戦慄の機械都市
「いやっ!やめて!来ないで!」
「どうして……。こんなことをするの……?」
「お願い。助けて。」
「もう、だめ。」
「いやあああああ!!!!!」
【1.世界最大の機械都市】
- 1 -
[ニュンパ地方首都 機械都市エレオス]
ゴウンゴウンと重苦しく動く機械の重低音が鼓膜を叩き、がやがやと賑わう人々の喧騒が心を逆撫でる。
岸頭菖蒲は、人々の行き交う様を眺めながら歩いていた。
ここは機械都市エレオス。世界では最大且つ最も賑わっている都市。噂だけは聞いていたが、まさかここまでとは思っていなかった。
「お姉さん。リンドヴルムの方?良かったらうちの武器を見て行ってよ。」
このようにやたらと胡散臭い人間から声をかけられることもしばしばある。アヤメは客引きを適当にあしらい、さらに奥に進む。
エレオスについてからだいぶ歩いたような気がするが、目的の場所まであとどれくらいの距離があるのかが測れない。かなり道が入り組んだ構造であり、人も多いためか予測していた時間よりもかなり立っていることに少し焦りを感じていた。
「よぉ。姉ちゃん。」
路地を曲がろうとした瞬間にまた複数の男性グループから声をかけられた。先ほどの客引きとは違うようだが、見た目からガラが悪いという判断だけはつく。
「何か、用か?」
アヤメは臆せずに相手を睨め付けた。今はこいつらに消費している時間さえも惜しい。
「ひゅう。怖いねェ。そんなにきつい顔してちゃ、せっかくの綺麗な顔が台無しだぜ?」
「すまないが、急いでいるんだ。失礼させてもらう。」
「おっと、待った。」
しびれを切らしたアヤメが男性グループを押しのけて先を行こうとすると、一人の男がアヤメの腕をつかんだ。
頭の血管に血が昇る。アヤメにとってこの手の男は一番嫌いなタイプの連中だからだ。
拳に力を入れる。筋繊維がミシミシと軋る音が耳に伝わった。
「いい加減に……。」
男の手を振りほどき、殴り飛ばそうとした瞬間だった。男の手を他の誰かが掴んでいた。
「やー、勘弁してくださいよ。俺のツレなんスから。」
「何だ貴様……いっ!!」
オレンジ髪の好青年だ。アヤメは怒りを抑え、男性たちを見る。当然ながら苦しそうな表情である。
「手、放してくれますよね。」
「分かった。分かったからそっちも手を放してくれ。」
そう言って男性グループはそそくさと退散してしまった。アヤメは、オレンジ髪の青年の方を向く。
「ウグイス。助かった。」
彼の名前は松谷鶯。リンドヴルムの同チームに在籍している同僚だ。人当たりが良く、周囲からも注目されている優秀な新入隊員と言ったところか。
「今、彼を殴り飛ばそうとしていたでしょ。だめだよ、仮にも一般人なんだからアヤメに本気で殴られたら、たぶん頭がもぎ飛んじゃう。」
アヤメは左手の甲を見る。埋め込まれた青い水晶が鈍く光っていた。
「そうか。忘れていた。私たちはもう普通の人間じゃなかった。」
"レーヴェン"。この惑星に突如襲来してきた地球外生命体である"ズィーガー"の心臓部分の結晶体"エルツ"を体のどこかに埋め込んだ人間。エルツのエネルギーにより身体能力が飛躍的に向上し、強力なズィーガーをも圧倒できる力を持っている。そのような者が普通の人間に本気を出してしまうと、相手は無事にはすまされないだろう。
「全く。俺だってあの男の腕を握りつぶさないように力加減したってのに。ここで目立っちゃツァオメイさんに迷惑をかけちゃうだろ。」
「確かにお前の言う通りだ。すまない。」
ツァオメイというのは、リンドヴルムのエレオス支部において支部長を務める妖艶な女性だ。アヤメたちが所属しているラルウァ支部の支部長クサナギは世界一の実力を持っているが、ツァオメイも医療分野で世界一の称号を持っている。
そのツァオメイのもとへ向かう途中でからまれたということだ。実際、この街の治安はそこまでよくはないというのは知っている。
「では、向かうとしよう。この街にいる"3人目"を迎えに。」
結成したばかりであるレーヴェンのみで構成されたチーム"フェンリル"。メンバーとなる3人目がここに居るという。
二人は若干の緊張と共にエレオス支部に足を運ぶ。
[機械都市エレオス リンドヴルム ニュンパ=エレオス支部]
エレオス支部には迷うことなくついた。それもそう、二人は1度応急処置等の研修にて一度ここには訪れているからだ。
調査のためか、巨大な金属の塔の根元に建てられているエレオス支部は、外観からしてまるで要塞のような風貌だ。見た目と反して内部は医療関係の施設や療養場など、人々の命を繋ぐ施設が充実しているというのもエレオス支部の特徴と言えよう。
「いらっしゃいま……あら?あなた達は……?」
アヤメたちが受付の前に立つと、目の前の女性は何かを思い出そうと首を傾げていた。
「ラルウァ支部から任務で参りました、チームフェンリルの者です。先日の研修ではお世話になりました。」
「あら!アヤメちゃんとウグイスちゃんじゃない!久しぶりねぇ~。元気にしてた?」
世の男を魅了するかのように甘い色気のある声でこちらに気付いたのは、受付の|楊杏子《ヤン シンツー
》だ。元エリート兵である彼女は、アヤメたちの新人研修の時に、その教訓や戦場で役立つ応急処置などを事細かに説明してくれた。実際、前線から引退したものの今でも臨時で戦闘には出ているため、実力も健在であることは確かだ。
「シンツーさん、お久しぶりです。ツァオメイさんは今いらっしゃいますか?」
「ええ、さっき帰ってきたばっかりよ。今頃支部長室に戻っているんじゃないかしら?」
支部長室。普通なら上階に位置しているが、ニュンパの支部長室は地下1階と言う中途半端な位置にあると聞いている。
「ありがとうございます。それでは失礼いたします。」
軽くシンツーに会釈をし、二人は支部の奥へと進んでいく。シンツーは、笑みを浮かべて二人の背中を眺めていた。
「恐ろしい新人が来ちゃったわねぇ。将来が楽しみだわ。」
- 2 -
「急患、ですか?」
アヤメは少し驚きながらも支部長室で事務処理を強引に押し付けられた男性に聞いた。
「はい。人手不足なので自ら集中治療室へ向かいました。」
「どれくらいの時間がかかるかとかは分かりますか?」
事情が事情なのでしょうがない。待たされている間をどうするかを考える方が時間を費やすことに有効だろう。
「そうですね。手術も入る可能性があるので3時間くらいは見ておくといいかもしれません。」
「そうか。じゃあウグイス、また3時間後にここに集まろう。」
「おっけー。って、どこに行くの?」
そう言われて一瞬アヤメは立ち止まったが、直ぐに立て直してこう言う。
「ま、少し調べものさ。」
アヤメは近くの図書館に来ていた。世界一栄えている都市だからこそ、情報を管理している場所も多い。予想通りに図書館も大きかった。別の地方であるキオナティと言う所には世界一大きな図書館があると聞いているが、一度は行ってみたいものだ。
アヤメは最近の出来事や時事問題がまとめられている棚へと足を運び、陳列されている無数の本を漁り始めた。漁るといっても、館内は沈黙を保っている。アヤメは慎重に一冊ずつ本を確認している。
(これと、これ。それに足してこれ、か。)
次々と求める内容の本をとってゆく。3時間もあれば、ざっと目を通せば時間が余るくらいにはなるだろう。
アヤメはひとしきり本をとった後、卓上まで持って行き、静かに本をめくっていった。紙が曲がる乾いた音は、心を落ち着かせて頭を整理してくれる。アヤメは全神経を集中し、探している記事を見逃さないようにした。
しかし、そう簡単に見つかるものではない。一冊を読み通したが探している者はなかった。同じ要領で次の本を読み進めていく。
「あった。」
アヤメが探していた者は、五冊目の五年前に出版された事件簿に記載されていた。
"行方不明となった伝説の兵士"
XX年9月16日、キオナティ地方のエーピオテースSW80地点にて、キオナティ支部配属の第三近衛兵である岸頭茜が行方不明となって三ヶ月が経った。リンドヴルム軍が捜索を打ち切ってからは二ヶ月となる今となっても、アカネ氏の行方の手掛かりとなる物的証拠などは未だ見つかっていない。彼は妹を守るために、襲い掛かってくるズィーガーを挑発後誘導し、妹から遠ざけた。妹はその後にリンドヴルム軍のキオナティ支部配属の第五近衛兵デイジー氏により無事保護された。彼女のためにも、捜査打ち切りとなった後も我々はアカネ氏の痕跡を─
「もう五年前の事件だ。やはり、この程度の情報しかない。か。」
自然と大きなため息が出てしまう。が、幸い周りに誰もいなかったことにより注目を浴びることはなかった。
そう。アヤメの兄アカネは、リンドヴルム軍のエリート兵だった。誰よりも強く、誰よりも家族を愛していた。両親をズィーガーに殺された後も、そのクサナギと同等の強さをもってアヤメを守っていたのだ。できれば、生き残っていてほしい。あの最強の彼なら、何とか生き残っているはずなのだ。アヤメの心が信じてやまないのだ。
アヤメは、兄と同じ強さにまで強くなって、ズィーガーとの戦争を終わらせたい。たとえ終わらなくても、この地獄の連鎖から人々を救いたいと本気で願っている。
ズィーガーに対しての怒りと憎しみをこの銃口に込めて。
「っつ!」
左手の甲の水晶が激しく光っている。どうやら感情を表に出しすぎたようだ。アヤメは深呼吸をし、心を落ち着かせる。
"レーヴェン"となった今、兄の持つ"強さ"に、一歩近づけたのだろうか。
- 3 -
[機械都市エレオス 巨塔エレオス]
天高く聳える巨大な塔、エレオス。最上階までその調査は進んでおらず、未開の地となっている。
少女は、その頂上に座っていた。
背後に歩み寄るは、巨大な白き竜。少女の様子を気遣うように、顔を近づけ喉を鳴らす。
「もう少し、居させて。」
少女は竜の頭を撫で、下を眺めた。
「そんなにあの人間が気になるか。」
少女は振り向き、睨め付ける。そこには黒き異形の青年が立っていた。
「アスガルド。」
アスガルドと呼ばれた異形の青年は、少女の隣に立つ。
「たかがレーヴェンというだけ。取るに足らん。」
「そのまま行けば、バチと戦うことになる。」
アスガルドは沈黙を通した。
「つい先日、入隊したばかり。それでもうアーキオータクラスに挑もうとしている。」
「俺のところに挑みに来たら、迷わず殺す。ただそれだけだ。」
その言葉に、少女は言葉を返す。
「あなたも気になっているのね。」
「そう見えるか?」
「さぁね。で、用件は何?アスガルド=アーキオータ。」
「その称号は好かん。呼んでくれるな。」
「それは失礼。」
「クレンからの伝言だ。"エスワン、ブイツー、エヌスリー"だと。」
伝言を受け取った少女は、一瞬だけ表情が曇った。
「了解。」
「俺はもう行く。もうしばらくと会うことはないだろう。」
「そう、じゃあね。」
アスガルドの姿はもういない。
少女は、天を見上げる。竜は天高く飛ぶ。
「この星の人間たちは強い。私はそう信じている。」
少女の姿ももういない。
- 4 -
[機械都市エレオス リンドヴルム ニュンパ支部]
「よく来たのぅ!急患が来てしまって挨拶が遅れて申し訳ない。」
「いえ、それは仕方がありません。公務を優先してください。」
ツァオメイは、卓上に座ってこちらに話している。ラルウァ支部では考えられないほどの行儀の悪さだ。
「お主たち。埋め込まれたエルツの調子はどうじゃ?」
「大分慣れてきた感じっスね。なんかこう、肩から液体がしみだしてくる感じがすっげー気持ち悪いっスけど。」
肩を回しながらウグイスが答えた。その表現は的確なもので、正直に言ってアヤメにも同感できる点がある。力を込めると結晶から血管に何かがしみだして脈打つ感覚がするのだ。心地いいとは程遠い、不快な感覚。だが、戦っている間は興奮もあってか、それほど邪魔にはならない。
「まだ馴染みきっていない状態じゃな。いずれその感覚はなくなっていく。ま、体調に異変はなさそうで何よりじゃ。」
ツァオメイも自分が施術したこともあってか、ウグイスが心配だったのだろう。無論、表情は当然と言わんばかりの自信に満ちた笑顔だが。
「じゃが、使い過ぎには注意しておいた方がいい。」
「使い過ぎ?」
驚きの表情を見せる二人に、ツァオメイが説明を続ける。
「その様子だと、エルツの力は感情とリンクしているということには気づいていそうじゃな。」
「はい……。」
そう。青い衝撃破のようなものは、自身が怒りを心にため込んだ時に放てることに気付いたのだ。だとすれば、使いすぎるというのは……。
「使えば使うほど、心がすり減って行く。行き着くは、"破滅"じゃ。エルツに体が支配されて自身がズィーガーとなってしまうだろう。」
「マジかよ……。」
「アーキオータの中にも、人をズィーガー化させてしまう奴もいるという報告もある。ま、実際にレーヴェンがズィーガーになってしまったという報告はないから、頭の隅に入れておく程度でよいじゃろう。」
「承知いたしました。」
「さてさて……。」
ツァオメイが腰を上げる。その際、いつこぼれ落ちてもおかしくはないほどに露出された胸がたわわに揺れる。それを目撃してしまったのか、ウグイスが赤面して顔をそらした。
「本題と行こうじゃないか。新設チーム"フェンリル"の新メンバーについて。」
新メンバーという単語が耳に入ってきた瞬間、緊張と期待が混じった唾が、喉をするりと通り抜ける。この感覚は、配属先の通達以来だ。
「新メンバーとなるレーヴェンじゃが、名は"楊樱花"という女性じゃ。我が衛生兵の中でもかなり優れた才能を持っている奴じゃ。」
「女性、か。」
ウグイスが少し残念そうな顔をした。
「どうした?」
「や、女性が二人になるということは、それに応じて男の方が割合的に少なくなる。そうとなると男側の意見が通りづらくなるんじゃないかなって。」
「はっはっは!ハーレムでいい気分じゃないか!のう!」
「なんだ、そんな心配か……。性別なんて別に気にする必要ないだろう……。」
「お前は気にしなさすぎだ。」
くだらない会話をしている中、ツァオメイは壁にかかっている時計を眺めた。
「さて、そろそろ遠征から帰ってくるはずなんだが。」
その時だった。
「支部長、大変です。インファ様が同行したチーム白虎がズィーガーの群れに急襲されました!!中には、バチ=アーキオータ軍の主戦力であるオブシディアンがいる模様です!」
先ほど事務処理を任されていた男性だ。額から汗が滲んでいることから、相当焦っている。
「なるほど、な。そんなにうまいこと事が進むわけではなさそうだ。」
「早く救援を!」
ツァオメイは、深く息をつき、慌てる男性に向く。
「慌てるな。敵の思うツボだぞ?いかなる時でも冷静に事を分析し、迅速に対策を練る。それがリンドヴルム兵としての所業。リーシュ、襲撃場所を教えろ。」
「は、はい!フォボス廃城です!」
「なるほど。ならここから向かえる距離ではあるな。」
ツァオメイが考えている。ならば、私たちにできることは一つだろう。
「私達に行かせてくれませんか。」
アヤメとウグイスが同時に声を発した。すると、言い出すことが分かっていたかのように、にやりとツァオメイは笑う。
「そうでなくてはな。よかろう。チームフェンリルよ、白虎の救援を目的としてフォボス廃城へと向かうことをこのツァオメイが命じる。」
「御意!」
二人の統率された掛け声は合わさった。その勢いに押され、馬李树はたじろいだ。
「道案内はリーシュに任せる。二人の案内、頼んだぞい。」
「ええ?二人って。手はオブシディアン、ランクはA級ですよ!?」
「我を誰だと思っている。"先見の明"凛 草莓ぞ。我が采配にケチをつけるな。」
「わ、分かりました。って、もういない!?」
二人の影はもう支部長室にいない。
「ま、外で待ってるじゃろうな。ほれほれ、早く行ってこい。これから道案内する二人は……。」
「バケモノだと思っていい。」
【2.廃れ、そして再起。】
- 1 -
[ディン=ノスタルギアへと続く道 アフティ高原]
「自己紹介がまだでしたね。私たちはチームフェンリルのウグイスと、前を走っている方がアヤメというものです。」
「大体の話は支部長から聞いております。僕の名前はリーシュ。支部長の秘書をしております。」
数少ない木々がその過酷な環境を物語る、アフティ高原。鉄分の多い岩で回りは赤茶色に燃えているような迫力を見せる。アヤメたちは、アフティ高原の比較的平坦な道を選び、バイクを走らせていた。
「フォボス廃城は、アフティ高原の中腹にあります。それほど遠くはないので、このまま平たんな道を真っ直ぐ走っていれば見えてくるはずです。」
ヘルメットに内蔵されている通信機を介してリーシュの声が聞こえてくる。アヤメは、リーシュの道案内を聞きながら素朴な質問を出す。
「リーシュさん。ディン=ノスタルギアまではバイクで行けると聞きましたが、フォボス廃城まではいくことは可能でしょうか。」
「いいえ。途中の分かれ道からはかなり凹凸が激しい山道となります。緊急なので、いけるところまではバイクで行くつもりですが、そこからは徒歩で向かいましょう。」
「了解です。それともう一つ質問が。」
「はい。何でしょう。」
「道中ズィーガーに出くわす可能性があります。リーシュさんは戦力として加算させていただいても問題はありませんでしょうか。」
「はい。アヤメさんとウグイスさんはエリート並みの実力だと聞いております。私はエリートとまではいきませんが、問題なく戦えます。」
「分かりました。では、行きましょう。」
アヤメがアクセルを全開にして速度を上げた。ウグイスとリーシュもそれに合わせて速度を上げる。
「リーシュさん、ツァオメイさんの秘書ってことはエリート隊員じゃないんスか?」
ウグイスが何気なく聞く。すると、リーシュはため息をついて答えた。
「まったく、あの人は……。まあ、一応エリートではあるんですが、学力や管理等の非戦闘スキルの方が長けているんですよ。戦闘はそれほど好きではないんです。」
「なるほど。エリートといっても、いろいろあるんスねぇ。」
めんどくさそうに答えたことから、それ以上何も聞かないようにした。
小型のズィーガーを蹴散らしながら進んでいくと、目の前に表札が見えてきた。
「そこを左へ曲がってください。」
リーシュの指示通りにアヤメは左へ曲がる。すると、左手に黒い建物らしき場所が見えた。そこから煙が上がっていることから、恐らくあれがフォボス廃城ということになるだろう。
いったんは下るが、またそこから登る一本道であることは一目でわかる。そして、もう既に獣道といっても過言ではないほどに道は狭くなり、岩や木の根が踏み固められた土から突き出ていた。オフロードよりもさらに荒れていることから、バイクで行くことは不可能だろう。
「ここからは、徒歩かぁ。」
ヘルメットを脱いだウグイスは気怠い表情を見せ、ため息をつく。
「いや、流石はレーヴェンといったところですか。ズィーガー太刀をいとも簡単に倒していましたね。」
リーシュが一息つくように水を飲んでいる。ウグイスとなら、恐らくこの先もバイクで突き進んだだろう。だが、リーシュはレーヴェンではなく生身の人間。怪我をしたら治るのには時間がかかる。ここは徒歩で進んだ方が賢明な判断だ。
「足元に注意しつつ、進みましょう。あまり時間に余裕はないと思っていいかもしれません。」
アヤメの意見に全員が頷き、廃城へと走り出す。
「やぁっ!」
廃城に近づくにつれ、ズィーガーの数が増える。そこまで強くない小型のものだが、こうも多いと流石に鬱陶しい。
後ろを確認すると、問題なく二人は付いてきている。ウグイスはともかく、驚くのはリーシュだ。この数を相手にしていれば、エリートであっても傷があってもおかしくはない。しかし、リーシュは敵からの攻撃を全ていなし、別の敵に当てて相打ちにしながら敵を処理していた。
「リーシュさん、すごいっスね。」
「合気道に近い武術です。敵の力を利用して戦うことで、こっちの負担を軽減しながら戦ってます。そうもしないとバケモノみたいな強さのあなた達には追い付くこともできないですよ。」
さらっと言っているが、誰しもができるわけではない。自分たちがレーヴェン出なかった場合、そのレベルまでたどり着けるまでにはどれくらいかかるのだろう。アヤメたちは、改めてエリート隊員の実力を認識した。
「着きましたね。」
たどり着いた黒い要塞は、中から煙が立ち、戦々恐々としていた。
- 2 -
[ニュンパ地方 フォボス廃城]
三人が中に侵入すると、その光景に唖然とした。
外見だけでは誰なのか判断付かないほどに変わり果てた無残な死体が転がっているのだ。散乱している制服の数からして、恐らくは二人だろう。
「この武器は……。ファレイとムーダンです。」
リーシュがそう言うと、合唱をした。
「チーム白虎の方ですか?」
「いいえ。とっさに支部長が救援依頼を出した戦闘班の方々です。かなり近くに遠征をしていたため、私が依頼しました。」
その瞬間、砲撃音のような重低音が城内を駆け巡った。
「まだ、戦闘が続いているみたいだな。向かおう。」
ウグイスの声に二人は頷き、さらに奥へと進む。鮮血や、火薬の匂いが辺りに充満している。事態はかなり深刻なようだ。
「ウグイス、リーシュさん。周囲からズィーガーの気配がします。挟み撃ちにされる可能性があるので、一旦散って各個撃破していきましょう。」
「賛成です。」
「ウグイス。すまないが中央の道で大暴れして注意を引いてくれないか。セラピア=コロッセオの時と同じ要領だ。」
「マジで!?そんなクサナギさんじゃあるまいし……。」
「お前はレーヴェンなんだ。できないはずがない。信頼しているからお願いしているんだ。」
「……了解ッス。後でなんか奢ってくださいね。」
「感謝する。リーシュさん。道案内をお願いできますか?」
「問題ないです。」
リーシュの顔には迷いはなかった。
[フォボス廃城 外郭]
「ふん!」
お気に入りの武器である大黒天を振り回し、次々とズィーガーを吹き飛ばす。ウグイスは、意外にも自分がこれほどにも戦えることに驚いた。ズィーガーからの攻撃も、単調なものなら避けるのは容易い。
大黒天がズィーガーを押し潰す。そして、振り下ろした推進力を使って素早く移動し、新たなズィーガーに標準を絞る。単純な作業に聞こえるが、周囲の状況を瞬時に把握し、様々な状況に即座に対応しなければならないため、かなりキツイ。まだセラピアコロッセオよりも場所が開けているため、立ち回りに少し余裕ができるが、これをセラピアコロッセオでいとも簡単にやりのけた我が所属の支部長がどれほどバケモノじみた強さであることが身に染みる。
背後から中型ズィーガーが腕を振り上げていることを察知したウグイスは、咄嗟に横に飛び退く。予想した通り、ウグイスが元居た場所は豪快に砕かれた。レーヴェンとなった今は、感覚が格段に研ぎ澄まされていることが今回の戦闘でわかったことだ。着々と成長していることを実感したウグイスは、自然と笑みがこぼれた。
「甘いんだよ雑魚が!!」
間髪入れずにズィーガーの顔面に強力な一撃を叩き込む。その衝撃に耐えきれずにズィーガーは力なくその場で倒れ込んだ。
着地したウグイスのもとに、更にズィーガーが押し寄せる。とてもじゃないが一瞬で終わらせることが出来なさそうな量に、ウグイスはため息をついた。
「どんだけ俺のことを殺したいんだよ。」
そして、大黒天を構え、ズィーガーの群れのもとへ駆ける。
[フォボス廃城 旧道]
「そこを右に曲がります。」
「分かりました。」
アヤメとリーシュは、気配を消しながらも素早く奥に進んでいった。今のところ、白虎の一員と思われる人影は確認していない。ズィーガーは人間を食すような生き物ではないので、捕食されたということはない。ならば、ズィーガーの群生に追い込まれて奥へと逃げているという考えが正しいだろう。
「廃城といっても、もう建物らしきものは見当たりませんね。」
「ええ。かなり昔の建物になるので、城の木は朽ち果て、残っているのは城壁と石垣しか残っていないんです。」
フォボス廃城という名前だけは、アヤメも聞いたことがある。ズィーガーの襲来以前は少し有名な観光地だったからだ。それが、今見ている光景は、まるで当時の戦国の世その者。九円に来た戦闘班の死体や、ズィーガーの残骸が多く転がっている。
「まだ生存の可能性はありそうです。できるだけ早めに向かいたいんですが。どうも入り組んでまして……。」
「リーシュさん。この石垣を上ることは出来ますか?」
突拍子もないアヤメの一言に、リーシュは一瞬間をおいて答えた。
「飛び越えて上を行こうというのですね?」
「はい。」
リーシュは考え、決断を出す。
「ならば私は下をくまなく探して奥へと進み、アヤメさんは考えうる最短ルートで奥まで向かって合流するというのはどうでしょう?」
「賛成です。では参ります。。」
そう言った瞬間、目の前からアヤメが消えた。2mはありそうな石垣の壁を軽々と飛び越えたのである。リーシュは、それを見て驚き、笑みをこぼす。
「やはり、レーヴェンとなるとそれくらいは簡単ですか。これは、チーム白虎を助けられるかもしれませんね。」
リーシュは通路を駆ける。
アヤメは、石垣を軽々と飛び越え、奥へと進んでいく。
リーシュによると、大庭、御内原を通っていけば、最奥地の城が立っていた場所である主郭へたどり着くという。もともとは観光地であったために、看板が立てられているので、迷うことはないだろう。アヤメは、特に問題なく突き進んでいた。
多少の雑魚とは何回か鉢合わせたが、何とか主郭の入り口まではたどり着けた。やはり、ここにも鮮血と火薬の匂いが充満している。今すぐにでもここから出たいような不快な匂いだ。
アヤメは目を閉じて感覚を研ぎ澄ませ、周囲からの情報を集めた。肌に当たる空気の流れ、周囲に鳴り響く戦闘音。そして……。
「いやっ!やめて!来ないで!」
助けを求める女性の声。
「見つけた。」
微かにだが、主郭であろう方角から石を砕く鈍い音と、人間の悲鳴が聞こえる。その場所はかなり石に阻まれているようだ。今の感覚からすると、声を発した女性には余裕がないように思える。なので、早急に向かったとしてもあまりいい結果にはならないだろう。
アヤメは銃を構え、心を怒りで満たす。手の甲の水晶は、まるで地球を照らす太陽のように煌々と光り輝いた。溜めて、溜めて、限界まで溜める。
「どうして……。こんなことをするの……?」
まだだ。まだこれでは医師は吹き飛ばせても標的に対したダメージは与えられない。
「お願い。助けて。」
十分倒せるまでには力は溜まった。だが、このまま放出してしまうと、ズィーガーはおろか白虎の人間も吹き飛ばしてしまう。もう少し拡散を絞らなくては。
「もう、だめ。」
今だ。
「はあああああ!!!」
アヤメは、最大限に溜めた力を一気に放出した。放たれた青い刃は、まるで光線のように一直線にある一点を狙って伸びる。石垣をものともせずに吹き飛ばし、城壁を撥ね退け、その奥にいた大型のズィーガーに派手に直撃した。
「オオ……オ……!!」
ズィーガーは突然の一撃を予測できずに青い刃を全てくらった。装甲は意味を成さずに砕け散り。その体は大きく吹き飛ばされ城外の崖から無残にも突き落とされていった。
「いやあああああ!!!!!」
突然の出来事に驚いたのか、奥にいるであろう女性の叫び声が聞こえてきた。アヤメは慌てて声のした方へと向かう。
「だ、大丈夫ですか!?一応加減したつもりですが……。」
アヤメ自身もここまで威力が出ると思っていなかったのだ。あれほどの威力を持ったものが掠りでもしたら、生身の人間なら結構な怪我になってしまうだろう。
「ほぎゃあああああ!?だ、だれ!?」
よかった。どうやら無事のようだ。だが、パニック状態からまだ戻れていないらしい。ひとまずは落ち着かせないといけないだろう。
「あ、あの!落ち着いてください!決して敵ではありません!」
「いっ命だけはお助け……って、え?味方?」
すっとぼけた表情をしながらこちらに顔を向ける女性。この顔は見覚えがある。
「もしかして、"インファ"さんでしょうか?」
アヤメが読んだ名前に聞き覚えがあったのか、目の前の女性は素っ頓狂な声で答える。
「ななななな、なんで私の名前を知っておられるのですすすすすか?」
すさまじい勢いで後ずさりしていくインファを見て、アヤメは少々困惑してしまった。警戒心が高いのは良いことだが、ここまでコミカルに動かれると。聞いているこっちはどうしても緊張感が無くなってしまう。
「ツァオメイ支部長の要請であなた方チーム白虎の救援を頼まれました。他の隊員たちはまだご存命でしょうか?」
「そんなのわかんないですぅ!さっきまで追われてたので、爆走で逃げてきたので……。怖かったー!あーん!!」
「うぐっ。」
そう言ってインファはアヤメに抱き付いてきた。この女、非常にやりずらい。
しかし、彼女が抱き付いた瞬間、みるみるうちに先ほどの照射で消費した体力が回復していく感覚に陥った。
「この力は……?なんだか体が軽く……。」
「やっと追いつきました。先ほどこちらでインファ様、大丈……。」
最悪のタイミングだ。よりにもよって女二人が抱き合っている場面でリーシュが合流してくるとは。リーシュは、表情を変えずに硬直して脳の処理を行っているようだ。
「大丈夫なようですね。よかった……。」
「リーシュさん!来ていたんですね!」
「リーシュさん、道中に他のリンドヴルム兵たちを見かけましたか?」
「ええ。本当に少数ですが、全員手負いでとても戦える状況ではなかったため、物陰で休ませています。」
そう言っているリーシュでさえも、右腕から血がにじんでいる。道中でズィーガーに奇襲を受けたようだ。
「しかし、変ですね。」
「変、というと?」
リーシュは顎に手を当てて、何か考えるように口を開く。
「今回の奇襲をかけたズィーガーの群生の頭である"オブシディアン"をまだ見ていないんです。この優勢の中、撤退するとは思えない。いくらアヤメ様といえど、遭遇したらかなり苦戦を強いられるでしょう。」
「確かに、私が吹き飛ばしたズィーガーも、動きが緩慢で簡単に吹き飛ばせている。となると……。」
「あのぅ……。」
二人が考えていると、恐る恐るインファが手を上げてこちらを見ていた。何か言いたいようなので、アヤメはそれを促す。
「インファさん。何か心当たりでも?」
「そのオブブリアンかなんだかのズィーガーですが……。白虎を追いかけている間に、爆音を聞いて反対の方向に走って行っちゃって……。」
「爆音?この廃城内ですか?」
「はい。"また救援か。叩き潰してやる"とか言って、行ってしまったんです。」
「"また"ってことは、一回目の戦闘班ということではない?」
「はい。戦闘班たちは間もなくしてオブブリアンによって全滅してしまいました……うう……。」
「オブシディアンですね。ということは……。」
アヤメはその瞬間に全ての察しが付いた。
「リーシュさん。怪我人を連れて先に避難してもらえると助かります。」
「……。確かに、この手負いでは足手まといになりそうですね。」
急がなくてはならない状況だ。
「ちっ。何だこいつ!?大黒天を弾きやがった!」
ウグイスは、全ての敵をなぎ倒し、しばしの休憩をしようとしていたところだった。しかし、その直後、ウグイスを踏み潰すように上空から落下してきた大型のズィーガーと対峙していた。
「我が同胞を……。よくも!リンドヴルムの雑兵が!塵にしてやる。」
「ズィーガーが喋ってやがる……。こいつは手強そうだ。」
「我が名はオブシディアン!バチ=アーキオータ様が率いる軍の一角を率いる将にして、破壊の化身なり!!」
「わ、私も行かせてください!」
「インファさん?危ないですよ?」
行こうとするアヤメをインファが引き止めた。どうやら一緒に行きたいようであるが、先ほどまで単なる雑魚に逃げているようでは、足手まといにもなりかねない。
「やられてばっかりじゃ、こっちだって気が済まないんです!それに、私の力は絶対に役立ちます!」
確かに、さっき彼女に抱き付かれたときに、何か不思議な力を受けたような気がした。そっちがそういうのであれば、引き止める権利はアヤメにはない。
「許可します。その代わり、命が無くなってもこちらは責任を負いませんからね!!」
「分かってます!ではオブブリアンを倒しに行きましょう!!」
「オブシディアンです。」
どこか気の抜けたお供を連れて、アヤメは戦地へ駆け出した。
【3.誓い】
- 1 -
爆音と共に、瓦礫と砂が嵐のように舞う。
迫る瓦礫を紙一重で躱しつつ、次の手をどうするかを考える。
オブシディアンは再度振りかぶり、ウグイス目がけて腕を振り下ろす。先ほどまで戦っていた大型のズィーガーよりも早く、強烈な一撃だ。反撃に入ろうとするも、直ぐに体勢を立て直してこちらに肉薄する。その動きに無駄はなく、極めてスキが少ない。ウグイスは瞬時に目の前の敵がオブシディアンだということを再認識する。
「ちっ、めんどくせぇなっ!!」
砂ぼこりが巻き上がった瞬間、即座に捲れ上がった瓦礫の物陰に身を潜めた。姿を確認できなければ、多少の時間稼ぎにはなる。何か策はないかとウグイスは大黒天の蓋を開ける。
「さっきの威勢はどうした!!」
挑発と同時に繰り出されたオブシディアンの一撃は、軽々と石でできた床を粉々に砕く。これを生身の人間が受けていたと考えたら、水風船のように破裂してしまうだろう。
ウグイスはこれをスレスレで避け、大黒天から取り出した手榴弾をオブシディアン目がけて投げた。手榴弾は、爆音を立てて狙いった地点で爆発を起こす。
「ぬぅっ!?」
予想をしていなかった反撃にオブシディアンは体勢を崩す。大黒天の一撃にびくともしなかった奴が、この程度の爆発では装甲に少し傷をつける程度の威力であろう。
(今だ!!)
ウグイスは、オブシディアンが体勢を崩したその一瞬を見逃さなかった。レーヴェンとなり、身体能力が以前より格段に向上した今なら、手榴弾以上の威力のある一撃を出せるはず。そう思い、ウグイスは脚に力を込め高く飛びあがった。
「うおあっ!?」
思った以上の高さまで飛び上がり、ウグイスは驚いた。レーヴェンの力により10メートル近くまで飛び上がったのだ。
しかし、驚いたままではせっかくの好機を無駄にしてしまうため、ウグイスは冷静さを取り戻した。大黒天を振りかぶり、感情を更に高め、力を込める。すると、肩に埋め込まれたエルツ結晶が橙色に光り輝いた。それに乗じて、力もさらに内側から溢れ出した。
「食らいやがれ!」
「舐めるなよ!」
オブシディアンが体勢を立て直し、石をも砕く剛拳をウグイスに向かって振り回す。大黒天と剛拳が激しく衝突し、火花を咲かせた。激しい衝突は、暫く力が拮抗しその場に留まっていたが、やがてどちらの力も反発し合って両者は離れるように吹き飛ばされ、石垣に叩きつけられた。
「痛ってぇな……こんにゃろう。」
常人ならば瀕死になるだろう個の状態でも、ウグイスはよろめきながら瓦礫をどかし、立ち上がった。背中をひどく打ち、立っているだけでもなかなかキツイ。
「我を吹き飛ばすとは、やるな。小僧。」
同じく石垣の瓦礫に埋もれたオブシディアンは、軽々と瓦礫を振り払い、ウグイスに再度立ちはだかる。実力的にはほぼ同じだろうが、体力や耐久ではやはりオブシディアンの方が上回ってしまう。正直、戦況としてはかなりピンチだ。
(この状況はマズいぞ。何か打開できる策はあるか……?)
「盛り上がってきたじゃねぇか!!ここまで潰し甲斐がある奴は、久しぶりだ!!」
オブシディアンは降りかかった瓦礫を撥ね退け、上体を起こして体勢を立て直す。すぐにこちらに向かってくるだろう。
ウグイスは、こちらにダメージが入っていることを相手に気付かれないように瓦礫を振り払い、大黒天を構えた。肺に大量に空気を送り込み、一気に吐き出す。
「俺は、今からお前を、叩き潰す。」
「言うねぇ!ならば!俺はお前をぶっ潰す!!」
両者は駆ける。己の命の誇りをもって。
その瞬間だった。
「ぬおっ!?」
オブシディアンの鼻先を青い物体が通り過ぎた。
二人は立ち止まり、物体がは飛来してきた方向を振り向く。
そこに立っていたのは、アヤメだ。後ろにはリーシュと、見知らぬ女性が立っている。
「そこまでだ。オブシディアン。」
アヤメが再度拳銃をオブシディアンに向け、衝波を放つ。スレスレで避けたオブシディアンは、後ろへと跳び、石垣の上に着地した。アヤメの衝波は、エレオスに着いた時点の者よりも心なしか鋭さを増し、早くもなった気がする。
ウグイスが突然の出来事に動けずにいると、隣にアヤメが跳んできた。
「何とか間に合ったようだな。大丈夫か、ウグイス。」
「あ、ああ。大した怪我はないよ。」
ウグイスは、ほっとした内心、少し残念な気持ちもあった。オブシディアンとのサシでの勝負は、正々堂々のぶつかり合いで、気分も一層高まっていたからだ。オブシディアンの方を見ると、同じく煮え切らないような雰囲気を出し、こちらの様子をうかがっている。
しかし、ここは戦場。こちらが有利となったこの状況下では、それを利用するに越したことはない。気持ちを切り替えて、アヤメに言葉を投げる。
「よし、このまま畳み掛けよう。」
「ああ。今ならあいつに勝てる。」
ウグイスと、アヤメは武器を構え、オブシディアンに向いた。
「ハハハハハ!レーヴェンが三人だと、流石にこちらの分が悪い!」
「こいつ、喋るのか!?」
アヤメは驚いていた。あまり考えてはいなかったが、そう言えば言語が話せるズィーガーというのは、アーキオータと数体の側近位とクサナギからは聞いている。
「小僧!!名前は!!」
オブシディアンの問いに、ウグイスは答える。
「リンドヴルム軍、ラルウァ支部所属の戦闘班が一人、松谷 鶯《まつたに うぐいす》。」
「覚えたぞ!ウグイス!!次に会った時は、貴様を木っ端微塵にしてやろう!!」
そう言うと、オブシディアンは天高く飛び去って行った。
「ちっ。飛べんのかよあいつ。」
「逃がすか!!」
アヤメは銃を構え、飛び去るオブシディアンに銃口を向けた。ウグイスは、それを制止する。
「アヤメ!深追いはよせ。今回の任務はあいつの討伐じゃない。」
「……!!」
アヤメは、考えた。リンドヴルムの教訓は、任務第一優先だ。それに、インファの救出は達成したといえるが、まだエレオス支部に護送という任務が残っている。今オブシディアンを追うとなると、インファを連れて向かわなければならない上に、ウグイスを含め全員が万全な状態ではない。バチ=アーキオータの側近であるということを考えれば、準備不足ということになるだろう。それに、ウグイスのこの表情は他にも何か理由がありそうだ。
「すまない。少し熱くなりすぎた。」
「まったく、諸突猛進なんだから。」
ウグイスの表情はいつもの様子に変わっていた。それと同時に、崩れるようにその場に膝をついた。
「あ……れ?」
「お、おい!大丈夫か!?」
- 2 -
ウグイスは、奴との戦いの疲れとダメージが一気になだれ込んだようだ。その前に大量の雑魚とも戦っていたため、倒れそうになるのも納得がいく。
「大丈夫だけど、ちょっと疲れが来たみたいだ。少し休ませてくれ……。」
「あ、あの!」
後ろから声が聞こえてきた。振り向くと、アヤメが連れてきたインファがこちらに駆け寄ってきている。
「どうしました?インファさん、なにかトラブルでも……。」
「私、治せます!!!」
インファは、自信満々の表情で腕まくりをしている。ウグイスに外見上の怪我はそこまで確認できず、体力や筋肉の損傷の方が多いことはアヤメでもわかるが、一体何をするつもりなのだろうか。
「どこか痛いところはありますか!!」
「え?ああ、えっと……。背中かな……。」
ウグイスは、こちらに寄ってきたインファに動揺しながらも、的確に痛むところを教えた。すると、インファは優しい手つきで背中をさすった。
「ふーむ、ふむ。軽い筋肉の裂傷と、強く打ち付けた打ち身が背中一面にありますね。」
その言葉に、ウグイスは驚いた。立った二、三回の接触で患部を正確に言い当てたのだ。ひょっとして、オブシディアンも去り際に言っていたが、インファがそのリーシュやツァオメイが言っていたレーヴェンなのだろうか。
「少しじっとしていてくださいね……。ふんすっ!!」
インファが掛け声と同時に腕に力を入れた。すると、太もも付近が淡いピンク色に光り始める。
「これは……?」
「驚きました?」
二人の様子を眺め、驚いているアヤメに、リーシュは声をかけた。
「もしかして、インファさんが?」
「その通り。彼女は、治癒の力を持つレーヴェンです。彼女は手に力を込めると、被体の状態を瞬時に把握でき、治療することが出来るのです。」
アヤメはウグイスの方を見る。すると、さっきまで疲れていたような曇った表情が、だんだんと晴れてきていることに気が付いた。
「すごい……。」
「うちの支部長からもかなり期待されている逸材です。」
そして、しばらく治療が続き、ウグイスは元気を取り戻した。
「すっげ……。すげぇよあんた!!」
「いやぁ、これだけが私の取柄なんで……。」
アヤメは、その様子を見て胸をなでおろした。
「インファさん、ありがとうございます。まさかあなたがレーヴェンだとは……。」
「いやいやー、緊張感がないってよく言われるので、みんなそう思わないんですよぅー。」
そう言いながらも、インファは頭に右手を当てて笑みを浮かべている。きっと褒められて照れているのだろう。
ふと、アヤメはインファを眺めていると、ある事に気が付いた。
「あれ?先ほどと見た目が少し違うような……。」
インファは、そう言われた瞬間に少しピクリとして動きを止めた。
「ああ、彼女は力を使うとその反動で胸がしぼむんですよ。」
確かに、出会った当時は彼女ははち切れんばかりの豊満な胸を持っていた。
「ぎゃー!!リーシュのバーカ!人でなし!セクハラ!!」
「面白い体質を持っているんですね……。」
リーシュをこれでもかと言わんばかりに殴っているインファを眺めながら、ウグイスは考え事をしていた。
そうか。レーヴェンの力を使っていると、反動が出るのか。だとすると俺の力を使った反動は、恐らく極度の疲れ。俺は、力を使うと後になってかなり疲れが出るんだ。今まで隠していたが、ずっと使用後は恐ろしく疲れ、自室に戻ると死んだように眠っていた。
「まぁ、また力が戻ってくると戻るんですけどね!!」
焦りながらも元気に返事を返しているインファを見る。もうその反動とはうまく付き合っているみたいだ。
ウグイスは次にアヤメを見た。そう言えば、アヤメがエルツの力を使った後、とくに何も変わっていない。
「なぁ、アヤメ。」
「なんだ?」
「力を使った後、何か反動として返ってくるものはないか?俺、使った後どっと疲れるんだ。」
「ん?そうなのか?それなら言ってくれればよかったんだが……。」
「いや、それに関してはすまねぇ。足引っ張んのも悪ぃと思って……。で、アヤメの反動とかそういうの、ないのか?」
ウグイスの問いに、アヤメは顎に手を当てて悩んだ。
「そう言えば、外見にも胸にも変化がないし、気分が悪くなったこともない。ま、ないんじゃないか?」
「マジかよ。羨ましい……。」
レーヴェンをそこまで見たことがないから確かとは言えないが、反動にも個人差があるのだろう。今考えていてもどうしようもない。また症状が出たときにでも話すことにしよう。
「ま、皆回復したことだし、エレオスに帰還することにしよう。インファさん。歩けますか?」
「あ、はい!大丈夫です!」
インファはアヤメの方にいそいそと駆けて行った。
「さ、我々も行くとしましょうか。」
「そうっスね。早く行きましょう。」
ウグイスは立ち上がり、その足を前に出す。門を出て後ろを見ると、フォボス廃城が煙を上げて静まり返っている。
オブシディアン。彼というべきかどうかは分からないが、彼と呼ぶことにしよう。彼は、あの戦いの時にはまだ全力を出してはいなかった。というよりは、戦いを楽しんでいるかのように見えた。そして、アヤメが乱入してきたときに一気にその熱は冷めてしまったのだろう。彼は戦わずしてその場を去ったのだ。
恐らく、そのまま一対一で戦っていたらこちらが負けていただろう。
ウグイスはそれが悔しくてたまらなかった。エリート隊員であれば、もっとうまい立ち回りをして彼を倒すことが出来たのかもしれない。
"次に会った時は、貴様を木っ端微塵にしてやろう!!"
彼の言葉がずっと頭から離れない。次こそ彼は本気を出し、こちらを完膚なきまでに叩きつ市に来るだろう。だとすれば、これからやる事なんてただ一つ。
強くなるしかない。
その思いを込めて、ウグイスは深く息を吸い、言葉と共に吐き出す。
「望むところだ。」
こうして、フォボス廃城での救出作戦は終わった。結果はレーヴェンであるインファと、残りの数名以外は全滅という酷い結果だが、その数名を助けることが出来て良かったとインファは言った。その人たちは、残念ながら戦闘員としてリンドヴルムに復帰することは絶望的だろう。それが何より悔しいことだった。
- 3 -
[機械都市エレオス リンドヴルム軍 エレオス支部]
「ふんっ!!」
「もっと肩の力を抜いて、相手の力を利用して!!」
「うっす!!」
練習場では、ウグイスとリーシュが道着を着てけいこに励んでいる。期間後、リーシュの合気道を体得したいと志願して、少し稽古をつけてもらっているそうだ。
「練習中、済まない。ツァオメイさんからの呼び出しだ。」
「もうそんな時間か。ありがとう、リーシュさん。」
「いえいえ。ウグイスさん。こちらも楽しかったので。あなたほど呑み込みが早い人は久しぶりです。」
そう言って二人は更衣室に向かっていった。
「先に行ってるぞ。」
「分かった。」
アヤメは支部長室へと向かった。恐らく、今後のチームとしての動きについて話をするのだろう。
コツコツと階段を下りてゆき、支部長室のある階へとたどり着く。すると、廊下に何か落ちているのと発見した。
「これは……?大福?」
柔らかい感触や、手に付いた小麦粉からして、見間違いではないだろう。だとすると、病院直結のエレオス支部の特色からして衛生兵の誰かが落としたのだろうか。
アヤメは、大福を紙で包み、後でゴミ箱に捨てることにした。
「ラルウァ支部直属、チームフェンリル隊員、岸頭菖蒲。入ります。」
「堅苦しいのぅ。そんなん言わんで失礼しますだけでいいというのに。ま、入れ。」
支部長室に入ると、部屋全体にとてつもなく甘い香りが広がっていた。
「何なんですか。これ。」
「見りゃわかるじゃろ。菓子パーティじゃ。菓子パ。」
「わ、アヤメふぁん!いらっふゃい!」
事務机の上に置いてある大量の書類をそっちのけに、隣にある会議室に大量のお菓子を並べてくつろいているツァオメイと、口にリスのように菓子を詰め込んでいるツァオメイが手招きしていた。なるほど。階段に落ちていた大福はこれだったか。支部によって雰囲気が違うと研修時には言われていたが、まさかここまで違うとは思いもしなかった。
「話があると聞いて来たんですが……。これは一体……。」
「見てわからんのか!菓子パに誘っておるのじゃ!!はようこっちにこい!!」
「全部ツァオメイさんのおごりですよ!!食べておかないと損です!!」
二人で手招きをし始めた。もうこれは断った方が後あとめんどくさいことになりそうだ。
「ん?あの小僧はおらんのか。せっかくのハーレムだというのに。」
「直に来ますよ。今稽古が終わって汗を流しているところだと思います。」
アヤメは席に着き、一息ついた。
「ラルウァ奴らは真面目過ぎる。たまにはこういう息抜きも必要じゃ。」
「そのとおりです!!アヤメさんも、さあ!」
胡麻団子をアヤメに手渡すインファをアヤメは眺めた。
「なるほど。もう回復したようですね。」
「え?ああ。はい。もう胸も元気いっぱいです。」
そう言うと、インファは自身のバストをポンポンと叩いて満足そうに笑みを浮かべた。
反動というものはつきものなのだろうか。アヤメはふと気になってツァオメイに尋ねる。
「ツァオメイさん。エルツの力を使うと、反動はやはりあるものなのでしょうか?」
「レーヴェンの個体数が少ないから確定とは言えんが、あるものだとは考えていた。だが、インファから話を聞いたが、お主にはない、もしくは軽いのかもしれんな。現に、わしも力を使うと体に熱を持つ反動があるからの。」
「そうですか……。」
「ま、あまり深く考えるな。それで、お主を呼んだ理由をそろそろ話そうかの。」
ニュンパの人々はみんなこの調子なのだろうか。アヤメにとっては非常にやりづらい。先ほどは菓子パというものに誘ったといっていたはずだ。
「遅れて申し訳ございません!ラルウァ支部直属、チームフェンリル隊員、松谷鶯。入ります!!」
「だー!なんでラルウァの奴はこう堅苦しいんじゃ!!さっさと入れ!!」
「おぬしらを呼んだのはほかでもない。おぬしらが今後どう動くかについて説明しようと思ってな。」
「やはりその話でしたか。」
アヤメが予想していた通りだ。ニュンパのペースに流されそうになったが、気を取り直してしっかりと話を聞く体勢をとろう。
シュッと背筋を伸ばしたアヤメに、ツァオメイはため息をついた。
「そんなに気張らんでもよい……。話すこっちが緊張してしまう。」
「これはこういう性格なので気にしなくて結構です。」
そうかといい、ツァオメイが無防備な格好で二人の顔を見る。
「ま、作戦や方針はそちらに任せる。主題を話そうではないか。」
主題という言葉を聞いて、二人は顔を引き締めた。ラルウァの支部長を務めるクサナギの場合、主題と言うとかなり重い話を聞かされる。
ツァオメイは、だらりと手を伸ばし、インファに指をさした。
「この娘をチームに入れろ。それだけじゃ。」
インファは、そのような話は初めて聞いたという様子で、きょとんとしている。
「ああ、ニュンパからのチームメイトは、彼女だったんですね。クサナギさんから一人ここに居るとも聞いていましたし。」
「ああ。ビャッコも壊滅しちまったし、ちょうどいいんじゃないっすか?」
「へ?へ?」
状況を理解していない様子のインファは、ただ茫然ときょろきょろとしている。
「歓迎しよう。インファさん。ようこそチームフェンリルへ。」
「えええええ!!」
これからの旅は、騒がしくなりそうだ。