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γ:Burst -ガンマバースト-  作者: めんだこ。
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蒼い彗星

 上下の門が開き、光がその目に差し込む。

 視界に映ったのは、かつてないほどに青く光り輝く快晴の空だった。


 身を起こし、周囲を見渡す。

 辺り一面を真っ白な砂が支配しており、遮るものはなく世界の果てまでも見ることが出来そうな程に空気が澄んでいる。


 行く当てもなく進む。素足に潜り込む砂の触感は、心地よさを感じられた。


 暫く彷徨っていると、目の前に白い人影が立っているのが見えた。

 すかさず人影に近づこうと駆けだす。


 人影が大きくなっていくにつれ、その姿が鮮明になってくる。


 あれは、人か?

 頭には角が生え、尻尾が生えている。おまけに、脚だって人間のものではない。

 いや、これは明らかにズィーガーだ。

 ズィーガーが振り向く。

 少女のような顔つきだ。純白の髪の毛に人形のような整った顔。人であれば、間違いなくかわいがられるだろう。

 そのどこまでも潜り込めそうな蒼い目は、何か悲しげに訴えているようにも見えた。


「君の名前は……。」

 辺りが急に真っ白になり、その視界は閉ざされた。



【1.沈黙の左腕】


   ─ 1 ─


<ラルウァ地方 リンドヴルム:ラルウァ支部>


「……!!」

「痛い!!」

 アヤメは勢いよく飛び起きた。すると、覗き込んでいたウグイスと頭が衝突してしまったようだ。瓦を頭で割れるほどの石頭であるアヤメは特に何も感じはしなかったが、ウグイスは頭を押さえてその場でのた打ち回っている。

「!!アヤちん!!よかったぁ…。」

 カグラはアヤメに抱き付く。一体そういう状況なのか、アヤメにはまだわからないでいた。

 視界に映るものといえば、点滴器具と時計。どうやらここは医務室のようだ。アヤメは自分の右手に点滴の針が刺さっていることに気付き、一瞬で状況を理解した。

「私は、確か倒れて……。」

「ああ。そうだ。ただ、カグラが言う通り、無事に起き上がってくれて本当に良かった。」

「もうかれこれ丸5日間ずっと寝てましたからね!めっちゃ心配したんすよ!!」

 5日間もか。驚きよりも、我ながら情けないという自責の念の方が強い。

 そう。ラルウァ地方の国立競技場であるセラピア・コロッセオを、任務によりズィーガーから奪還した。その後、本部に戻る送迎車から降りた直後に意識を失ったのだ。

 軍医によると、原因は分からないらしい。内部の状況も調べられたらしいが、特に異変等は見つからなかったそうだ。

 奪還中に負った傷も、すでに痕一つ残らずに完治している。ズィーガーの心臓部分である"エルツ"の決勝が突き刺さってしまったため、若干の心配はあったが、もう必要なさそうだ。


 その後、体調にも特に問題は見つからなかったので、直ぐに退院後にリハビリを経て戦線に復帰することとなった。多少のブランクはあったが、模擬戦闘や射撃訓練を経て普段の感覚を取り戻すことができた。

 ただ、1つだけ気がかりなことがある。あれ以来、寝るたびに同じ夢を見るようになった。開けた砂漠の中、悲しげにこちらを見るズィーガーの少女。決して悪夢というわけではないため放置をしているが、心に反し刃を付けてひっかけているような感覚だ。

 倒れてから1週間後、アヤメは小型ズィーガー討伐の掃討任務を与えられることとなった。正規の隊員となった今は、基本的に小隊か二人一組で任務を行う。今回の場合、そこまで苦戦するような内容ではないため、ウグイスと二人一組で行う。

「いやー、久しぶりっすね!アヤメさんと一緒に任務ができるなんて嬉しい限りっすよ!」

「そうか?」

 正直に言うと、ウグイスには感謝している。彼は、話によると私が眠っている間毎日様子を見に来てくれていたそうだ。入院中も毎日顔を出してきて鬱陶しいと感じた反面、何度も同じ夢を見るという不安を、その明るさで吹き飛ばしてくれたのも彼だ。

「でも見ててくださいよ、この一週間で、アヤメさんと肩を並べるほどに鍛えてきましたからね。」

「ほう。言ったな?じゃあこうしよう。今回の任務で雑魚共をより多く倒せた方が、負けた方の願いを何でも聞く。」

「望むところっス!!病み上がりだったとしても容赦はしないっスからね!!」

「よし。決定だ。それじゃ行こうか。」

 アヤメとウグイスはお互いの拳をぶつけ合い、戦場へと歩き出した。


「一時期はどうなる事かと思いましたが、"レーヴェン"になった可能性が高いかと。」

「ふむ。そうか。」

 支部の応接室にて、クサナギとシオンが話し合っている。

「安定したとはいえ、まだ油断はできないのは確かです。現在リンドヴルム内に在籍している"レーヴェン"は、3名。これで新しいレーヴェンを含めると、サポートも何人かは必要となりますが、小隊を組む人数としては可能になります。」

 クサナギは、腕を組んで何かを考えている。あくまで、シオンは提案を行ったまで。最終的決断は支部長であるクサナギが下す。

「俺は、賭けてもいいとは思っている。だがな……。」

「やはり、確証がないとだめでしょうか。」

「そうだな。」

 静かにコーヒーを飲み、クサナギがシオンを見る。その世界最強の眼光は、普通の人であれば一瞬でも目をそらしてしまうだろう。しかし、シオンは目をそらさずに合わせ続けた。

 辺りを数秒だが、沈黙が支配する。

 先に口を開いたのはクサナギだった。

「よし、前向きに検討しておこう。任務もいくつか用意しておく。」

「ありがとうございます。」

 そして静かに二人は応接室を出る。

 半分ほど残ったコーヒーからは、緩やかに白い煙が揺れていた。


「だー!!ちきしょー!!!行けると思ったのになぁ!!!」

「ふっ。鍛えが足らなかったんじゃないのか?」

 結果として、アヤメが11体、ウグイスが9体だった。本当はもう少し差をつけて勝利を収めるつもりが、意外にもウグイスが成長しているようで効率よく小型のズィーガーを倒していったのだ。

 1週間でここまで差を縮めてくるか。アヤメは少々の焦りを身にしみて感じる。

「約束だ。後で私の願いを聞いてもらうぞ。」

「くっそー。もう、煮るなり焼くなり好きにしやがれっス!!!」 

 アヤメは、ふと左腕を見る。

 やはり、少し違和感がある。痛みとは別だ、銃が今までよりも僅かだが軽く感じるようになったのだ。ズィーガーを倒す際に込み上げてくる怒りや憎しみに呼応するかのように、戦闘時に必ず大きく脈を打つ感覚がするのだ。

(軍医の人は異常は無いと言っていたが……。)

「ん?どしたんスか?そんな真剣な顔して。」

「えっ?あっ。何でもない。その気持ち悪い顔を遠ざけてくれ。」

「手厳しい!!」

 ウグイスは、不思議そうに私の顔を覗き込んでいた。気持ち悪いとは言ったものの、世間ではイケメンの部類に入るだろう。訓練学校時代に同じ特選クラスだった彼は、周囲からモテていた。しかし、その真っ直ぐすぎる性格が故に、色恋沙汰には全く興味がなくただただヒーローになりたいというだけでここまで来ている珍しいタイプの人間だ。たまにこういう鬱陶しいこともあるが、裏がないことは分かっているため見逃すことにしている。

「よう。お前ら。」

 前方から見覚えのある者がこちらに歩いてくるのが見えた。片手に紙パックのプロテインを持ちながら、二人の前で制止する。

「シオン先輩。」

「お疲れ様っス!!」

「シオンさんでいいよ。で、本題だけど、お前たちに新しい任務が届いてることを伝えに来たんだ。」


 シオンに連れられ、落ち着いた場所に二人は移動する。

「任務の内容だが、大型のズィーガーの目撃情報が多発しててね。その周辺地域を調査、見つけ次第討伐をしてほしいんだ。」

「初任務と同じ感じのヤツっスね。」

「ああ。そうだ。今回は近くに住民はいないのが幸いだ。」

「住民がいない?」

 変だ。目撃情報が多く寄せられたということは、簡単に言い換えると、多くの人が見たということだ。目撃情報というのは大体の場合居住地域からの声をもとに集計をしているはず。だとしたら……。

「ああ。今回の場所はリンドヴルム本部と、ラルウァ支部を繋ぐ一本道である、ラルウァ大街道の中間地点だ。」

「えっ。それかなりヤバくないっスか?」

 ウグイスの言う通りだ。 もし道路を破壊されてしまったら、しばらくの間物資の調達が滞ってしまう可能性だってある。早急に対処しなければならない案件だ。

「ああ。それで、クサナギさんが君たちの実力も踏まえて直々に君たちに依頼をしたいって。」

「クサナギ支部長が!?」

 ウグイスは考えられなくもないが、私なんてしばらくの間寝ていただけだ。特に貢献しているようなことはしていない。

 何かたくらみがあるのだろうか、それとも新人は真人で組ませたいのかは分からない。しかしこれは上部にアピールにできるチャンスでもある。

 ウグイスもチャンスと思っているのか、表情に引き締まりを感じた。

「やってくれるかな?」

「はい。」

「そう言ってくれると思っていた。」

 二人の答えは一致。尚且つ即答だった。シオンもこの反応を予想していたようで、特に驚くこともなく任務の内容を説明しだす。

「ま、目的はさっき言った通り、大型ズィーガーの捜索&討伐だ。途中までは送迎車で送ることは出来るが、車を壊されたらこっちもかなわない。つまりはある地点からは自分らの足で進んでほしい。」

 よくあるケースだ。勿論、運転手も戦闘訓練を受けてはいるが、得意としているわけではない。ここは距離を置いておいた方がいいだろう。

「そのズィーガーについては、何か情報があったりはしますか?」

「ああ。大型ズィーガーだが、ケンタウロスのような見た目と言ったら正しいかな。四本の足と、カニのような2本の腕がある。ま、掴まれたら一瞬で2つに分かれるだろうな。」

「うわぁ。毎回毎回えぐいっスね……。」

 母体のような特殊なタイプもいるが、大概のズィーガーは小型のズィーガーでさえ常人であれば一撃で死んでしまうような特技や身体的特徴を持っている。これまでに何人の人類が犠牲になったのか、もう考えたくもない。

「ま、結構厳しいと思うが、修行の一環だと思って我慢してくれ。俺も別の案件が入っててね。」

 シオン先輩が不在。つまりは……。

「念のために確認しておきます。やはり、二人一組の任務ということですか?」

「ああ。」

 シオンは苦い顔をする。それもそうだ。二人一組の場合、新人は一人のエリートと組ませるのが普通だと訓練学校では聞いている。前回に引き続き、異例中の異例のケースが続いている。人手不足が深刻な今、これが現実ということだろうか。

「じゃ、頼んだぞ。護送車は翌日に到着予定だ。」

「あっちょっと!!」

「行っちゃったッスねー。」

 シオンはアヤメの声掛けに答えずに、どこかに行ってしまった。

「悩んでも、仕方ないか。」

「アヤメさん!!これはチャンスっスよ!!クサナギさんに俺らの力を見せつけましょう!!」

 ウグイスは特に何も疑っていないようだ。ラルウァ大街道は本部と支部を繋ぐ中枢といってもいいだろう。そのような場所を、入隊して間もない新人たちに任せてもいいのだろうか。他の地方では、新人を捨て駒同然で動かしている支部長だっているという噂もある。何か別の思惑があるのだろうかと疑いをかけてしまうのはおかしいだろうか。

「ほら、早く戻るっスよ。」

「あ、ああ。」

 ウグイスにその場をあとにする。



   ─ 2 ─


 自身の部屋に戻り、ベッドに腰を落とす。久しぶりの任務だったため、少し疲れが出ているようだ。

 さっさと汗や汚れを洗い流して寝てしまおう。そう思ったアヤメはバスルームへと移動した。

 次々と身に着けているものを床へと落とし、一糸まとわぬ姿へと変わる。戦闘や訓練によって鍛えられた体は、何一つ無駄となるものがなく引き締まっている。アヤメは、鏡越しにその体を眺めることを日課としているのだ。

 一通り体のチェックを終えたアヤメは、体を流し始める。シャワーから出る温水が、体に纏わりつく汗や砂ぼこりを一日の疲れと共に優しく洗い流してゆく。アヤメはこの感覚が好きだった。

 ふと自分自身と目が合う。左頬に刻まれたハートの入れ墨に触れる。

 これは、家族から託された愛を模ったもの。そして、ズィーガー復讐を誓った印。この入れ墨を見ることで、私がまだ生きていることを実感できる。

「……っ!?」

 頬に触れていた左手の甲が大きく脈打つような感覚がした。とっさに手を放して左手を確認してみるが、特に変わりはないようだ。気のせいだっただろうか。

「いやな予感がする。」

 アヤメは首を横に振った。髪の毛から放たれる水しぶきが鏡を塗りたくる。

 だめだ。マイナスの考えを持ってしまっては明日の任務に響くことになる。そんな気持ち、早いとこ捨ててしまおう。

 再び鏡を見る。鏡に映っていた自分は、滴る水滴によって食い潰されていた。


 バスルームを出る。あったまっていた体に涼しい風が吹き付け、心地よさが駆け巡る。

 さっさと髪の毛を乾かして寝てしまおう。バスローブを羽織り、ドライヤーを片手にベッドに腰をかける。リンドヴルムの隊員は各支部に配属されると、基本的に異動や遠征でもない限りは支部固定の配属となる為に寮が設けられる。かなり狭く物置のような乱雑な部屋かと思いきや、バストイレ別に加えシステムキッチンが設けられており、新入隊員にしてはかなり過ごしやすい上に豪華だ。もっと位が上の隊員たちはいったいどのような部屋に住んでいるのだろうか少し気になるところだ。

 寝るための全ての支度を終えたアヤメは、身を投げ出すかのようにベッドに横になる。いま、この瞬間が最も無防備ではないだろうか。戦場では気を抜くことができないため、どうしても体に負担がかかってしまう。そのためか、気を抜いたこの瞬間に雪崩のように疲れが押し寄せてきた。

「明日は、もっと強くなる。」

 天井に明日の目標を掲げ、アヤメはそっと目を閉じた。


 体が、宙に浮かぶ感覚がした。

 さっきまでは布団の上にいたはずが、水中の中を漂っているかのような感覚だ。

 ああ、そうか。またいつもの夢か。

 何度も同じ夢を見ると、体が慣れてしまうもの。多少の恐怖は感じるが、最初に見たときの不思議な感覚はすでになくなっていた。

 そう、目の前に少女がいる。

「今日はどうした?随分と鮮明に見えるな。」

 白い角が耳にあたる部分から生え、先端が白く光っている。その髪の毛は、まるで陰影を真逆にしているかのような不自然さが垣間見えるが、白だ。何もかもが白く施された神々しくも見えるその姿には、敵意などもなく、こちらをただ見ているだけだ。

「何か言葉を発したらどうだ?流石に見られてるだけだとあまりいい気分じゃない。」

 返答が返ってこないのは分かっている。何度話しかけたことか。

 すると、少女はアヤメに向かって歩き出した。

(いつもと反応が違う?どういうことだ?)

 すかさず距離を取ろうとしたが、アヤメは自身が動けないことに気付いた。

「き、貴様!何をした!?」

 口だけは動かすことが出来るらしい。先ほどまであった余裕が、普段と違う動きをした為か、一気に恐怖へと変わった。

 少女はアヤメの目の前で立ち止まり、顔を近づける。

「お、おい!」

 鼻と鼻がくっ付いてしまいそうになるほどに、二人は近づいた。少女の吐息が上唇にかかる。まるで満員電車の中で密接しているかのように、肌と肌が重なった。

 どうしていいか分からない状況に立たされたアヤメは、何もすることが出来ず少女の次の行動を起こすのを待った。すると、少女が立ち位置を変えずに口を開く。

「私の"正義"を受け取ってくれることは、出来るか?」

「正……義……?」

 彼女が何を伝えたいのか、分からなかった。しかし、こちらの返答を待たずして少女は更に続ける。

「私の"正義"を受け取ってくれることは、出来るか?」

 少女の目は、真っ直ぐとアヤメの目を見ている。まるで、鏡越しに立っているかのように。

 おそらく、何を言っても無駄であろう。アヤメは、そのまま答えを出す。

「ああ。」


 次の瞬間、少女はアヤメと唇を重ねた。


「!?」

 予想だにしない行動に、アヤメは思考が飛んだ。唇に柔らかい感触が伝わってくる。

 少女は目を見開いて動揺しているアヤメのことなど気にも留めずに、その舌をゆっくりとアヤメの口の中にねじ込んでゆく。少女の舌はアヤメとの結合をなじませるかの如く、隅々まで動き回った。

「んぐっ!」

 少女とはいえズィーガー。人間の少女の舌のサイズではなく、それよりも大きい上に柔軟に動く。擽られるようなあの快感に似た感覚が脳に浸透し、思わず声を漏らしてしまった。

 唾液と唾液が絡み合う。その味は、心なしか甘い。唇を撫でる少女の息も、甘い香りだ。まずい。このままだとモッテイカレル。

 次の瞬間、少女の口から何かが流れ込んでくるのを感じた。卵のような、何かぬるっとしたものか。

 抵抗することもできずに少女から口移しをされたものを飲み込んでしまった。

 ぢゅる。

「ぷはっ!!はぁ。はぁ。な、何をする!!」

 さほど嫌な感覚ではなかったが、流石に夢の中で数回会った言葉も交わしたことのない同性と接吻をするなど。どう考えてもおかしい。何か変なものを飲まされた恐怖よりも、恥ずかしさの方が勝っていた。

「ありがとう。」

 そう言って少女はアヤメの額に指をあて、目を閉じる。

 その瞬間、アヤメの司会は白一色に染まった。


 天井は、よく見るいつもの光景だ。

 どうやら、夢から覚めたようだ。アヤメは、上体を起こし、唇に手を当てる。

「夢にしては、生々しかったような……。」

 時計を見ると、もう既に気象予定時刻より30分も過ぎていた。

「まずい。早く支度していかないと遅れてしまう……。」

 妙にほてっている体に鞭を撃ち、急いて支度をして自室を飛び出した。


 その左腕に謎の痕ができていることに気付かずに。



【2.破業の襲来】


   ─ 1 ─


「アヤメさん!!こっちっスこっちっス!」

 待ち合わせ場所には、既にウグイスが待っていた。

「待たせて済まない。準備はもうできているのか?」

「バッチしっす!!一応、作戦も考えてきたんで、移動中に話しますね!」

 今回の任務は、新人だけで行う任務としては初の大型討伐となる。一度大型とは対峙しているが、その時はシオンという大きな盾があったためにスムーズに討伐ができた。今回はそうはいかないだろう。ウグイスも訓練学校では上位の成績をもって卒業しているが、それでも実力はアヤメとさほど変わらない実力と見ていいだろう。作戦等もしっかりと把握していないと命を持っていかれるだろう。

「じゃ、ここに居ても時間は進まないな。早速出発しよう。」

「あ、その前に……。」

「なんだ?忘れ物でも……。」

 ウグイスの方に顔を向けると、彼はアヤメに手を差し伸べているのが確認できた。

「これは何の真似だ?」

「握手っスよ!握手!パートナーでしょ!!」

 握手、確かウグイスの故郷"ファンダズマ"の習わしだったか。握手をすることで団結力を高め、お互いの信頼とモチベーションを高める要因となるのだという。気休めにしかならないとは思うが、やらないよりかはやった方がましというのは間違いない。

「まあいいだろう。お互い、死ぬなよ。」

 そう言って手袋を外し、ウグイスに手を出した。

「よろし……って!アヤメさん、また彫ったんスか?」

「は?」

 アヤメは、自身の差し出した左手を確認する。するとそこには黒い入れ墨のような痕が残っていた。黒いひし形ダイヤの角から上下に針のような突起が出ており、左右には牛の角のような湾曲した突起物が描かれている。無論、このような入れ墨は彫った覚えもない。

「……なんだこれ?」

「いや、こっちがききたいっす。」

 ふとあの夢の少女のことを思い出した。どうも今回見た夢がただの夢だとは思えないのだ。以前受けた左上の傷の上にこの痕が現れていることもあってか、余計な心配が次々と浮かびあがってくる。

「気にするな。任務に行こう。」

 不思議に思うウグイスを気にせずに、アヤメはそのまま発着ゲートに進む。痛みなどの異常は感じられないため、後で軍医に見せればいい。きっと大丈夫だ。

 立ち込める不穏の空気を振り払い、ウグイスもあとについて行く。


「んで、ここでアヤメさんがこうして、こう動けば標的は必然的にこっちに動く。」

「まあなかなかいい作戦とはいえるが……。まずこの標的が陸上を歩いているという想定でしか話しが進んでいない。奴が地中に潜ったという目撃情報も寄せられている。その場合はどうするつもりだ?」

「あー……。考えて無かったっス……。」

 送迎車の中では作戦会議が開かれていた。それぞれ考えてきたプランを出し合い、いい方法などを模索し採用する。失敗はそれこそ死の危険すら伴う。成功率を少しでも上げておくことが大事だ。

「こういうのはどうだろうか?」

 アヤメは事前に準備していた図面と共に作戦ノートをウグイスに見せた。一通り目を通した後、ウグイスは驚きの表情で言葉を続ける。

「これ、人間やめろってことっスか?」

「さすがにそれは言い過ぎだと思うが、出来なくはないはずだ。お前も優等生の端くれだろう?」

「無理って言っても無駄だろうなぁ……。」

「ヒーローになりたいんだろ?だったらまず私を驚かせてみな。」

 生気が抜けそうになっているウグイスの頬を突き、にやりを笑う。

「おっ、久しぶりに笑った顔を頂きました!ウグイス!なんか頑張れる気がします!!」

「なっ……!バカヤロウ!!おまえはすぐにそうやってふざけた真似を……!!」

 しかし、ウグイスの言う通りだ。訓練学校の入学式以来か、随分と久しぶりに笑った気がする。

 どうも、ウグイスは扱いにくい。


「ひよっこ共!!悪ぃがここ辺りが限界だ!!」

 送迎車の運転手であるオトギリが任務開始の合図を送る。送迎車はシオンが手配したものだが、話によるとかなりのベテランだそうだ。ここまで目的地に近づけるのも、彼の長年の勘をもってしてこそになせる業だろう。

「分かりました。ありがとうございます。」

「おう、お前らが無事で帰ってくることを祈ってるぜ!!」

 そう言うと、オトギリは最寄りの休息所の方向へ車を走らせた。

 ウグイスは、収納ケースにもなる便利な武器"大黒天"と、アヤメに手渡されたロケットランチャーを背中に担いだ。肩を回して気合を入れている。ちなみに大黒天は、アヤメが入院していた時にジェットエンジンを数個取り付けたそうだ。恐らく、シオンへの強いあこがれだろう。

 アヤメも銃に弾がフルに装填されていることを確認し、すぐ戦闘に入れるようにセイフティを解除した。オトギリのお陰でかなり標的に近づくことが出来ているため、ここからはいつ戦闘が始まるかがわからない状況だ。気を抜いては居られない。

「今回のズィーガーの階級は初任務の時と同じくB級。その時はエリートがついていたために円滑に任務を遂行することが出来た。今回はウグイスと私。どちらも新人そいう状況に置かれた初となる任務。気を引き締めていこう。」

「うっす!!いっちょやったりますか!!」

 2人は道路脇に群生している林に入っていった。道路に出てしまっては、自分の身を隠す手段がない。見つかって奇襲をかけられてしまえば、必然的に先手を取られてしまう。それだけは絶対に回避をしなければならない。

「支部に連絡。アヤメ、ウグイス。作戦区域に到達いたしました。これから任務に入ります。」

 通信機器を使って支部に連絡を入れる。口を近づけて話せば、少量の声でもきちんと支部には伝わる音量になる。

「ウグイス、耳はいいか?」

「おっ、いいことに気付きましたね~!実は俺、50メートル先に落ちた硬貨の音を……。」

「よし、標的の足音が聞こえないか、ちょっと耳を澄ましてみてくれ!」

「最後まで聞いてくださいよ……。了解っス。」

 ウグイスはその場に立ち止まり、耳を澄ませた。手を反射機の代わりにして、周囲の音を集める。

「あっちの方向から、微かだけどデカブツの出してる重い足音が聞こえるっすね。」

 ウグイスは、生まれつきに耳がいい。例え1000頭の混在した動物の中でも1種類ずつの声を聴き分けられるその制度と、100メートル先に釘が落ちたときの音さえも聞こえるほどだ。

 訓練学校の特選クラスは、皆このように何かに長けている者が多く、アヤメもその一人だ。アヤメの場合視力がずば抜けて良く、数値で言うと10.0と極めて高い。だが、障害物の多い林の中などではその力を十分に発揮することが出来ないため、捜索はウグイスに任せることになる。

 二人はなるべく気配を消して速やかに標的のもとへと移動していく。幸い、小型のズィーガーとも数体しか遭遇せず、速やかに標的の足跡がはっきりと聞こえる地点まで来ることが出来た。

「やっぱり、道路の真ん中を陣取ってますね。」

 林から道路側を覗き込むと、それ(・・)は居た。ケンタウロスのように4本の脚をもち、手にあたる部分は人など簡単につぶすことが出来そうな鋏になっている。それに、なにより危なそうなのはビルの支柱のように太い尻尾だ。これで薙ぎ払われたらひとたまりもない。

 標的は道路をリンドヴルム本部の方向に向かってゆっくりを歩いている。幸い聴覚は優れていないのか、こちらの存在には気づいていないようだ。

「作戦は移動中に伝えた通りだ。覚えているな?」

 ウグイスは首を縦に振る。彼の目には迷いはなく、真っ直ぐとしていた。

「よし、いくぞ!!」

 掛声とともに、二人はそれぞれ走り出す。


 ウグイスはは標的の背後に陣取り、上部の背中に狙いを定めて何発か用意していたロケット擲弾(てきだん)を発射した。擲弾は一直線に標的のもとに突き進み、その背中に爆音を鳴り響かせた。

「グオオオオオ!!?」

「うおっしゃ!!」

 ウグイスはガッツポーズを繰り出す。不意打ちが上手くいったのか、標的は大きく体勢を崩す。アヤメの予想通り背中は肉質が柔らかく、比較的ダメージが通ったことを確認した。

 しかし、やはり大型だ。人間など軽く吹き飛ばせる擲弾でさえ、ズィーガーを一撃で仕留めることは出来ない。ウグイスは大黒天を手に取り、こちらに振り向くズィーガーと対峙した。

「ほら、来いよバケモノ!!」

 ターゲットは狙い通りにウグイスの方へ走り出そうとする。が、第二の布陣がズィーガーに押し寄せる。

「!?」

 ズィーガーの足元には、手榴弾が何発か転がされていた。ウグイスが注意を引いている間にアヤメがばら撒いたのだ。流石の大型でも、この爆発の連鎖には耐えきれずにその場に屈む。

 アヤメはすかさず、屈んだズィーガーの下部背中に飛び移った。銃口を構え、擲弾が当たった部分に狙いを定めて引き金を引く。とめどなく降り注ぐ弾丸の雨が、餌に飢えるハイエナの如くズィーガーを襲った。

 痛みに耐えきれずにズィーガー自らの身体を回転させた。その太い尻尾が周囲を薙ぎ払う。

「うぉっ!あっぶねぇ!!」

 咄嗟にウグイスは身を伏せてこれを躱し、回転によって抉られて弾き飛ばされたアスファルトの残骸を大黒天で防いだ。辺りを見渡すと、側面の林は軒並みなぎ倒されいる。いかに尻尾の薙ぎ払いが強力なのか、容易に想像ができた。まともに喰らったらひとたまりもない。

 アヤメは軽やかに攻撃をいなしながら銃弾を浴びせている。動きは荒いが、これはエリート兵に匹敵する動きだ。とてもじゃないがウグイスには真似はできない。

 ウグイスが感心していると、ズィーガーが次の手に出た。

 手榴弾の爆発とズィーガーの回転により露になった地面の中にズィーガーが潜ったのだ。爆発により多少は柔らかくなったのか、いとも簡単に地中に潜ってしまった。

「ウグイス!!」

「了解!!」

 ウグイスは、地面に手を当てて目を閉じた。地面の振動を全身をもって感じ取り、自慢の耳に伝わせる。 集中しろ、俺。あの主席に期待されてんだ。ミスるわけにいかねぇ。

 アヤメさんには、敵は逃げるか攻撃してくるかのどちらかと言われた。だとしたら、その動きを呼んで迅速に伝えるのみ。進む方向、振動の強さ。これは……。

「まずい!!林に跳べ!!」

「了解!!」

 ウグイスの号令と共に、林の方へ飛び込む。すると、道路だった場所が一気に地盤沈下を起こした。恐らくだがズィーガーが常軌を逸する速度で地面を食し、巨大な空洞を作ったのだろう。

 地中から現れたズィーガーは、大きく形態が変化がしていた。六本の手足は折りたたまれ、頭が縦に割れてワーム状になっている。地面を掘り進むことが出来ることに納得のいく形態だ。

「ウグイス!!このままじゃ危険だ!!奴を引きずり出すぞ!!」

「よしきた!!プランCっすね!!」

 ウグイスが沈下した地面へと飛び移ったのを確認すると、アヤメはそれに合わせて穴の縁へと移動する。ズィーガーは、自ら落とし穴に降りてきたウグイスをめがけて突進してきた。

 動きは先ほどと打って変わって素早いが、直線的だ。ウグイスは大黒天を担ぎ、大きく振りかぶる。

「生まれ変わった大黒天の味を知れ!!」

 迫りくるズィーガーの接近のタイミングに合わせ。ジェットエンジンを入れる。大黒天は、轟音と共にズィーガーの頭部に直撃した。

「ぐぬっ……。ぬ……。」

 火花をちらつかせ、大黒天とズィーガーが衝突する。その力は五分五分だが、今回のズィーガーは打撃にめっぽう強いというデータが来ている。ダメージは期待できなさそうだ。

「ぬおおおおおりゃあああああ!!」

 すると、ウグイスは持ち手の角度を少し傾け、掬い上げるようにスイングした。ズィーガーは咄嗟の出来事に対応できず、宙に打ち上げられる。そのまま地上へと引きずり出された。

 ズィーガーは勢いを殺し切れずに、そのまま道路上を進んでゆく。アヤメはすかさず目の前に立ちはだかり、ロケットランチャーを構えた。

「これで、終わりだ!!」

 引き金を引き、ズィーガー目がけて擲弾を放つ。一直線に進んだ擲弾は、見事口の中に入り込み、爆発を起こす。

 外部が硬かろうと、内臓を鍛えることは出来ないだろう。案の定ズィーガーは力尽き、その場に倒れ込んで動くことはなかった。



   ─ 2 ─


「で、できた……。」

 ウグイスは、自分がやってのけたことに驚いていた。

 ジェットエンジンを取り付けたとはいえ、数トンもあるような巨大なズィーガーをかち上げることが出来てしまったのだ。地中には潜らせずにそのまま倒し切るプランA、地中に潜ってそのまま逃げだすプランB、そして地中に潜ってこちらに攻撃を仕掛けてくるプランCのうち、今回は最もリスクのあるプランCに移行してしまった。それに、戦場ではいつイレギュラーな状況下に置かれるかがわからない。アヤメの作戦ノートにはどんな状況でも対応できるように書かれていた。

 ウグイスも特選組の端くれ。作戦ノートに記載されている分岐ルートは全て頭に叩き込んだ。だが、思い返してもかなり無理があるような動きだったことは今回の反省点でもある。今後にしっかりと生かしておこう。

 感傷に浸っていると、上から縄梯子(なわはしご)が垂らされてきた。あらかじめ大黒天から取り出し、アヤメに渡していたのだ。念のために用意しておいてよかった。

「よくやった。」

 アヤメはウグイスに手を差し伸べる。ウグイスは力強くその手を握りしめた。

「うっす!!」

 沈下した道路からウグイスを引き上げると、すぐさま通信機のスイッチを入れ報告を入れた。

「こちらアヤメ。任務が完了したことを報告いたします。怪我人は居ませんが、道路に甚大な被害が出ております。整備員や処理班等の派遣の要請をお願いいたします。」

『了解。お前ら、よくやった。だが、油断はするな。無事に戻って来い。』

 直ぐにクサナギから返答が来た。普段から激務で忙しい彼が返答を行うとは、かなり珍しい。

「承知いたしました。直ちに帰還いたします。」

 無線を切り、ウグイスの方へと向き直す。

「何はともあれ、これで任務達成だ。」

「そっすね!アヤメさん、ほんとに病み上がりっすか?めっちゃ動き良かったっスよ!!」

「ウグイス、お前こそ見違えるような身のこなしだったな。」

 ハイタッチの音が青い空に響き渡った。


「おう、ひよっこ共。戻ってきてくれると信じていたぜ!」

 指定場所には、オトギリが既に待っていた。

「オトギリさん!お疲れっス!!」

「オトギリさんここまでの行き帰り、誠にありがとうございます。」

「おっ、礼儀がしっかりとしてんじゃねぇか。見直したぞ。」

 2人は速やかに送迎車に乗り込み、ドアを閉めた。座席に座った瞬間、一気に肉体的疲労が押し寄せる。

「さてと、疲れてはいると思うが、反省会と行こうじゃないか。」

「マジっスか!?少しくらい休ませてくださいよ~。」

「だめだ。訓練学校でも習ったろ?任務や訓練後、直ぐに反省会を行わないと、記憶が薄れて見につかなくなるよ。」

「ですよねー。」

「はっはっは!感心だなぁ!」

 たわいもない会話で道中を進んでゆく。今までの激戦とは打って変わって、車内は緊張感から解放された暖かい空気に包まれる。 


「あの時もっと押し込んでいれば、潜らせずに倒すことが出来たかもしんないっすね。」

「たしかにな。だが、あの薙ぎ払いの中でお前はロケットランチャーをもう一発あの上部の背中にぶち当てることは出来たか?」

「無理っすね。アヤメさんだったらまだしも、俺にそんな射撃技術と動体視力なんて無いっスよ。」

 反省会が車中で順調に行われている。

「だとしたらランチャー役を入れ替えたほうが良かったか……。だとしたら……。」

 と、アヤメが何かを提案しようとしたところだった。


 ボコォォォォォン!!


 地面を張り裂かんばかりに鳴り響く轟音に、それまでの和やかな雰囲気は瞬時に緊張へと入れ替わった。

「何だぁ!?」

「新手のズィーガーか?」

 ウグイスは狼狽え、オトギリは眉をひそめている。

 新手のズィーガー?いや、そんなんじゃない。なんか、嫌な予感がする。

 アヤメは、直ぐに先頭に移行できるようにと武器を手にし、停車した送迎車から降車して構えた。不思議とその一連の動作は一度も止まることなくスムーズに動いた。

 あたかも事前に(・・・・・・・)予測して(・・・・)いたかのように(・・・・・・・)

 目の前には土煙が広がっており、良く見えない。確認できるのは、進行方向の道路が捲れ上がっている位だ。

「そこに居るんだろ!!出てこい!!」

 左手がまるで心臓のように脈を打っている。一体何が起きているのかわからないが、そんなことを考えている余裕はない。

 遅れてウグイスが車から飛び出した。一体何が起きているのかわからずに、辺りを見回している。

 静寂と緊張が辺りを包み込む。

 土埃が若干薄れてきたところか、中には身体の大きな人影が見えた。


「どゎっはっはっは!!さっきの戦い、見せてもらったぜ!?なかなかやるじゃねぇか!!」



【3.絶望の宴】


   ─ 1 ─


 ズシンズシンとこちらに歩み寄ってきた巨漢が、土煙から這い出てその姿を露にした。

「何だよ……。こいつ……。」

 ウグイスは咄嗟に武器を構えた。まるでボディビルダーのようにはち切れんばかりの筋肉、様々な部位から生えている禍々しい棘。そして、鈍く光る青黒い皮膚。まさに、童話に登場する青鬼のような外見だった。

「ガキども!!早く乗れ!!」

 送迎車からオトギリが顔を出す。

「ウグイス!!オトギリさんと一緒に逃げろ!!」

「アヤメさん!?」

 青鬼は、ゆっくりとこちらに近づいてくる。考えている時間はない。

「いいから急げ!!ここは私が何とかする!!」

 銃を構え、青鬼と対峙する。すると青鬼はまるで予測していたかのように笑顔になった。

 すると、ウグイスはアヤメの前に立って同じように笑顔になった。

「オトギリさん!!緊急任務なので遠くに逃げてください!!!」

「バカヤロウ!!そいつは間違いなくS級だ!!てめぇらに敵う相手じゃねぇ!!」

「いいから!!」

 ウグイスが声を張り上げる。その圧に押されたのか、オトギリは顔をしかめる。

「チッ!!死ぬんじゃねぇぞ!!」

 送迎車が遠くまで移動していった。そして、青鬼はちょうどアヤメ達がしっかりと見えるような位置に仁王立ちをする。

「追わないのか?」

「逃げるような弱者に興味はない。」

 青鬼から目をそらさずに、ウグイスにも声をかける。

「なんで逃げなかった。」

「女性を見捨てるなんてこと、出来るわけないでしょ。」

「そうか。」

 二人は構え直し、青鬼の様子をうかがう。

「話は済んだか?アヤメよ。」

「なぜ私の名前を知っている。」

 青鬼はにやりと笑い、答えた。

「そりゃあ、何度も報告を聞いていたからなぁ……!!」

「報告ってなんだよ!んなの俺らはてめぇなんかにしてねぇぞ!!」

「黙っとけ小僧。俺はアヤメと会話してんだ。」

 圧に押され、ウグイスは黙ってしまう。それ程に青鬼の気迫はすさまじいものだった。

「その左手、疼かねぇか?」

 やはり気づいていたか。アヤメはそう思うことしかできなかった。なぜなら、この左手にはズィーガーの心臓であるエルツの破片が突き刺さったことがある。引き抜いたときには既に数か所かけていたため、体内に残っていてもおかしくはない。

「お前は、何者だ?青鬼。」

「知りてぇか?だったら……。」

 青鬼が身を屈めた。同時に、二人は構える。

「俺に傷を一つでもつけてみろ!!」

 瞬間、その巨体からは想像もつかないほどの速度で青鬼が急接近してきた。


「あっぶねぇ!!」

 先ほどまでアヤメたちが立っていたアスファルトが、クッキーのように簡単に砕け散る。そして、

 すかさずアヤメは青鬼に向けて弾幕を浴びせる。全弾が命中するが、青鬼のその青黒い皮膚には全く効果が無いように見えた。

「はっはぁ!!いいね!!この俺の諸劇を躱す奴はそうそういねぇぜ?」

「うおりゃあああああ!!」

 ジェットエンジンを威力を増した大黒天が青鬼の腹部に直撃した。大型ズィーガーを宙に浮かせるほどの威力を持った一撃は、青鬼を数メートル先までスライドさせる。

「ほう!小僧もなかなか見どころがあるじゃねぇか!!」

 青鬼は更に体表に血管を盛り上げ、興奮しているようだ。これ以上奴を興奮させるとどうなるかなんて大体予想がつく。

「なら、これならどうだ!!」

 青鬼は、勢い良く息を吸い込み始めた。周囲の空気が一気に引き寄せられる。

「なっ……!?」

 その勢いは凄まじい。何かにしがみ付いていないと、青鬼のもとまで一気に吸い寄せられてしまう。

 がれきも何もかも、定着していないものは全て吸い込まれた。かろうじて2人は耐えきり、体勢を立て直した。青鬼の腹は、風船のようにパンパンに膨れ上がっていた。

(今なら、行ける!!)

 アヤメは、青鬼の前に対峙する。既に弾丸は貫通性の高い球へと切り替えてある。後は、それを撃ち続けるまでだ。

「はぁぁぁぁぁ!!」

 セラピア・コロッセオにいたガーディアンの時のように、何度もその銃弾を撃ち続けた。ロケットランチャーがない今。アヤメにとっての最高火力の攻撃だ。これで傷がつかない相手なんてないはずだ。

「ついでに、予備の一発でも受け取れや!!」

 ウグイスが手榴弾を放り投げた。見事青鬼の足元に着弾し、盛大に爆発する。対ズィーガー用だけあって、威力は普通の手榴弾の倍近くある。

「よし、やったぞ!」

 ウグイスがガッツポーズを上げた、その瞬間だった。

慈悲無き乱気流(ゼロ・ブラスト)

 青鬼は、今まで吸い込んできたもの全てを吐き出した。腹の中で圧縮された空気が一気に膨張し、その場にある全ての物体を無に帰す爆風が吹き乱れる。

「うわあああああ!!」

 いとも簡単にアヤメとウグイスは吹き飛び、宙を舞った。最悪なことに、青鬼が吸い込んでいた瓦礫も一緒に飛び出し、二人を襲ったのだ。爆風がおさまった時には、既にもう二人には戦う力が残されていなかった。

「ふぅー。なかなか強力な攻撃だったからな、俺としたことが腹に傷がついて割れちまったぜ……。よし!いいだろう!俺の名前は……ん?」

 青鬼は周囲を見渡した。すると、先ほどまで攻撃していた人間二人が傷だらけで倒れている。

「んだよ。つまんね。」

 青鬼は、アヤメの首根っこを掴み、軽々と持ち上げる。

「ぐっ……。」

「おっ、まだ息あんじゃねぇか。もっと戦おうぜ。」

「この……。バケモノが……。」

 こんな時に限って、左手の甲が熱した鉄板の上に置かれたように熱くなる。自分が流した血が目に入って視界が赤くなっている今、気が狂いそうだ。

「つまんねぇなぁ。じゃ、とどめでも刺すか。」

 青鬼が腕を振り上げた瞬間だった。

「はあああああ!!」

 振り上げた腕に、ウグイスの大黒天が命中した。青鬼のバランスが崩れ、アヤメが解放される。アヤメはそのまま地面に投げ出され、うつ伏せになって倒れた。

「あ?なんだお前?」

 何発か打撃を加えるも、ウグイスは掴まれてしまった。

「女を守んのが、男だろうが!!」

 決死の覚悟で、サバイバルナイフを青鬼のナイフに突き立てた。

 すると、ナイフはあっさりと青鬼に突き刺さる。

「ちっ、お前、目障りだな。消えろ。」

 青鬼はとどめを刺そうと腕を振り上げる。さっきの打撃で若干と凹んではいるが、そんなことはお構いなしに瞬殺できるだろう。

 このままでは、ウグイスが死んでしまう。何か手はないのか。

 アヤメはそのまま意識を失った。



   ─ 2 ─


 目が覚めると、目の前に少女が立っていた。

「お前は……。」

 少女は、アヤメをただじっと見つめている。

 先ほどの痛みも、怪我も嘘のように無くなっている。

 ああ。とうとう私は死んでしまったのだな。

「まだ、死んでいないよ。」

 少女が、考えを読んだかのように答えた。

「っ……!!だったら早く戻してくれ!!ウグイスが……!!」

「大丈夫。ここでは時間は進まないから。」

 少女は、アヤメに歩み寄る。

「……。何の用だ?」

「最後の選択の時だよ。」

「選択?」

「うん。」

 少女は、改めてアヤメを見て、言葉を繋げる。


「ウグイスを助けたい?」

 それは、当たり前だ。


「人間を、辞める覚悟はある?」

 そんなの、とっくのとうに辞めているつもりだ。


「後戻りはできないよ。」

 私には、もう失うもんなんてないんだ。


「わかった。じゃあ左手を出して。」

 言われるがままに少女に左手の甲を差し伸べる。少女は包み込むように手を掴んだ。

「さぁ、反撃しよう。」

 視界が白に包まれる。

 


   ─ 3 ─


 ウグイスは、一瞬何が起きているのかが分からなかった。

「なんだぁ!?」

 今確かに、死の覚悟を決めたところだ。だが、自分の頭が吹き飛ぶことはなく、代わりにあるものが視界から消えたのだ。

 そう。吹き飛んだのは青鬼の右腕だったのだ。鬼の右腕は宙を舞い、数メートル先の地面に落ちた。

 ウグイスは腕が吹き飛んだ反対方向を見る。


 そこには、左手の甲から謎の光を放出しているアヤメが立っていた。


「あやめ……さん……?」

 ウグイスが見たアヤメは、いつもとは違う様子であることは間違いなかった。先ほどの衝撃であらぬ方向に折れ曲がっていた太ももが、今では真っ直ぐになっておりしっかりとその足で立っている。しかも、そればかりではない。腹が爆発してから肉質が柔らかくなったのはウグイスでも気づけたが、それでも簡単に木津が付かなそうな丸太のように太い腕を一瞬で吹き飛ばしたのである。彼女が持っている銃では到底不可能な所業だ。

「ぶゎっはっはっは!!やってくれたじゃねぇか!!小娘ぇ!!」

 青鬼は興奮している。しかし、怯んだ様子は全く見せていないことから、致命傷となる一撃ではなさそうだ。

「……す。」

「あん?」

 あやめはそれまで俯いていた顔を持ち上げた。その青い目は、燃え盛る蒼い彗星のように光り輝いている。

「お前を、倒すと言っている!!」

 アヤメは、銃を構えた。すると、銃口に左腕の光が吸い込まれるように流れ込んでいく。

 そのまま引き金が引かれ、青く光る剣のようなものが射出される。すると、青い剣はひとりでに回りだし、青鬼を切り刻まんとばかりに一直線に向かっていった。

「面白い!!」

 青鬼は口を大きく開き、赤いレーザーのようなものを発射した。青い剣とレーザーは、お互いを相殺すかのように衝突し砕け散る。

 瞬時に行動に出たのは青鬼だった。アヤメの目の前に着地し、残っている腕を振りかぶる。そのまま勢いよくアヤメに殴りかかった。


「そこまでだ。」


 アヤメと青鬼の間にシオンが割って入り、迫りくる拳を防いだ。それによって生じた衝撃波が、辺りに鳴り響く。

 青鬼が静止していると、背後にクサナギが立ち、首に刀を当てた。

「残す言葉はあるか?青二才。」

 青鬼はにやりと笑う。

「はっ!!」

 青鬼は、目では追いきれないほどの速度で距離を取り、言い放った。

「剣聖と剣帝が来られちゃ、本気を出さんとどうにもなんねぇなぁ?」

 クサナギと、シオンは構えた。

「だが、今は期じゃねぇ。ここは退くとしようか。」

 虚ろになっているアヤメに顔を向け、青鬼は叫んだ。

「我が名は、バチ=アーキオータ!!七人の将が一柱にして、"破業"を冠する者なり!!」

「アヤメよ!貴様の健闘を称えよう!!次に会う日を楽しみにしているぞ!!」

 青鬼もといバチは、そう言い放ってどこかに飛び去ってしまった。


【4.蒼い彗星】



 アヤメは医務室のベッドの上で目が覚めた。もう見慣れてしまった光景になっているのは、自分でも苦笑いをせざるを得ない。

 横を見ると、ウグイスが眠っていた。包帯や湿布など、多くの治療痕が見られるのを見ると、相当今回の相手が凄まじい者だったということが痛いほどわかる。

「ウグイス。」

 呼びかけたその瞬間だった。

「だー!辛子明太子!いってぇ!!なんだこれ!?」

 ウグイスが飛び起き、悶絶してのた打ち回った。どうやら彼に静寂という言葉は似合わないらしい。

 アヤメは、伸ばした手を引っ込め、話しかけた。

「ウグイス、良かった。目覚めたか。」

「あれ?アヤメさん?って、ちょ!!目のやり場に困る!!」

 必死に目を隠しているウグイスを不思議に思い、自分の姿を見た。療養着がはだけて谷間が露になっており、少し動くと見えてしまいそうなじょうたいだった。

「ああ、すまん。」

 すぐに乱れた服を直していると、アヤメはあることに気が付いた。

 自分に、特に目立った外傷がない。あの青鬼と対峙した時、確かに自分は瀕死の状態だったはずだ。生還したとしても、こんなに冷静になって辺りを確認できる余裕はないだろう。

「なぁ、ウグイス。」

「あ、あとで閲覧料は払います!だから、命までは……。」

「んなもんいらん、見たかったら勝手に見てろ。私がききたいのは、あの後どうなったのかということだ。」

「え?ああ。それはっすね……。」

「気が付いたか。」

 医務室にクサナギとシオン、カグラが入ってきた。

「災難だったね。自分とクサナギさんが駆けつけてなかったら、死んでいたところだ。」

「クサナギ支部長。シオンさん。」

「しかし、バチと遭遇して奴の腕を吹き飛ばすとは、なかなかやるじゃないか。」

「それに、こんなに軽傷で済んでるとはね。」

「私が?」

「そうなんスよ!!めっちゃ不思議なことが起きて、形勢が一気に逆転したんス!!」

 さっきまで痛みに悶絶してた男が、嘘のように元気よく話す。ある意味、こっちもバケモノかもしれない。

「ウグちん、詳しく教えてくれるかな?」

 カグラの意見に、ウグイスはしっかりと答えた。


「なるほど、そういうことがあったのか。」

 今回のバチの襲来の全容を聞いたシオンは、真剣に何かを考えているように見えた。

「私が……。あのバチの?」

「それ、かなりすごいことじゃん!あやちん、いつの間にそんな強くなったの?」

「いえ、私はそんなこと……。」

 果たして私がそんなことをしたのだろうか。正直バチとの戦いは、前半部分の大敗以降覚えていない。途中、変な夢をまた見たような気がするが……。

「クサナギさん、これで決まりですね。」

「ああ。」

 二人が何か話している。一体どういう内容なのだろうか。

 クサナギがこちらに向き、口を開いた。


「急で済まないが、君たち二人には正式に遊撃班のチームを組んでもらう。」


 この一言から、私の物語は始まったのだ。 


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