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老人病院  作者: 長谷川ゆう
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人と人

「よく、来たねえ」

赤茶色のレンガ2階建て地下1階の「ゼイタク」の表玄関の前で、ほうきを持った80代くらいのおじいさんに声をかけられたみかこは、一瞬、入居者が間違えて外に出ているのかと思い、動揺してあやふやな会釈だけした。


その人が他でもない 老人病院「ゼイタク」を運営者の亀田(かめだ) 一夫(かずお)さんだった。


亀田さんの日向にあたった柔らかいを顔を見た瞬間、みかこは、自分も人を揶揄しながらも必死なのだと思わされた。


それくらい、この国や社会や世間から切り離されたような時間の中をゆったり泳ぐような、老人だ。


あれ?祖父母の顔は、笑顔はどんなだっただろうか?


ここ最近の仕事と殺風景な人間関係と生活で、中学生を自分が卒業するまで育ててくれた祖父母の顔をみかこは、よく思い出せなかった。



「あの、あの、面接に来ました」

バイトも受かったが入社しなかった会社の面接も山ほど受けてきたが、最初から無表情で素っ気ない面接官と会うため、番狂わせになったみかこは、動揺した。



さっさと、面接だけして帰宅して働こうとだけ思っていたのに。


「老人病院は、初めてかな?みんな、面接に来ると安田さんみたいな顔をするよ、中へお入り」

運営者の亀田さんは、大した事ではないように笑う。いくら9割の確率でバイトや会社に受かる二千三百年の日本とは言え、面接で少しでも動揺したり、表情を崩してしまえば、精神不安定と選別され、最新式の心理テストまで受けさせられたうえに、落とされる。


この仕事がありあまる時代に落とされる1割の理由の人間だ。


精神すら脳内に埋め込まれたマイクロチップで操作されていると学生時代に噂話が真しやかにされたが、社会に飲み込まれてしまえば、そんなことなど忘れてしまう多忙の毎日になる。



久しぶりに、人の表情を見た気がした。


みかこ自身、人であるため変な話だ。最後に人らしい人の表情を見たのは、祖父母の顔だった気がする。


あとは、私は誰と会い、誰と話し、どんな話をして、誰と別れたのだろう。


何も思い出せないほど、記憶に残らない人々だ。相手もみかこの顔を同じように忘れているのだろう。


亀田さんの、顔は人が人たるべき顔のような気がした。


玄関でたたずんでいるみかこを見ながら、亀田さんは枯れ葉を掃きながらのんきに待っていた。


その表情はみかこの祖父母の思い出せようとして出せて、みかこの頭痛を誘発させた。学生時代から、多かれ少なかれ、周りの人々は両親も含めて頭痛持ちだ。


「頭痛かな?」

枯れ葉を掃きながら、下を見ている亀田さんの一言に凍りついていたみかこは一気に緊張から解放され、同時に見抜かれた事に気持ちがこわばった。



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