第15話「国境の砦」(地図あり)
【第15話】
第六特務旅団から派遣された約百名の戦列女子歩兵は、特に問題もなくブルージュ公国との国境地帯に到着した。
第一小隊長のハンナ下士長が晴れやかな笑顔で言う。
「女の子だらけだから山賊に襲われないか心配でしたけど、案外安全なんですね」
「銃で武装した女の子だらけだからな」
マスケット銃兵百人の隊列をわざわざ襲うヤツらがいるとは思えない。いたら逆に尊敬する。
俺は隊列の後方を指差した。
「逆に我々の行軍が街道筋に治安をもたらした側面もある。巡礼や行商人がぞろぞろついてきたからな」
おかげで道中、物資に困ることはなかった。アルツァー大佐のポケットマネーで何でも買ってもらえたし。五王家の財力ってやっぱり尋常じゃない。
まあそれはともかくとして、実は今ちょっと困ったことになっている。
「話が違うぞ、ダンブル大尉」
アルツァー大佐がゼッフェル砦の正門前で、年配の守備隊長と押し問答をしていた。
「この砦への援軍は第六特務旅団が担当するはずだ」
「いえ、それが我が第三師団内で兵力を融通するとの通達がありまして……」
経験豊富そうな大尉だが、三階級も上の貴族将校が相手ではやりづらいだろう。
だが彼が砦の実質的な司令官だし、ここは第三師団の管轄だ。こちらとしてもゴリ押しはしにくい。大佐もその辺りは配慮しているようだ。
しばらく押し問答をした末、大佐は俺を振り返ってニヤリと笑う。
「砦の外に野営するなら構わないそうだが、どうする? 別の砦にでも行くか?」
「論外です」
俺は帝国軍がどういうものか多少わかっているつもりだ。
こういうときは無理矢理ねじこむのが正しい。
メディレン家の威光を振りかざしてもいいし、大佐の階級を利用してもいい。他の増援部隊はまだ到着していないから、リトレイユ公からの要請をちらつかせてもいい。
だがそれでいいのなら、大佐はわざわざ俺に話を振ったりしないだろう。
俺は守備隊長の目を意識しつつ、大佐に確認を取る。
「スマートで論理的なやり方を御所望ですか?」
「御所望ではないな。どちらかといえば命令だ」
「では御命令通りに」
こんなやり取りもダンブル大尉へのアピールのうちだ。今ので彼は俺を「旅団長の腹心」だと誤解しただろう。たかが少尉と侮れなくなる。
さて、どうするか。俺は前に進み出ながら、その一瞬で考えを巡らせる。
どうせ彼らは若い女性ばかりの第六特務旅団に偏見を抱いているのだろう。まともに戦えないお飾り部隊だと思っているに違いない。俺も彼の立場だったら、さすがにちょっと不安にはなる。
とりあえず誤解を解くところから始めてみよう。
まずは相手が上官であることと経験豊富なベテランであることに敬意を払う。
「失礼します。小官はユイナー・クロムベルツ参謀少尉であります。以前は第五師団で歩兵小隊長をしていました」
「うん?」
守備隊長は俺を見て怪訝そうな顔をしたが、俺の態度と参謀肩章を見て話を聞く気になったらしい。
「私に何か用かな、少尉?」
俺は小声でひそひそと問いかける。
「大尉殿は第六特務旅団の兵がお飾りではないかと危惧しておられるのではありませんか?」
守備隊長はアルツァー大佐をチラリと見てから、やはり小声で応じた。
「私にも砦を預かる責任がある。役に立たない兵を入れる訳にはいかんからな。もちろん第六特務旅団は精鋭だと信じているが」
白々しい言い訳つきだが、とりあえず守備隊長の立場と本心はわかった。
そういうことなら説得のしようもある。
「我が旅団の兵は小官が鍛え上げました。そこらの新兵よりは遥かに使えます」
「本当か?」
精鋭だって信じてるんだろ?
「お疑いでしたら、彼女たちの練度を御覧に入れましょう。第一小隊、密集二列横隊!」
俺の号令で第一小隊が展開し、二列に並ぶ。前列は片膝をつき、後列は前の兵士の隙間に立つ。
「交戦演習を行う! 第一小隊は攻撃担当、第二小隊は支援だ!」
俺の命令にハンナ下士長が敬礼する。
「復唱、交戦演習を行います! 第一小隊、構え!」
第一小隊の五十人は歩兵銃を構え、射撃態勢を取る。
ゼッフェル砦の兵士たちが「なんだなんだ?」とばかりにあちこちから顔を覗かせるが、俺は構わずに隊列の背後に回った。
第一小隊の女の子たちは射撃姿勢を取り、銃を空撃ちしては弾込め動作をしている。
ここまではどこの部隊でもやっている普通の訓練だ。
俺は彼女たちに告げる。
「ミアン、左目に被弾だ。ジュディーナ、左肩負傷。レッカ、戦死」
俺が指名した女の子は即座に被弾箇所を押さえ、その場にうずくまる。
すかさず第二小隊長のミドナ下士長が叫んだ。
「救護開始!」
第二小隊の女の子たちが、「被弾」した第一小隊の子を引きずって運んでいく。抜けた穴を第二小隊が埋め、五十人の射撃態勢を維持した。
俺はさらに「損害」を増やす。
「ユイレン、銃の故障。キュジル、右足負傷。サディレ、戦死。カーラ、戦死」
「これ使って!」
銃が「故障」したユイレンに、隣の子が銃を渡す。「戦死」した子の銃だ。
もうそろそろいいかな。
「訓練を終了しろ」
「訓練終了! 訓練終了!」
最終的に第一小隊は数人を残してほぼ全員が後送され、第二小隊が欠員を埋めた。後方は「死傷者」と数人の第二小隊員だけだ。
俺はダンブル大尉に向き直る。
「御覧のように、我が旅団では死傷者が出た場合の訓練もさせています。隣の者が撃たれても動揺などしません。実戦経験のない女性ばかりの部隊ということで御不安はおありでしょうが……」
するとダンブル大尉は制帽を脱ぎ、頭を掻いた。
「わかった、わかった。そこまでの覚悟があるのなら、砦の銃眼を預ける価値はありそうだ。もう何も言わんよ。……ようこそ、クロムベルツ少尉。我々は今から戦友だ」
ダンブル大尉が握手を求めてきた。それから彼は俺に問う。
「上官の威光をちらつかせた方が簡単だろうに、なぜわざわざこんなデモンストレーションを?」
俺はその手を力強く握り返す。
「誤解を解けば済む話ですので」
軍隊も人間の集団だから、地味な嫌がらせは日常茶飯事だ。特に前線の場合、背後から撃たれて戦死することもある。安全な後方とはだいぶ雰囲気が違う。
アルツァー大佐もそれはわかっているので、ここの流儀でやるように俺に振ったのだろう。たぶん。
とりあえず無事に話がまとまり、俺たち第六特務旅団の二個小隊は砦の中に駐留できることになった。
大佐は俺と一緒に歩き出しながら、小さな声で俺に言う。
「第三師団はミルドール家の軍隊だ。私の実家の威光は届かない。助かったよ」
「これぐらいは給料のうちです。お任せください」
俺は大佐に笑いかけ、ついでに言う。
「ご存じでしょうが、砦を預かる守備隊長には実際の階級以上に大きな権限が与えられています。砦の防衛に支障をきたすと判断されれば、紙切れの命令書など意味を持ちません」
アルツァー大佐は苦笑し、肩をすくめてみせる。
「将たる者、戦場に在っては例え王命といえども聞けず、という訳だな。教本通りだ」
「ええ。割とやりたい放題ですのでお気をつけください。多少のトラブルは平気で揉み消してきます」
部隊全員で口裏を合わせれば、何が起きたかなど誰にもわからない。どんな「事実」も上官の指示ひとつだ。
さすがにダンブル大尉も三階級も上の貴族相手に妙なことはしないだろう。とはいえ、こちらが調子に乗ると痛い目に遭わされる。
古めかしい砦の城門を見上げつつ、大佐はつぶやく。
「我々は敵と相対する時間の何十倍もの間、味方と相対する。味方に注意を払わねばならんのは当然だ。そうだな、少尉?」
「はい、閣下」
俺たちは顔を見合わせ、苦笑し合いながら砦に入った。




