『……………』
多分、その日──王宮内では、絶対にニアのことを馬鹿にしてはいけないという不文律が成立した。
また、違うある日──。
『殿下〜』
『珍しいな。ラファエル自らわたしの執務室に来るなんて』
『えぇ。ちょっと悪魔の王様とお友達になったんで〜。一応ご報告に来ました』
『そう──はぁっ!?』
トラバルは顎が外れるかと思った。
ラファエル曰く。
不遇の人生を送ってきたニアの父親をちょっと殴りたくなったから悪魔達の領域──魔界に行ける方法を確立した。そして、旅行感覚で魔界に行き……一応、偉い人に話しを通しとこうと、悪魔の王に挨拶に向かい、軽く戦闘して友達になったらしい。
そして、その王に協力してもらい──ニアの父親を殴って帰還した……。
サラッと告げられた偉業に、トラバルは頭を抱えた。
確かに、結婚する前のニアの境遇は不遇の一言に尽きる。
釣書を渡した時は、敢えてニアの境遇を語らなかったのだが……本人から聞いたのだろう。それほどまでに信頼し合える関係になったことを喜ぶべきか?
だが、まさか妻のためにラファエルが歴史的な偉業を達成してみせるとは、思いもしなかった。
ちなみに、このことを国王に報告したところ──いつも冷静沈着な国王や宰相、国の重鎮達を呆然とさせ……。
後に大々的な貿易同盟に繋がり、国を更に発展させることとなった。
とまぁ、そんな感じで。
あの魔法馬鹿であったラファエルは、良い意味で変わった。
悪魔達との貿易同盟の締結を祝う祝賀パーティに、妻と共に参加したトラバルは、今回の立役者であるラファエルと……その妻であるニアの方を見て、思わず笑ってしまう。
「旦那様、旦那様! 凄いです! 私、こんな凄いケーキ見たことがありません!」
「落ち着いて下さいよ、ニア。ケーキは逃げたりしませんから」
「旦那様! 早く食べたいです!」
「はいはい、分かりましたよ〜」
ラファエルとの関係が良好なのだろう。ニアは年相応の美しい女性に成長した。
そしてラファエルも……見窄らしかった格好が嘘のように髪を短く切り揃え、髭も剃った端正な顔立ちを惜しみもなく曝け出している。
近しい距離で、楽しげに笑い合う夫婦。あんな姿を見れば、誰だって相思相愛だと分かる。
一体全体、何がどうなってそんな関係になったのか──?
(まぁ……それを聞くのは野暮ってモノだろう)
災害で数多の命を救えず、逆に民達から責められ──後悔から魔法にのめり込み、それ以外を捨てるように生きてきたラファエルのことを知っているトラバルは、そんな彼の姿を見てほんの少しだけ泣きそうになってしまった。
……やっと。彼も……前を向けるようになったのだ、と。
「…………良かったな、ラファエル。お前が幸せそうで嬉しいよ」
トラバルはそう小さな声で呟いて、手に持っていたワイングラスを傾けた。
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