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第86話「メディレン家の野望」

【第86話】


 こうしてメディレン家は帝国崩壊のどさくさ紛れで東シュワイデルの覇者を目指すことになった。

 それもこれも皇帝ペルデン三世が乱世に全く不向きな君主だったからだが、さらに俺たちの予想を上回る続報が飛び込んでくる。



「皇帝が行方不明だと?」

 アルツァー准将の呆れ顔が凄い。

 俺は帝都から届いたばかりの密書を准将に手渡した。



「帝室紋章官ブレッヘン卿からの報告ですので、ほぼ間違いありません。表沙汰にはなっていませんが、帝都は連日の大捜索だとか」



 准将はイスの背もたれに体を預け、悩ましげな顔をした。

「理解しがたい状況だ。ブルージュの三公にとって皇帝は重要な人質だ。そう簡単に逃がすとは思えないし、殺害して失踪扱いにするとも思えないな」



 実を言うと俺も皇帝の身柄は安泰だろうと思っていたので、少々混乱している。ジヒトベルグ公もミルドール公も、比較的穏健なやり方を好む君主だ。

「ブレッヘン卿の自宅にもジヒトベルグ軍の将校が来て、事情聴取をして帰ったそうです。連中は帝都の下水まで調べているという話でした」



「なりふり構わず、という感じだな。皇帝の失踪を隠蔽したいのであれば悪手だが、皇帝を殺しておいて失踪を装うのなら妥当な行動だ。どう思う?」

 確かにそうなのだが、俺は首を横に振る。



「俺なら皇帝を殺しても『失踪』にはしませんね。『病気療養中で面会謝絶』にします」

「確かにその方が死んだまま人質にできて合理的だな。お抱え医師に診断書でも書かせておけば済む」

 俺たちの会話、冷静に考えてみるとひどいな。まあいいか。



「そもそも大事な人質を殺さないでしょう。帝都周辺の領主たちを懐柔するにも皇帝の権威は役立ちます。帝室門閥の貴族は帝室の代官という建前ですから、皇帝が領地を返せと言えば逆らえません」



 この辺りは大名と旗本の違いみたいなもんで、シュワイデル門閥貴族の誇りでもある。皇帝の命令があれば素直に従うだろうが、そうでないとかなり揉めるだろう。

 准将もうなずく。



「確かに皇帝が行方不明では都合が悪いな。わざわざ行方不明にするぐらいなら、一族郎党まとめて公開処刑にする方がまだ理解できる」

 そうなんだけど真顔で言わないでほしい。美人だから妙な凄みがある。



 俺は軽く咳払いをする。

「行方不明が事実だとすれば、ブルージュ公の差し金かもしれません」

「ブルージュ公が?」



「ブルージュ公国にとっては、帝国の五王家は分裂したままの方が都合がいいでしょう。皇帝を殺して行方不明にしてしまえば、五王家は永遠に現れない皇帝の帰還をただ待つことになります。ジヒトベルグ公やミルドール公は占領統治が進まず、ブルージュ公にとってはむしろ好都合でしょう」



 准将は溜息をつく。

「秩序ではなく混乱を目的とするなら良い策だな。死亡が確実なら皇太子をすぐさま即位させられるが、失踪ではそういう訳にもいかない。他に判断材料はないか?」



 そういうことなら、この情報が役立つかもしれないな。

「失踪の裏付けを取るためにブレッヘン卿が動いてくれましたが、帝室侍医団の動きが妙です」

「妙というのは?」



「皇帝が存命なら普通は毎日検診しますし、死ねば検死するでしょう。しかしどちらの動きもありません。皇妃など帝室関係者の健康状態は帝室侍医団によって記録されているのですが、皇帝だけ空欄になっているそうです」



 アルツァー准将はまた考え込む。

「それは確かに妙だ。断定はできないが、皇帝が本当に失踪した可能性は高まってきたな。皇帝が最後に公の場に表れたのはいつだ?」

 俺は書類をめくり、記された情報を准将に伝える。



「帝都陥落当日にジヒトベルグ公と会い、近衛師団に停戦を命じたのが最後ですね。停戦は皇帝の本意ではないはずですから、強要されたのか、あるいは偽の勅書でしょうが」

 陥落翌日からは動静が伝わらなくなっていたので、いつ失踪したのかわからない。



「三日後に帝都中で大捜索が始まっていますから、このわずかな期間で失踪したことになります」

「やれやれ、どこまでも面倒な皇帝だ」

 アルツァー准将は溜息をついた。



「何から何までわからないことだらけだが、それでも対応は決めなければならない。それも今すぐにだ。ハーフェン殿と相談しよう」

「ではお供します」



 俺とアルツァー准将はメディレン宗家の本拠地ポルトリーテ港に急行し、メディレン公ハーフェンと緊急会談した。

「皇帝陛下失踪の噂ですが、こちらでも真偽はつかめていません。ハーフェン殿の方ではいかがですか?」

「その私を疑うような目はやめてくれぬか、叔母上。私は潔白です」



 露骨に嫌そうな顔をしているメディレン公。

 でも五王家の当主たちって、どいつもこいつも陰謀大好きだからなあ……。陰謀に向いてなかった皇帝が捕虜になって失踪しているから、謀略家でないと生き残れないのはわかる。



 そんな目でメディレン公を見ていると、視線に気づいた彼は咳払いをした。

「味方から疑われるのは不本意だが、貴官はそれが仕事であったな。実はジヒトベルグ公から密使が来た。『本当に皇帝を匿っていないのか』としつこく尋ねられたぞ」



 尋ねちゃうのか。ジヒトベルグ公は相変わらず直球勝負だな。

 じゃあ真実がどうあれ、ジヒトベルグ公は皇帝の身柄を確保しそこねたと公表した訳だ。ジヒトベルグ公にとっては不都合な「事実」だ。

 メディレン公は整えたヒゲを撫でつつ、苦笑まじりに言う。



「ジヒトベルグの若君は皇帝陛下を快くは思っておるまいが、それでも帝室を破壊しようなどとは思っておらぬはず。五王家の『人差し指』、良くも悪くも御曹司であるからな。皇帝陛下の失踪が事実であれば、これは彼らしい対応といえよう」



 帝室に次ぐ格式を持つジヒトベルグ家としては、あまり無茶をしたくないということか。

 ジヒトベルグ公自身も穏健な政治家だし、ここは信用してもいいだろう。

 俺はチラリとメディレン公を見る。



「もちろんメディレン家では匿っていないのですよね?」

「無論だ。匿っていたらやりたい放題だったのだがな。今からでも逃げ込んできてはくれぬものか」

 心の底から残念そうに溜息をつくメディレン公。

 何するつもりだったんだ。いや、言わなくていい。



「皇太子殿下を含め、帝位継承権を持つ者は全て虜囚になっているようだ。誰が即位しようが新帝はブルージュの傀儡にしかなれぬ」

 なんで分散させなかったんだ。馬鹿じゃないのか。



 そう思っていたらアルツァー准将が苦笑した。

「では帝室は滅ぶべくして滅んだのですな。うちの参謀もそう申しております」

 申してないよ?



 メディレン公も苦笑する。

「帝室としては陛下の逝去が確実でなければ、皇太子殿下を即位させることはできまい。何事も格式と前例を重んじる家柄だからな」



 俺は呆れて発言する。

「皇帝不在のまま帝都が敵に占領されていては、国としては死んだも同然でしょう」

「さよう。それゆえ、この偉大なる祖国を守るためには五王家の一員としてメディレン家が立たねばならぬ。そういうことになるな、ははは」



 うわー悪い。悪い人だ。

 だが乱世には必要な悪い人でもある。このプランに乗っかろう。

 そうだ、こういうときに言う台詞があったな。俺はニヤリと笑ってみせる。



「御運が開けましたな」

 するとメディレン公はフフッと笑った。

「では運が開けた以上、進むしかあるまいな。帝都を奪還するぞ」

 そう言ってメディレン公はきびきびと俺に命じる。



「今のブルージュ軍と正面から仕掛けてもブルージュ公は動かず、ジヒトベルグ公たちを使って共倒れを狙うであろう。それゆえ軍略と外交の両面で動く」

 妥当な判断だな。ブルージュ公だけが得をする展開は避けなければならない。



「私が外交でブルージュ内部に亀裂を入れるゆえ、クロムベルツ少佐は主に軍略を担当せよ。ブルージュ軍の東進を阻み、反攻からの帝都攻略をちらつかせるのだ。実際には帝都を戦場にはできぬから、あくまでも揺さぶりをかけるためにな」



 そう言ってメディレン公は俺に笑いかけてくる。

「私には陸戦が全くわからん。当家の侍従武官も海軍出身者だらけでな。貴官は貴重な陸戦の専門家だ。頼りにしているぞ」

「はっ!」



 なるほど、俺を厚遇しているのはそういう理由か。納得しつつ、俺はアルツァー准将に向き直る。

「ということですので、手伝ってもらいますよ」

「それは構わないが、私はお前の直属上官だぞ。頭越しの命令を嬉しそうに受けるんじゃない」

 微妙に拗ねてるな……。


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拗ねちゃう准将カワイイw
[一言] 今更だけど路上でパン屑を拾い石畳の上で寝ていた平民が出世したなぁ
[気になる点] 冒頭から読み返してましたけど >帝位継承権を持つ者は全て 確か五王家宗家の当主にも継承権あるんじゃなかったですっけ(第6話) いやまあここまではあくまで名誉称号的なものであって、ここか…
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