第2話「死神参謀」
【第2話 死神参謀】
切り通しの攻防からしばらくして、俺は後方の第五師団司令部で師団のお偉いさんと向き合っていた。
相手は雲の上みたいな存在なので、俺は緊張しつつ敬礼する。
「ユイナー・クロムベルツ歩兵少尉、招集命令により参上しました」
元の世界とは階級の価値が少し違うが、少尉が士官のスタートラインであることは変わらない。下っ端指揮官として小隊長をやらされるのも同じだ。
士官学校の同期にはもう中尉になっている連中もいるが、俺は平民出だから全然昇進しない。退役までに大尉になれたら大成功だなと思っている。
そう思っていたが、お偉いさんの話はその辺りに絡んできそうな気配だった。
「先日のアガン軍との交戦で、君の小隊は壊滅的な損害を受けたそうだな」
「はっ、任務を全うした結果であります」
嘘じゃない。
狭い場所だからといって一個小隊で攻略させた大隊長が悪い。迂回挟撃用にもう一個小隊派遣していれば、あんなことにはならなかった。
大隊長は敵主力を防ぐために本隊を厚くしたが、そのために分遣隊をケチった。
兵力をケチると大勢死ぬのは士官学校で習ったはずで、大隊長の采配がまずかったことに変わりはない。
「報告書は受け取っている。困難な任務を全うしたと、大隊長も激賞している」
そりゃどうも。三十人も死んだのはあいつのせいだよ。無能貴族め。
お偉いさんは俺の内心を察したのか、微かに溜息をつく。
「君の第三小隊は解散し、第一・第二小隊の欠員補充に回すことになった。君は小隊長の任を解かれる。君の戦功は明らかだが、口さがない者たちは君を『死神』と呼んでいるな」
「よく存じております」
だから俺のせいじゃないんだってば。
お偉いさんはもっともらしい顔をして、同情するような口調で言う。
「戦功があるのに任を解かれるのは君も不本意だろう。せめて昇進させてやりたいが、いきなり中尉という訳にもいかん」
子供の戦争ごっこじゃないから、こっちも昇進なんて期待してない。
軍の階級はそんなに数がないので、一回の小競り合い程度で昇進していたらあっと言う間に大将になってしまう。あ、いや、シュワイデル帝国には将官の階級がないから准将から大将まで全部まとめて「将軍」だな。
だから普通に考えたら勲章のひとつでももらっておしまいというところだが、それなら俺を師団司令部まで呼びつけたりしないだろう。
そう思っていると、やはり妙な雲行きになってくる。
「ところで君は作戦立案能力が高そうだな」
何言ってんの? 俺は突撃しか能のない前線指揮官だよ?
とは思うが、こういうときには肯定するしかないことを俺は前世で知っている。要するにこのおっさんは「そういうこと」にしたいのだ。
「はっ! 作戦立案には自信があります!」
「よろしい。それに実戦経験、統率力も十分だ。部下の教育にも長けている。そうだな?」
「はい、その通りであります!」
ああ、軍隊ってこれだから嫌いだ。
俺がクソ貧民の家に転生してなけりゃ、こんな野蛮なとこから給料もらわなくても良かったのに。
近世の軍隊などという陰惨極まりない組織について考えていると、お偉いさんはうむうむとうなずく。
「では君を参謀にしてやろう。どうかね?」
どうかねって言われても、それ命令なんでしょう? 知ってるよ、それぐらい。
「はっ! 謹んで拝命いたします!」
「よろしい。では本日付で、えー……クロムベルツ歩兵少尉を参謀に任じる。参謀肩章を授与する」
「はっ! より一層、軍務に精励いたします!」
やったー。参謀だ。嬉しいな。
……あんまり嬉しくはないが、これで指揮刀で敵の頭をカチ割る仕事からはおさらばできそうだ。
ただ問題なのは、参謀は独立した職位ではないということだ。
シュワイデル帝国軍の上級将校はほとんど貴族出身だ。教育水準は高いが、指揮官としての適性を持っている者ばかりではない。
そこで軍務のアドバイザーとして参謀がつく。上から降りてきた無茶な命令を、どうやって実行するのか提案する仕事だ。あくまでも「提案」なのであまり偉くない。
で、俺は誰の参謀になるんだ?
うちの第五師団は参謀などの幕僚ポストをリトレイユ公の派閥がガッチリ囲い込んでいる。平民出身の俺なんかお呼びじゃない。
他の師団に飛ばされるんだろうか。でもどの師団司令部も門閥貴族の巣窟だぞ?
するとお偉いさんは用件は終わりだと言わんばかりに告げる。
「君は第六特務旅団に転属になる。旅団長直属の参謀だ。まぎれもない栄転だぞ」
栄転かなあ?
我が帝国の旅団は師団より小規模で、臨時編成されたものが多い。もともと変則的な編成が多いのだが、「特務」ってのが気になるな。響きはいいが、正規の旅団ではないということだ。
どうも不穏な気配がするぞ。
だがお偉いさんは何も説明してくれず、書類の束を俺に突き出した。
「行けばわかる」
なんだかわからないけど、旅団付の参謀なら立派なもんだ。
まあいいか。着任命令書を見せて輸送隊の荷馬車にでも同乗させてもらおう。
そう思って官舎の一室で荷造りを始めた俺だったが、当番兵が慌てて駆け込んできた。
「少尉殿、お迎えの馬車です」
「お迎えの馬車?」
頼んでないぞ、そんなもん。