第1話「死神の大鎌」(地図あり)
※本作品は15~18世紀のヨーロッパ・オリエントを参考にしていますが、あくまでも異世界です。現実世界とは多くの点で異なります。
※本作品は「シュワイデル語の和訳」という体裁で記述されています。
【第1話 死神の大鎌】
前世であっけなく死んで異世界に転生した俺は、今また死にそうな目に遭っていた。
「撃て!」
小隊長である俺の命令で、配下の戦列歩兵五十人が一斉にマスケット銃を撃つ。
「次弾装填!」
元の世界で言えば十七世紀頃の戦争風景だ。大航海時代が終わりに近づき、植民地が各地に築かれ、絶対王政が頂点を極める時代。
それはこのシュワイデル帝国でも同じだった。
「帝国」というとなんとなく大国のイメージがあるが、百年以上続いた戦争で領土を切り取られまくり、今では近隣の国と大差ない。
それでも過去の栄光が忘れられず、帝国領の回復を掲げて争っている。
何から何までクソみたいな第二の祖国だが、一番クソなのは周りの国がほとんど異教徒で建国以来の宿敵ということだ。実際には同じ宗教の宗派違いなのだが、それが逆に敵意を高めているらしい。
だから戦争が百年以上も続く。
敵弾がヒュンヒュン飛んでくる。隣国アガン王国の戦列歩兵たちだ。
突撃して一気にケリをつけたいが、敵の弾幕は苛烈だ。今突撃しても勝ち目はないだろう。
俺は指揮刀を掲げて怒鳴る。
「目じゃなくて手を動かせ! 撃て!」
敵の攻撃で三~四人ほど地面にひっくり返っていたが、残りの兵は命令通り一斉射撃を行う。戦場は黒色火薬が起こす白煙でぼやけていて、何がなんだかわからない。
何がなんだかわからない状況だが、俺は小隊長としての使命を果たす。前方の敵を蹴散らさないと、俺の軍籍が査問委員会で蹴散らされかねない。
俺は再び命じる。
「撃て!」
マスケット銃兵はだいたい二十秒ごとに一発ずつ射撃ができる。時計はないが、タイミングは体が覚えた。間に合わない兵には弾を温存させ、次の射撃に参加させる。
「くそっ、敵が減りません! まだ四十人以上います!」
俺の補佐を務める下士官が望遠鏡を覗き、白煙の向こうに微かに見える敵兵を見ている。
別の下士官が叫ぶ。
「隊長、六人やられました!」
また二人ほど撃たれたらしい。
配下の小隊五十人のうち、「もう一割以上やられている」計算になる。
現代戦ならそろそろ逃げたくなる頃合いだが、ここは異世界の近世。「まだ九割近く残っている」のに後退などさせられない。そういう時代だ。
「た、隊長殿! もう無理です!」
ビクついた兵士が叫ぶが、俺は無理矢理笑顔を作って笑い飛ばす。
「ははは! 今逃げたら俺たち全員懲罰部隊だぞ! 貴様、最前列で長槍を持って突撃したいのか!?」
「ひいぃ!? もう嫌だぁ!」
情けない悲鳴をあげながら弾の装填をしている兵士。口では喚いていても、手は止まらないのが訓練の成果だ。
俺は彼の肩をポンポンと叩き、みんなに聞こえるように怒鳴る。
「あいつらをブッ殺せば俺たちの仕事は終わりだ! 夕飯までに片付けるぞ! この先の街を攻め落とせば酒も女も買い放題だ!」
ああ、嫌だ嫌だ。本当に品がない。士官学校では後方勤務志望だったのに、なんで俺こんなところで戦ってるんだろう。
ぶっちゃけて言えば俺は戦争なんか大嫌いだし、この世界も大嫌いだ。帝国がどうなろうが俺の知ったこっちゃない。
しかし戦わないと殺されるので、俺は殺されないために殺し続ける。敵も味方もだ。
「おら撃て! 貴様らの銃は疲れ知らずの絶倫だろ! タマ無しじゃないってことをアガン人どもに見せてやれ!」
適度に下ネタジョークを交えると士気が高まるので、事前に考えていたネタで鼓舞する。命がけで戦っているときにバカみたいだが、バカじゃないと生き残れない。
敵の抵抗はしぶとい。たった一個小隊で街道の切り通しを守っている。こっちは後続に何個か小隊が来ているので、それさえ到着すれば迂回して敵を皆殺しにできる。
要するに敵の抵抗は無意味だ。時間稼ぎでしかない。
ん? 時間稼ぎ……?
そのとき不意に、俺の首筋にゾワリと冷たい感覚が走った。
「やばい!」
俺はとっさに下士官の襟をつかみ、むりやりしゃがませた。
ほとんど同時に眼前の白煙がぶち抜かれ、何かが隊列に飛び込んでくる。砲弾だ。
「ぎゃあっ!」
「うわあぁっ!」
「あひいいいぃっ!?」
盛大な悲鳴が聞こえる。こりゃ十人ぐらいやられたな。
俺はすぐに立ち上がると、損害状況を確認した。即死した連中は原型を留めておらず、何人やられたのかわからない。血まみれで呻いているヤツもいる。
戦えないヤツのことは後で考えることにして、生き残って銃を構えているヤツだけ数える。
三十人ちょっとか。
「た、助かりました、隊長……。よく今のを避けられましたね?」
下士官が真っ青な顔をして立ち上がってきたので、俺は彼に手を貸す。避けるのが一瞬でも遅ければ、俺も彼も上半身がどこかに消えていたはずだ。
「死神とは長い付き合いでな」
一度死んだせいか、俺は死の予兆を感じ取ることができる。首筋に冷たい刃のような感触が走るのだ。
どうしてこんな予知ができるのか全くわからないが、とりあえず『死神の大鎌』と呼んでいる。
この力がなければ、現代人の俺がこんな時代を生き延びることはできなかっただろう。
それはともかく、これ以上砲弾をぶち込まれたら小隊は全滅だ。どうせ小口径の野戦砲だろうが、マスケット銃で撃ち合いをする数十メートルの距離だと威力がありすぎる。
もうぐずぐずしてる場合じゃないな。
だが俺はまるでこれを待っていたかのような顔をして、指揮刀を構えて走り出す。
「よし、ヤツらは切り札を使い切ったぞ! この勝負もらった! 総員突撃だ!」
俺の背後で下士官たちが叫んでいる。
「ああっ!? 隊長殿!?」
「隊長を死なせるな!」
「そっ、総員突撃! 総員突撃だ!」
歩兵にとって突撃命令は絶対だ。
「うわああああーっ!」
マスケット銃を構えた歩兵たちが白煙の中に飛び込んでいく。銃の先端には申し訳程度の銃剣……というか尖った鉄杭がついており、これで敵を刺し殺すのだ。
もちろん俺も先陣を切って白煙に飛び込んでいる。こういう状況だと、小隊長が動かないと小隊はついてこない。
我ながらメチャクチャだと思うが、俺には『死神の大鎌』がある。
白煙の中を駆けながら、とっさに右にステップ。チュンという物騒な音がして、俺の耳元を銃弾が飛んでいった。
白煙の切れ目から飛び出すと、そこは敵の戦列歩兵が待ち構えていた。
「撃て!」
敵の指揮官の号令でパパパパパッと銃声が轟き、炎と白煙が視界を遮る。
だが「死神」は何も言わない。俺も倒れない。
マスケット銃の命中率は高くない。強力なバネで火打石をガンガンぶつけるせいだ。
銃身内部にライフリングを切ってないからただでさえ弾道が不安定なのに、さらに衝撃で銃身がブレまくる。
だから回避など考えるだけ無駄だ。
「うおらあああっ!」
俺が指揮刀で斬り掛かる頃には、配下の小隊も敵に肉薄していた。
「死ねええええ!」
「クソ野郎があああ!」
敵もこちらの突撃は予想していただろうが、白煙のせいで射撃がまともに当たっていない。そして一発撃ってしまえば、後はもう銃剣の突き合いだ。
「殺せ殺せ!」
身も心も完全に野蛮人になって、俺は敵の下士官をぶった斬る。下士官は兵の逃亡を阻止するのが仕事だから、こいつらを片付けると敵兵は逃げ出す。ほら逃げろ逃げろ。
散発的にパンパンと銃声が轟くが、あれはおそらく味方の射撃だ。弾を装填したまま走ってきて、至近距離で発砲したんだろう。いい仕事をする。
ふと気がつくと、動く敵の姿はなくなっていた。敵の死体が二十人ぐらい転がっている。残りは逃げたようだ。味方も十人ほど死んでいた。
「隊長、敵は逃亡しました。我が小隊の残存兵力は二十人ほどです」
さっき助けた下士官が報告する。
「派手にやられたな……」
実際にはもう少し生存者がいたが、彼らは腹を押さえてうずくまっていた。下士官たちが生存者にカウントしなかった連中だ。
この世界にはまともな医療がないから、腹を撃たれたらほぼ確実に死ぬ。
せめて彼らの最期は勝利で飾ってやりたい。
俺は指揮刀を掲げ、ありったけの大声で叫ぶ。
「我が小隊は敵小隊を駆逐し、この軍事地点を奪回した! 俺たちの勝利だ! 皆、よく戦った! 敵の野戦砲を鹵獲しろ! 後続の到着までここを守れ!」
「おおーっ!」
腹を押さえて死にかけている兵士たちも、銃を掲げて叫ぶ。
俺は彼らの一人一人の手を握り、労いの言葉をかけた。
「よく勇敢に戦った。お前は帝国軍の勇者、祖国の誇りだ」
「へへ……やって、やりま……したぜ……」
こういうのは軍国主義的で嫌なんだが、軍国主義の時代だから仕方がない。死んでいく兵士たちの尊厳を守らなければ、生き残った兵士たちが戦わなくなる。
それに何より、彼らは本当に勇敢に戦ったのだ。隊長の俺が讃えなければ誰が讃えるんだ。
だんだん生気を失っていく兵士たちを尻目に、後続の小隊が急ぎ足で切り通しを通過していく。同じ中隊の仲間たちだ。
同僚の小隊長が騎乗したまま軽く敬礼して通り過ぎる。俺も敬礼で応じた。
さらに同じ大隊に所属する他の中隊もどんどんやってくる。切り通しを迂回できない騎兵や輜重隊の馬車も来た。次の戦いは彼らが何とかするだろう。
俺は動かなくなった兵士たちにも敬礼すると、生き残った二十人ほどの部下に命じた。
「負傷者の手当と並行して、戦死者の埋葬をする。敵も埋めてやれよ、近隣住民から苦情が来る」
俺は制帽を被り直すと、ニヤリと笑う。
「それが終わったら酒と女だ」
ああ下品だ。
【第1話交戦地点】