第46話「道化師の旅団」
※申し訳ありませんが「人狼への転生」15巻書き下ろしのため、しばらくは週1回更新になります。
※次回更新は13日(金)です。
【第46話】
敗残の第六特務旅団は、近衛師団である第一師団と共に帝国領に帰還を果たした。国境の城塞都市ツィマーに入り、第二師団の国境守備隊に迎え入れられる。
将校たちは代官の城館に招かれ、報告と慰労を兼ねた昼食会に参加した。
「いやあ、キオニス人どもには手を焼かされましてな!」
第一師団の近衛大佐がヒゲを撫でながら豪快に笑っている。
「元帥閣下の策を見破られ、どうにかこうにか敵中を突破してきた次第です」
嘘つけ。お前ら会戦に間に合わなかっただろ。
傍らを見るとアルツァー大佐が物凄い顔で近衛大佐を睨んでいる。
さすがに近衛大佐もギョッとしたようで、口調が急激に尻すぼみになった。
「ま、まあ……あの……第六特務旅団の獅子奮迅の働きあってこそ、なのですがな?」
参加している将校や貴族たちの視線がアルツァー大佐に注がれる。
さっきまでの怒気に満ちた表情が嘘のように、大佐はけろりとしていた。どうやら演技だったらしい。
「ジヒトベルグ公のような偉大な名君を失ったことは、メディレン家にとっても耐えがたい哀しみです。皆様、どうか気を強く持たれますように」
そつのないお悔やみだ。さすがに五王家の一員だけのことはある。
ツィマー市の軍人や役人はみんなジヒトベルグ門閥だ。トップを失ったことで彼らの立場は不安定になる。
それだけに大佐の言葉は歓迎されたようだ。
「ありがとうございます、アルツァー様」
「どうか当家の名誉が守られますよう、お力添えを」
彼らの危惧はよくわかる。
なんせ五万の大軍を擁してキオニス領に殴り込みをかけ、戻ってきたのは二万ほど。
それも会戦に参加しなかったから助かったようなもので、会戦に参加した部隊で生還したのは第六特務旅団だけだ。
だから会戦の真相を知る者はほとんどおらず、みんな責任問題になるのを恐れて嘘だらけの報告をしているらしい。
つまり俺たちの発言ひとつで、いろんな連中の首が飛んだり繋がったりする訳だ。さすがにメディレン家当主の叔母の言葉を公然と疑う者はいない。
その大佐はというと、何事もなかったかのように平然としている。嘘つきの近衛大佐を糾弾するでもなく、かといってジヒトベルグ公をあれこれ言う訳でもない。
大佐が俺をちらりと見る。
(これでいいのだろう?)
(ええ。迂闊な発言をするよりは、今は沈黙を保った方が得だと思われます)
俺のアイコンタクトに大佐は小さくうなずく。
(今回の大失態はジヒトベルグ家の命運を危うくするだろうな)
(そうですね……。ジヒトベルグ家はどうにかして権威失墜を防ごうとするはずですし、逆に帰還兵たちはジヒトベルグ公に全責任をなすりつけるでしょう)
俺たち自身もそうだが、とにかく敗残の兵というのは気まずい。敗戦の責を負わされる危険性もあり、保身は全力で考えねばならない。
そうなると総大将が戦死しているのは大変都合が良く、全部総大将のせいにしてしまえる。
そんな訳で軍の内部は今とてもギスギスしており、迂闊な発言は足下を危うくする危険性があった。
大佐はアイコンタクトで器用に溜息をつく。
(立ち回りが大変だな。策はあるか、我が参謀?)
(第六特務旅団の発言力などたかが知れています。しばらくは卑劣な風見鶏に徹するしかないでしょう。ただ……)
(なんだ?)
大佐が首を傾げたので、俺は苦笑いしてみせる。
(どうせリトレイユ公が何かするでしょうから、それに乗っかってうまいことやりましょう)
国内の諸勢力の動きは複雑だが、謀略の黒幕であるリトレイユ公の狙いはシンプルだ。ジヒトベルグ家を没落させる。
俺たちにそれを止める力はないので、リトレイユ公の悪事にタダ乗りして甘い汁を吸おう。
大佐が呆れている。
(貴官の有能さは再確認させてもらったが、つくづく敵に回したくない男だな)
(褒めてるんですか、それは)
(これ以上ないぐらいに賞賛しているぞ。これからも私の傍から離れるな)
褒められた。嬉しい。
ふと気づくと、さっきの近衛大佐がびくつきながら不思議そうな顔で俺たちを見ている。
「あの、メディレン大佐殿……何か?」
どうやら大佐が側近の俺と見つめ合っていたので、極度の不安に駆られたらしい。
さらにこんなことまで言う。
「そちらの中尉は、確か『死神参謀』と名高いユイナー・クロムベルツ中尉ではありませんか?」
地味に傷つくから死神って呼ばないでくれ。いや待て、名高いの?
するとアルツァー大佐はこれ以上ないぐらいのドヤ顔になって、誇らしげに微笑む。
「そうです。我が旅団は退却中にキオニス騎兵の追撃を受けましたが、この男の策謀ひとつで逆に全滅させました」
居並ぶ諸将と官僚たちがどよめく。
「おお……さすがはゼッフェル砦の英雄」
「精鋭と名高い第六特務旅団だけのことはありますな」
「あの大敗北の中、ほぼ無傷で敵中を突破してくるとは」
んんん? なんか変だぞ。
賞賛されて嬉しくない訳はないが、妙な違和感がある。
俺たちの勝利はあくまでも戦術レベルの小さな勝利だ。国同士の戦いではほとんど何の影響もない。
俺はテーブルの下で大佐の肘をちょいちょいつつき、目で訴える。
(妙です。ここは戦略階梯の議論をする場ですが、戦略階梯では我々の勝利など讃えるに値しません)
(確かにな。ひどく不健全な匂いがする。あの女の香水のような匂いだ)
皮肉がどぎついけど、俺も同じことを考えていた。
案の定、話が妙な方向に脱線し始める。
「遠征は大敗しましたが、まだ我々にはこのような精鋭が無傷で残っております」
「さよう。リトレイユ公の下で団結し、敬愛する帝室をお守りしましょう」
やっぱりあいつか。
(閣下、これはリトレイユ公の宣伝工作です)
(わかっている。我々を政治の道具に使う気だ)
あのクソ女、何もかも見通していたんだ。
ジヒトベルグ公が大敗北することも、俺たちが無事に生還してくることも。
そして生き残った俺たちを悲劇の英雄に仕立て上げるつもりだ。
リトレイユ公はジヒトベルグ公を元帥に推挙している。無能を推挙した責任を問われる場面もあるだろう。
その声を封殺するには、この戦いを美談に仕立てて不可触の「聖域」にしてしまう手がある。
『あなたがたは異国に散った戦士たちや、激戦を戦い抜いて帰還した英雄たちを侮辱するつもりですか?』
論点のすり替えだが、こう言われると反論しづらい。英雄扱いされる部隊があればなおさらだ。
もともと帝国内の貴族や軍人たちは、ほぼみんなキオニス遠征に好意的だった。各師団の参謀本部も「勝算は極めて高い」という評価をしている。下手に検証すれば自分たちの無能ぶりを晒すことにもなりかねない。
こうしてお互いに気まずさを抱えつつ、みんな黙り込む。
軍事的な検証は置き去りにされ、帝国史における「悲劇の敗戦」として誰にも触れることができない場所に安置される。遠征は美談とされ、忘却の彼方へと追いやられるだろう。
実際、場の雰囲気はその通りになりつつあった。
「悲劇的な戦いでしたが、今こそ五王家が団結しなくてはなりませんな」
「ジヒトベルグ公の遺志を受け継ぎ、キオニス人どもから帝国を守らねばなりません」
「ええ、リトレイユ公の下で団結しましょう」
微妙に噛み合ってない会話をしているが、双方の立場の違いのせいだ。早くも水面下で熾烈な駆け引きが始まっている。
そして俺たちはというと、議論の箸休めみたいに話題に上る。
「それにしても第六特務旅団は素晴らしい」
「女性ばかりと侮っておりましたが、いや立派なものだ。我が師団も手本としたい」
「大佐殿の御活躍、きっとメディレン公もお喜びでしょう」
大佐と俺は顔を見合わせ、そっと溜息をつく。
(素直に喜べないな)
(とにかく今は耐えましょう)
こんなことのために大事な仲間を四人も失ったのか……。




