第4話「第6特務旅団」(地図あり)
【第4話 第六特務旅団】
俺の冗談に、美女はあくまでも真面目に返してきた。
「それは保証します。私も同じ方向に用がありますから、クロムベルツ殿をお送りするのは、あくまでも『ついで』ですよ。含むところはございません」
そう言われたら信用するしかない。
考えてみれば、彼女が俺を殺すつもりなら俺の反撃も警戒するだろう。現役軍人の俺と二人きりになるはずがない。
むしろ俺を安心させるために、敢えて二人きりの空間を作ったとみるべきか。
すると美女は不意に話題を変えた。
「クロムベルツ殿は第六特務旅団について、どれぐらいご存じですか?」
「何も存じておりません」
「旅団長のことも?」
「はい、何も」
「そうですか」
おい、そこで黙るな。それは気になってるんだよ。
すると美女は俺の内心を見透かしたかのように笑う。
「第六特務旅団は今後、帝国軍の中核を担うと私は信じております」
そりゃ信じるのは自由でしょうけど、そもそもあんたは誰なんだ?
しかしそのとき、馬車が静かに止まった。まだ目的地には着いていないが、美女が立ち上がる。
「私はここで失礼します。いずれまた、お目にかかりましょう」
その言葉が何を意味するのか俺にはわからなかったが、俺はわかったような顔をしてとりあえずうなずいておいた。
でも名前ぐらい言ってから行けよ。
* *
その後、馬車は約束通り第六特務旅団の司令部に到着する。
「やっと着いたか……」
馬車から降りた俺は、あまり立派ではない城門の前に立っていた。
周囲は深い森と山々だ。他には何にもない。
軍の地図でもこの辺りには何にもない。帝国南部を東西に横断する山脈のど真ん中で、守るべきものが乏しいのだ。こんな険しい山奥ではおちおち戦争もできやしない。
ここに帝国軍の旅団が駐屯しているとは知らなかったが、こんな場所に旅団を置いて何がしたいんだろう。
それにこの城、見た目は奇麗だが実戦には耐えられそうにない。
高い城壁と尖塔。日本人だった俺が思い描く「西洋のお城」のイメージそのまんまだ。
あれは投石器や攻城梯子で戦争していた中世の城だ。火砲による攻撃を想定していないから、攻城砲を並べられたら半日で陥落するだろう。
そして正門には「陸軍第六特務旅団本部」の看板。
軍隊、それもシュワイデル軍で「特別」とか「特務」とかを見た場合、ちょっと用心しなければならない。要するに普通ではないからだ。俺は「普通」や「標準」の方が好きだな。
俺がぼんやりしていると、城門が開いて大柄な下士官が飛び出してきた。
「こらーっ! そこで何をしているんですか!」
若い女性の声だ。女性の下士官は初めて見た。
それにしてもずいぶんとデカいな。俺より背が高い気がするぞ。肩幅も広くて逆三角形のアスリート体形が実に美しい。
大柄な女性下士官はのしのしと歩み寄ってくる。
「そこの民間人丸出しのあなた! ここは民間人の立ち入りは禁止なんです! 観光地じゃないんですよ! すみませんが退去してください! ていうか、さっきの馬車はどこです?」
俺、民間人でも観光客でもないんだけど。
ああそうか、私物のコートを着ているのでそう見えるのか。いやでも一応、下は軍服だし指揮刀も吊ってるぞ。
目の前に迫ってきたデカ女……失礼、長身の女性下士官に、俺は襟章を見せた。
「参謀少尉のクロムベルツだ。ここの配属になった。既に連絡が来ていると思うが」
「えっ!? えええっ!? これはっ、しつ、しっつれいいたしました!」
慌てて直立不動で敬礼する女性下士官。
「わた、いえ自分はハンナ・ハイデン下士長でありますっ!」
『下士長』はこの世界独自の階級だが、だいたい曹長ぐらいの地位だ。下士官たちのまとめ役になるベテランで、少尉の代わりに小隊長を務めることもある。
こんな若い女の子が?
……やばい。ここやっぱり普通じゃないぞ。
俺は内心の不安を悟られないよう、指二本で軽く答礼した。
「私物のコートのせいで紛らわしかったな。済まない」
「いえっ、いえいえっ! もも、申し訳ありません、クロムベルツ少尉殿!」
いいリアクションするなあ。俺よりデカいけど、なんか可愛い。
俺は師団司令部で預かった封筒を取り出す。
「これが命令書だ。旅団長閣下に着任の報告をしたい。悪いが案内してもらえるか、ハイデン下士長?」
「はい、今すぐ! あっ、お荷物お持ちします!」
「いや、女性に荷物を持たせる訳には」
「いえいえ、上官のお荷物を持たない訳には」
しばらく不毛なやりとりをした後、彼女の迫力に負けてトランクを預けることにする。シュワイデル軍の慣習としてはハンナが正しいのだが、女性兵士なんて見たことがなかったからどうにも慣れない。
「では御案内します!」
紅潮した顔で鼻息荒くハンナが言い、ずっしりと重いトランクを軽々と肩に担いだ。見た目通りの力持ちだ。負けそう。
「参謀少尉殿の着任です! 城門を開けなさい!」
ハンナの命令で衛兵たちが慌てて城門を開く。みんな若い女の子だ。
やっぱりここヤバくないか?