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γ:Burst -ガンマバースト-  作者: めんだこ。
1/4

復讐を誓う少女

作品をすべて書き終わったら、登場人物設定資料を作るつもりです。


前書きは初回のみ表示されます。

気を悪くされた方がいれば、申し訳ございません。


設定からかなり考えて作り込んだつもりです。

どうか最後まで楽しんで読んでいただけると嬉しいです。


それでは、本編をお楽しみください。


 目の前に移る光景は、目に疑うものだった。


 一人の少女が、一心不乱に心臓と思われる物体を貪り喰っている。

 肉を引き裂く音。噛み潰した肉から血が噴き出す音。それまで生きて立っていた一人の人間が力なく倒れる音。

 狂気ともいえる不協和音の羅列は、場にいる全員の鼓膜に這いより擽る様に食べ尽くす。


 驚愕、緊張、恐怖、後悔、無念、絶望。

 様々な感情が心の中で犇き合い、動かそうとする体にブレーキがかかる。


 目の前の悪魔と化した少女は、どす黒い涙を頬に伝わらせて叫ぶ。

「ああぁぁっぁあああああっぁああぁああぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁああぁあ。」

 少女がこちらに向かってくる。が、その場を動くことは出来なかった。


「アアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」


 気が付くと、私の身体は宙に投げ出されていた。



【1.初陣】


   ─ 1 ─


<ラルウァ地方 西F11地区>


「こちら、アヤメ。間もなく指定区域に到達する。」

『了解。速やかに標的(ターゲット)を捕捉し、目的を完遂せよ。』

「了解。」

 左頬に黒いハートの入れ墨を施している少女の名は岸頭菖蒲(きしとうあやめ)。晴天の空の如く光り輝く青い目は見た者の姿勢を正してしまうかのように凛としており、肩まで伸びた黒い髪はまるで自身を表すかのように真っ直ぐと流れる。

 アヤメは銃弾を装填し、セイフティを解除する。ここでは、いつ標的に出くわすか分からない。いつでも打てる状態を構築していないと簡単に首が吹き飛ぶことだってあり得るだろう。アヤメは二丁拳銃を手に持ち、周囲に気を配りながら素早く移動を開始する。

 物陰に隠れ、レーダーを確認する。懐中時計を模して造形されたレーダーに映し出されているのは、自身である緑色の点と、標的の赤い点。赤い点はゆっくりと東の方向に移動している。

(だとしたら、この脇道を突っ切れば時間短縮ができる。)

 アヤメは体力を消耗しない程度に駆ける。この地区の住民たちは既に非難を終えてはいるが、周囲を見渡すとすでに何軒かは標的によって壊され、見るも無残な有様となっている。このまま奴を野放しにしてしまっては、更に被害が拡大してしまうだろう。

(ここを抜ければ、大通りに出る。そうしたら……。)

 狭い小道を抜け、大通りに飛び出す。そして、レーダーの示す方向へと向く。

 目の前から向かってきている者。それは、この世の生物とは思えないほどの巨大な物体。その大きさは周囲のビルと張り合えるほど大きいだろう。そう、これが今回の標的だ。

 無線のスイッチを押し、口に近づける。

「こちら、アヤメ。標的を捕捉。任務遂行。」

『了解。くれぐれも無茶はするな。健闘を祈る。』

 標的もこちらの存在が分かったのか、進んでいた足が止まった。すると、周囲を揺さぶるような轟音で雄叫びを上げる。

「さぁ来い!!デカブツ!!!」

 乾いた鋭い銃声が、宣戦布告の鐘を鳴らす。


 怪物の動きは、その図体から予想ができる。ゆっくりとそのトラックのような腕を持ち上げる。

 先ほど込めた銃弾を2発その体に撃ち込む。弾丸は標準を合わせた場所に見事に当たるが、それほどダメージには期待できないだろう。

 振り上げられた拳は、アヤメめがけて振り下ろされる。が、避けるのは容易い。アヤメはしっかりとその攻撃を避けた。振り下ろされた拳はけたたましい音を立ててアスファルトにめり込み、地割れを起こす。バランスを崩さないようにと注意しながら怪物の股下を駆ける。

 背後に抜け、更に2発撃ちこむ。流石に装甲は固く、軽く凹ます程度しか効果がない。

「オオオ!」

 怪物は体を軸にして回転する。右腕が振り子のようにしてアヤメに襲い掛かるが、アヤメは軽やかに横に跳び、難なくこれを避ける。地面に突き刺さるとアスファルトがクッキーのように簡単に砕け、周囲のビルに飛び散った。

「あれを喰らったら一瞬でトマトジュースになるな……。」

 体制を整えている怪物に煽るように銃弾を当て、弾を充填し直す。 

「こっちだ!!」

 アヤメは距離を置くように走り出す。先ほどの挑発にうまく乗ったのか、怪物はアヤメの後を追う。

 撫でるように怪物の全身を観察し、アヤメは弱点を探していた。装甲の間の間接と、顔の中心にある発行体。恐らく目の役割をしている器官だろう。恐らくその部分は肉質が柔らかいはずだ。

 後ろに下がりながら、休むことなく弾を怪物の弱点と予想した点に的確に撃ち込む。

 関節の方は、当たりだ。弾が当たるたびに怪物は呻き声を上げて少し怯む。目の方は残念ながら透明な皮膜のようなものがあり、弾の衝撃を吸収して弾き返した。

 ズシン、ズシン、ズシン、ズシン。タン、タン、タタタン、タン。

 一撃で命が吹き飛んでしまう程の張り詰めた状況の中、繰り返すように戦闘は続く。しかし、着実に任務を遂行していることをアヤメは確信している。

「オオオオオ!」

 痺れを切らしたのか、怪物は目にあたる器官を発行させ、こちらにレーザーを照射した。

「くっ!?」

 反射神経が働き、咄嗟に首を横にずらす。間一髪でレーザーは頬すれすれを突き抜け、奥の瓦礫にあたる、瓦礫は煙を上げて綺麗な穴を開けていた。

(なるほど。全部の攻撃が死に繋がるか。面白い。) 

 手榴弾のセイフティキャッチを外し、倒壊寸前のビルの亀裂に投げる。爆発によってビルを崩し、怪物に瓦礫の雪崩れをお見舞いした。

「グオオオ……。」

 流石にこたえたのか、怪物の態勢が大きく崩れる。残る手榴弾は2発。なるべく無駄遣いをしたくはないが、体勢を崩した今は絶好のチャンスだ。アヤメはもう一発を標的に向かって投げた。大きな音を立てて見事命中し、装甲に大きな損傷を与える。

(やはり、決定打にはならないか。)

 怪物は体勢を立て直し、再び怪物がこちらに迫ってくる。アヤメは後退しながら損傷箇所にめがけて銃弾を放つ。

「!!」

 アヤメの背中に何かが当たる。ひんやりとしたこの感覚は間違いない、アスファルトの壁だ。袋小路に追い詰められてしまったのである。自身の命の危険と直面することにより、疲労と額に汗が額を這いつくばる。

 周辺を緊張が支配している中、怪物はゆっくりとそのトラックのような腕を振り上げた。

「サー!!!」

 同時にアヤメは町の端から端まで聞こえるかのような盛大な声を張り上げる。その声は、怪物の雄叫びに負けない程に周囲に鳴り響いた。

 その瞬間、ビルの屋上から大剣を担いだ青年が怪物目がけて跳躍した。

「ウオリャアアアアア!!!」

 青年が、巨獣の頭に大剣を振り下ろす。火花を散らし衝突した片刃の大剣は、刀背に取り付けられたジェットエンジンの推進力によってさらに装甲を押し込んでいく。ついに、その圧力に装甲が耐え切れずに亀裂が生じて一気に破壊された。

「もっとだ!沈め!!!」

 そして、一気に怪物の身体を引き裂く。怪物は、叫び声をあげてその場に倒れ込む。

「離れて!!とどめを刺す!」

 青年が怪物から距離をとったのを確認し、最後の手榴弾を怪物の傷口に放り込む。

「くたばれ!!デカブツ!!!」

 爆発と共に、怪物は木っ端微塵になった。上から残骸の塵が2人のもとに降り注ぐ。さっと振り払い、アヤメは青年にお辞儀をした。

「シオン先輩。今回の任務、ご同行いただき誠にありがとうございます。先ほどの一撃、感服いたしました。」

 皇紫苑(すめらぎしおん)。アヤメの先輩にあたる優秀な先輩だ。その銀色の髪と強い意志を持った琥珀の瞳が特徴な好青年は、その実力と格好いい見た目のお陰で周囲から好意と尊敬の目が絶えないという。さらに言うと、先ほどの大きな大剣を軽々と振り回すその姿から、剣聖という異名を持っている。かく言うアヤメも、彼のことは尊敬し、目標としている。

 シオンは、苦い顔をしながらアヤメの言葉に返答する。

「かてぇかてぇ!!もっと気楽に話していいよ。」

 頭を上げたアヤメの肩を叩き、笑顔を見せる。

「初任務、そして陽動ご苦労様。流石は主席卒業生だな。真人とは到底思えない程、めちゃくちゃいい動きをしていたと思うよ。」

「お褒めの言葉、ありがとうございます。これからも精進していきたいと思います。」

「よし!その調子だ!さっき集合の方が入ったから、指定された場所に向かおう。」

「はい!!」

 歩き出したシオンを追うように、アヤメは歩き出した。



   ─ 2 ─


 平和な世界は、突如現れた謎の生物達によって一瞬にして崩壊した。

 あるものは焼かれ、あるものは潰され、そしてあるものは食され。人々は口をそろえてその光景を悪夢というであろう。侵略は止まることなく進む。

 人々は侵攻する新生物達を"ズィーガー"と称し、特別警戒令を布いた。

 国々が一致団結をして立ち上げられた対ズィーガー戦闘組織"リンドヴルム"。各国から強靭な戦士たちが寄せられたこの組織は、何とかズィーガーの侵攻を現状維持の状態で持ちこたえている。

 アヤメは、リンドヴルムに入隊すべく訓練学校に入学。その後成績首位で卒業し正式にリンドヴルムに入隊した。そして今回の標的である大型ズィーガーの討伐が初任務となる。


<ラルウァ地方 アネシス大地下壕>


 アネシス大地下壕、ここは緊急の避難所として設けられている地下壕で、被害のあった西F11地区の住民たちが今現在居住スペースとして利用している。

「シオン、アヤメ!只今戻りました!」

「よくぞ生きて帰ってきた。」

 配属された小隊の隊長であるクサナギは、二人の帰りを賛美した。人間同士ではないが、いわば戦争に近い。新人が初任務で命を落とすことも大いにありうることなので、礼儀として相手を褒めたたえるのがリンドヴルムの習わしだ。

「ウグイスとカグラはすでにこっちに戻ってきている。挨拶しておけ。」

 アヤメが現在所属しているのは、クサナギを隊長他隊員5人という少人数の教育用チームだ。所属する新人を育成するために、ラルウァ支部の支部長であるクサナギと二人のベテラン隊員であるシオンとカグラが直々に新規として所属するアヤメとウグイスを教育や実力の確認として臨時的に組まれる。

「おー、戻ったかー!アヤちん、シオちん、お疲れー!」

 リンドヴルムの休憩スペースに歩いていくと、奥から青いポニーテールの女性がこちらに向かって元気よく手を振っていた。

 神楽。ラルウァ支部在籍の隊員の中でもエリート中のエリートだ。シオンよりは若干実力は劣るものの、そのチーム全体を統率する力や類稀なる槍の捌きから、同性のファンも多い。

「カグラ先輩!よくぞ御無事で。お疲れ様です。」

「相変わらず礼儀正しいなぁ。ほら、ウグイスも見習いなさいよ。」

 カグラはドンとオレンジ髪の青年を叩く。彼の名はは、松谷鶯(まつたに うぐいす)。訓練生時代の同級生で、いつもヘラヘラしてはいるがそこまで成績は悪くはないなんとも人生をなめ腐っているチャラ男だ。

「いやぁ、アヤメさんは僕らにとっちゃ雲の上の存在なんスよ!?真似なんて到底無理っすよ!!!」

「真似じゃなくて、見習えだ。どんどん吸収してかないと、置いていかれるぞ。」

「やー!シオンさんも手厳しいー!」

 その後も休憩スペースで雑談をしていると、クサナギがこちらに向かってくるのが見えた。4人は急いで姿勢を正してその場で起立をする。

「本部からの通達だ。このまま新しい任務に入る。」

 場に一瞬どよめきが起こる。教育程度の任務では、さっきまで行っていたズィーガー討伐程度で済むのが定石だ。立て続けに任務を行うということは結構なイレギュラーと言ってもいいだろう。しかし、さすがはエリートといったところか。シオンとカグラはもう既に元の状態に戻る。ズィーガーとの戦争の中では、いつ何が起こってもおかしくはないのだろう。アヤメも気合を入れ直し、クサナギの言葉を受け入れる体制に入る。

「今回のズィーガーの襲撃もあり、元々のライフラインが貧弱な西F11地区の復興は絶望的だという見解を出した。ここも、臨時の避難所。ずっと居座っていても時期にガタが来るだろう。要は、今避難している西F11地区の住民たちには他の場所に移住してもらうことになる。」

「ということは、護送でしょうか?」

「それもある。が、今回本部からの要望は、新しい居住スペースの確保だ。」

「つまりは……。」

 既に何かを察したのか、シオンとカグラの表情が引き締まる。

「ま、エリートならこれくらい分かってくれないと困る。新人。お前らは次の依頼内容に予想はつくか?」

 クサナギがこちらを見る。ウグイスはまさかこっちに来るとは思ってもいなかったようで、アヤメの方に助け船を求めるような目線を向けてきた。

「新しい居住地の確保または開拓。つまりライフラインがしっかりと確保できそうな、ズィーガーの巣窟を潰す。そしてその後そこに住民たちを護送する。といったところでしょうか?」

「はい。僕も同意見です。」

 アヤメはしっかりとクサナギと目を合わせて答える。ウグイスは後でしばき倒しておくとしよう。

「ふむ。今期の新入隊員はなかなか優秀なようだな。では、話を続けよう。皆、席に座れ。」


 卓上に地図が広げられ、クサナギが説明をし始める。

「場所は、ここから北西に20キロ進んだ場所にあるセラピア・コロッセオ。ここは元々国際競技場だったところだ。ここは支部に直結して繋がる道路があり、ライフラインも問題ない場所だ。しかし、つい最近幹部級のズィーガーがこの地を訪れて攻撃を行った所為で陥落してしまった。」

「最悪な状況ですね。」

「ああ。ここを侵略の拠点にされてしまうと、こちらも相当の痛手になってしまう。至急奪還しなければならない。この地方に居座る幹部級のズィーガー"バチ=アーキオータ"は気分屋だ。適当に壊して回っていたのだろう。数こそ多いが、まだそこまで強力なズィーガーがこのコロッセオにはいないせいぜいいたとしてもA級程度だろう。今がチャンスというわけだ。」

 ズィーガーは、強さによってDからSまでの階級が付けられる。今回初任務として対峙した巨大なズィーガーは、階級でいうとC級にあたる。その中でも、各国にそれぞれ侵略を繰り広げている7体の幹部級のズィーガーには皆S級の更に上である"アーキオータ"という称号が与えられる。まだ名前もない大型のC級ズィーガーに手こずる今の状態では、歯が立たないだろう。

「僕たちがその競技場に向かっている時って、ここは大丈夫なんスか?」

「問題ない。この地下壕には見張りの防衛兵を手配している。」

 リンドヴルムの兵科には大きく分けて4種挙げられる。

 主に索敵や討伐を行う討伐班。戦闘を得意としている兵科だ。この討伐班の中でもいくつか分かれており、偵察班、戦闘班、護送班等色々ある。アヤメたちが属するのは戦闘班で、大概の支部長は戦闘班に属している者も多く、人気が高い兵科だ。

 隊員の救助や治療を行う衛生班。領地の防衛や敬語を行う防衛班。支給品の調達や情報伝達、物資の供給等の雑務を行う調達班。ここで連続して任務を出すということは、この討伐班の至急に出せる人手がいなかったということだろう。

「よし、時間は待っちゃくれない。準備が整い次第向かうことにしよう。コロッセオでの動きは同中に移動しながら説明する。」

 解散後、各々準備を始める。アヤメは先ほどの任務で消耗した銃弾の補給をし、更に携帯用の医療品などの小物を出張購買から購入する。シオンやカグラは武器の手入れ、ウグイスは小道具の整理をしている。戦闘中にどんな事態が起来ても対応できるようにしておくことが勝利に導くのだ。

「シオン、準備完了です。」

「同じく、カグラもOKです。」

「アヤメ、準備が整いました。」

「ウグイス!いつでも戦えまっス!」

 クサナギの前に4人が整列する。隊列や規則についての知識は訓練学校で叩き込まれている。乱れもなく4人そろって敬礼を行った。

「よし。行こう。これから先、一瞬でも気を抜いた奴はその場で置いて行かれる。その覚悟で進め。」

「はい!!」

 溢れ出る灰色の光に向かって、5人は飛び込んだ。



【2.セラピア・コロッセオ】


   ─ 1 ─


<ラルウァ地方 西G53大通り>


 アネシス大地下壕とセラピア・コロッセオをつなぐ道、西G53大通り。そこは昔の面影などは何一つ残っていなかった。

 一直線に伸びていたアスファルトの道は、ズィーガーによって見るも無残に破壊されまるでささくれのように捲れ上がっている。アヤメは、改めてズィーガーの力強さを身に染みて感じた。セラピア・コロッセオまで直線距離は20キロとクサナギは言っていたが、小型とはいえちらほらと見えるズィーガーもいる。実際にはもう少し遠くなるだろう。

「そういやさ、アヤちんとウグちんってなんでリンドヴルムに入ったの?」

 移動中、周りにズィーガーがいないこととクサナギが先に様子を見に行っていることを確認し、カグラがきいてきた。

「先輩。任務中の私語は……。」

「大丈夫、大丈夫。ずっと緊張状態でいても、余計に体力を消耗しちゃうだけ。たまには息を抜かないと。」

 カグラの言っていることも一理はあるが、どうしても訓練学校での教訓が邪魔をする。

「んー。確かにそっすね。俺は、ただこの職業に憧れてたっていうか……。」

 先に切り出したのはウグイスだ。悔しいことだが、アヤメよりウグイスの方が調和性は優れている。すぐに調子に乗る悪い癖さえ直れば、彼はいい線まで上り詰めることができるだろう。

「憧れ?」

「ええ。僕は、正義のヒーローになりたいんです。困っていたり弱っている誰かを助け、悪を成敗する。誰かのために命を張って、それでみんなを笑顔にできるのなら、これ以上無い喜びじゃないっスか。」

「へぇー。かっこいいじゃん。じゃ、早くうちらの領域まで腕を上げないとね。」

「んなこと分かってるっすよ!!アヤメさんはどうなんスか?」

「あ、そうそう。首席で訓練学校を卒業している位なんだから、何か理由があるんじゃない?」

「私は……。」

「何ぼさっとしてんだ。早くしないと置いていくぞ。」

 そのまま言葉を続けようとした瞬間、シオンがこちらに向かって声を飛ばした。きっとクサナギが周辺の確認を終えて戻ってきたのだろう。内心助かった。

「あらら、じゃまた今度の機会ね。」

 私がリンドヴルムに入った理由を話せば、皆の士気にも影響が出てくる可能性だってある。そう易々と話せる内容じゃない。

 銃を握る手の力が、さっきよりも強くなる。



   ─ 2 ─


「さてと、着いたな。ここがセラピア・コロッセオだ。」

 隊員たちは茂みに隠れてコロッセオの外観を眺める。流石は国際競技場といったところか、一点では見渡せないほどに広い。ここがズィーガーの巣窟となっているのならば、かなりの数となるだろう。

「作戦のおさらいをしておこう。皆、少し寄れ。」

 クサナギの呼びかけに一同が寄る。

「偵察班によると、このコロッセオの出入り口となる場所は、全部で3つ。メインの競技場につながる中央の出入り口、東西の観客席や選手たちの小部屋等の各種スペースにつながる出入り口だ。他にも出入り口はあったらしいが、既にもう塞がれているみたいだ。ここまではいいな?」

 一同は無言で頷く。声はなるべく発さない方がズィーガーに気付かれないからだ。

「今回の掃討だが、厄介なことに奥にズィーガーを生み出す母体がいるそうだ。そこを叩かないと根絶やしにすることは不可能。ましてやそこに行くには尋常じゃない量のズィーガーが押し寄せてくるだろう。」

 改めて全員に緊張が走る。皆が一撃必殺を持っているわけではないが、一度アヤメは大型のズィーガーと戦っている。そのような奴も恐らく出没するだろう。少人数でこの中に入るという行為がどれほど危険な行為なのか、それはもう考えたくもない。

「そこで、俺が散香灯を持って中央口から競技場の中に入り、一斉に注意を引く。お前らは先ほどの班に分かれて左右の出入り口から頃合いを見て潜入し、奥の母体を索敵し、排除しろ。」

 散香灯とは、ズィーガーの気を引くための用具だ。ズィーガーの嗅覚を程よく刺激する物質を散布する。普段は退避用に使用される用具だが、今回は一点に集めて侵入しやすくする目的で使用する。

「念のためもういちど聞っスけど、クサナギさん。大丈夫っスよね?」

 恐る恐るウグイスがクサナギに聞いた。全員の目がクサナギに行く。すると、クサナギの口角が上がり、全員の肩を抱く。

「俺のモットーは"全員生きて帰還"だ。お前らも死なせやしないし、勿論俺も死なない。多少の雑魚は漏れてそっちに行くかもしれんが、強そうなやつらは絶対にそっちにも行かせんし俺と対峙したことを公開させるくらいに叩きのめしてやろう。だからお前らは安心して行ってこい。」

「分かりました。」

 そして全員が指定された位置に移動すると、無線の電源が付く。

『よし、お前ら。必ず生きて帰って来いよ。俺らリンドヴルムの力を思い知らせてやろうぜ。』

「イエス、サー!!」

 4人が声をそろえて返答を行うと、中央口から轟音が聞こえ来た。きっとクサナギが扉を豪快に蹴り飛ばしたのだろう。

「ウグちん。さっきさ、クサナギ隊長は大丈夫かって質問したでしょ。」

「あ、はい。つい心配になっちゃって……。」

「隊長は絶対に大丈夫。だって……。」

 カグラはウグイスに笑顔を見せる。

「クサナギ隊長はリンドヴルムで一番強いから。」


 5分程度経過後、アヤメとシオンは西の出入り口から建物内に潜入した。

「よし、予想通り誰もいないみたいだ。このまま進もう。」

「はい。」

 物陰に隠れながら、二人は隊列を乱さずに進んでいく。階段を上った直後に建物内の見取り図があった。

「さっき入ってきた入口がここだな。」

「そうみたいですね。このまま進んで行けば奥に行けそうですが……。」

「だな。ここでじっとしているわけにもいかない。進んでいこう。」

「承知いたしました。」

 ここから先は、観客席の周りを囲むように作られた通路を通らなければならない。物陰となるものも少なくある程度の幅がある為、ズィーガーに見つかりやすい。出くわしたら戦闘は避けられないだろう。

「ちょうどここをまっすぐ行けば下につながる階段がある。恐らくその下に今回の標的はいるだろう。」

 直後、競技場からズィーガーの雄叫びが聞こえてきた。

「これって、私が対峙した……。」

「みたいだな。それに、レーダーの反応からすると複数いるぞ。」

 アヤメはレーダーを見る。クサナギであろう緑色の点の周囲に、おびただしい量の赤い点が存在していた。自分だったらとっくに死んでいるだろう。やはり人類最強という栄冠は伊達ではない。

 暫く道なりに進んでゆく。途中小型のズィーガーに何回か遭遇したが、問題なく倒すことができた。

 そのまますんなり奥に行けばこっちもラッキーなのだが、2人は新たな問題に直面する。

「やはりそう簡単にはいかないか。」

「完全に塞がってますね。」

 通路が瓦礫で塞がれてしまっていた。瓦礫の山は天井まで届いており、このままではどうやっても通過することは出来ないだろう。

「どうします?どかすことは出来そうですが……。」

 シオンは首を横に振った。

「いや、ズィーガーの形態は多種多様だ。特に母体型のズィーガーは戦闘の能力がなく、周囲に感知器官という根のようなものを張り巡らせてテリトリー内の敵を見つけ出そうとする奴らが多い。仮に塞がれていなくとも、下手に瓦礫をどかしてしまうとその中に感知器官があったらせっかくの陽動作戦が台無しになっちまう。ここは慎重に迂回するのが得策だろうな。」

 流石はエリートだ。現場での状況把握と瞬時の判断をわかりやすく説明してくれる。ズィーガーの種類についても訓練学校ではしっかりと学んだはずだが、あくまで基本的な知識に過ぎない。専門的な知識は、場を経験していかなければつかないだろう。

「なるほど。勉強になります。そうすると、このドアを開いて観客席を通る道を進んでいく以外の道はなさそうですが、ホールと直結しています。なるべく見つからないような動きはしますが、報告は必要だと思います。」

「その通りだ。アヤメ、練習がてら無線を入れてくれ。」

 アヤメは即座に無線のスイッチを入れ、報告を行う。

「こちらシオンチーム。通路に瓦礫あり。観客席を通って迂回を行う。」

 無線の報告は、必要最低限の情報のみを通達する。

『オーケー。なるべく注意を引き付ける。速やかに進め。』

 即座に返答が来た。2人はその指示に従い観客席に向かう。


 観客席に入ると、予想していた以上に凄まじい光景がアヤメの視界を飲み込む。

 レーダーが表示していた数よりも多いのではないかと錯覚してしまうほど無数のズィーガーが、クサナギの周囲に群がっている。アヤメが驚いたのはそこではない。それと同じ数の無数のズィーガーの残骸が辺りに転がっていたのだ。その中にもA級のズィーガーもいるであろう戦況の中、クサナギの表情は特に変わりはなく、ただ淡々と迫りくる無数の攻撃を紙一重で躱し持ち前の刀で次々と切り伏せていく。なるほど、これが人類最強か。どおりで心配する必要はないと自信を持って行っていたわけだ。

 散香灯の効果も抜群で、ズィーガーがこちらに気付く様子もない。アヤメたちは難なく観客席を抜けることができた。

「あの状況で一瞬で無線を返してくるクサナギさんは、やはりバケモノと言ってもいいな。俺でもまだ到底真似出来ないよ。」

 シオンは苦笑いをしながらクサナギを褒めたたえる。普段任務中は表情を変えないシオンがここまで言うほどに彼の実力はすごいのだろう。

『こちらウグイス。中型と接触。恐らく新しく母体から産み出されたかと。』

『了解。すまないが対処してくれ。』

『承知。』

 カグラのチームが中型ズィーガーと接触したようだ。母体も危険を察知したのか、こちら側の通路にも感覚器官を数多く伸ばしている。まるでスパイ映画に出てくるレーザーポインターの様だ。

「こりゃ、麻酔を打った方がいいと思うが。アヤメはどう思う?」

「これくらいの密度であれば、問題なくかいくぐれるかと思います。下手に麻酔を打っては相手を刺激しかねない。この手の麻酔は霧状タイプ、つまりはガスマスクの着用が必須となります。打つことで視界が悪くなるのに加え、ガスマスクによって制限されます。それに、カグラ先輩たちは戦闘後です。万が一傷を負っていたとしたら麻酔の粒子が傷口から侵入してしまう可能性もあります。ここは撃たずに切り抜けたほうがいいと思……。うひゃっ!?」

 アヤメの答えに満足したのか、シオンがおもむろにアヤメの頭をポンポンと叩き、撫でた。

「さすがは主席、適切な判断だ。じゃ、このまま進むぞ。くれぐれも感覚器官には触れるなよ。」

「……っ!!……承知いたしました。」

 彼には特に何も意図なく行った行為であろうが、アヤメにはなぜか懐かしく感じた。頭を撫でられるのは、随分と久しぶりだ。それに、撫で方が同じだった。

 あの日私を庇ってズィーガーに丸飲みにされた、私の兄である|岸頭茜<きしとうあかね>と。

「どうした?早く行くぞ。」

「すみません!」

 アヤメは我に返り気持ちを切り替え、シオンの後を追う。


「ふぅ。生まれたてにしちゃ案外手こずったね。Bってとこかしら。」

 カマキリのような姿をした中型のズィーガーは、頭に槍を突き刺され力なくその場に崩れ落ちる。周囲の壁には、ズィーガーの爪痕がえぐるように生々しく残っている。

「カグラさん、ナイスっス!!」

「ウグちんのアシストも良かったよー!」

 ウグイスは、背中に大きな巻物を模した道具箱を背負い、中から手裏剣などの投擲武器や爆薬などを駆使して戦うアシストタイプの戦闘スタイルだ。カグラの槍に合わせて毒付きの区内を投げてズィーガーの動きを制限し、すきをついてカグラがとどめを刺した。

「シオちん達は、もう結構奥に進んでるかもしれない。急ぐよ。」

「ウィッス!!」

 アヤメほどではないが、ウグイスも訓練学校時代は上位の成績だ。戦闘中にもカグラの動きを観察しそれを参考に自身の戦闘にも組み込む。吸収力なら自信がある方だ。

「こりゃ、めんどいね……。」

「うわー。スパイ映画みたいになっちゃってますね。」

 シオンチームと同じく、東側の通路にも母体の感覚器官が網目のように張り巡らされていた。すかさず、ウグイスは道具ポケットからガスマスクと麻酔灯を取り出そうとする。

「ウグちん。たぶんあっちはこれを何も使わないで潜り抜けてる。」

「えっ!?」

「建物内だから麻酔灯なんて使ったら籠っちゃうし、使ってたら臭いでわかる。恐らく、シオちんたちは戦闘を終えたこっちの心配と今の状況を考慮して使用しないで潜り抜ける作戦を選んだんだね。」

「ってことはこれを潜り抜けていかなきゃダメってことっスね?」

「ご名答。ほら、特選組だったんでしょ?これくらい何とかなるって!!」

「ひぇー!!了解っす!!」

 感覚器官の戦場網を潜り抜けて駆ける中、カグラはふと考える。

 間違いない。この麻酔灯を使わない判断をしたのはアヤメだ。クサナギ隊長ほどではないが、シオンは自身の実力が他の兵と比べると群を抜いて強い。このような状況の場合、麻酔灯を使用して秒で標的を始末する手段をとるだろう。ただ、今回の任務はチーム戦。仲間の実力を配慮して行動を選択しなければならない。新人教育の一環として、恐らくシオンは自分だったらこうするとチーム戦ではすこし間違っている意見を述べたうえでアヤメに手段を択ばせる。ましてや剣聖の意見だ。大半の新人はその意見に従って麻酔灯を撃つだろう。自分でも打つ。しかし、アヤメはそれに反発して自身の意見を通し、麻酔灯を撃たないと決断した。

(こりゃ、あたしもあんまりうかうかしてられないかもね。)

 くすっと笑い、ウグイスの方を見る。ウグイスもなんとかこっちのペースに追いついている。考え事をしていたため自分のペースで着てしまったが、感覚器官に触れずにこちらのペースについてこれる新人もそうそういない。

「よーし!このまま突っ切るよ!」

「承知っス!!」

 今年の新人は、期待できそうだ。



   ─ 3 ─


 セラピア・コロッセオの最奥地にあたる地下の大倉庫は、予想通りに散乱していた。

「アヤメ、下に転がっている小物に足を取られるなよ。」

「はい。気を付けます。」

 周囲に警戒しながら奥へと進む。幸い、強敵になりそうなズィーガーはクサナギが相手をしているようでここにはいないようだ。

「他の出入り口は母体の根によって塞がれているようだ。後ろに回り込まれないように細心の注意を払え。」

「承知。」

 上で激戦が行われているとは思えないほどに、周囲は静寂に包まれている。それほど防音や衝撃に強く設計されているということだろうか。

「止まれ。」

 シオンがアヤメを手で制し、支柱の陰に隠れた。

 指をさす方向を見ると、2体のズィーガーがいることが確認できた。1体は言わずもがな母体だと思われるズィーガーだ。天井と床をつないでいるかのように引っ付いており、中心が丸く膨れ上がっている。もう一帯は母体のガーディアンだろうか。3つの目と思われる発光器官と、筋骨隆々の引き締まった4本の腕と2本の脚。そして鞭のように|撓≪しな≫る丸太のような太い尻尾。外見からしてもかなりの強さを持った個体であろうことは間違いないだろう。

「俺が奴の注意を引く。その間に母体の"エルツ"を壊せ。」

「承知。」

 ズィーガーの心臓である"エルツ"。それは水晶のように透明で、ダイアモンドのように固い物質だ。しかし、瞬発的な衝撃に弱く、手榴弾などの爆発にはめっぽう弱いという特徴を持つ。

 銃弾を貫通性の高い球から着弾時に小爆発を起こすものに切り替えた。いくらシオンだからといって安心をしてはいけない。母体を速やかに破壊し、シオンに加担するというのが最善の選択だろう。

 聴覚は発達していないのか、敵はまだこちらに気付いていない。畳み掛けるなら今がチャンスだ。

 シオンもそう思っていたのか、アヤメと目が合う。両方の考えが一致していることを確認し、頷いた。


 最初に飛び出したのはアヤメ。母体目がけて撃つ。見事に母体に突き刺さった銃弾は、爆発を引き起こした。しかし、一撃では仕留められなかったようで、本体であろう中心の膨らみが上下に動く。

 ガーディアンのズィーガーが雄叫びを上げた。周囲の防音設備によって音が反響し、直接脳を揺らす。アヤメは、耐えきれずに耳を塞いでしまった。

 察知したシオンがすかさずフォローに入る。ガーディアンに接近して大剣を振り上げる。ガーディアンは片手で防ぎ、カウンターを仕掛けようとシオンに拳を振り下ろした。難なく避けたシオンはそのままガーディアンと肉薄し、激しい攻防戦を繰り広げる。

 アヤメは体勢を整える。地面に転がる競技用具を見極め、接近ルートを見出し、母体目がけて走った。空気を潜り進むかのような音が耳を通り過ぎてゆく。その間、約3秒。ガーディアンがアヤメの接近に気付くも、その一瞬の隙をついてシオンがガーディアンの腹部に大剣を喰らわせた。ジェットエンジンによってガーディアンは母体に遠ざかるように吹き飛ばされる。

 アヤメはシオンのフォローの末に母体に近づくことができた。

「吹き飛べ!!」

 銃口を膨らみに突きつけ、思い切り引き金を引く。勢いよく発射された弾丸は、母体の肉壁に深く突き刺さり、中核に達した。そして、弾芯内に込められた薬剤が反応して爆発を引き起こす。

「……!?」

 しかし、その爆発はただの爆発ではなかった。最後の抵抗なのか、母体は大きく膨れ上がる。すかさずアヤメは母体から遠ざかった。

 風船のように膨れ上がった母体が一気に破裂する。すると、気負いよくエルツの破片と思われるものが飛散した。

「何っ!?」

 想定外のことだったのか、シオンも驚く。こちらに向かってくるエルツの破片を大剣の腹で薙ぎ払い、後ろを向く。まだガーディアンは生きており、体勢を整えた直後だった。

「ぐっ……。」

「アヤメ、大丈夫か!?」

 被弾してしまったのか、アヤメは出血した左手の甲を抑えて表情を曇らせている。彼女の利き腕は確か左腕。これでは戦闘に支障が出てくるだろう。

「ちっ!下がっていろ!!」

 母体を破壊されたことに怒りを覚えたのか、ガーディアンが再度雄叫びを上げアヤメ目がけて走り出した。すかさずシオンはジェットエンジンを利用して急接近し、ガーディアンの前に立ちはだかる。

 ガーディアンは尻尾をシオンに叩きつける。うまくエンジンを使用して衝撃を相殺し、受け流した。休むことなく繰り出される連撃に、シオンはただ攻撃を受け続ける。

 目の前にいるガーディアンは、かなりの強さだ。とてもじゃないが、手負いの新人では対処できる相手ではない。母体を破壊したアヤメにガーディアン標準が合わさっている今、何かいい手はないかと考えている瞬間だった。

 トトトトトッ。

 ガーディアンの首筋に大きい巻物が叩き込まれた。ウグイスの最終兵器"大黒天"だ。入れ物である巻物に持ち手を繋ぎ、ハンマー状に仕立て上げた武器で、動作は遅いもののその破壊力はシオンの大剣に引けを取らない。

 大黒天の端が爆発を起こし、ガーディアンを吹き飛ばす。ガーディアンは壁に打ち付けられ、悶えた。手裏剣が飛んできた方向を見ると、そこにはカグラとウグイスがいた。

「最高にナイスぞ、お前ら。」

「正義のヒーロー、推算っス!!!」

 シオンとウグイスがガーディアンに注意を向けている中、カグラがアヤメに近づく

「アヤちん、大丈夫?」

「はい、大丈夫です。止血と応急処置が完了しました。」

 アヤメは怪我をした部分をカグラに見せ、全ての指を屈曲・伸展させて問題ないことを伝えた。多少は痛むが、戦場ではそのような甘えたことは言えない。即座に戦線復帰を行う。

 そして、ガーディアンが再び体勢を整え、咆哮を上げる。緊張が再び周囲を支配する。

「お前ら!相手の強さは限りなくSに近いA級だ。気を引き締めろよ!」

「応!!」

 4人は再度ガーディアンに向き合い、駆け出す。



   ─ 4 ─


「いい運動になったな。」

 競技場は、ズィーガーの残骸で埋め尽くされていた。

(これほどの量を相手にしたのは久しぶりだ。まったく、本部の連中もとんでもねぇもんを寄越してきたな。)

 残骸に腰を掛け、クサナギはため息をつく。

 何とか散香灯の効果時間内にズィーガーを殲滅できたが、歳をとってしまったが故に息を少し切らしてしまった。

「やれやれ、流石に引退を考えるべきか?」

 衣服にこびりついたズィーガーの肉片を払いながら、腰を持ち上げる。無線からの連絡は来ていない。これから予想できるのは、任務が順調に遂行できているか全員しんだかのどちらかだ。後者についてはシオンとカグラがいるため考えなくてもいいだろう。

「にしても、今年の新人は感心してしまうな。」

 アヤメ。適切な判断とそのエリートも舌を巻くほどの身のこなしは、流石と言ってもいいだろう。

 ウグイス。吸収力と適応力の高さはアヤメよりも高い。将来に十分に期待できる。

「しかし、心配でもあるな。」

 どちらにも言えることだが、恐怖心が薄い。新人にしては非常に優秀だが、まだまだ動作に無謀さと軽薄さが見える。

「それに……。」

 いや、考えても仕方のないことだ。

 クサナギは、溢れ出てくる心配の思いを心に押し込め地下へと向かう。



   ─ 5 ─


「せい!!」

「やぁ!!」

 シオンがガーディアンに向かって大剣を振り下ろす。それを防いだガーディアンの腹にカグラが槍を突き立てた。

「ギャオオオオオオ!!」

 二度も壁に打ち付けられているためか、ガーディアンの動きは緩慢だ。槍は億深くへと突き刺さる。

 振り払うように腕を振り回すのを見切り、二人は後ろへと飛び退く。

「そこっ!!」

「ハアッ!!」

 すかさずアヤメとウグイスが貫通弾と毒付き苦無を放つ。その行先は脚。機動力を失わせ一気に畳み掛ける作戦だ。

 右足を銃弾が貫通し、左足に苦無が刺さる。耐えきれなくなり、ガーディアンは膝をついた。

 追撃をするように、アヤメは銃弾を爆破弾に切り替えて即座に撃つ。アヤメの早打ちは0.23秒。申し分ない速さでガーディアンに銃弾の雨を降らせる。

「やああああ!!!!!」

 カグラは掛け声を上げたアヤメの姿を見て若干の異変を感じた。


 もっと。もっと。もっと。

 その体の塵、一つも地面に落とすことなく消し炭にしてやる。

 何発も何発も何発も何発も何発も。

 痛みを忘れているのか、撃ち続けるアヤメの左手に撒かれた布から血が噴き出ている。

 そう。アヤメから滲み出ていたのは、正義でも、本能でもない。


 復讐。

 ただそれだけだ。


 残弾数が無くなったのか、カチカチと乾いた音が周囲に鳴り響く。既にガーディアンは虫の息だった。

「今だ!」

 シオンが号令を出し、ウグイスと同時に飛び掛かる。シオンのジェットエンジンとウグイスの大黒天がガーディアンの頭に当たり、盛大に爆散した。エルツも当然ながら粉々になっている。

 アヤメは我に返り、その場に膝をつく。近くにいたカグラが肩を貸す。

「お疲れ。」

「あっ、ありがとうございます。もう少し、体力をつけておかないとだめですね。」

 ふっと微笑むアヤメを見て、カグラは安心した。

 大丈夫。この子はまだ|囚われていない≪・・・・・・・≫、思いが強いだけ。

 アヤメがなぜリンドヴルムの兵士になったのかの理由も、大体予想は出来た。

「よーし!帰ったらステーキっスね!!疲れたぁー……。」

「ま、入隊祝いだ。それくらいなら2人に奢ってやろう」

 ウグイスはガーディアンに張り合うほどの喜びの雄叫びを両手を高く上げ、背伸びをする。その元気を分けてもらいたいくらいだ。



【3.成功の宴】


 セラピア・コロッセオの奪還は成功に終わった。西F11地区の住民たちは無事護送され、今後は防衛班も投入されることとなるだろう。



<ラルウァ地方 北M68ハイウェイ>


「しかし、いきなりこんなやばい案件を入れられて、よく俺たち生き残れたよな!!やっぱり俺らってすげぇのかな?」

 支部に戻る送迎車の中、ウグイスは任務後にもかかわらずはしゃいでいた。

「あまり調子に乗るな。すぐに足元を掬われるぞ。」

「アヤメさん、厳しいっスよ!!成功直後くらいパーッとしよーぜ!パーッと!」

「どっちもどっちだな。」

 シオンはため息をつきながら車の外を眺めている。本部に戻る道"北M68ハイウェイ"。もともと人間側が占拠しているために道中の危険はほぼ皆無といっていいだろう。各々が休息をとり、報告のために本部に戻る。

 アヤメは、左手を見た。動かすとまだ少し痛むが、血は止まっている。戦闘時に無理をしてしまったがために少し治りが遅くなった可能性はあるが、この様子だとそこまで時間はかからないだろう。

「痛む?」

「あ、いえ。これくらいなんともないです。」

「そう。」

 カグラは、隣に座っているアヤメを気にかけていた。

 ガーディアンの討伐直後に一瞬だけアヤメに肩を貸したが、体重のかけ方に違和感を持ったのだ。まるで病にかかったかのような気怠さを体重に上乗せしたかのような、不自然な重さ。しかし、今は何事もなかったかのようにケロリとしている。あれは一体何だったのだろうか。

「そう言えば、話してませんでしたね。」

「え?」

 アヤメが、外の景色を眺めながら口を開いた。

「私が、リンドヴルムに入隊した理由。」

「ああ!そういえば聞いてなかった。」

「お、待ってました!!気になるぅ~!!」

 シオンは目を閉ざしている。どうやら仮眠を取っているようだ。

「家族を殺されたんですよ。ズィーガーに。」

「……。やっぱりね。」

 ウグイスは聞いてはいけなかったかのような表情をしている。もう、隠しても仕方のないことだ。訓練学校では悲劇のヒロインに様な扱いをうけたくもなかったので、理由は一切他の人に話はしなかった。だが、リンドヴルムの兵士となった今、同じような理由で隊員となっている人間は少なくないだろう。

「母は心臓を一突き、父は真っ二つ。兄は丸飲み。全員私を庇って死んでいった。」

「なんか、アヤメさんの理由を聞いてると俺の理由がアホらしく見えてきた……。」

「いや。正直に言うと、ウグイスのことは羨ましいと思うし、尊敬もしている。私は、正義のために戦うような真っ当な人間にはなれない。ただ怒りと復讐を燃料として戦い、生きているだけだ。惨めなのは私だ。」

「アヤメさん……。」

 ここは、先輩として何か声をかけてあげなくてはならないところだろう。だが、些細な言葉で彼女を傷つけてしまう可能性だってある。カグラは、何も言うことが出来なかった。



<????地方 ????>


「ほう、セラピア・コロッセオが落とされたか。」

 玉座のような椅子にふんぞり返る巨漢。その膨れ上がった腕は、鉄骨もいとも簡単に折り曲げてしまうだろう。

 バチ=アーキオータ。7体の幹部級"アーキオータ"を冠するズィーガーだ。報告に上がった小型のズィーガーも、階級でいえば小型ながらもAはくだらないだろう。

 ズィーガー同士の会話は、電波信号を送受信しながら行われる。アーキオータやS級ともなれば知能も人語を理解して話すこともできるが、他のズィーガーは電波信号でしか会話をすることができない。

 バチは、小型ズィーガーの報告を静かに聞く。

「なるほど。クサナギか。あいつが出ちまうとなるとそりゃ落ちるわな。」

 クサナギ。噂では何度も耳にしたことがある人間側の最強。報告も踏まえて、その実力はアーキオータ級と同等といっても過言ではないだろう。一度手合わせしてみたいものだ。

「ふむ。」

 バチは、小型ズィーガーの報告を更に聞き出す。何かを聞いたのか、その口角がみるみるうちにせりあがっていく。

「ぶわっはっはっはっは!!そうか!」

 その巨体が、動いた。



<ラルウァ地方 リンドヴルム:ラルウァ支部>


『間もなく、ラルウァ支部、ラルウァ支部に到着いたします。お降りの際は、忘れ物の無いようご注意くださいませ。』

 アナウンスによって目が覚める。どうやら眠っていたようだ。

「随分と魘されていたようだけど、大丈夫?」

「え?」

 額に手を当てると、汗が滲んでいた。よほど悪い夢を見ていたのだろうか。しかし、その夢は覚えていない。

「ま、疲れていたんだろ。さっさと自分の部屋に戻って休め。」

「は、はい。」

 送迎車を降り、荷台に詰めた荷物を受け取ろうとした瞬間だった。


「あ?れ?」

 アヤメは、力なくその場に倒れてしまう。



<????地方 ????>


「面白くなってきたじゃねぇかぁ!!!アヤメェ!!!」


 まだ物語は、始まったばかりである。


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