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老人病院  作者: 長谷川ゆう
8/9

頭痛

初仕事前に老人病院「ゼイタク」の小さな事務所に亀田さんに連れられた。



テーブルと椅子しかない面接をした場所だった。



「ここでの仕事は、基本的には入居者のお話を聞くのが安田さんのお仕事」

亀田さんが1枚の紙に印刷された業務内容を渡してくれた。



みかこが「紙」と言うものに触れたのは亡き祖父母が生きていた時に200年前の本を見せてくれたのが最後だ。



2300年、紙はデジタルに代わり授業は机に座ればスクリーンで出て来て指で書き込む、「本」は頭にあるネットから図書館を検索して、入館後に探したい本を検索すればスクリーンで読める。



「紙」はむしろこの時代には不要な産物なのだ。みかこはざらざらとした懐かしい肌触りを感じてぼんやりしていた。



「珍しいでしょうね、安田さんには。知り合いに唯一、製造してる人がいてね」

亀田さんは、シワのある顔をくしゃっとさせて笑った。



「すみません。仕事内容が・・・」

いくらこの時代はバイトで食べていけると言っても不必要な考え、私語、私情を挟めばその日にクビだ。



亀田さんは気にせずにみかこが業務内容に目を通すまで静かに待ってくれていた。



1、入居者の話を聞き会話を成立させ入居者の話を否定しない。業務時間は9時か5時まで



2、入居者の生活は食事、入浴、介護は全てAI のロボットが管理しているため不要



3、入居者が身体的、精神的な不調を訴えた場合はかかりつけの医師が館内にいるので、部屋にある医師呼び出しボタンを押すこと



働き方に関する疑問がある方は亀田まで。




紙に書かれた内容はたったの3つだった。

「これだけですか?」

みかこがまの抜けた声を出し顔を上げたら、今度は亀田さんが真剣な顔をしていた。



「安田さん、少しネットをオフにしてくれないかな?」

国の法律で仕事中は、頭に入っているチップから繋がるネットはずっとオンラインにしていないと、不始末とみなされ、後から国からキツイ尋問の用紙が届く。



200年前のタイムカードのような機能をもつからだ。




まだ仕事前だ。みかこは目を15秒閉じてネットを遮断した。



「すまないね。ここで働いてもらう人には仕事中は、ネットをオフにしてもらっているんだ」

みかこは、思わずえっ?と眉間にシワを寄せてしまった。



「基本的には9時から5時までオフに。入居者の3人も私もチップは国に返納してから人間らしい関係を築いて欲しいのがモットーなんだ」

でもとみかこが言いかけた時に、亀田さんはテーブルの下からタブレットを取り出した。



タブレット自体見るのは学校の歴史の授業以来だ



「みかこさんと他の人が働いてる間は、こいつが代わりに業務をネットで国に連携し続けてくれる。仕事終わりに私に声をかけてくれれば、ネットを繋げて、こちらをオフにする、ちゃんと仕事をした事になる」

一瞬、「不正」と言う言葉が頭をよぎり、みかこは選ぶ仕事を間違えたのかと思い脂汗をかいた。



「すまないね。ここでの仕事が嫌ならもっと月給の良い老人病院を紹介するよ?ここで働いてきた人は1度も不正では国からおとがめは受けたことはない。むしろばれてしまえば私が処罰対象だ」

亀田さんが下を向き、笑顔が消えていく。



みかこは慌てて椅子から立ち上がった。


「仕事受けます!」

気がついた時には、くちから出ていた。笑顔が消えていく顔が、亡くなる祖父母に似ていて胸が苦しくなった。



亀田さんの事だ、何か考えがあるのだろう。



亀田さんが「では」といたずらっ子のような顔で笑いタブレットを起動させた。



そこには「安田みかこ・業務中」と写し出され亀田さんがそれを押した。



「これで今から安田さんは、ここで働いている事になる」


みかこは、1枚だけの業務内容の紙を持ち1階の1番奥の部屋を受け持つと伝えられ、物音1つしない廊下を歩く。



真っ白なドアが、自動で開いた。

部屋の中は、真っ白な壁に小さな白いベッドが1つ、ドアの近くに医師呼び出しのボタンがあった。



「あら、可愛らしいお嬢さん」

ベッドにはみかこよりひとまわり小さな白髪の巻き毛のおばあさんが座っていた。



「初めまして、今日から担当いたします安田と申します」

みかこは頭を下げると、おばあさんは柔らかくふふふと笑う。



「私はあやこ、ここに来てから頭痛はしないのじゃないかしら?」

あやこさんの質問に思わず頭を押さえた。そう言えば「ゼイタク」に来てから頭痛がしない。



「頭の中のチップが個人情報を国が入手する時に頭痛が起きるのよ?」

あやこさんは、寂しそうに悲しそうにみかこに笑った。



産まれてから国を絶対的には信じてきたわけではない。ロストヒューマンの世代の祖父母に育てられたみかこだからだ。



しかし初めての情報に、みかこは呆然と立ち尽くした。




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