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神の息 人の息  作者: 藤雅
1/1

ひとつになるために

目が覚めた僕は、真っ白なタマゴの内側にいた。

宙に浮いた様な寝心地のベッドも、薄靄がかかったみたいにぼんやりと、白乳色に包まれている。

そのせいか、何だか目の焦点が合わず、僕はぼんやりと宙空に目を泳がすのが精一杯だった。

昨日着た服のままで横になっている僕は、一体何が起きて、どこにいるのかを思い出そうと靄のかかった頭を振るう。

するとその瞬間、真っ白なタマゴの、丸みを帯びた壁が、不意に音も無く開いた。

僕の目の前に歩み寄ってくる人影がある。

僕は、ぼんやりとした焦点で必死に人影を追う。

が、結局視界がはっきりとしないまま、僕は見知らぬ人影をもう手が届く側まで近づけてしまった。

「誰?」と口が開く前に、まだ焦点の合わない僕の目が、真っ白な空間に溶け込むプラスチックの様な女性を見つけた。

「お目覚めですね。」

美しい声が僕に言う。

「目がぼうっとするでしょう今照明を切り替えますからね。」

何を言っているのかわからない僕の耳に、次に聞こえて来たのはパチンと指を弾く音だった。

すると白乳色のぼんやりとした光が消え、代わりに真っ青な光が僕を刺した。

目の焦点がはっきりと合う。

目が本能的にプラスチックの女性を追う。

僕の目が、はっきりと僕以外の存在を捉えた。

「よく見えますか?」

と声をかける女性を見た僕は、なぜ彼女にプラスチックの様な印象を持ったのかをすっかり理解した。


僕は逃げる。

ここからも

そこからも

また逃げる。


消えてしまう前に

なにかを遺したいと喘ぎながら

また逃げる。


その果てには、

なにがあるのか

なにが待っているのか

わかっていても

それすらも、疑う


絶対なるもの

逃げる逃げる

果てには、なにがある

果ての先の無とは

一体

一体

逃げる逃げる

無なる不可思議な存在を求め

神はなぜ人を創ったか?

人はどこに行こうというのか?

死は本当に絶対なのか?


神の息・人の息 2


 僕の目の前に立つその女性は、美しかった。

完璧なまでの美しさを真っ青な光の中にさらしていた。

その美しさはまるで、まるでショーウインドーに凛と立つあのマネキンのままだったのである。

『よく見えますか?』の問い掛けには『美しい私がよく見える?』という自信が内在されていた。

ぼんやりと、いやまじまじとその姿を見回す僕に彼女が言う。

「今私の事を、この世のものと思えない位美しいと思ってくれているでしょう。」

見透かす様に、可笑しげに、そう言った。

僕は罰悪くそっと彼女の目を見た。嘲笑の視線を覚悟していたが、なんとその目は、陶酔とも言えぬ、えもいわれぬ、うっとりとした潤みをおびていたのだ。

「そんな目で見詰められるのは本当に久しぶり。もしかしたら生まれて初めてなのかもしれない。」

美しき女性の良き習慣である謙遜?にしては随分大袈裟だなぁなどと考えながらも侮蔑の視線からまのがれにホッとしていると続けて謎めいた事を言う。

「ドクターからはあなたに全ての事を伝える様に指示が出ているけど‥‥もう少しぐらいに愉しんでもいいわよね。」

何を言っているのかさっぱりわからない僕に彼女は同意を求める視線を送った。


神は何故僕を創ったのか

僕は何処へ行くのか。


神の息・人の息 3

「あの‥‥」

やっと口を開いた僕を彼女が遮る。

「嫌ぁ、お願い。何にも聞かないで、私まだ何にも教えてあげないの。もう少しだけ、もう少しだけこの称賛の空気を味わせて。」

何もそんなに必死にならなくとも、これだけ美しければ日々称賛されているだろうにと思いながら

も、つい従って黙り込む。

そしてあらためて彼女の姿を見る。

長身に白衣をまとった彼女は、にも関わらず黒猫の様なイメージを僕に浴びせる。

しなやかに長い四肢は、何処もバランス良く今にも弾け跳びそうだ。

しかし、こんな事態にあってなお、目の前の女性に興味のほとんど全てが向けられているとは、と自分に軽く嫌悪感を抱きながらうつむく。

おとなしく黙り込む僕をさすがに哀れに思ったのか、観念したかの様に彼女が口を開いた。

「ごめんなさい、そうよね目が覚めたらいきなり訳のわからない事になっているんですものね。私が愉しんでる場合ではないわね。」

何を今更と思いつつ黙って聞く。

「おそらくあなたが今、知りたい事の1番は、私の事ではなくて、ここが何処なのかという事ね。」

いや、実はそうでもないとの言葉を飲み込むと彼女は続けて言った。

「結論から言いますと、ここは‥‥。」

僕は固唾を飲んで彼女の言葉を追った。



神は貴女を創ってくれた

神は貴女と巡り逢わせてくれた。


神の息・人の息 4


「ここは、あなたのお部屋です。」

意味の無いざれ言を事もなげに言い放つ。

そして続けて言う。

「と言っても別に『今日からあなたのお部屋ですからご自由に』って言う意味でなく、ここはあなたのお部屋なんです。」

一瞬頭をよぎった言葉の遊びまで否定された僕は、戸惑いの表情を作るのが精一杯だった。

「正確に言うならば、『かつてあなたのお部屋があった場所』と全く同じ地点です。高度は違いますけどね。」


かつてって、高度が違うって、その発言から推測される状況が本当である確率は限りなくゼロに近い。

つまり嘘だ。

何故なら、いや言うまい

それは理論的に不可能。

「あーやっぱり嘘だって顔。さすがのあなたも、いきなりは受け入れられないか。でも今、瞬間的に凄い勢いで確率の計算してたでしょ。そんな顔してた。『量子力学的には、何がおきても不思議ではない。全ての事象が全く起こらないと完全否定する事はできない、絶対は無い事が絶対だ』ってあなたの口癖はどうしたの?。医者から神学者まで随分逆なでてたって話しよ。」

僕は、一瞬この事態を信じそうになった。

彼女が僕の口癖を言い当てただけの事で。

「あーまだそんな顔して、もう面倒だからこれを見て。古い言い伝えでこう言うんでしょ『百聞は一見にしかず』だっけ?」

それは‥‥言い伝えではなく、ことわざだと、言ってやろうと口を開きかけた時、指を鳴らす音が2回部屋に響いた。

瞬きをする間もなく部屋中の壁が透き通り、僕の目の前に初めて彼女以外の風景が飛び込んで来た。


その瞬間、全ての計算が僕の頭から吹き飛んだ。


この時僕は一体どんな顔をしていたのだろう。



絶対的な事


死は

全ての生命が共有する絶対と信じていた

小さき者にも

隆々たる者にも

弱き者にも

強き者にも

貧しき者にも

富める者にも

卑しき者にも

貴き者にも

病める者にも

猛き者にも


死だけが全ての者を分け隔てず、絶対的に存在すると信じていた

絶対は絶対無い

例外的に死だけは逃れられぬ絶対と

盲信的に‥‥・信じて来たが

無なる存在を意識した時

死への絶対が揺らぎ始める。


無と死

無を捉えられない以上、死への絶対をも疑う

無が有る事を証明出来ないうえには、無である死の絶対をも否定する

絶対

絶対

絶対



神は、神は一体何を見たいのか。

一体何を試したいのか。


神の息・人の息 5


「こ、これは、そんな馬鹿な‥‥。これが現実であるためには前提として‥‥‥。」

目の前に広がる信じ難い光景を何とか理解の範疇に引き寄せ様とする。

必死に言葉を探す。

しかし、結局僕は絶句するしかなかった。

そうね、この光景をあなたが見ている現実の大前提として捉える場合何が必要か、まずその事を受け入れることね。」


「タ、タイムトラベルだしかし、まさか‥‥。」

長い沈黙の後、僕はやっとの事でその言葉を絞り出した。

「あら、あなたが生きている時代の段階で既に理論上は実現していたわよね。」

「確かに机上では、理論上ではそうだけど僕はまだ構造上完全でないと考えている。」

「今もそうよ、構造上完全では無いわ。」

「だけどじゃあ僕が、過去からやって来たと言う現実をどう説明するの。」


「そうね、人類は比較的早い段階で未来へ行く手段を手に入れたわ。光速に近い速度とコールドスリープでね。いわゆる浦島太郎現象ね。今は開発当時より、だいぶ効率的になったけど基本は一緒。ある生命が単体もしくは数十数百の単位で時空を飛び越えるだけ。だからあなたのお察しの通り過去には行けないわ。そして利用価値についても懐疑的で積極的な活用は、表面上されてないわ。」

「それは理解できる。過去は、過ぎ去りし存在せぬものだからね。」

少し気持ちにゆとりが出て来た。

考える事を始めたからだ。

「じゃあ、なぜ僕は‥‥。」

今この時が現実なのか夢なのか、目の前に広がる光景を前にただ呆然としたがる気持ちを奮い立たせ拳を強く握った。



創造主は何故創造主か。

創造主の起源はいかに。


神の息・人の息 6


「そうね、それを理論的に説明するより、せっかく外見られる様にしたんだから外見よ。大体こんな時はみんな『これは夢だ』で片付けるから、まずそこから否定しよ。」

半分当たっているだけに何も言い返せなかったのと、外の風景への圧倒的な好奇心が僕を素直に従わせた。

「そうね、あなたの時代から余り姿を変えていない物はと。」

彼女はそう言いながら、透明になった壁に向かって、まるで魔法使いか指揮者の様に指先を振った。

すると壁の一部が風景をクローズアップした。

そのテクノロジーには当然驚愕したが、それよりもっと僕を驚かせたのは、映し出された風景だった。

遥か下方に見えたのは、僕の部屋からいつも見ていた、そして毎日歩いて通った中学校へとつなぐ急な坂道だった。

回りの設備、殊に照明や僕には理解の出来ない建造物はあるが、あの急坂の角度、そして坂の真ん中辺りで左に大きくカーブする感じは、まさに僕が中学生だったあの頃のままだ。

「どう?見覚えあるでしょ。」

その後彼女は、家のすぐ近くにあった縄文人の古墳跡や当時開通し今も経路を変えていない高速道路など当時の面影を残す箇所を僕に見せてくれた。

「この部屋は、だいぶ高いところにあるようだね。」

僕は、そう彼女に問いかける事で『これが夢ではなく現実なのだと理解した』と言うことを伝えた。

「そうね大体300メートル位かしら。」

「正確には350メートルだと思うよ。」

「えっ?」

彼女が怪訝な顔で僕を見る。

「あの高速道路の向こうに見える山の高さが350メートル、この部屋の床との角度と、さっきクローズアップされた時のフレームとの角度からするとここは、ちょうどその高さになるはずだよ。」

あの山には、幼い頃から何度も登った。

頂上に牧場のある山。

その山もまた姿を変えず、今僕の目線の先にいる。

「まぁ、あなただったらその位簡単に割り出すでしょうね。」

彼女は、さして興味もないわと言う様に手の平を上に向け、おどけた。 


どうしても解らない。

どうしても知りたい。


神の息・人の息 7


超高層ビルの一室から見下ろす世界にしばし食い入る。

思いの外、緑は残されている。

幹線道路らしき物は透明なチューブで覆われ、その中をカプセルが引っ切りなしに行き交っている。どうやら空気圧を利用している様でカプセルはわずかに宙に浮いているかに見える。

このビルの他にも一定の間隔をもって超高層ビルが建ち並んでいるが、その配列自体が幾何学的であり、そこからこれらの建造物が単一的ではなく計画的に造られたとの印象を得る。

ビルとビルの間にもまた透明なチューブは行き交い、そこから幹線道路にスムーズにカプセルが流れ込む様子は、いつまで見ていても飽きない。

窓の外に広がる世界は、まるで20世紀の子供達が図鑑を見て夢想した21世紀の世界。

平静を装うが、心の高ぶりを抑えられない。

きっと今僕は、新しいおもちゃを手に入れた子供の様な顔をしているのだろう。

急に気恥ずかしくなりそれを気とられない様に精一杯冷静に言う。

「良い物を見せてくれてありがとう。これでいくつかの事にある程度の見通しが付きました。ただ‥‥。」

「ただ?」

不安気な顔をする僕を彼女もまた不安気に見る。

「ただ、あなたの事をなんと呼んだらいいのかは解らないのです。」

ほんのわずかに間をあけて、彼女の笑い声が響く。

「アハハ、おっかしい、これだもの、これだからあんな事思い付くんだよね。あー変なの、おっかしい。」

大変失礼な事を言われているようだが、彼女の笑い声がなんだかうれしかった。

笑い続ける彼女が、指を3回弾く。

一瞬にして部屋が真っ暗闇になる。

突然宇宙に放り出されたような感覚に陥り、軽い目眩がした。






この瞬間、未来は何処にも存在しない。


次の瞬間、さっきまでの今は何処にも存在しない。


何処で待って居るのだろう。


何処に行ってしまったのだろう。



僕の前を通り過ぎるあなたは、そこに居て。


僕の前を通り過ぎたあなたはそこには居ない。


でもあなたは、いつも此処にいる。


過去~未来全てのあなたが














どうして?


そうなの?


絶対にそうなの?


どうしてそうなの?


絶対にそうじゃなきゃい


けないの?


どうして?


どうして?


誰が決めたの?


ねぇ誰がそう決めたの?

・・・・・



『神様よ』







神の息・人の息 8


 『絶対無』は物理学上、今は存在しない。

だからと言って物理学上の『無』と概念としての『無』とを同一に捉える事は無意味かもしれない。

また『無』=『死』として『無』が絶対でないのなら『死』もまた絶対でないと言う論法も乱暴であることも十分承知している。

だがそれを一笑に伏して微塵の違和感もないかと言えばどうしてもそうは思えないのだ。

また『無』が存在しない以上『無限』についても同様に疑わなければならないのではないか。

例えば今どうしてもイメージできず毎夜狂おしい思いをしているのは、光速で広がり続ける宇宙の果て、その果てがたどり着く前の一歩先の様子についてである。

一体何があるのだろう。

何もない『無』の空間なのだろうか。

それとも壁でも在るというのか。

押しやられた先にあるものは、一体どうなってしまうのだろう。

わからない。

どうしてもわからない。

僕の背中に光速の翼があればいいのに。

何処までも飛んで行ける『翼』がほしい。

不意に壁がモニターとなっり、そこに古ぼけた、そして見覚えのある日記帳が映し出された。


「覚えてる?あなたの日記帳よ。」



眩暈 神の息・人の息

すっかり陽が落ちて暗くなった家路を急ぐ。

プラットホームから改札までの階段を昇る。


階段を一つ昇る。

一段下にいた僕はもういない。


もう一段上がる。

次の瞬間にいるはずの僕を意識する。

と同時にいなくなった一段下の自分を意識する。

一段、一段、また一段。

階段の頂上から降りの階段に差し掛かった時、海からの風がまとわりついてきた。

風景がねっとりと油の様に絡み付く感覚。

軽い目眩と焦燥感の中で

時間と空間の流れを感じる。

眼前の黒猫が、街灯の下で漆黒の輝きを増す。

まるで宇宙そのものであるかの様に。

私は救いを求め彼女に手を差し伸ばすが、時の流れを止める事さえできなかった。


きっかけ?


きっかけなんてないよ。


思いつき?


思いつきというか‥‥‥

ゲームだよ!


神の息・人の息 9


 「覚えているよ。これはたぶん‥‥10才の時の日記だ。」

モニターには、僕の日記帳が映し出されている。

「あのねぇ10才の子供が狂おしく夜も眠れないってのはさ、せいぜいクラスのかわいい女の子のことやら近所の綺麗なお姉さんのことやらじゃないの?」

笑い声がや止み、呆れた様な顔で彼女が言う。

「いや、本当にわからなくて悩んでいたんだ。誰に聞いても納得のいく答えは出ないし、子供らしくないなんて言われたり‥‥生意気だって言われたり、だから誰にも答えを求めなくなって、自分の目で確かめたいと思ったんだ。」

感情が鮮明に甦る。

忘れない様に矢継ぎ早にその気持ちを打ち明けた。

「理解者がいないっていうのは辛かったわね。」

幼子を慈しむ様にそう言うと、彼女はモニターを消し部屋に明りを戻した。

「でも今の話しで私達の仮説がだいぶ絞られてきたわ、目を覚ましたあなたの人格についてはいろいろと議論が成されたの。面白くもなんともないものから荒唐無稽なものまでいくつもいくつも‥‥。今の所もっとも理想的な状況だわ。まだ油断はできないけれど現段階で異常は、あなたにも起きていない様だし。」

「僕の人格についての仮説?って。」

「そうよ。『肉体的存在と意識としての存在の特異検証』そして『人格の補完と多元性について』まだまだ課題はたくさんあるわよ。」

意味ありげに微笑みながら彼女が言う。

「どうやら昔を懐かしんでいる場合じゃ無いようだね。」

「そうよ、今のあなたの存在が大切なの。そしてとても危ういわ。」

彼女の目が今を引き戻した。


神よ!

我が身は何を成すために何処に行くために

創られたのでしょう‥‥


おねえちゃん!僕はいつか絶対パパ見たいになるんだ!

私だって絶対ママ見たいに綺麗になってパパ見たいに素敵な人と結婚するの。

僕だってママ見たいな綺麗なお嫁さんもらうんだ!


パパ見たいに


ママ見たいに‥‥

神の息・人の息 10

「どう?私の予想だとあなたは、そろそろ外に出たいとウズウズしている確率が高いんだけど。」

口癖を真似られて少し照れる。

「外に出ても大丈夫なの?」

「あなたがその好奇心を押さえられるのなら、ず~っとここにいて私の事見ててもいいけどぉ。」

彼女は意地悪くそして悪戯っぽく言う。


「い、いや‥‥。」

「あはは照れてる冗談よ。」

「いや、そうじゃなくてさっき外の世界を見せてもらった時も言ったと思うんだけど、いくつかの事にある程度見通しは、ついたけれど確証を得る為にはやはり実際に‥‥」

「何よ!私と一緒にいるのが不満だっていうの!」

この場合いやはり『君とここにいたい』と言った方が確率的によかったのか?と思案するが、

「いいわよ、それなら外に連れていってあげる。あなたも常態安定している見たいだし。」どうやら望ましい方向に話が進みそうなので黙って様子をみる。

彼女が再び壁に向かって指先を振る。

バイタルサインらしき数値がモニターに映し出された。全ての数値がブルーで表示されている。

おそらく平常数値なのだろう。

「あ~あ、まだこうしていたかったのになぁ‥‥もう!。あなたみたいな人の事を古い言い伝えで『ぼ・ん・く・ら』って言うんでしょ。このぼんくら男!。」

「‥‥‥。」

おそらくそれを言うなら『朴念仁』だろうが、状況的に使い方は間違っていないので聞き流す。

そして、この時代の国語教育に一抹の不安を覚えつつ言語の時代的変遷について考える。

「ちょっと!今別の事考えているでしょ!いつの時代の男も本当にもぉ~。」

時代を代表して『男』として非難される程典型的ではないかな、などと考えながらも当たっているので黙って容認するが、

「都合が悪いとすぐそうやって黙って!。」

なおも治まらない。

男女の事はあまり詳しくはないが、いつの時代もそうは変わらないようだ。


この先のこと?

そんなのわからないよ

どうしたいのかって?

‥‥‥‥‥‥‥‥。


それが知りたいから


『ゲーム』を始めたのさ


神の息・人の息 11


彼女は僕に背を向けることで、怒りを持続中であることを表現していたが不意にこちらをふり返りつぶやいた。

「椿姫‥‥。」

「えっ?」

「椿姫って言うの。」

怒りの様相から一転して小さな女の子の様にぽつりと言う。

初めに彼女を見た時の黒猫のイメージは内側からも発散されていたんだななんて妙に納得する。

「名前?」

「そう、名前よ。」

「う、美しい名前ですね。」

さっきまでの失態?を取り戻せればと、精一杯頑張って言う。

一瞬彼女の頬が明らんだ様に見えたが、次の瞬間には眉を上げきつい顔をつくった。

「‥‥いい!これから外に出るけど私は、他の『女』とは違うんだからね。そ・こ・は、ちゃんと押さえといてよ!ちゃんとね‥‥わ・か・つ・た?。」

「わ、わかりました‥‥。」

胸ぐらをつかむ勢いでまくし立てるが、何を言っているのかさっぱりわからない。

何がどう違うというのか・・・。

「全く男なんてすぐ見かけに騙されるんだから‥‥。」

何か嫌な思い出でも?と聞きそうになるのを危ういところで押さえる。

「じゃあ行きましょ。」

彼女が壁に向かって歩き出す。

すると来た時と同じ様に音も無く壁が割れた。

後について壁を通り過ぎると少し小さめの、やはり丸みを帯びた部屋があった。

部屋にはソファーと姿見そして何やら医療機器めいた洗面台とおぼしきものがあった。

「そこに座って」

言う通りにソファーに座ると、彼女がリズミカルに指を鳴らした。

部屋全体が横方向に動き出す感覚を微かに受けた。



肉体的存在と意識的存在

意識


意識?


意識とは一体何なのだろう。


乖離する意識


脳内の活動は電気的、化学的なものだと言う


意識とは電気的、化学的

存在なのか?


神の息・人の息 12

僕はソファーに座っている。まるでリビングでくつろぐみたいに。

ちょっと前に微かに浮き上がる様な感覚があったがそれ以外になんの変化も確認していない。

外に行く前にここで何か食べたりするのかななどとのんきに考えていた。

その間全くの静寂。

数秒後にその静寂を破ったのは、

「着いたわよ。」

という彼女の声だった。

「えっ?」

「だから地上に着いたっての。どうする?このまま移動する?それとも自分の足で歩く?」

事態が把握出来ない。

「あの、どう言う事なんでしょう。いつの間に地上に移動したんですか?」

「も~いちいち説明してたらこれから先大変よ。あのね、この部屋がカーゴって言ってエレベーターでもあり乗り物でもあるわけ。それでね‥」

初めは面倒くさそうにしていたくせに説明し始めると延々と終わらない。

要は、このカーゴというカプセル状の小部屋が各家庭専用のエレベーターとして設置されており、建物の中心部分と側面部にある空間を空気圧と風圧を動力として移動しているとのことであった。さらにビル自体の高さもエネルギーとして活用している。また側面にカプセルの移動空間があるためにさっき窓から直接見ていると思っていた風景は、実はモニターに写された映像だったのだという。カーゴの動きについては完全にシステム制御されており、内部は気圧調整により300メートル級の高低差も全く感じさせない。

驚くべき事は、このカーゴが、そのまま乗り物として表のパイプラインを走るということだ。

「どうする?」

呆気に取られている僕に

彼女がもう一度尋ねる。

「歩いてみたい。外の空気を感じてみたい。」

高ぶる気持ちを押さえながら彼女にゆっくりとそう告げた。


地獄の底から這い上がって来たぜ!


此処には天国も地獄も


過去も未来も全てある


なんて素敵な場所だろう


なんて甘美な瞬間だろう


神の息・人の息 13

「じゃあ行きましょ。」

高まる気持ちを受け流す様に事もなげに言うとさっさとカーゴから出てビルの通路を歩きだす。

もっとも彼女にとってはなんでもない日常に戻るだけなのだから当たり前か。

だがこの世界が初めての僕には、さすがに不安が残る。

「椿姫さん、あの‥‥」

「さんなんて付けないで椿姫でいいわ。」

「いや、でも呼び捨ては‥‥」

「椿姫"さん"!なんて変でしょ、椿姫って呼んで・・・。」

「ですが、呼び捨ては性に合わないんです・・・・!。」

待てよ、今『”さん”なんて変でしょ!』って言ったな。もしかしてこの時代には既に敬称が無くなってしまっているのか?

確かに言語は時代時代で変化する。変化の中で省略化されそれにより速く、円滑にしかも場合によっては的確に情報伝達出来る様になるが、まさか敬称まで省略化されてしまうとは驚きだ。情報伝達の高速化による変化なのだろうか。それとも平等に対する認識が進む中で時代的に具現化された結果なのか。敬意や親愛を表す美しき慣習まで無くなってしまうとは時代の流れとは冷酷なものだ‥‥。

過ぎゆく時に独り感傷的になる。

「呼び捨てじゃないわよ。」

「え?」

「だって名前は椿だもん。つ・ば・き、椿姫って言うのはね、私が小さい頃パパが『可愛い可愛い椿姫』って呼んだから椿姫なの。わかった?」

「は?はい?」

考え過ぎだった様だ・・・そして彼女の性格も計算に入れていなかった・・・。

なんなんだ一体、最大級の敬称じゃないか!

「でも、なんなら椿姫"様"でもいいわよ。」

おいおい・・・。

「あの、じゃあ椿姫何か注意することは‥‥」

すると一歩前を歩いていた椿姫が勢いよく振り返って言う。

「私と他の女を間違えないで!」

「‥‥‥?」

「わかった?」

「わかりました。」

あまりの勢いに気圧され素直に返事をしてしまった。

一体何だと言うんだ!

部屋にいた時からその事になるとやけにこだわる。他の女性がどうだっていうんだ。

と訝しい気持ちになる。

しかしこのしばらく後に、なぜ椿姫があんなにもこだわりを見せたのかが理解できる衝撃的な光景に出くわす事になるのである。






何故?

ウィルスは増殖しやがて宿主を滅ぼす

何故殺す必要がある?

何故共存しない?

生命はDNAの箱舟

遺伝子は最期に何を求めて命の箱舟を乗り換える?

永遠とも思われる程延々と

目的、目標、ゴールのない無作為な活動そして存在は有り得るのか?

何かが隠されている

何かが

いや、そうでなくきっと我々が認知出来ないだけなのだろう

踏み潰された小さな蟻は何が起きたかわからない

何にも知らないままに

誰かの意思、誰かの目的、求められるゴールに向かって

粛々と

粛々と

今日も明日も明後日も

いつまで続く?

いつまで続けられる?

どうしたら最期から逃れられる?


神の息・人の息 14

 しばし歩く。

意外にも動く歩道の様な機械化はされていない。通路を抜けるとちょっとしたショッピング街が広がる。

特に目新しい感じはしない。

ここに来て初めて彼女以外の人間を見る。

どういう訳か何等違和感を感じない。

彼女もそうだが服装に時代的隔たりを感じさせないのである。

よって元の時代のままの格好をしている僕も周囲から浮いた存在にはならないのだ。

しかし注意深く観察するとある特徴的傾向を発見した。

それは僕の知り得るあらゆる時代の服装が観察出来たの事である。

此処ではチョンマゲこそ見かけなかったが彼女によると着物に髷を好む集団もあるのだと言う。もっとも今この場に着物にチョンマゲ姿の集団がいたとしても映画か何かの撮影だと感じ不自然とは思わなかったかもしれない。髪型、化粧も服装にしかり、各時代の流行を各々に選択している様だ。何故この様な現象が起きているのかについては概ね僕の推測と彼女の解説が合致した。

この現象の立役者は、メディアである。こう言うと『なぁんだ』と思われるかもしれないが、実は興味深い事情があるのだ。人類が娯楽を求め延々と創り続けられる映画、テレビ番組。それらのバリエーションは無限とも思われる広がりを今も続けているが、なんとそれら有史以来全ての作品を各家庭でいつでも選択し視聴出来る体制になっているのだという。

新しいソースに比べ無限とも思われる過去の世界。そこからの選択に個性を求めて表現しているのだ。発展的とは思えないが無論そこから新しいムーブメントも生まれてはいる。

だがこの時僕は、この行き交う人の流れに本当はとてつもない違和感を覚えて怯えている事を意識下に置く事を拒んでいた。服装についての時代的考証に夢中になる振りをして僕は、潜在意識に昇らせるべき、ある違和感を意識的にか無意識の内にか避けていた。


今何を考えてる?


明日のこと


明日は何を考える?


明日の事よ


そうだね


明日の事を考えよう









神の息・人の息 15


 街行く人々は、過ぎ去りし過去に己を投影している。懐古主義が社会全般に行き渡った世界。

何も目新しい物を創り出さず、ただ過去に浸る。 その時代時代の輝きが、輝く事無く寄り合う街。それは僕の目に映画のセットの一部としか写らなかった。異質な、違和感のある世界。

「みんな夢中なの、まだ誰も目を付けていない時代の流行を探す事にね。」そう言いながら嘆く代わりの様に深いため息をつく。

僕は、嘆きのため息から逃れる様にショーウインドーのポスターに目をやる。

化粧品のポスターには艶やかに飾られた美しい女性が笑っていた。すぐに視線を元に戻す。

すると向こうからやってくる女性と軽く目が合いそしてすれ違った。

『えっ?』、僕はあわてて、たった今すれ違った女性を振り返って探す。

『今のはポスターの女性だ!』

すれ違った直後だったこともあってすぐに女性の後ろ姿を見つけられた。

そして僕は、その先の光景を見てやっと気づく。

さっきから街行く人の服装メイクを観察しながらずっと気になっていた違和感がなんだったのかを。

ポスターの女性。

すれ違った女性。

そして、すれ違った女性の向こう側から歩いてくる女性。

みんな‥‥みんな同じ顔をしている。

呆然と立ちすくむ。

「ちょっと!」

椿姫が僕の腕をつかみ先に進む。

逃げる様に僕の手を引き走る。やっと人波がきれたところで立ち止まると 息を切らしながら彼女は言った。

「好みの女性でもいたのかしらぁ?こんなに美しい女を連れて歩いているのに本当に失礼な人ね!」口元が笑っている。

「なぜ立ちすくんでいたのかわかっているんだろ!」

口元の嘲笑に抵抗する。






天国と地獄がある確率だってさ


いい線いってるね!


オイオイ「死んで見なければわからない」とか言ってるぞ


やれやれ‥‥そんな事言ってるのはおまえらだけなんだよ


まだまだ先かな?


此処までやってくるのは


神の息・人の息 16


「ねえ、そんなに怒らないでよ。あなたがあんな風にしてたら面倒な事になるから逃げて来たのに‥‥。」

めずらしく下手に言う彼女。さっきの美しい微笑みも嘲笑ではなく、困惑に満ちた僕の心をなだめようと見せてくれたのだろう。

「へたすると訴えられちゃうんだから。」

「訴えられる?」

「そうよ。自分のアイデンティティを守る為にね。」

「‥‥‥‥。」

彼女のキーワードから起こり得る現象について確率を求める。

「もうわかった?」

「何となく‥‥あの現象を現実と受け入れた場合にこの時代で起こり得る事態として一番確率が高いのは‥‥‥」







どうしてこんなことになったの?


誰も止められなかったの?


誰も止めてあげなかったの?


どうして?


どうして教えてあげなかったの?


審判は最期に下るって事をさ


神の息・人の息 17


「整形‥‥美容整形だ!」

「う~ん‥‥正解よ!ロボットだとかクローンだとか言わないところがさすがね!」

茶目っ気たっぷりにおどけて言う彼女の目が一瞬鋭くなる。

「正解までのタイムラグが興味深いわ‥‥。」

微かな囁きを捉えるが聞こえないふりをする。

「発達した美容整形よ。それはもう完璧と言ってもいいわ。」

「訴えられるって言うのはオリジナルの主張についてだと捉えてていい?」

「そうね、でも大体は、版権登録してあるから無駄な抵抗なんだけどね、面倒なのは侮辱罪とか感情権の侵害ね。」

「感情権?」

「そう、『何人も他の感情の平和を公共の利益または自らの真に守るべき利益若しくは対象となる個人の真の利益及び対象となる者の真の平和の保護の為以外に侵害してはならない』ってね。まず実刑になることはないんだけど用はプライバシーの保護とか中傷の類とか虐待とかを弱抑制する効果はあるわ。だからあんまり過ぎた言動とると訴えられるの。アバウトな罪な割に刑期が長いから大体はちょっとした慰謝料払って訴え取り下げてもらうのがパターンだけどね。」

「版権って、顔の登録商標みたいな事?」

「そうね、美容整形の医師か、デザイナーがもってる事が多いかな。個人でもいるけど管理はなかなか難しくて結構トラブルになるわ。売れてるパフォーマーが出てくるとみんな顔真似したがって、さっきみたいな事も起きるのよ。」

「個人の判別はどうなってるの。例えば運転免許とか。」

個の存在の危うくなった時代についてとめどなく疑問がわいてくる。


この先どうなるのか


それが知りたいんだよ


悠久の時を従えて


過去~現在全ての英知を握っても尚


知り得る未来でなく


その先が知りたい


早く


早く


早く此処までやって来い


神の息・人の息 18


「アイリス個人認識システムよ。虹彩をカードに認識させて照合するの。個人の判別にはあとはDNAね。どっちもあなたの時代からあったでしょ。」

「アイリス個人認識システムはパナソニックとかOKIって企業が開発してた気がする‥‥。」

「その技術を応用発展させてるわ。まぁそれでも偽造する悪いやつもいるけどね。整形技術は完璧だから歯並びから顔の骨格まで全く同じにできるの。だから写真なんて無意味。あそこ行こ。」

彼女がぼくの手を引いて歩き出す。

「本屋さんよ。この時代になっても本は手に取って読みたいって言うニーズが結構あるのよ。特にこれ!」

そう言って彼女が僕に手渡したのは、女性の写真集だった。

「よく見て、それと同じ顔のがいっぱいあるでしょ。CGじゃないのよぉ、あなたはどれが好みかしらね~?」

「い、いやどれって言われても‥‥。」

と言いつつ店内を見渡す。同じ顔の写真集がずらりと並んでいるがそれぞれタイプが違う・・・。

「本当、男の欲求なんてくだらない!同じ顔で、胸の大きい子、小さい子、背の高い子、ちっちゃい子、ポッチャリした子スレンダーな子ってさ!一つの顔で売れるとそれぞれのタイプの子みんな整形で一緒の顔にしちゃって、お好みで買うんだそぉでぇ~す。全く!さぁあなたはどれを買うのかしらね~。あ~楽しみ!」

と冷たい視線を投げかける。

「もう出よう。」

今度は僕が彼女の手を引き、足早に本屋を後にした。


どれが本当なの?

ふーん そうなんだ

これも本当だけど‥‥

あれも本当なんだ

じゃあ どっちが正しいの?

うん そうだよね!

きっとこっちがいいよね

こっちの方が楽しいよね

こっちの方がしあわせだよね!

ねぇ!どっちを選んでもいいの?

ふーん

じゃあ

じゃあ 僕は こっちにするよ


神の息・人の息 19


彼女の手を引き人気のない路地まで足早に歩く。

「どうしちゃったの‥‥急に‥‥。」

彼女の言うとおりだ。急に、急に感情が高ぶり始める。こんな高ぶりは今までに経験した覚えがない。そして、僕の中を抑え切れない衝動が突き抜ける。

「君は、君はオリジナルなのか?」

胸につかえていた薄暗い想いを吐き出す。それに続いて、理解しつつも受け入れ難いこの時代への疑念がとめどなく沸き上がる。過ぎ去りし、死んでしまった日々に泳ぎ遊ぶ群衆。倒錯した美意識。もはやどれがオリジナルかもわからなくなったマネキンのコピー達が闊歩する街‥‥。笑い声が頭の中で反響し始める。そして次々と濁流の様に流れ込む。この時代に生きる者達の渇いた笑い声が頭の中に入り込み掻き乱す。

「テレビの中の鏡には僕の姿は映らない‥‥。」

混濁した意識の中でそうつぶやく。彼女の美しい横顔が見える。とてもきれいだ。彼女に白い靄がかかる。街の景色が遠のいていく。

僕は何本もの腕に抱えられる感覚を最後に意識を失った。


今のところ、疑いもなく

明日はやって来る。

私にもあなたにも。

それほどひどい無茶をしなければね!

でも気をつけてね。

今はいいんだよ。

今は‥‥。

だって今はね、

取り返しがきくから。

だから!

だから‥‥。

明日が来ているうちに、気付いてね。

人の息に‥‥。

神の息に‥‥。


神の息・人の息 20


何もおかれていない空間に女と眠る男がいた。

「ひとまず眠らせています‥‥大分混乱させてしまった様で‥‥配慮が足りず申し訳ありませんでした。」

「いや、モニターでずっと様子を見ていたがあなたに瑕疵はなかった様だ。むしろ自然な結果だよ椿姫君。」

「よして下さいドクター椿姫なんて‥‥。しかし本当に私に瑕疵はなかったのでしょうか。」

ひんやりとした空間に男と女の声だけが響く。

女は傍らに眠る男に目をやる。そして男の額にかかった髪を愛おし気にかきわけた。

女の目には、深い眠りにつかされている男しか映っていない。

「あなたが誰だかわからなかったようだね。」

女に気遣うかのような男の声が無機質に響く。

「仕方ありませんわ‥‥でも本当は、椿姫と名乗った時にはドキドキしてました。もしかしたらって‥‥。」

女は中空を仰ぎながらそう言う。

「潜在意識下には置かれなかった様だが、脳波と心拍数は激しく反応していたよ。」

「本当ですか!」

「ああ本当だよ、あなたの仮説の一つが正しかった事が証明されたね。この点に付いては、私もとても嬉しいんだよ。」

男は、喜びを精一杯表現した。


遥かなる時空を越えて

幾度となく巡る縁

空蝉は飛ぶ事もままならず、

美しき翼を夢見て喘ぐばかり

ただ々想いは光を越えて

今生に虚無の世界に出逢えし糸を

無心に手繰らん。


神の息・人の息 21


「ドクター‥‥私はこれからどうすれば‥‥。」

女が言い終える前に男が差し込む。

「彼は君がオリジナルかどうかにこだわっていたようだね。」

「ええ‥‥。」

「フフ‥もっとも彼よりもあなたの方がこだわっていたようだが‥‥。」

「笑わないで下さい!だって‥‥」

顔を赤らめて必死に言うが語尾が消え入る。

「彼は今の時代をかなり理解したようだね。」

「ええ驚くべき洞察力と想像力を感じました。」

熱っぽい瞳で女が言う。

「よかった、そうでなくては困る。彼には重要な決断をしてもらわなければならないのだから。」

「ドクター!‥‥。もう元へは戻れないのですか?元に戻るという選択はありえないのですか。」

「あなたはそれを望むのかな?」

「私は‥‥私は。」

「椿姫よ、もうこの時代の誰にも判断できないのだよ、この私にも。虚無の世界に遊び今を省みない魂には‥‥委ねられない。なぜ存在するのか、何を求めるのか、何を求めるべきなのかを。」

「それは、よくわかっています。でも‥‥。」

「でも?」

「私恐いんです。私は、私はこのまま彼と一緒にいられればそれでもう‥‥‥‥。」

想いを吐き出すが最後の言葉は消え入る。

静寂が二人を温かく包んだ。

「私はこの時が来るのを待っていた。ずっと、ずっとだ。悠久の時に助けられ私のいや、私達の求めていた理想を形にできた。そして今、次の階段を昇るところまでやって来たのだ。」

「わかっています、人類は肉体的死を越えたのですものね。」

「そうだ、死を越える事を選択した者達は、有象無象ひしめき合いながら、もがき苦しんでいる。日々虚無の世界で行く末を論じている。だが悠久の時に堪えられず自ら消えていく者も大勢いるのだ。冷酷だ、時の流れは冷酷な程、絶える事なく続いていく。まるで無限地獄だよ。」

「ドクター、苦しんでいるのは、今を生きる街の者達も一緒です。彼等にはわからない、わからないからこそ個の肉体的存在に意義を見出だせなくなり倒錯迷走しているのです。」

「いずれ地獄は一緒か‥‥。だとすれば尚更『彼』と考え抜かなければならない。我々はどこに行くべきなのか。『彼』と共に思い描いてきた方向に進めるのか。次のステップに進むべきなのか。私は私の最も信頼するべき『彼』と結論をださなければならないのだ。」

男の声は、固い決意に震えているようだった。

その時、温かな胸に包まれ眠る男の脳裏には遥かな時を超えて呼び合う声がこだましていた。


どうするのかな

俺にもよめなくなってきたな

でもそうでなくっちゃ

そうでなくっちゃつまらない

早くここまでおいで

途方もない確率を乗り越えて

その息が聞こえるほどに近づいておいで

神の息・人の息 22


「テラはどう思う?」

「どう思うって、どの件についてだい?」

「だから~ちゃんと聞いてたぁ。」

「私は君の言う事は全てきちんと聞いているよ。だが君はいつでも最初から最後までなんでも全部知りたがる。だからどの件だって聞いたのさ。」

落ち着いた男の声が子供をたしなめる様に言う。

「そうだねテラ、ごめんよ。君だけは僕の話しをちゃんと聞いてくれる。君がいなければ僕は‥‥。」

「おいおい、止せよ。話しの腰を折った私が悪かった、続けよう。」

人気のない小さな公園に二つのささやき声だけがさざめく。

「テラ、僕は思うんだ。僕は宗教家ではないけれどどうしてもこの世界が全くの偶然に何の意図もなく誕生したとは考え難いって。」

一抹の警戒心もうかがえない無邪気な顔で再び話し始める。

「君は誰かの意思で世界が創られたと考えているんだね。」

「そうだよテラ!確率的に言っても!それから今この世界で起こっているあらゆる運動のほとんどにきちんとした意図というか目的があるって事からもね。」

「君は今、『全て』ではなく『ほとんどに』と言う表現を選んだがそれはどうしてだい?」

「テラ!そうなんだよ『全て』と言い切れない不可思議な行動が幾つかあって僕はそこに何かの『意図』がある気がしてしょうがないんだ!」

「全くの偶然やなんの法則性を持たない無意味な物なのでは?」

「テラ!君は本当にそんな無秩序な物が存在し得るって考えてるの?」

「そう怒るなよ。あらゆる可能性をたどる必要はあるだろ。」

「‥‥そうだけど。」

「否定される事を恐れては駄目だ。さあ一緒に考えよう。」

「ありがとうテラ!君の言う通だ、続けよう‥。」

ざわめく空気は瞬間的に鎮まり穏やかな空間に引き戻る。

その時小さな声が遠くから聞こえてくる。

「お兄ちゃーん、お兄ちゃーん、どこーどこにいるのー。」





あなたがいとおしい

あなたになりかわりたいくらいに

いきているりゆうなんていうまでもない

どんなにはなれていようとも

ちがうひかりにいきようとも

かならず

かならず

あなたのそばへ

あなたのもとへ‥‥


神の息・人の息 23


「フフ‥かわいいおちびちゃんが探しに来たぞ。」

「もうそんなにおちびちゃんでもないよテラ‥あの子ったらまたお兄ちゃんなんて言って‥」

「いいじゃないか、呼ばせてやれば。少なくとももお姉ちゃんではないだろ。」

「そりゃそうだけど、何度名前で呼べって言ったってだめなんだ。」

「そんなことより側に行ってあげたほうがいい。危なっかしくていけない。私は行くよ。」

「ああ、そうするよテラ!またね。」

二人は音もなくその場から立ち去る。

すぐに息を切らせた少女が駆け寄ってくる。

「お兄ちゃん見っけ!」

幼子のように無防備な笑顔をみせる少女。

「あのね、毎回言ってるけどさ、もう君はちっちゃな女の子じゃないんだからね、ちゃんと名前で呼びなさいね。」

と言いつつ小さな子供をたしなめるように扱う。 「いいの!お兄ちゃんはお兄ちゃんで!なにがいけないの?だいたいお兄ちゃんだって私のこと『きみ』とか『あなた』とかいってちっとも名前で呼んでくれない癖に・・・。何でよ!」

「何でって、恥ずかしいだろ‥‥。」

「あー何が恥ずかしいって言うの!こんなに可愛い可愛い女の子から『お兄ちゃん』なんて呼ばれたらしあわせでしょ?」

「‥‥‥‥。」

「でしょ!」

「‥‥‥‥‥‥。」

「しあわせじゃないの‥‥?」

急に泣き顔をつくる。

「あーあー僕が悪かった悪かったからまたあのでかい声で泣かないでくれよ。」

「じゃ、しあわせ?」

子猫のような目で少女が言う。

「ハイハイしあわせです。ありがとうございます。」

「ほーら、やっぱりしあわせなんじゃん!無理しちゃって~そりゃそうよ!こんなに可愛く、かつ美しい女の子によ!お兄ちゃんなんて呼ばれてたら普通だったら浮かれて踊り出しちゃうんだから!お兄ちゃんは大分変わってるし、照れ屋さんだからねぇ。」

「‥‥‥‥‥。」

まくし立てる少女に無言で答えるが、

「あれ?怒っちゃった?」

「‥‥‥‥‥‥。」

もう~お兄ちゃんは大人げないんだから。」

と堪える様子もない。

「あぁーもういいよ。で今日はな~に?どうしたの?」

結局無言の抵抗に自分自身が耐え切れなくなって白旗を振る。何度となく繰り返されて来たいつものじゃれあいの儀式。

「な~にって‥会いに来てあげたんでしょ‥私に逢えなくって淋しがってると思って‥。」

攻撃力はあるが打たれ弱い。すかさず、

「僕もいろいろ忙しいんだけどなぁ。」

さっきの仕返しに意地悪く言う。

「嘘ばっかり‥いつも独りでいるくせに‥‥。」

「そんな事はないよ僕だって何かと大変なんだよ。だからまた物理の問題がわからないのなら教えてあげるから早く宿題出してごらん。」

「宿題じゃないもん。」

「じゃあ何?」

「またお話し聞かせて!宇宙の事や不思議な話し!」

「そんなの君には退屈だろう?」

「退屈じゃないよ!聞かせてよ!」

「わかったよ。退屈じゃないのなら話そう、さっきまでそんな話しをしていたんだよ。」

「じゃあ続きを聞かせて!それからお兄ちゃんが何をしたいのかも!」

「わかったよ。じゃあこんな話はどうだろう・・・」

小さな公園で二人のかげが仲睦まじく寄り添っている。

夕日が赤く二人を染める。


おい!みろよ

あいつらまた巡りあってるぞ

おっ!こっちはまたダメだ。

でも前より近づいてるんじゃないか。

あんなに想い合ってたのになぁ‥‥。

ちょっと時間がズレただけもでダメだもんな。

場所もな!

おまえどんな仕組みにしたわけ?

はは‥内緒

でもおもしろいな

何が?

時空を俯瞰的にみてるとさ!当人達は全然認識してないけど‥‥すごいドラマだよな

何気にまた巡り合ってたりとかさ!

まぁな‥‥

もうちょっとみる?

ああ‥‥もうちょっとな

でももうちょっとで此処まで辿り着けるのか?

今まで待ったよりは短いいだろうよ。

それもそうだね


神の息・人の息 24

「例えばさ、擬態ってあるだろ?」

「擬態?」

「虫とかが鳥に食べられないように木や葉っぱに姿を似せるやつだよ。」

「あーわかった枯れ葉にそっくりなやつとかだ。」

「そうそう、あれって不思議だよね。」

「なんで?」

「だって人間なら後天的に、例えば鼻を高くしたいと思ったら整形手術すればいいけどさ、虫にはそんな事出来ないんだよ。どうやって枯れ葉や木の枝そっくりになったんだろうね。」

「それって『しんかろん』ってやつじゃないの?」

「フフ‥そうか、じゃあさ、植物の中に『食虫植物』ってのがいるだろ?」

「知ってるよ、虫を食べちゃうやつでしょ!」

「そうそう、彼等は虫を誘う為に虫達が好む『花』 の様な物を身につける。」

「頭いいね!」

「ハハ‥そうだね、でも植物に『頭』はないよ。」

「あ、そっか!」

「それから『目』もない。なのになぜ虫達が好む『花』の『色』が『形』が、わかるんだ?そして『手』もないのにどうやってそれを造れたんだ?」

「‥‥どうやったの?」

「それは僕にもわからないよ。でも不思議だと思わないか。」

「思う!‥‥今までそんな風に考えたことなかったけど‥‥。」

「それから、例えばそれをさっき君が言ったとおり『進化論』で説明をするとして、環境因子が変化をもたらす訳だけどそれにしてもあまりに『愉快』な進化だと思わないか?」

「愉快って?」

「だってそこまで手間隙かけなくたってさ、もっと簡単な手段や方法がたくさんあると思うんだ。でもあえてそんな風に進化した。」

「どういう事?」

「確かに正常な進化の過程で説明できる物の方が多いし、その亜種は突然変異で説明が自然と出来る。ただ幾つかの進化については深く考えれば考える程正常な進化の流れで出来たというより‥‥

。」

わざと間を置き遠くを見る。

「なに?勿体振らないで!」

「『おもしろいから』って言うより退屈だから変化を楽しむ為に創られたって感じるものかある気がするんだ。」

「例えばなに?」

「例えばそれはね‥。」



本当になんのためなんだろうね。

なんのために生きるていくんだろうね。

なんのために自分の分身を遺すんだろうね。

それから、生まれ変わりが本当にあると仮定して、何のために繰り返し生きるのだろうね。

そもそも、命の数って一定なのかな。

それとも、あとからあとから沸き上がって来るのかな。

わかんない事だらけだよ。

でも、違和感を感じるところをとことん考えていったら‥‥

もしかしたら生きるヒントが見つかるかもね。


神の息・人の息 25


「もう、また勿体振る!早く続きを話してよ。」

「それはね‥‥。」

そう繰り返し言いながら指を目の前の少女の方へやる。

「何?この指は?」

少女がいぶかしがって言うのを尻目に、男は笑いを堪えるのに必死だ。

「君だよ!」

「‥‥‥。」

瞬間的に少女が無言となる。

男は無言でうつむく少女に慌てる。

「あれ?つまんなかった?」

「‥‥‥‥‥。」

押し黙りうつむいたままの少女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちるのが見える。

「おいおい泣くことないだろ、悪かったよ‥。」

うろたえながら少女の顔を覗き込む。

「どうせ‥私なんかお兄ちゃんからしたら、頭悪いしおかしいでしょうよ‥‥。でも‥‥お兄ちゃんのこと‥‥だからお兄ちゃんの好きなことが知りたくて一生懸命お話聞いてるのに‥‥。人の気も知らないで愉快な進化なんてひどすぎる・・・。」

消え入るりそうな声で途切れ途切れに言う。

「あ、と、え~悪かったよ、冗談だろ、ごめん。」思いがけない少女の切な訴えにさらにうろたえぎこちなく謝る。

「嘘!悪いなんて思ってない癖に‥‥。」

「いや本当に悪かったよごめんなさい。」

「イ・ヤ・だ!許さない、本当に悪いと思ってるなら‥‥‥ちゃんと名前を呼んで誠意をこめて謝ってく・だ・さ・い。」

少女はことさらよそよそしくそして冷たく言う。

男はしばらく戸惑いそして観念する。

「‥つ‥つ、つ、つばきさんごめんなさい。」

「違う‥‥。」

「え~?何が違うんだよ・・・。」

「可愛い、可愛い椿姫、ごめんなさいって言って!」

「おいおい!」

「言わなきゃまた泣く!」

公園を散歩する人々が二人のもめている様子を目の端に留めながら怪訝な顔をして通り過ぎていく。

男は、たまらず言うとおりにする。

「か、か、か、可愛い可愛い椿姫さん、」

「さんはいらないの!椿姫さんなんて変でしょ!。もう一度始めから!」

「わかったよ‥可愛い可愛い椿姫、ごめんなさい。」

「‥‥ほんっとにそう思ってる?」

泣き出しそうな顔を作り直して少女が聞く。

「本当に思ってるよ。」

「じゃあこれからはちゃんと椿姫って呼んでね!」

「は~?」

「何?嫌なの?約束しないならまた泣くよ!」

「・・・わかりました、約束します・・・。」

攻撃の手を緩めない少女にとうとう全面降伏する。

「へっつへっへ~またお兄ちゃんの負け~。でもちゃ~んといい子に椿姫って呼んでたら‥‥お兄ちゃんの事も名前で呼んだげるからね!」

「もしかしてまただまされたのか?」

「だましてなんかないも~ん。約束だからね!絶対だよ!」

「ハイハイ‥‥‥。」

「じゃあ早くお話の続きして!可愛い可愛い椿姫ちゃんのために。」

「ハイハイ・・・。」


虚空の世界に未だ写し絵しか見ぬあなたよ

無数の言の葉が飛び交いいし中

奇跡的に出会えしあなたよ

たとえうつつにすれ違えども

わかりえぬ悲哀を背負ってなお

今生に虚空に出会えし喜びを

今はただただ砂のように噛み締めん


神の息・人の息 26


すっかり陽が落ち、辺りが薄暗くなりはじめる。

「椿姫、もう暗くなるから歩きながら話そう。」

「‥‥も一回言って‥‥。」

「は?」

「だから今のもう一回言って‥‥。」

「椿姫、暗くなって来たから歩きながら話そう‥‥。」訳がわからずそろそろと言う。

「ハイ!」

「ハイ?ハ?いや、じゃまぁ行こうか。」

彼女の頬はうっすらと紅潮していた。薄暗闇が彼女をこっそり隠して味方した。

「ねぇ結局何を言おうとしてたの?」

寄り添ういながら歩く二人。

「あぁもういいよまたにしよう。」

男はつれなく流す。

「勿体振らないで教えてよ!」

「だって泣いたり怒ったりするんじゃないか、こんな人通りであれやられたら‥‥。」

「もうあんなことしないよ!」

「約束する?‥。」

「約束するってば!っていうかそういう事言わなければいいと思うんですけど。」

「あ、そういう屁理屈言うんならいいよ別に‥‥。」

「わかった約束するってば!」

「よし、じゃあ言うよ、それはね‥‥やっぱり『椿姫』なんだよ。椿姫といると愉快で退屈しないよ。」

「‥‥‥‥。」

「あれ?どうしたの?」

今度は耳まで真っ赤に染めた彼女が不意に傍らの男の背中を強く押す。

「また子供扱いして~。」

「なんだよ怒らないって約束しただろ。それに子供扱いなんてしていないよ、君といると本当に楽しいんだよ。ただこの話しはすご~くながくなるからまたゆっくり聞いてよ、いい?」

「うん‥‥わかった‥‥でも約束だよ!」

さっきよりも寄り添って歩く影。

「後で宿題教えにもらいに行く‥‥。」

「なんだよやっぱり宿題あるんじゃないか!」

「だって‥‥。だからお家に行くから教えてよ。」

「だめだよいくら近いったって危ないからだめだよ。」

「心配し過ぎだよすぐ隣でしょ!」

「だめだよ可愛い可愛い椿姫に何かあったら大変だからね。」

「‥‥‥‥。」

なにも言えなくなる少女。

「だから僕が椿姫のところへお邪魔するからパパとママに伝えておいてね。」

暗がりにもわかるくらいに少女の笑顔が弾ける。 「うん!約束だよ!」

街灯が温かく二人を照らし出している。

約束、約束、約束‥‥。

約束に縛られるしあわせが二人を包みこんでいた。





ある朝僕は知った

次の朝が来るのがずっと先になるのだと言う事を

それでもいい

あなたがそばにいる朝を

時の壁を跳び越えて


神の息・人の息 27


約束だよ、約束だよ、約束だよ‥‥。

深い眠りにつく男の脳裡に少女との約束がこだまする。

なにもない空間には、眠る男と寄り添う女の二人がたたずんでいた。

「ドクター、彼は約束とおり私の側に帰って来てくれました。私は彼に何をしてあげたらいいの?」

女は思い詰めた顔で答えを求める。

「約束を果たす事。それは彼自身の願いを一つ叶えたことにもなる。あなたは彼が望んでいた未来を共に創ればいいのではないか?」

「彼は何を求めていたの?ドクターテラ!あなたは何者なの!彼はどうやってあなたを『肉体的な死』から救ったの?」

突然今まで抑えていた深い疑問をぶつける。彼女もまた完全には理解し得なかったのだ。

「私は彼を完全に理解している。彼もまた私を完全に理解し私の事を必要とした。私は彼の求める理想を叶えるために彼の創り出した方法で無機なる命となり彼を守ってきたのだ。」

「彼は何を求めていたの?」

「椿姫よ彼はあなたにもそれを告げているはずだ。」

「わかんないよ、お兄ちゃんは、椿にもわかるようにおもしろおかしくお話ししてくれたけど難しくてお兄ちゃんが何を求めてたなんて‥‥椿はただずっとお兄ちゃんの側にいたかっただけだよ‥‥‥。」









楽しいよ

あなたのそばにいるだけで

それだけで楽しい

息ができないくらいに

つらかった日々が

みるみる遠ざけられていく

今はそれだけで充分

あなたを失う日が来るまでは

それ以上の悲しみに出会う事もない


神の息・人の息 28


「彼もそれを心から望んでいた。椿姫‥彼はあなたの事をいつも気にかけていたよ。」

小さな子供をなだめる様にテラが言う。

「嘘!じゃあなんで椿の事忘れちゃうの!どうして!」

抑えていた感情を一気に解き放つ。

「あなたを含む研究班とは彼について膨大な時間を費やして研究し、議論を重ねて来たはずだが。あなたは私の仮説について覚えているかな。」

「覚えているわ『肉体的存在と意識的存在の特異例』『人格の補完と多元性』それから‥‥。」

テラが椿の言葉を遮って言う。

「あなたは私の仮説が嫌いだったね。」

「‥‥だって‥‥椿の事覚えていないって言うから‥そんなの嫌‥‥。」

「あなたの事だけではない。過去の記憶の一部の領域で一時的もしくは永続的に欠損する可能性が高いと言ったのだ。その一点についてはあなたと随分論戦を繰り返したね。あなたは驚く程柔軟に、驚く程広範囲の知識を吸収し、しかも的確に応用できる素晴らしい研究者だが‥‥。その件になると途端に論理性を欠く。」

「ドクターなんてほんとは大っ嫌い!それにドクターの仮説には靄がかかっている感じが拭えないの。」

「‥‥‥そう怒らないでおくれ。意識には昇らないが無意識の領域ではあなたの事をしっかり捕らえているはずだとも言ったはずだが‥‥。そしてまさにそれは証明されたではないか。」

「それだけじゃないわ!ドクターはいつだって、『彼』の事を完全に理解しているって、『彼』もドクターの事を完全に理解しているっていうけど、そんなの嫌っ!変だよドクターなんか大っ嫌い!」

「あなたは、私の説に『靄』がかかっていると言ったね。」

「そうよ!言ったわ!なぜそうなるのかについて踏み込む事をいつもさけていたわ。」

「彼がそれを望まないと私には分かるからだ。」

「なによ!あなた一体お兄ちゃんの何なの!全部話してよ!どうしたらお兄ちゃんが椿のことを思い出してくれるのか教えてよ!こんなのやだよ!」

「‥‥椿姫、彼がそれを望むか、それとも望まないかは、目を覚ました彼とよく話し合うことにするよ。」

「!どういう事‥‥椿の事は覚えてなくてもあなたのことは覚えているって言うの!そんな仮説初めて聞いたわドクターテラ!あなたのお説は過去の一部の領域が欠損するって言うんじゃなかったの?」

「椿姫、『彼』は私の事を決して忘れないのだよ。」

「なによ、そんな仮説絶対に認めない!」

椿の慟哭がなにもない空間に響く。


は・な・に・は

花の

空には空の

海には海の

美しさ


人には人の

神には神の

‥‥‥‥‥。


神の息・人の息 29


 今や疑心と疑念に包まれ柩となった部屋。

そこへ数名の男女が不意に入って来る。

瞬間的に椿の身が凍る。

「テラ!なぜ彼等を呼んだの!」

白衣に身を着けた男女は無言でドクターの指示を待っている。

「椿よあなたは大変混乱している。思えばあなたに『彼』を任せ切りにしてしまった。私に配慮が足りなかったよ。」

「テラ!何を言っているの?私は彼のために生きて来たのよ。もう二度と彼から離れたりしない!」

「椿よ。しばらく『彼』から離れて何が1番肝心な事なのかを考えるのだ。あなたにはそれがわかるはずだ。」

テラの言葉を合図に白衣の女達が動き出し予定とおりに行動する。

「やめて!触らないで!私を彼から離さないで‥‥テラ!テラ!お兄ちゃん‥‥‥。」


再び静寂が訪れる。

部屋には白衣の男が残り『彼』の傍らで様子をうかがっている。

「『彼』の状態はどうだい。」

「ドクターテラ、先ほどドクター椿があなたの名前を叫んだ辺りから脳内の活動が急激に活発になりはじめました。」

男達は壁に浮かび上がったモニターを見ながら報告する。

「数値はダイレクトに私の所へに伝わって来る。脳波がとても強い集中力をもって活動し始めた。モニターを通して『彼』の顔色がとても良い事もわかる。そうではなくてもっと曖昧な感覚的な事を伝えておくれ。『彼』の存在に危うさを感じるかい。」

男達は戸惑い一瞬顔を見合わせるが、ドクターの要求に応え様と必死に『彼』に注視する。

静寂な空間はその度合いを増し針の様な緊張感が支配した。


神の息・人の息 30


 ドクター‥感覚的には危うい雰囲気はありません。もっとも我々の感覚がどこまであてになるかの保証はありませんが‥‥。それからドクターは既にお分かりでしょうが脳波的にも、もはや覚醒状態です。」

「あなた達は研究者としての自分を信じるのだ。私は常日頃から研究者としての直感力と感性を磨けと指導してきた。あなた達の感性は信じられるよ。『彼』は、もうすぐ目覚めるな‥‥しかし問題はなさそうだ。各種の数値も異常はない。空間的にも‥‥。」

「ドクター‥‥。」

研究者の一人が小声で、しかしすばやく変化を伝える。

「目が覚めたようだね‥‥七瀬?‥‥セラ!」

「その物の言い方はテラ!‥‥だね。」

ゆっくりとけだるい格好で起き上がりながら面倒くさそうに言う。

「そうだよ私だ、テラだ。」

「やっと目が覚めたよ、テラ!」

その目には眠りにつく前とは明らかに違う鋭い光を宿していた。

「で、守備よくやってくれてるのかい?目覚めた時の様子だと常温での『催眠保存法』はきちんと確立してくれたようだね‥‥テラ!」

「ああ、理論的にはセラの考えるとおりだったよ。だが技術的な開発が中々追い付かなかった。しかしそれも優秀なスタッフの働きで予定よりだいぶ早く決着がついた。そして直ちにあなたを『常温催眠保存法』に切り替えたのだ。」

「そうかい、そいつは礼を言わないとな。従来の冷凍保存は遺伝子レベルでの保存には向いているかもしれないが‥‥感覚的には嫌だね。テラもそう思うだろ。」

「ああ、そうだね。あなたはこの方法を考えついた時に真っ先にそう言ったね。つまり・・・寒いのが嫌だったんだろう。セラ?」

「アハハ‥さすがテラ!わかっているね!」

二人の盟友は時の隔たりなど全くないかの様に話す。

「テラ!実際に冷凍保存法は肉体的な、特に脳へのダメージが強くでると考えたんだ。だからあなたに別の方法を託した。」

「その点もまさにその通りだったよ‥‥。」

テラが口ごもる。

「ふ~ん‥‥テラ!その先はもういいよ。確率的にどういう展開になったのかはあなたの反応で導き出せたよ。優しいあなたがそう何度も悲しい気落ちを思い起こす必要はない。あなたは私の良心、私の代わりに悲しまないでほしい。まして僕は全然平気さ!意識野に記憶はないけど僕の頭の中についてはあなたが知っているとおりだ。あなたはきっと有り余る時間のなかでさらに研究を進めた。何か新しいことわかったかい?それから前にも言ったと思うけど、僕は『夢』をコントロールすることにより、無意識の領域へも自在にアクセスすることが出来る。記憶を失う前の大体の様子に付いてはさっきの短い眠りの中である程度わかったよ。あんな私もいたんだね。・・・それからあの後のセラとの計画 のこともしっかりとね!・・・・でもお陰で本当に覚醒できたよ。」

「確かに保存時も微弱な脳波を観測することがあったよ。アクセスしようと何度も試みたが、だめだった。」

「さすがに混んだコントロールは出来なかったよ‥‥だけど研究すべき課題を全意識に浴びせられていたイメージがある。この点についてはまだ全然見通しが立たないよ。・・・すごく抽象的なんだ‥‥光が空間を‥‥驚異的な速さで突き抜けるというか、セラ!これはとても違和感のある現象だ、きっとここにもヒントが隠されているはずだ‥‥いや保存時の意識状態に付いてはまた追って話そう。少し疲れたよ。しかしまぁ、計画が途方もなく順調であることは初めの目覚めからの流れを振り返るとよく理解できるよ。ありがとうテラ!」

「セラあなたが無事に蘇った事が何よりの褒美だよ。」

がっちりと組み合う様な二人の会話。

「さあテラ!次に行ってみようか?」


神の息・人の息 31


「いや、もう少し休んだ方が良さそうだよ、セラ。」

「どうしてさ!テラ!僕はこんなに元気だ!長い間お休みをもらったからね!」

そういいながら大袈裟に両手を広げておどける。 「セラ、あなたは今興奮状態にあるようだ。饒舌過ぎるな。」

テラがたしなめる様に言う。

「そりゃそうさテラ!久しぶりに目覚めたんだよ!久しぶりに五感を味わってるんだ!こんな殺風景な部屋でも満足出来るくらいにね!声帯を震わせて声をだす!視覚で光を感じる!肌に空気の流れを感じる!こんな些細な事がこんなにも僕をしあわせな気分にするよ!興奮するなって方が無理さ!」

「セラ!わかっているんだろう?あなたは制御し切れていないよ。」

間髪入れずテラが言う。

セラの顔つきは瞬時に穏やかなものに変った。

「わかってるよ‥‥わかったよテラ!我が盟友の心からの忠告におとなしく従うよ‥‥テラ‥僕は‥ほんとはひどく疲れてる。」

そう言いながらぐったりと床に座り込むセラの身体を、せりあがってきた床が包み込む。セラはなんのためらいもなくゆったりとソファーに身を任せる。

「テラ!少し話しをしようか。あなたと話していると頭の中が不思議と整理されて行く‥気持ちもね‥‥。」

「そうだねセラ、ゆっくり話しをしよう。」

「ありがとうテラ!そうだ!あなたの仮説にはどんな結論がついたの?フフフ‥‥。」

「セラ、笑わないでほしい、私は本当に心配していたのだよ。」

力無い様子でテラが言う。

「ハハハッ‥‥ごめん、ごめんよテラ!でどうなの?」

悪戯っぽく目を細めたセラが言う。

「結論から言えば‥セラ!あなたの勝ちだよ。」

セラは目を閉じて話す。

「テラ!勝ち負けじゃないよ。それに私達にとっても‥‥私にとっても!‥‥僕にとっても‥‥‥あぁ‥なんだか‥やっぱり調子が出ないよテラ‥‥誇りある結論じゃあないか。」

ひどい疲れからかセラの口調が微妙に乱れる。

「セラ、無理をしないでほしい。随分長い間眠っていたことを忘れないようにね。」

「ああ、わかっているよテラ!でも誇りある結論になっただろう?」

「そうだね、セラの仮説‥いや、あなたにとっては既に確信的な事実だったろうがそれが素晴らしい形で実証された。あなたが無事に蘇り、こうして何の問題も無く私の前にいる。私もとてもうれしい。そしてとても誇らしい気持ちだよ。」

「よかったよ‥喜んでくれて‥後はこの事実から想定される‥ルール?法則?‥そんな手合いの物を引き出そう‥。」

言葉を選びながら途切れ途切れに言うセラ。

「セラ、暫くはこれまでの現象を整理して行こうではないか。」

「そうだ‥ね‥テラ‥」

深遠の時が小さな部屋に降りてくる。





神の息・人の息 32


「さてと、どこから始める?テラ!」

つぶっていた目を開いてセラが言う。

「なぜ私の仮説が成り立たなかったかと言うところから解説してほしい。」

「テラ!それは簡単さ。大前提として僕が定義することをあなたが受け入れてくれさえすればね。」さもたやすい事であるかのように両手の手の平を上に向け肩まで挙げる。しかしその表情は虚ろだ。

「セラ、私は何を受け入れればいいんだい。」

「私達が全く別々の人格だと言うことさ。」

「しかし私達は‥‥」

言いかけるテラを抑えてセラが言う。

「わかってるよテラ!私達は同じ身体を共有していた。だからと言ってそれが単独の人格から分離して出来た、言わば多重人格だとすればあなたの仮説のとおり何かが起きたかもしれない。実際私達はそれを確証出来なかったから初めの段階でテラが電子の記憶になるタイミングと同時に僕は眠りについた。これならば二つに別れた人格、つまり同一の人格が同じ時空には存在しないことになる。」

「あの段階では私の仮説を否定し切れなかったからね。」

「そうだね、なにしろ何から何まで初めての試みだったからね、テラ!」

「しかし結果的には私の杞憂に過ぎなかった。私はあなたの様に的確に判断出来なかったという事だね。」

申し訳なさそうに言うテラをセラが否定する。

「テラ!違うよ、僕は何もかも切り捨てながら結論を導き出す。だから大切なことまで切り捨ててしまう事があるんだ。あなたはそれを丁寧に拾い上げて僕に示してくれる。僕の過度な現実主義は結果としてよりテラに近い神秘主義的な領域に踏み込んできている。あなたの思考が僕には絶対的に必要なんだ。」

セラの虚ろな表情が一変した。

「ありがとうセラ、私にもあなたが必要だよ。」

「わかってくれてうれしいよテラ!じゃあ続けるよ。テラが心配してくれたのはつまりドッペルゲンガー現象、自己像幻視について民間伝承的に言われている『自分の分身をみたら死んでしまう』もしくは科学的にも同一空間に同一人物か複数人同時に存在する事はこれまで有り得なかった。つまり何が起こるかわからない状態を危惧しての対策だった。故にテラの提言は最大限正しい科学者としての態度だったよ。」

テラの存在を有意義な者と定義できたセラは満面の笑顔を浮かべるのだった。




神の息・人の息 33


満足気なセラが続けて言う。

「そしてテラが恐れていた事態は起こらなかった。つまりそれは僕達が人格的には全く別の存在である事を証明したと決定付けていいと思うんだ。空間的に起こり得ないことが起きてしまった場合にはやはり何等かの影響が必ずでると僕も思っていた。だけど現実にはなにも起こらず僕達は無事再会を果たしたのだからね?」

笑顔を見せてテラに問いかけるセラ。

「セラ、私はあなたの定義を受け入れるよ。私は今、はっきりと自分の存在を確認する。」

「そうさ!テラは独立した素晴らしい人格さ!僕の精神的逃避から生まれた多重人格なんかじゃない。もっともテラを初めて認識した時期が時期だっただけに完全なる確証を得るのに時間がかかったけどね。」

セラは晴々とした顔で言う。

「しかしセラ、この現実を認める事は、新たな疑問を呼び起こさせる事となるね。」

「そうなんだ!僕はテラの人格を絶対的に信じていた。そうでなければいずれあなたを失う日を考えなくてはならないからね。だけど今までそんな事実は認識されていなかった。聞いた事もないよ。だってそうだろう!一つの身体には一つの命って言うのが当たり前さ!だからテラの心配していた事態も無視しなかった訳だけど‥‥でもテラを失う心配のなくなった今あらためて考えて見ると‥‥そうでなくてはいけない理由もさして見当たらないな‥‥。」

急速に思考の収束を始めるセラにテラが言う。

「セラ、私達がどのよううな状態であったのかをもう一度確認して行こう。そうする事よって今あなたが感じている違和感に何等かの必然が見い出だせるかもしれない。またそこにヒントが隠されている様に思えてならないよ。」


神の息・人の息 34


「そうだね!テラ!僕はこの違和感に、今まで仮想していた存在とは違う新たな存在を感じる。これは直感に過ぎないけれど‥‥。」

そう言った後に急に黙り考え込むセラ。

長い時が過ぎる。

テラはじっとセラの新しい言葉を待っている。

どれだけの時が流れたであろうかやっとセラが口を開く。

「テラ!やっぱりテラの言う様に、僕達が互いの存在を認識し始めた頃から考えていく必要がありそうだよ。そしてそのためには彼女の存在も無視出来ない。」

「セラ、私もそれが一番の近道だと思うよ。それに彼女もいつまでもおとなしくしているとは思えない。」

「ハハッそれもそうだね。あの子はあの子なりにいろいろ感じている様だからね、僕達とは全く違った感覚で‥‥だけどそれが非常に重要になるかもしれない。」

「セラは超現実主義者だが私は科学の根源に神秘的な存在を意識せずにいられない。しかしその捉え方はあくまでも言語的だと言っていい。対して彼女は感覚で全てを捉えつつも真理からそれない‥‥とても不思議な子だよ。」

「フフッいろんな意味でね。たけどその前に何か食べたいな!お腹ペコペコだよ、テラ!」

セラは殊更大袈裟な身振りでに食べる事をねだった。

「そうだね、あなたは目覚めてからまだ何も口にしていなかったね。ここでも食事はできるが‥」

「テラ!できれば外を見ながら食べたいな!」

セラが無邪気に言う。

「わかった。では案内させよう。」

「そこでもテラと話しが出来るともっといいんだけど。」

「セラ、心配ないよどこにいても私とはコミュニケーションがとれるシステムになっている。無論あなたの姿もきちんと見えているよ。」

テラはどこにいてもセラを護れる態勢にあることを暗に示しセラもそれに応える。

「それなら安心だ。つまりそれはテラに何があっっても僕がすぐに助けに入れるって事だろう?」

「ハハハッその通りだセラとても心強いよ、誰よりも頼りにしている。では案内させよう彼について行ってくれ。」

テラは傍らで待機していた研究員に指示をだした。


神の息・人の息 35


程なくセラは建物の最上階に案内された。セラは最上階から眺望する未来都市の様相に満足気な表情を浮かべながら食事をとっている。

「テラ!素晴らしい眺めだよ。しかし食べる物ってのはそうそう変わらないみたいだね。」

「気にいらなかったかいセラ、あなたの好きな物を用意させたのだが‥。」テラは不安気に言う。

「なにもかもおいしいよテラ!心配ない、大好きな物ばかりだ。ただかわり映えはしないって話しさ。でもそんな事言いつつ変わった物が出て来たら注文つけるんだけどねハハッ。」

「フフッ‥セラ、食べ物に関しては栽培、飼育方法、それから調理方法は随分と変わったよ。しかしいくら技術がすすんで一粒のサプリメントで栄養、エネルギー共に過不足なくとれる様になっても、皆がそれを求めているかと言うとそうでもない。使用場面は限定的だね。むしろ栄養がとれているかいないかという価値観よりも楽しみとしての側面がより強調されてきたよ。たくさん食べてもローカロリーだとかね。」

「テラ!ホッとしたよ。本当は目の前に料理が出てくるまで、無機質な錠剤でも食べさせられるんじゃないかって心配てたんだよね。」

「変わるべきところと、そうでなく変わらない方が良いところは大概逆目に出るのだが事食に関しては比較的良い方向に発展したようだ。」

「三大欲求については余り大それた変革は起きないだろうね。また‥あんまり変に変わって欲しくもないね。」

「ハハハだからセラは生身の身体にこだわったのだろう?」

「‥‥アハ、やっぱりわかってた?あの時テラが生身の身体を選択したらどうしようかって随分悩んだんだけどなぁ‥。じゃんけんって訳にもいかないしね‥特にあの頃の僕らの場合。」

「セラ、私にはこっちの方が向いていたようだ。セラの選択は間違っていなかったよ。ただ‥しかし‥‥。」

テラが含みを持たせて言葉をとぎる。

「ただ?しかし、なに?やっぱり後悔してるのかいテラ!」

うろたえたセラは椅子からバネの様に立ち上がり中空にテラを伺う。

「いや、ただどうしてもじゃんけんがしたのいならば今の私達には可能だよと‥。セラに教え様としたたけだよ。フフッ。」

「ハ‥ハハハ!やられた、テラよしてくれよ。せっかくの寿命が縮むかと思ったよ。でもそうだよな、今はなんであれ僕たちは同時相互にコミュニケーションがとれる。だから、テラが僕の寿命を縮めてまで教えてくれた様にじゃんけんだって出来る!」

「ハハハ、セラもう勘弁してくれ悪かったよ。」

「テラ!僕達が初めてコンタクトをとった時の事を覚えているかい?」

セラは目を細める。

「ああ、よく覚えているよセラ。」

「このあたりから振り返って、多重人格障害、あぁ解離性同一性障害って呼び方になったんだっけね。その解離性同一性障害と僕達の当時の状況を比較検証してみよう。」

「セラ、解離性同一性障害については当時からあまり見解が変わっていない。またわたしも解離性同一性障害の患者に私と同じ対応をとるという発想を持った事もなかったが、これはもしかすると私が自分自身の人格を認識し誇りを持てたように、この障害に苦しむ人々の力になれるかもしれない!私達が手に入れたものを分析する中でそんな副産物が出来たら良いね。」

普段はほとんど感情をあらわにしないテラがめずらしく興奮している。

「そうだねテラ!誰かのためになるってのは気分も良いしね。深めて考えていけばきっとそこになにかヒントがあるはずだ!」

セラとテラの思考が互いを補完し始めた。


神の息・人の息36


「テラ!先ずは解離性同一障害について認識を一にしよう。」

「そうだねセラ、では私からいくよ。解離性同一障害、つまり多重人格障害はいわゆる精神病といわれている精神分裂病、躁鬱病、てんかんとは異なり、専門的には「解離性の障害」というものに分類される精神的失調のひとつだ。この障害の主な症状は、ふたつ以上の別個の人格が同一個人にはっきりと存在し、そのうち一つの人格だけがある時点で単独で表出すると言うものだ。」

「テラ!驚くべきことにそれぞれの人格は自分の名前があり、異なる生育歴をもち、性別、国籍、年齢まで独自なアイディンティティを備えている。同じひとつの肉体に存在しながら、それぞれの容貌や体格といった身体的特徴も異なっていたりさらに訛りなどの言語的特徴や、話せる言葉、 筆跡なんかも全然違う。人種や性別まで異なるなんて一体どういう事だ?」「セラ、症状として特徴的なのはそれだけじゃない。ことに興味深いのは各々の人格の記憶についてだ。別の人格が活動している間、本人や他の人格にはその間の記憶がない。すなわち本人は、自分がいつからいつまでの間、どこで何をしていたかさっぱり記憶がないということになる。そしてこの状況がしばしば悲劇を起こすことになるのだ。」

「テラ!とても稚拙な問題提起なんだけど、これって嘘とか演技って可能性もあるよね?例えば言い逃れしようのない切羽詰まった状態から切り抜ける為にいわゆる防衛的に。」

セラが訝し気に言う。

「防衛的にという点については、この症状が表出するきっかけのところで触れよう。嘘、演技と言う点については治療者がだまされることもあるようだ。例えば境界性人格障害、BPDという人格障害の症状は、気分がコロコロ変わりやすく、感情が不安定で、昨日の自分と今日の自分が別人のようになってしまうのだが、この人格障害と演技性人格障害、HPDという、絶えず人の注意をひくために多重人格のフリをしたりする行動を呈する障害とが合併したケースなどがそれだよ。」

「ふーん嘘臭いやつもあるんだ‥‥。」

「セラ、嘘とは言わないよ、そういった症状の人格障害もありまぎらわしいってことさ。」

「テラもう一つ疑問がある。だとしたらそんな曖昧な病識である解離性同一障害ををどうやって診断し結論つけるんだい。」

「良いところに着目したね。さすがセラだ。それを証明するための数々の臨床検査がこの人格障害が生理学的にも摩訶不思議な一面を持っていることを明らかにしてくれる。」

セラとテラは互いに掛け合い真実に近づいていく。


神の息・人の息 37


「セラ、例えば心理テストを各々の人格について行うと明らかに知能が異なり、各種性格検査でも明らかに異なった人格特徴が見いだされるんだ。性格検査の代表的な方法のひとつであるロールシャッハテストでも、明らかに異なった人格であるとの判定が出る。」

「ロールシャッハテストって変な模様見せられて、何に見えるか答えるやつだろう‥‥。」

「そうだよセラ。ロールシャッハテストとは曖昧な設問により回答者の心の内面や性質を明らかにしようとする投影法に分類される手法なのだが、セラが言う様に被験者にインクのしみを見せ、それらから何を想像するかによって人格を分析しようとするものだ。」

セラは再び怪訝な顔を見せて考え込む。

「だけどそれだったらさ、人格が百も二百もあるなら別だけど‥二つや三つ位だったらどうにでもなりそうだな‥。」

「セラ、これは投影法一般について言えることだが、被験者にとって、どのように反応するとどのように分析されるかが分かりにくいために、回答を意識的に操作する反応歪曲が起きにくい。つまり無意識な心理の分析が可能であるとされているんだよ。ただそれだけに回答結果の分析に高度な技術を要するのが欠点だが、統計的な評価もある程度可能になっている。」

テラはテストが有効である事を伝えるがセラには納得がいかないようだ。

「でもそれならさ、仮にこの心理テストに精通した記憶力抜群の奴がいれば‥容易とは言わないまでも多重人格を装う事が可能なんじゃないか?」

「どうやらセラはこのテストがお気に召さないようだね。」

「う~んそういう訳じゃないんだけど‥イマイチ妥当性って言うか信頼性が低い様に感じる。だったらミネソタ多面人格目録、MMPIって言っけ?こっちの方が確率的に有効性が高い気がする。確かMMPIは550の質問項目で構成されてたよね。550項目分を複数人分ってのは結構大変だよ。少なくとも常人では確率的に限りなく不可能だ。」

「MMPI、ミネソタ多面人格目録、Minnesota Multiphasic Personality Inventoryの事だね。MMPIは質問紙法の心理検査で、質問に対して「あてはまる」、「あてはまらない」、「どちらでもない」を選択する3件法が用いられているが、確かに550の質問項目を複数人分というのは困難だね。」

「まぁ結局、MMPIにしても、テストを知り尽くした奴が被験者だったらと言う限定的なケースを想定した時に‥完璧ではないか‥‥。」

「じゃあセラ、こんなのはどうだい。アレルギー反応についてだ。」


神の息・人の息 38


「アレルギーってタマゴとか食べると蕁麻疹でたりするやつだろ‥‥同じ身体なんだから違うわけないだろ。」

「セラ、ところがアレルギー反応でも各人格で異なった反応が出るんだ。ある人格は喘息なのに、別の人格では起こらないという違いすら出るようだ。」

セラが、ほんの一瞬考える。

「アレルギーってさ、免疫反応が特定の抗原に対して過剰に起こることだよね。」

「セラ、そのとおりだ。外来の異物である抗原を排除するために働く生体にとって不可欠な生理機能だよ。 アレルギーが起こる原因は生活環境のほか、抗原に対する過剰な曝露、遺伝などが原因として考えられているよ。」セラがまた考え込む。、「ふ~ん‥‥そしたらそれってさ、認めちゃうとワクチン接種の基礎を否定するくらいの大ごとにならないか?アレルギーとはちょっとニュアンス違うけど、いわゆるワクチン接種って免疫機能を人為的に活用してるわけだろ。だから‥‥テラの言っている事を平たく例えれるとこうなる。つまりインフルエンザのワクチン接種した人格と接種していない人格とが同一の身体にいてさ、同一の身体にも関わらず抗体がある時とない時があるという事態が存在し得る。そう言う事だろ?」

セラの問い掛けに今度はテラが考え込む。

「そういう事になるね、セラ‥。」

テラが力無く返答を返す。

「予防接種つまり後天性免疫の部類になるんだろうけど、普通特定の病原体への初回応答から免疫がつくられその免疫記憶が、同じ特定の病原体への2回目の遭遇に対し増強された応答をもたらすわけだろう。それが同一の身体の中で効果が失くなったりあったりってのは確率的に、考え難いな‥‥。」

「セラ、確かに同一の身体で起きている現象としては、あまりに人格有りきといった感じで本末転倒的な違和感があるね‥‥。」

「だろう!この違和感は見逃せないよねテラ!」

「生理学的反応については催眠術を用いると変化させることも可能だが‥‥免疫機能と言う根底的な人体の防衛機構までまで影響力があるものなのか‥‥確信的な事は言えないよセラ‥。」

テラがめずらしく弱気に言う。

「テラ、他にはどんな症例がある?」

テラとは対象的に、突き進むセラが急かす。

「脳の血流についても人格によって差異があると言われている。ある人格においては右脳が活性化しており、右脳の血流の増加が認められ、またある人格においては左脳が活性化しており、左脳の血流の増加が認められたというが‥‥これも生理学的反応に当たるので、催眠術を用いる事で変化させることも可能だ。」

「他には?」

「各人格について痛みの感じ方という神経生理学的な実験を行うと、明らかに異なった反応が確認されたと言うが、これも生理学的反応にあたるので催眠術を用いると変化させることも可能だよ、セラ。」

「ふ~ん、他には?」

テラがはじっと考え込む。

「‥脳波!脳波があったよセラ!」

テラが勢いよく言う。


神の息・人の息 39


「脳波?」

セラが繰り返して言う。

「ああ、そうだよセラ、脳波だ!各人格に脳波検査を行ったところ大人の人格の脳波と子供の人格の脳波とでは明らかに違いが出るんだ。幼児期の脳波はシータという成分が多いのだかこの差が顕著に測定値に示される。

脳波に関しては通常、催眠術を使っても変化することはありえない。」

「‥‥‥‥。」

セラは目を閉じ考え込む。しばらく沈黙の後瞳を薄く開くとテラに確認する様に独り言の様に呟く。

「催眠術、暗示に左右されない症例がある。と‥。」

「そう結論つけていいと思うよセラ。」

セラの言葉をテラが後押しする。

「よし!上出来だよテラ!これで次に考え進む意味が出て来た。演技や催眠、暗示でどうにかなる代物じゃあないって事なら僕の考えてる現象も存在し得るよ。」

「役に立ててよかったよセラ、では次に進もう。」

問題解決にあたって二人の間で数限りなく繰り返されて来た掛け合いの第一段階が終わる。

「セラ、次にこの障害を説明するいくつかの説について検証しよう。

まず一つ目は否定的な説だ。これは多重人格障害を独立した精神疾患とは認めない立場の精神科医たちの見方なのだが、多重人格障害は催眠術や暗示により治療者が創り出した疾患である、というものだ。つまり悪意かそうでないかは別にして、多重人格障害という新たな概念を仕入れた治療者が、知らず知らずのうちに誘導的な尋問をし、あるいは催眠術で他の人格を引き出し、多重人格障害者を作り上げてしまうという説だよ。」

「つまり人為的に創られた障害だと言うことだねテラ!」

「そういう事になるね。悪意からでないとしても、多重人格障害在りきから治療を始め結果的にはより重い状況を生み出してしまったということになるね。」

「例えば初めは境界性人格障害とか演技性人格障害だったケースが、治療によって複数の人格を生み出され固定化されてしまうって事だね。」

「そういう事だね。以前は複数人格を段階的に統合させたり、副人格に自殺のまね事をさせて人格を消去するといった治療がされた事もあった様だがいずれも主人格に悪影響を及ぼすと言う事がわかり以後は行われていない。」

「まあ、いずれにせよこの説は催眠ではコントロールし得ない脳波と言う領域があるから没だね。」

「そういう事なんだが一応一説としてね。二つ目の説は、人間の心をそもそも複数の人格の統合体ととらえるポリサイキズムに則った考え方だ。」

「ポリサイキ‥‥多数の魂?」

神の息・人の息 40


「そうだ、ポリサイキ、多数の魂と言う意味だね。」

「テラ!面白くなって来た。神秘主義者テラの真骨頂だ!」

セラが目を輝かせる。

「止してくれよセラ‥私は科学の先に神秘を感じているんだよ。いわゆるmysticism、神秘主義思想は、合理的、科学的な手法を批判的に捉える傾向があるだろ。私とは真逆だ。」

テラは不服そうに言う。「でも僕に言わせればやっぱりテラは神秘主義者だよ。だって僕はテラが神秘と捉えているものですら確固たる現実存在、現実現象として明らかにしたいんだからね。」

「わかったよセラ、あなたには敵わない。だけど私だって未知なる存在をきちんと理解の範疇に捉えたいと考えているよ。その事はわかっていてほしい。それにこの説の大元はフロイトやユングなどによる提唱だ。丸きり神秘主義って訳じゃないよ。まあ晩年のユングは降霊術とかもやっていた見たいだから無きにしもあらずだかね。」

「で、これはどんな説なんだいテラ!」

「端的に言うと、人間の心はそもそも二重性、多重性を持ったものだという説だね。つまり私たちの無意識の領域には、例えば男性なら女性性、女性なら男性性と言った具合にふだん意識している自分とは正反対の人格が存在して自分の知らないところで独自に活動している。そこから表の意識に影響を与えたりしているのではないかという捉え方だ。多重人格障害はそうした人格たちが見える形で表に出てきたにすぎないと結論付けている。」

「無意識の世界か‥‥面白い!僕はフロイトが失策行為について定義したくだりが好きなんだよね。失言の中に隠された本音!見たいな。リビドーなんかもわかる気がするし。」

「ハハッ、セラはフロイトの失策行為を盾にちょっと言い間違えた先生を随分いじめてたもんな。『先生は本音ではそう思っているんですね』なんて言って。」

「へへッ懐かしいね。でもこのレベルの現象をひもとくのなら‥ユングの集合的無意識、普遍的無意識かな。」

「私も同感だ。この説と三つ目の説に何かしらのヒントが隠されている気がして仕方がない。」

「三つ目の説って?」

「輪廻転生だ。」

テラの語気が強まった。


神の息・人の息 41


「輪廻‥‥か。」

「そうだセラ、輪廻だ。この説は前二つの説で説明しきれない部分を破綻なく説明し切る。しかし唯一にして最大の欠点は輪廻の実在を科学的に証明し得ない事だ。」

セラとテラが共に押し黙る。まるで何かを探すような時間が流れる。

初めに口を開いたのはセラだった。

「テラ!あれは完成してる?」

「セラ私も同じ事を考えていたようだ。大丈夫あなたに言われていた物の99%はちゃんと開発してあるよ。あとの1%は‥私一人では無理だったよ。」

「素晴らしいよテラ!もっと早く開発出来ていれば僕等の知的作業がどれだけ効率的に運んだか!」

「セラ、それは無理だよ。あなたが眠りについてから随分たって、と言うよりあなたが目覚める直前にやっと完成したと言った方が正しい。」

「随分苦労をかけたようだねテラ!ありがとう。ところでテラ!二人でゆっくり話が出来て僕も大分落ち着いて来た。僕はもう自分をコントロール出来ているよね。」

「ああ、もう大丈夫だ。」

「じゃあ出来上がった代物の出来を試してみようか。」

セラの目が悪戯を企む子供の様に輝く。

「了解だセラ、今用意させよう。」

テラがそう言うと間もなく研究員が2名部屋にやってくる。

「ドクターテラ、お呼びでしょうか。」

「開発No.114をここへ。そしてただちに使用出来る様にセットしてほしい。」

テラが足早に言う。

「ドクターテラ、恐らくその様なご指示がでるものと既に準備しておりました。」

部屋の外で待っていた美しい女性研究員が指定された品を持って部屋に入って来る。

そしておもむろにセラの頭に帽子の様な装置を被せるとポケットから出した無線回線の受信機をモニターの下にあるジャックにセットする。

「ドクターテラ、ドクターセラ、セット完了しました。」

女性研究員は魅力的な笑顔を見せながらそう言うと他の研究員と共に退室した。

「美しく魅力的な助手だねテラ!彼女はオリジナルかい?」

「フフッ‥セラ、お気に召したかい?お察しのとおり彼女はオリジナルだ。ただしあなたの大好きなリビドーを活性化させるのはもうちょっと我慢してくれよ。」

「わかってるよテラ!からかうなって。」

セラがバツ悪そうな顔をして言う。

「単純に記憶を分離し電気的神経信号をAIのなかで有機的に活動させることは当時研究が進められていた有機的記憶回路理論の延長線上で比較的容易に出来た。しかしこの装置に関しては安定的に機能させるのに非常に長い年月を費やす事になったよセラ。」

「アモルファスな状況ってのは安定させることは困難だが一旦安定化させれば‥‥」

「こっちのもんだよセラ!」

テラがセラのお株を奪うかの如く楽し気に言う。「ハハハッそのとおりだテラ!じゃあ始めてくれ!」





神の息・人の息 42


「セラ、彼女もきっと喜ぶ。私もとても嬉しい。こんな日が来るなんて‥‥。」

セラの逸る気持ちを抑えるかの如く、今まさに実現すべくその瞬間を夢想しテラが言う。

「そうかなぁ‥。」

そんなテラに肩透かしをする様に悪びれて呟くセラ。

「何を言うんだセラ!彼女が喜ばない訳がないだろう。本心ではあなたも嬉しいはずだ。」

「え~嬉しい?‥‥だってあいつすぐに僕の事茶化すじゃないか。そうかと思えば急にメソメソしたりするしさ‥‥。」

「セラ、それも一つの愛の形ではないのかい。」

「愛?愛ってあいつが僕にって事?テラがそんなにロマンチストだとは知らなかったぞ!そしてとても神秘的?と言うか不思議な事言ってるぞ!」

「セラ、あなたの愛はとても広くとても浅いから、時々何にも気付かない事があるよ。」

テラが呆れたように言う。

「おいおいテラ!それは誤解だよ。驚いたな、僕等の中にもまだわかり合えていない部分があったとは!」

「何を言っているんだセラ、私にはあなたの事は全部わかっているよ。セラが認識していないだけだ!」

「じゃあ言わせてもらうけど、僕の愛は宇宙の如く広く、そして瞬間的には地獄の様に深いんだよ!ん?‥‥あれ?‥瞬間的に?‥そう瞬間的にだけど‥‥ね‥。」

セラはムキになって言うが途中で自分が何を言っているのか気付き語尾は弱く消え入りそうになる。

「アハハハ‥わかったよセラ。あなたへの認識をその様に訂正するよ。」

「‥‥そうしてくれ‥。」

バツ悪そうにぽつりとそう言うセラ。

「でもなんかテラだって変だよ。急にムキになったりしてさ‥‥。」

「私は全然変なんかじゃないよ。たまには変になりたいくらいさ。」

すかさずテラが言うがセラは納得がいかない顔をしてふて腐れる。

「絶対変だよ、テラかそんな愚痴っぽい事言うなんてさ‥大体なんであいつの事で鉄の同志である僕等が揉めなきゃならないってんだ!やっぱり止めよかな‥。」

セラが更にふて腐れて言うと今度はテラが慌てて言う。

「いや、悪かったよテラ。たが彼女もまた我々の大切な同志だと言ってくれ。」

「え~確かにあいつとテラとは同志かもしれないけどさ~僕とはどう?」

慌てるテラを今度はセラがそれとなくやり込める。

「‥‥わかったよセラ‥それは遠からず当たっているかもしれない‥。」

淋し気にそして呆気なく引き下がるテラに今度はセラが慌てる。

「おいおい悪かったよテラ!そんなに、心配しなくていいよ。ちゃんと上手くやるからさ!」

「いや、私こそ悪かったよセラ。では予定とおり始めていいかい?」

テラが念を込めて確認する。

「オーケー!テラ!派手に行こう!」

何のためらいもないセラの合図を確認したテラは装置を稼動させた。


神の息・人の息 43


静寂の時が流れる。

テラが装置を稼動させてからしばらくたつが、依然何事もなかったかの様に静寂な時が続いている。

窓の外の様子もさっきまでと何ら変わらず忙しく動き廻っていた。

その静寂を不意に破ったのはセラとテラの名を呼ぶ女性の声だった。

「セラ!テラ!」

間髪入れずにテラが応える。

「ななせ‥七瀬かい?」

「その声はテラ!テラね!」

「ああ!そうだテラだよ。」

「テラ‥セラは?セラはどこにいるの?」

女性の声が忙し気にセラを求める。

「フフ‥あなたは時々とてもせっかちになるね。相変わらずで嬉しいよ。さあ慌てないで視点を下にずらしてご覧。あなたの目にも認識できるシステムになっているよ。」

しばし沈黙の時間。

「見つけたわ!セラ!何故返事をしてくれないの!」

怒りとも懇願ともとれる声がセラに向けられるがセラは一行に構わないといった様子でいる。

「は~い、ここにいま~す。別に用もなかったので返事はしませんでしたぁ~。」

セラが悪びれもせず飄々と言う。

「セラ、約束だぞ!」

テラが小声でセラに耳打ちする。

「あ~ぁぁもぅ、わかってるよテラ!七瀬、こうして共に話しができる事を嬉しく思っているよ。」

セラが殊更恭しいく言う姿を見てテラが笑い七瀬も笑う。

神の息・人の息 44


楽しげに笑うテラと七瀬につられ、セラも笑顔を見せる。

「ところでテラ、この装置はどんな仕組みになっているの?」

七瀬が興味深げに聞く。

「なんの事はないさ、セラの思念から七瀬の思念を抽出して一旦電子化させるだけ。たったそれだけの事なんだが随分時間がかかってしまったよ。従って今の七瀬は完全にセラから分離したわけではない。もっとも完全に分離させる方が遥かに簡単に事が済むんだけど、それが七瀬の注文だからね。」

「ありがとうテラ。それが聞きたかったの。」

「七瀬はなんだってそんな事にこだわるんだ!テラが言ってる事はつまり、キレイさっぱり分離した方が安定的だと言う事だろう?僕の意識とは関係なく自由に存在すればいい!」

セラがいきり立って言うが七瀬はいたって平静だ。

「セラ、テラ、あなた達がゆっくりと噛み締めながら真実に近づく様子を私はじっと聴いていたわ。言ってしまえばこの事実だけでももう充分に真実に近づいたと言っていいでしょう?そしてあなた達はもうとっくに結論に達している。私とは違う方法でね。」

「七瀬のその勿体振った言い方が気に障るんだよ!」両手を大きく広げて感情をあらわにするセラ。

「セラ、そんなにイライラするなって。」

そのセラをテラがたしなめる。するとセラは渋々引き下がりそれ以上に事は荒立たない。三人の不思議なパワーバランスが微妙に確立している。

「セラ!もう結論は出ているんでしょう?」

七瀬が穏やかに問い掛ける。

「ああ。」

セラが短く返答する。

「それであなたはどうしたいの?」

「なんだよ!僕が言うまでもなく七瀬にはなんでもお見通しなんじゃないのかい?フッ。」

セラが皮肉っぽく言う。

「セラ!あなたが何をしたいのかがテラと私にはとても重要なのよ!」

七瀬が言葉に力を込める。

「七瀬の言うとおりだ、セラ。」

テラが七瀬を後押しするとたまらなくなってセラが応える。

「当初の計画とおりだよ!ただ仮説が‥可能性が増えただけだ。予定とおり大いなる存在に迫る。これが第一の目的。そして次のステップを平行して進める!」

「大いなる存在に迫るって?次のステップって何よ。」

「七瀬‥僕はあなたも知ってのとおり超現実主義者だ。だからと言ってこの世界が‥いや宇宙が何の法則性もなく無秩序に偶然できたとは到底思えない。必ず誰かの意志がそこにあるはずだ!だとすればこの宇宙を創造したその存在は何を意図して何のために宇宙を!そして我々を存在させたのか、それが知りたいんだ。なぜ人は最後に『死』という終わりがある事を唯一認識しながらも生きるのか?何のために生かされているのかが知りたい。

それを知る一番の方法は

何?どうすればいい?僕たちのこの奇妙な関係はどうして生まれたの?それを理解する事、これが僕がしたい事さ!」

セラは一気に言い放った。

「セラ、同時平行して進める次のステップについて私は関知していないのだが‥‥。」

テラが心許なさそうに言う。

「テラ!それはとてつもなく壮大な計画になるかもしれない。でももしかしたらこれまでの研究開発が功を奏して全く違った形で解決するかもしれない。全ては僕たちがどこまで迫れるかにかかっている。」

セラが熱っぽい目で言う。

「壮大な計画の方がイマイチイメージできないわセラ‥‥。」

七瀬も不安気に言う。

「夢だよ七瀬!幼い頃から高熱をだすと必ず見る夢‥‥その夢の意味について長い眠りから覚めた時やっと理解出来たんだ。」

「セラが高熱をだすとうなされるのは知っているが、あなたはその夢について今まで一度も語ろうとしなかった。一体どんな夢なんだいセラ?」

テラが心配気に聞く。

「テラ!僕は怖かったんだ‥それを口にすると本当にそうなってしまうんじゃないかって‥‥。」

「どんな夢だったの?セラ。」

七瀬も心配気にセラをうかがう。

「象徴的と言うかイメージなんだと思うんだけど‥その夢を見るととても不安になるんだ。どうにも出来ないのにどうにかしなくっちゃって必死になるんだ。」

セラの額にうっすらと汗が浮かぶ。


神の息・人の息 45


一瞬の間を置いてセラが口を開くがその横顔は暗い影を落としていた。

「多分‥象徴的な夢なんだと思うんだ。僕は高熱を出すと必ずと言って良いほど地球を支える‥って言うか地球を動かさなければならない夢を見るんだ。極初期の頃は墜ちてくる地球を支えなきゃ皆が死んじゃうってんで必死で両手を伸ばして地球を支えてた。でも当然出来っこなくて、僕はどうしよう、どうしようって焦燥感にうろたえてるんだ。で目が覚めると、本当に両手を高く挙げてたりしてさ。それが徐々に変化していって最終的には、地球に巨大なエンジンを付けて移動させなけりゃいけないって話しになってったんだ。いずれにせよ僕にはどうしようもなくてただなんとかしなきゃ皆が死んじゃうって焦りうろたえるんだ‥‥。最後にあの夢を見たのはもう随分前だけど‥あんな思い、夢だと しても二度としたくない‥ってくらい嫌な夢だったよ。」

話しに一息つけたセラの表情が段々明るさを取り戻す。

「まるでアトラスね‥。ギリシア神話の神。天を支える神‥アトラス‥」

七瀬がつぶやく。

「ティターン神族12神のヤペトスと、オケアノスの娘クリュメネの息子でプロメテウスの兄だ。

名前の語源は『耐える者』ゼウスとの戦いに敗れ、天空を永遠に支えつづけるという罰を与えられた神だね。」

テラが続けて七瀬の言葉に補足する。

「そう、まるでアトラスだ。僕はこの夢に人類の普遍的な畏れを感じるんだ。」

落ち着いた様子でセラが言う。

「ユングね!」

「ああそうだ七瀬、僕はそこからなぜこの普遍的な畏れが人類に無意識のうちに共有されているのかを考えたんだ。」

「で?結論は出たのかいセラ?」

「テラ!答えは僕らの目の前にあったんだよ!」

「目の前にってどう言う事?」

七瀬が訝し気に聞く。

「七瀬!つまりはタイムリミットを認識する必要があるって事さ!」

「タイムリミット?」

テラと七瀬は声を合わせ、セラに問いかける。


神の息・人の息 46


「そうだよタイムリミットだ!」

セラが繰り返して言うがテラと七瀬はピント来ない様子でいる。

「じゃあ、そうだなテラ!種としての人類はあとどれくらいもつ?」

テラと七瀬がはっと息を飲む。

「セラ、恐らく環境的な問題を度外視したとしても‥一万五千年‥いや‥一万年‥もつか‥どうかという線だと睨んでいるよ。」

テラが途切れ途切れにいう。

「セラ!私はあなたと一緒に街を見てまわった訳だけど‥その印象から言うとテラよりもずっと悲観的で五千年‥もしかすると千年ももたない気がするわ。」

七瀬が続けて意見する。

「僕もどちらかと言うと悲観的に見ている。人類は種としてかなり疲弊しているようだ。例えば、次の進化が意図的に行われなかった場合劇的な環境変化に自らを変化させて適応する事は困難だろう。そりゃそうだよね、環境を変える事もしくは環境を遮断して自らに適当な生活環境にコントロールしながら生きてきたんだからね。かのダーウィンにいわせれば変化できなかった種だと言えるだろう。すなわちそれは滅びゆく種族だと言っていいと思うんだ。つまり肉体的には退化ばかりが進んで行くといった類のね。」

「滅びゆく種族‥‥。」

テラがつぶやく。

「テラ!ただしそれはなんにも手だてをしなかった場合の話しだよ。」

セラが補足して言う。

「何か手だてがあるの?」

七瀬がセラに問い掛ける。

「失敗から遡って考えれば自ずと答えが導きだされると確信している。七瀬も見ただろう?街を案内してくれた女の子を!恐らくあれが一つの答えであり課題だ。」

セラが確信的に言う。

「セラ‥あなたは理解していたんだね‥‥。」

テラが恐る恐る言う。

「テラ!いいんだよ、あれがあなたの優しさだと言うことは痛い程伝って来た。それに常温での保存方法が確立しているにも関わらずあの子と私の肉体的年齢が逆転していることからもほぼ予想可能だったよ。テラ!何度も何度もチャレンジしたんだね。しかも完璧な物にする為に毎回初めから。とてもややこしいパラドックスだと僕は捉えていたんだが可能なんだね?」

「パラドックスについては‥‥なんとも言えない‥検証する間もなく何度も実験と失敗を繰り返した。セラ、すまない私はとてもひどい事をしていたのかも知れない‥‥」

テラの言葉が消え入る。

「テラ!そんな事はない。ただこのパラドックスは僕にも理解できるか疑問だ。しかし現実的に可能であったという事は大きな収穫だよ。そしてこの領域は七瀬の得意分野でもある。」

セラの目が鋭く光り、七瀬を見る。


神の息・人の息 47


「だろ?七瀬!」

セラが七瀬を促す。

「セラ、私はあの長い眠りの中である感覚についてすごく興味を持ったわ。それはあなたも知ってのとおりよ。」

「あぁ僕とあなたの共有体験だね!」

セラの軽口に七瀬が思いのほか反応する。

「そう!共有体験!素晴らしい体験だったわ!セラ!あの子のパラドックスについては成立する可能性が高いと思うわ。この世の多元性、分岐的な側面を見当にいれるとね。」

七瀬が興奮気味に話す。

「だとすれば、私達の動きを大いなる存在が感知し始めるかもね。いやもう感知してるかも?」

セラの謎めいた言葉に沈黙するテラと七瀬。

「だって考えても見てよ!これまでは過去に行く事は完全に不可能だったんだよ!テラ!素粒子タイムマシーンはこの時代に完成されたかい?」

不意にセラが問い掛ける。

「いやまだ誰も‥理論的に誕生してからかなりの時が流れたがまだ誰も開発し得ていない‥セラの開発リストにも存在しなかったが‥‥。」

「あるわけないさ!ぼくもあれについては現実的に発想できなかった。だけど今回のこの現象は素粒子タイムマシーンよりもレベルは劣るし、うーんそれはつまり対外的な時を遡る事はできないというで点なんだけど、それにしても戻る事がかできる!やり直す事ができるって言うのは有り得ないし、あってはならない事なんだ!それが可能になることを大いなる存在が許すはずがない。」

セラが一気に言い放つ。

「一体何が起こるっていうの?」

七瀬が不安気味に言う。

「それは僕にもはっきりとはわからない‥だけど逆の立場だったら‥。」

「逆の立場だったらどうだって言うの?」

七瀬が責っ付く。

「タイムリミットを早める‥‥。」


神の息・人の息 48


「どんな方法で来るのかは全く予想できない。だけどこの状況が許されるはずがないんだ。なぜってバランスが崩れるからね。」

「バランスって?」

「これはまだ推測の域を越えないんだけれど‥例えばこの世のすべての事象をゲーム‥と捉えている存在や秩序と捉えている存在。更には実験と捉えている存在‥。それからもうひとつ‥‥これらよりもっと大きな存在‥‥。僕はこう言った類いの意志が単独もしくは複数‥‥いや、複数存在している確率が高いと考えている。そして各々の存在はその目的を果たす為に絶対的に破られなかったルールを死守するはずなんだ!なぜならこのルールが破られる事から全体に微妙な変化をもたらしそこからバランスが狂い始めるはずだからね。そしてこのバランスが崩れる事が彼等にとって致命的な打撃になるのではないかと考えている‥‥。」

ひとしきり話し終えたセラは深い思考体制に入っていった。

テラと七瀬もまたそれぞれの思考パターンに照らし合わせてセラの言葉を分析し始める。

セラが、セラの求める真実に少しでも近づけける様に。

まさにこの点において二人は最上のパートナーでありまた互いの存在を強烈に意識するライバルでもあった。

そして更に各々の想いを入り交じり合え、セラを含めた三人の意志がそれぞれにの弾け合い融合し合い補完し合う多元的単一的思考意志となるのである。

長い人類の歴史の中で彼等の様な形態の思考的意志が単体であれ集団であれ認識、認知される事はどのカテゴリーにおいてもなかった。

しかし今まさにその実存が彼等の手によって解明されようとしていた。

セラはこの流れ自体に大いなる存在の新たなる意志を感じているのだ。


神の息・人の息 49


セラは目を閉じている。微動だにしないセラの呼吸はまるで深く暗い深海にその身を届かせようとするかの如くゆっくりとしていた。

互いの思考パターンで答えを見出だそうと深く意識を沈ませていたテラと七瀬が長い沈黙を破る。

初めに口火を切ったのは七瀬だった。

「テラ、結論が出されないままになってたけど私達がこれまでの定義による人格障害ではないと言う事については、セラもあなたも了解済みなのよね‥。」

七瀬はセラの邪魔にならない様に静かに話す。

「そうだね輪廻と憑依、遺伝子説を出すまでもなくね。七瀬、回りくどいやり方だと思うかもしれないがあれがセラと私のやり方なんだ。お互いに理解了解済みなこともあえて言下にし、更に理解を深めるんだ。そしてインスピレーションを引き出す。

今回の多重人格についてはその発症の要因となる幼少期の虐待がセラには皆無だった事からも当初から該当しないのではと考えていた。少なくとも典型的な人格障害のパターンとは違う‥。またセラと私が分離した段階でセラの記憶に一部欠落が生じたがそれを除けば我々は各々の意識が覚醒してさえいれば表に人格が表出していなくとも記憶を共有できる。この点も大きな違いだ。しかし‥‥。」

「しかし?」

「セラは私達が人格障害によって生じた人格なのかどうかという点に初めはだいぶこだわっていた。が、最終的にはまず人格障害自体が偽りの造られた症状、つまり催眠や暗示、演技で作為的にしか生じないものなのかそれともそれらを排除した上で更に実存するものなのか、その点にこだわっていた様だ。」

「どう言う事なの?」

「それはつまり‥‥。」

テラが慎重に言葉を選び始める。


神の息・人の息 50


「‥‥つまり偽りの人格障害でなく真に人格障害と言われる状況があり、確実に多数の人格が存在した場合において‥‥ここから先は私にも上手くイメージできないのだが‥‥セラはそこに何か重大な要素を見出だした様なんだ‥。」

テラが搾り出す様に言う。

「でもこれまで定義されている人格障害と私達の状況とは差異がありすぎると思うのだけど‥発症の経緯からしてセラは虐待の経験はないわけでしょう?それに記憶の件もそう‥セラは初め私達二人の存在を精神的防衛反応の副産物と位置付けたくないから自身の人格障害を否定していたはずだけど?」

七瀬が疑問をぶつける。

「そうなんだ‥だがそれについてはあなた達二人が無事に蘇った事で否定されたよ。つまり私とセラそして七瀬が同一人格だった場合に同時に同じ空間に同一から派生した人格が存在する異常事態から引き起こされるであろう変化が何ひとつ生じなかった事をもってね。」

「その辺の経緯は私も聴いていたわ。セラってば私が表に出るのを押さえながらテラとばっかり夢中になって話しているからちょっといじめちゃったけど‥。」

「ハハハッセラもだいぶ参ってたよ。」

「ともかくセラは私達が独立した人格である事を確信した上で更に人格障害について迫っている‥そして‥今はその存在意義?存在理由?を解こうとしているってとこかしら?」

「七瀬!こうは考えられないだろうか?セラは、これまでの形態から変化した、もしくは進化した人格障害について本質的には従来の人格障害も同質で‥‥そうだ!私達の状態を突然変異した状態として捉えた上でなぜこの様な状況が必然だったのかに迫っている!」

テラが夢中で七瀬に伝える。

「うーん‥そんなところかも知れないわね‥でも既にだいぶ先にいっちゃってる見たいね‥セラは‥‥。」

七瀬はそう言うとセラの様子をうかがった。

セラはピクリともせずに目を閉じている。

その姿はまるで美しい宗教画の様に七瀬の目に映る。

神々しい輝きさえ見える様だった。


神の息・人の息 51


「七瀬、私はセラの言うタイムリミットについて考えていたんだが‥。」

テラが七瀬に問い掛ける。

「えっ?なに?テラ。」

セラの姿に見入っていた七瀬が不意打ちにたじろぐ。

七瀬にとっては外界からセラの姿を見る事は初めての経験だったのだ。

そんな七瀬を愛おしくさえ思いつつテラが言う。

「セラの言うタイムリミットについて七瀬はどう考える?」

「テラはどう考えたの?」

不意を突かれた七瀬が形勢を逆転させるかの如く

切り返す。

「セラは人類の種としての寿命について言っていたね。」

「それについて、私は千年が関の山だと感じたけど‥。テラ、実際のところどうなの?セラと私はほんの少しの情報しか得ていないわ。セラはだいぶ踏み込んだところまで推測しているみたいだけど‥。」

「種としての寿命については‥七瀬が言う通りかもしれない。私はかなり楽観的な数字を言ったと今は考えている。都市機能はほぼオートメーション化されているから低人口でも申し分ないが人口は減り続けている。もしあなた達が眠りに就いたあの時代に低位水準で打ち出された数字とおりだとしたら‥今頃日本人の人口は一人か二人と言うところだが‥今のところそこまでの水準にはなっていない。ただ地球規模で人口は減り続けているよ。」

「原因は何だと捉えている?」

「食料問題や環境問題、について、当時課題とされていた状況はほぼクリアーされた。温暖化もエネルギー化に成功することによって砂漠化の解消ももたらした。」

「それは‥つまり!気象コントロールが可能となったということね。」

「そう捉えてもらって間違いはないレベルで可能となっているよ。」

「素晴らしいわ!優秀な人材が生み出されているのね。」

七瀬が大怪我に感嘆する。

「ああ‥ごく一部の頭脳集団についてはね。セラに属する‥つまり私がセラに代わり管理してきた組織もその一つだが。もっとも我々の開発の真なる部分は絶対に表には公表されないがね。開発した技術の副産物的な要素を商品化するだけで組織を維持するには十分だったし‥それに真なる部分は全てセラに帰属する。人材も含めてね‥。」

テラのセラへの想いに七瀬も深く同意しつつ疑問をぶつける。

「一部ってどういう事なの?」

「あとはあなた達が街で感じた印象通りだと捉えて問題ない。つまり知的水準において‥殊にイマジネーションの領域でその差が顕著に見られる。それがどういった影響をもたらして人口の低下に繋がるかわかるかい七瀬?」


神の息・人の息 52


「あの街の様子から類推すると‥自己愛‥の極限化?」

七瀬が途切れ途切れに言う。

「さすがだね七瀬。自己愛が極限化した結果があの過度な、と言うか極端な美容整形の習慣だよ。しかしこの現象の反面には自己存在の希薄化も関係して来ている。まるで変身するかの如く簡単に本来の自分を捨ててしまうわけだから‥‥結果的にもたらされる状況は‥‥」

「継続的に愛情を保持する事が不能になるわね‥‥。」

「その通りだ七瀬。およそ愛するという行為は相手への関心や相手の存在を自己に投影したりと言った精神的作業、またそこから自己を見詰め直し向き合うと言った様な行為が持続的に行われなければ成り立たない。さっきは知的水準と言う表現をしたけれど、そうではなくてイマジネーションが衰退、退化した事によってこの状況に必然的になったのではないかと考えている。」

「相手も自分もコロコロと変わるんじゃそうかもね。うわべだけを見て愛するわけじゃないにしても‥ビジュアル的にあまりにも安定性を欠く状況って言うのはやっぱり問題だわ。」

「アイデンティティの喪失も影響しているのだろうね。」

「確かに自分を、自己存在を深く愛せない様では他なる存在なんて怖くて愛せないわよね。」

「そうだね七瀬、気に入るところもそうでないところも含めてまず自己の存在を認める。そしてそこからどう生きるべきなのか自分と向き合う。そういった精神的活動の深層部がオミットされてしまっているようだよ。」

しばしの沈黙。

「七瀬‥結果的にアイデンティティの損失は自己存在を次世代に残したいといった価値観や欲求も吹き飛ばしてしまったのではないかと考えている。」

「きっとそうね・・・自分になんて誰にでもなれる。また自分も誰にでもなれるんですもの。例えそれが姿形と言った表層的な部分に限定されていたとしたって自分にも他者にも残すべき価値?愛着?執着?なんて湧かないでしょうよ。だって自分自身に何等オリジナリティを見出だせないんだものね。自に惚れずに誰が惚れてくれるって言うの?またこの状況を逆説的に捉えれば、自分ですら愛せない存在を誰が愛してくれるっていうの?って話しでしょう。」

七瀬が興奮しむきになる様子にテラが戸惑う。

七瀬はまるで自身の置かれた特殊な状況を呪っているかの様であった。


神の息・人の息 53


そんな七瀬を尻目にセラは相変わらず深く意識を沈めている。

今となっては遥か彼方の星屑の様になってしまった遠い遠い過去の意識にアクセスを試みていたのである‥‥。


お兄ちゃん‥‥お兄ちゃん‥‥

セラの意識は過去へと吸い込まれて行った。


「お兄ちゃん?!見っけ!」

いつもの小さな公園にたたずむセラに椿が背中から声をかける。

しかしセラは遠くを茫然と見詰めたまま椿に気がつかない。

その様子に椿が慌て、セラの身体を揺さぶり再び声をかける。

「お兄ちゃん!お兄ちゃんどうしちゃったの?大丈夫?」

「椿‥椿姫か‥い‥どうしたの慌てて‥‥。」

虚ろな表情でセラか返事をする。

「どうしたのって‥お兄ちゃん?‥ううん‥なんでもない‥なんでもないよ‥」

椿はその虚ろな様子から不意にセラが消えてしまう様な不安を感じた。

そしてそれ以上踏み込むと本当に消えてしまう気がして何も言えなくなくなってしまったのだ。

セラが突然いなくなってしまう。

椿は深い暗闇に見てはいけないものを見た様な不安に駆られていた。

「お兄ちゃん宿題ありがと。完璧だって先生に褒められちゃった!」

椿は闇から遠ざかろうと

殊更明るく振る舞う。

「そう‥それはよかったね‥。」

セラがやっと返事を返す。

「お兄ちゃん‥あの‥‥あの‥そうだあの話しの続きを聞かせてよ!」

椿はセラとの会話を途切させてはいけないと無意識の内に判断していた。

そうなった途端に目の前からセラがいなくなってしまうと言う思いに捕われていたのである。

「あの話しって?」

はっきりと返答をするセラに椿が食いつく。

「忘れちゃったの~ひどい!椿を泣かせたくせに!またおっきな声で泣いちゃうから‥‥。」

言うや否や目を潤ませセラをじっと見詰める。

「あ、ちょっと待って。えっと‥いやなんだっけ?」

セラの意識が一気に引き戻され、あわてふためく。椿は安堵のため息をつくが、

「お兄ちゃんはやっぱり椿の事なんてすぐ忘れちゃうんだね。がっかり‥‥。」

と、わざと嘘ぶいて見せる。

しかしその目にはもう涙は浮かんでおらずいつもの明るい光りを宿していた。

「いや!そんな事はないよ!ちょっと考え事してたからど忘れしてしまったんだよ。」

椿の涙によほど応えたと見えるセラは必死に弁解する。

「し・ん・か・のお話しでしょう!夕べはお話ししてくれるって約束したのに、宿題終わったらもう遅いから明日って言って逃げちゃったじゃない!早くお話し聞かせてよ!」

椿は自分のところに確かに戻って来たセラを逃がすまいと畳み掛ける様に言う。

「それは椿姫が宿題にてこずったからだろう!なかなか理解してくれないからさぁ‥‥・。」

「あー今遠回しに椿の事バカッて言った!ひどいよね・・・。」

「あ~違う違う僕の教え方がまずかったんだよ。謝るから、頼むからここで泣くのは勘弁してよ。」

椿はわざとわからない振りをして二人で過ごす時間を引き延ばしていたのにも関わらず平然と言い返す。

「わかればいいの!じゃあ早くお話し聞かせて!」




神の息・人の息 54


「えっと‥どこまで話したんだっけ‥‥?」

「あのね‥確か愉快な進化がなんとか‥」

「あぁ!変化を楽しむ為に創られた見たいなってところまでか!。」

「そうそう!そしたらお兄ちゃんが椿のこと愉快な進化した愚かな女だ!とか言って泣かしたんだよね‥‥今思い返しても悲しくて泣けてきちゃうよ‥‥。」

椿が伏せ目がちになり今にも泣き出さんといったそぶりをする。

「いやいや、そんな強烈にひどい事言ってなだろ。椿姫と一緒にいると楽しいって事が伝えたかったんだよ。僕が女性にそんなひどい事言うと思う?」

セラは必死に弁解するがその慌てぶりは椿を更に勇気付けさせた。

普段であれば活発な椿ですら気恥ずかしくて、いやむしろそれが故に反って踏み込めないところにまでつい触れたくなってしまう。

「それってつまりどういう事なの?」

「どう言う事って‥?」

「もう!だから‥例えば‥女の子だったら誰とでも一緒にいたら楽しいの?とか‥女性なら誰にでもひどい事言わないで優しいのって事!」

この年頃の女の子としては割りと‥いやかなりの謀略家である椿にしては拍子抜けするほどストレートな表現をする。

そしてそれはセラを益々慌てさせるのに充分だった。

「そんな事‥‥」

と言いかけたセラが一瞬考える。

ここのところ椿の涙にしてやられっ放しであったセラはこの流れがいつものパターンである事にようやく気付いた。

そして流れにさらわれそうな形勢を立て直し入るために殊更冷ややかに言う。

「そうか椿姫は僕の事をそんな風に思っていたんだね‥‥。」


神の息・人の息 55


「え?」

いつもの優し気なセラの気配とは違った雰囲気を敏感に感じとった椿が怪訝な顔ををしている。

「椿姫?場所を変えようか?」

セラが有無を言わせずに椿の手を引き歩き始めた。

「お兄ちゃんどこ行くの?」

「いいところ!僕の事が知りたいんだろ?」

「そうだけど…」

椿が不安気に言うがセラは気にも止めない。

「じゃあ黙ってついておいで…」

そう言うと再び黙って手を引いて歩きだすテラに椿が慌てる。

「あの…お兄ちゃん?椿みたいな女の子を変なとこ連れっちゃいけないんだよ?」

椿がそんな事を言ってもセラはチラと一瞥するだけだった。

「いや違うの、行きたくないとかじゃなくてお兄ちゃんが捕まっちゃったりしたらほら!椿悲しいでしょ!だからどっちかのお家とかさ…椿はお兄ちゃんのお部屋がいいけど…」

「嫌なら帰ってもいいよ…」

なんとなく緊迫した空気を和ませようと一生懸命な椿にセラが冷たく言い放つとさすがの椿もたじろいでしまう。。

「帰んない…」

そう一言呟くと後は黙って手を引かれた。

どれだけ沈黙のまま歩いたのだろうか?椿には途方もなく長い時間に思えた。

いつもはまるで中世のナイトの様に包み込む優しさで守ってくれるセラの豹変に戸惑いつつも任せる椿だった。

椿の想いはセラが狭い路地に入り込んでも決して変わる事はなかった。

ただその愛らしい瞳はギュッとつぶられそしてセラの手を握る手にも力が入っていった。

決して離れない、と言う想いを込めていた…。

「着いたよ…」

そう言うセラの声が聞こえ扉を開く気配とカランカランという鐘の音で瞳を開く椿。

次に椿が聞いた音は

「いらっしゃ~い」

という明るい女性の声だった。

目を開いた椿の前に看板が飛び込んで来る。

まだ少しぼやける視線でアルファベットで綴られた看板を見て取る。

「…カフェ…リ…リンダ!?」

「ようセラ!珍しいなお前が女の子連れてくるなんて!」

陽気な男性の声がセラに言う。その声はまるで旧知の友人にかけられた様に温かい感じがした。

「珍しいって言うか初めてよ!セラ君が女の子と一緒に来るなんて!」

さっきの明るい女性の声が続く。

呆気にとられている椿はセラの顔を探した。

そこには照れた様にはにかんで微笑むいつもの優しいセラがいた。


神の息・人の息 56


「かわいい~セラ君!こんなかわいい彼女がいたんだ~」

「リンダさん隣に住んでる子だよ…幼なじみって言うか…別に彼女って言うんじゃ…痛てて」

ことさら否定するセラの二の腕を椿がこれでもかとつねる。

そんなふたりを眩しそうに見詰め微笑むマスター夫婦。

「セラ!そんなとこで可愛い子ちゃんとイチャイチャしてないで早くいつもの席についたらどうだ!」

「マスター…イチャイチャなんかしてないよ…」

ぼやきながら一番奥の窓際の席に向かうセラ。

膨れっ面の椿もぴったりとついていく。

「セラ君はいつものでいい?かわいい彼女は?」

「おにいちゃんと…彼と一緒のを…」

リンダはクスリと魅力的な微笑をみせると椿に確認した。

「本当にセラ、うぅん彼と一緒で大丈夫?」

リンダは椿の味方をしてわざわざ彼と言い直したのに椿にはそれが気に入らない。

「大丈夫です!か・れ・と一緒で!!」椿は見るからに敵意丸出しでリンダに答える。

「そう?彼のは…かなり特別なんだけど…」

「同じでけっこうです!」本当に心配しているリンダなのに、『彼のは特別』という言い回し方がどうしても許せない椿がつっけんどんに言い返す。

椿がヤキモチをやくのも仕方がないであろう…リンダは女性である椿の目から見ても艶やかで、それでいて明るい美しくしさを携えていた。

「椿姫?リンダさんのいうとおりだよ、カフェ・オレとかにした方がいいよ。」

「また~お兄…セ…セラは子供扱いして~同じで、だ・い・じ・よ・う・ぶ・ですから。」

無理をして今まで呼んだ事もないセラの名前を口に出したわりにはすっかり素の自分に戻っている椿であった。

「かわいい~椿姫さんって言うの?」

「椿です!椿姫って呼んで良いのはお兄ちゃんだけ!」もう誰にも止められない。

「椿姫?おかしいよ?どうしたの?」怪訝そうにセラが言っても、もうお構い無し。

「別におかしくないもん、。」そう言いながらも膨れっ面になってしまう椿はすっかり小さな女の子に戻ってしまっていた。

「わかりましたじゃあセラ君と同じものをお持ちしますね。」リンダが温かく言う。 その瞳は恋する女の子を眩しくも愛おし気に

見守っていた。


神の息・人の息 57


「お兄ちゃ~ん、あの人の事好きなんでしょ!」

リンダがオーダーをとりカウンターに引っ込むや否や膨れっ面の椿が小声で言う。

「何言ってるんだよ!見たろ、ここはリンダさんとマスターの夫婦で経営してんだよ?」

「嫌!不潔『リンダさん』だって…きれいな人だよね…リンダさんって、大人の魅力?お兄ちゃんはすっかりあの女の色気に騙されてるんだね!」

「椿姫?あの女なんて失礼だよ?」

「あ~かばった…ひどい椿の傷つきやすい心はズタズタだよ…だいたいお兄ちゃんは無神経よ!椿がどんな気持ちでお兄ちゃんの後着いてきたと思ってんの!この可憐な少女が健気になすがままに従い着いてきたってのにぃぃ~悔しいぃなんでここなのよっ!!」

結局いつもと戦局は変わらないようだ。

「なんだよ椿姫が僕の事知りたいって言うから連れて来たんだろ?」

泣き出されてはここに連れて来た意味がなくなると必死でなだめるセラ。

「は?お兄ちゃんは人妻に心を奪われている事を椿に教えたかったの?お兄ちゃんがそんなサディスティックな変態だなんて知らなかった…ずっと椿の事騙してたのね……ううん…違う…きっとあの女のせいね。許せない!」

「おいおいそうじゃなくてさ…僕がここに来た時マスターとリンダさんが言ってた事ちゃんと聞いてた?」

「そんなの知らないもう騙されないんだから!!」

今にも立ちあがって叫びだしそうな椿を必死でなだめるセラ。

カウンターの向こうでは優しい眼差しがふたりをで見守っていた。


神の息・人の息 58


「椿姫?ちゃんと話を聞いてくれよ…」

「なによ!椿が言ってることが全てでしょ?…それとも…まだなにか隠し事あるわけ?」

「何にも隠し事なんてしてないだろ?ちゃんと話を聞いてくれって!椿姫の主観だけで話がドンドン進んじゃってるよ?」

「……………主観って?」

「だから椿姫のみたとおり感じたとおりが全て事実になっちゃってるって事。」

「…言い訳したいんだ…でも椿は騙されませんから。」

「だから騙してないでしょ?むしろ有りのままを見せてるだろう?」

「そうだけど…」

「だろう?そしてそれを椿姫の感じ方で感じている。だから今度は僕の話を聞いて?主観的な物の見方も大切だけどそれだけじゃあ不十分だよ?自分なりの理解が必ずしも真実とは限らない自分の信じたい信実と真実は分離して裁量する必要がある…ってそんな大袈裟な話しじゃないって!全くもぅ~」

二人のやり取りを気遣う様にそっと、しかし気配が感じ取れる様にリンダがオーダーを運んで来た。

「お待たせしました。ご注文の品ををお持ちしましたよ、セラ君スペシャルよ。」

「リンダさんありがとう…いただきます。」

「ごゆっくりどうぞ。でもセラ君!今日は可愛らしい彼女が一緒だから時間は気を付けないとね。」

「そうだねリンダさん、そうするよ。椿姫の事を心配してくれてありがとう。うれしいよ。」

「うふふ…大切な宝物みたいね。」

「リンダさんからかわないでよ…」

セラが照れながらリンダに代えすとリンダはカウンターへと向かった。

「…椿の事大切な宝物だと思ってるわけ?」

椿が例の泣き出す一歩前の顔をつくってセラに迫る。


神の息・人の息 59


「当たり前だろ!」

セラが事も無げに言う。

「へっ?」

いつもと違う反応に椿の方が面食らっている。

「だからここに連れて来たんだよ?ここはいずれ椿姫にとっても大切な場所になる。」

「ん?」

椿が首を傾げる。

「いいかい椿姫!例えばリンダさん!彼女は人工知能のスペシャリスト、リンダマンさんは…あっリンダさんの旦那さんだから僕らはリンダマンさんって呼んでるんだけど彼は遺伝子工学と生命倫理の権威、ここにはまだまだたくさんのスペシャリストが集まるんだ!」

セラが興奮した様子で話すが…

「はぁ?」

と、椿はあきれ顔だ。

「カフェは趣味が高じて夫婦で楽しんでるだけなんだけど口コミでいろんな分野のスペシャリストが集まって来てるんだ…で、マスターを中心に一種のサロン見たくそれぞれの分野の情報を交換したりするんだ…ほら!彼女もそう…」

セラが目をやった先にはたった今入って来たばかりらしい客の姿があった。

セラとその客は軽く視線を合わせ微笑みをかわす。

「彼女は桜子さんって言って法学、特に行政法の専門家だよ。」

「なによお兄ちゃん、ニヤニヤしちゃって!」

気に入らない顔をしながら椿は飲み物を口にする…

そして次の瞬間…

「あま~い…なにこれ?ココア?お兄ちゃんこんな甘いもの飲んでるの?しかもシナモン強烈…」

「だからやめろって言ったのに…」

「お兄ちゃん椿の家ではコーヒーブラックで飲んでたでしょ?無理してたの?スッゴイ甘すぎ…」

「コーヒーはブラックだよ。ときどき無性に甘いものが欲しくなる時があって…そうするとここに来てこれ飲むんだ…おかしい?」

「おかしかないけど…いがーい…お兄ちゃんの知らなかった一面を知っちゃった。」

おかしそうに椿が笑う。

「やっぱりおかしいんじゃないか…」

「アハハ、ごめん、でも慣れると美味しいよセラスペシャル!」

「ここにはね、自分の選んだ分野を永遠にでも追い求め探究したいって人が寄り集まって来てるんだ!椿姫は優秀だから、いずれここに来る人全部の知識を吸収しちゃうよ!」

セラが嬉しそうに言うが椿はやはりあきれ顔だ…

「椿はそんなに勉強なんてしたくありませ~ん…」

「何言ってるんだよ椿姫!君は自分でもわかってるんだろ!自分自身の能力に!」

「椿はそんなの知りませ~ん。」

そういいながらカウンターに目をやる。

また一人客がやって来た。


神の息・人の息 60

その客はカウンターでマスターとひとしきり話しをするとセラを見つけ歩みよって来た。

「ようセラ…珍しいな、お前が女の子連れてるなんて。」

「オウガさんこんにちは!マスターに何か相談?」


「ほらバイトしてたクラブ?知ってるだろ?今度あの店任されてさ…だから仕入れやらなんやら良い知恵を授かってたってわけ…」

「店を任されたからって…お家の方はどうするんですか?」

「あ?…武者修行、武者修行…最期はどうしたって継がなきゃいけないだろ?だからしばらくはいろんな世界みて新しいビジネスモデルでも探すさ…セラ?店に顔出せよな…良い酒飲ませてやるぞ…」

そう言うとセラの返事も聞かずにきびすを返す。

「お兄ちゃん…あの人何?かっこいいけどなんか危ない感じ…」

「王我エンタープライズって知ってるだろ?」

「ううん、全然知らないけど。」

「あらっ…椿姫?ちゃんとニュースとか見てる?」

「全然!」

「あ~もう…ビジネスで世界を一つにする!ビジネスに国境はないって宣言して話題になってたでしょ~新進気鋭の総合商社!」

「全っ全然知らない。」

「あ、そ。もういいや…そこの二代目…つまり跡取りだよオウガさんは。」

「あ、そ。で!行くの!」

「へ?」

「とぼけないで、ク・ラ・ブよクラブ!」



神の息・人の息 61


椿がここぞとばかりに詰め寄る。

「ん?っていうかもう何回か行ったね?」

この辺の勘はピカイチに良い椿だった…

「そりゃあ何回かは行ったよ。」

「何回かはって何回!いつ?」

「そんなの覚えてないよ…」

「あやしい~意外とそう言うとこ行くんだ…」

「なんだよ意外とって?」

セラの質問などには一向に構わない椿。

「で?どうだったの?」

「どうだったって…良い感じのお店だったよ。」

「良い感じのお店だったよだって…やらしい…」

椿がさも軽蔑する様な顔つきをする。

「はぁ~?椿姫なんか勘違いしてない?」

「はぁ~?椿姫なんか勘違いしてない?って…最低~また椿の事騙そうとして。」

「最低って…」

「き・れ・い・な・お姉さんはいましたかって事ですよ、セ・ラ・さん?」

「そんなの薄暗くて良くわかんなかったよ…それにカウンターでオウガさんと話してたし…」

「薄暗いって!ますますあやしい。しかも否定ではなく、良くわからないっだって…」

「あのね…店の女の子達はお客の接待しながらも、細かくオウガさんに艶っぽい視線送ってたよ…まぁだからこそお店任されたんだろうけどね。すごく感じの良い雰囲気のお店だったよ。」

「プププ~そんなビミョーな女心を果てしなく鈍感なお兄ちゃんにわかるわけないし?オウガさんって人に話題変えて誤魔化しちゃてもう必死って感じだね?」

「なんだよ!何が言いたいんだよ!」

さすがにセラもカチンときたようだ。

「だいたいお兄ちゃんは、なんで椿の事ここに連れて来た訳?椿の質問の答えには全然なってませんけど?そればかりか疑惑がさらに広がってま~す。」

殊更無表情に抑揚なく言う椿。

「椿姫はさっき僕の事を鈍感だって言ったけど…そのままその言葉を返すよ…」

「なによ~椿のどこが鈍感だってのよ!」

場所が変わったところでいつものジャレ合いに変わりはなかったようだ。

緩やかに時が流れていく…

カフェ リンダ…

いづれここに集まれし者達が時空間を越え、再び叡智を結集させるなどとは今は誰も知らない。







神の息・人の息 62


「オウガさんはビジネスで国境を無くし地球をひとつにすることが夢だと言った…僕はその言葉に強烈なインスピレーションをうけたんだ!」

いつもの他愛のないじゃれあい(とは言っても本人たちは至って真剣なのだが) を終わらせる様にセラが言うと、

「何よ、急に…」

拍子抜けした調子で椿がそれに応える。

「前に進化について話したろ?まぁその続きみたいなものだよ。だいぶ、はしょっちゃうけどね。」

「また椿の事を煙に巻こうとしてるでしょ!」

「おっ珍しい!椿姫が慣用句を正しく使ってる!」

「そうやってバカにして…やっぱり誤魔化そうとしてんだから!」

「ごめんごめんそうじゃないんだ、ただ君には僕の考えを知っていて欲しいんだよ。」

セラの顔つきが変わる。

椿もきちんとそれを感じとる。

椿はセラが自分を特別な存在として扱っている事を充分理解している。

にもかかわらず、ついつい突っかかってしまう。

言葉でしか確かめ合えない二人だから…

言葉という儚くも強い現実を感じたいのだ。

椿はセラの言葉に無言で反応する。

「僕はね、知りたいんだ!なぜ人は生きるのか、なぜ産み育て未来へ繋げるのかを。」

椿はジッとセラの言葉に聞き入っている。

「オウガさんの言葉から僕の中にあるインスピレーションが急激にわき上がった。『人はひとつに戻る為に生きている。』って言うね。その潜在的な欲求は小さくは男女間そして家族、地域、国、世界、宇宙と段階的に広がっていく。さらに概念的には肉体的、精神的に一なる(いつなる)存在にならんが為に生きそして命を引き継いでいるのだと…」

セラの目は決して濁っておらずその視線は中空を仰ぐこと無くしっかりと椿を見つめていた。


神の息・人の息 63


「そう考えていくと…結構色んな事が見えてくる。例えば法律、宗教、思想、モラル様々な競技におけるルール、もっと狭義には…例えば恋人同士の約束とかもね。」

そこまで言うとセラはほんの数秒間だけ瞳を閉じた。

そしてゆっくりと瞳を開き言葉を続ける。

「僕は初めこれらの決まり事やルール、約束の類いは人の行動を制限し暴走しがちな欲求を制御するための物だと考えていたんだ。だけど…」

「だけど何?」

語尾を濁らせたセラを椿が急かす。

「だけどそれにしては種類が多いし各々個性が強すぎると考えたところから疑問が始まったんだ。もしかしたらこれらの決まり事には根底の部分に違った意味合いがあるんじゃないかってね。」

「それって地域性とか民族性とかあとスポーツなんかはそれぞれの競技にそれぞれルールがあって当たり前なんじゃないの?」

椿が疑問を挟む。

「もちろんスポーツのルールは規範やモラル何かとは意味合いが違うよ。いわゆるゲームやスポーツ的な分野のルールはそれらを通じてひとつになることを目的に設定される。」

「ひとつになる道具ってこと…目的はやっぱりひとつになる事なんだ…」

椿が自分の理解に噛み砕く。

「その通り!さすが椿姫は飲み込みがいいね!」

「エへ、褒められるとなんかうれしいね!」

「それから地域性、民族性についての見解も正しいよ。椿姫の言う通りだ…ただ…マイノリティな、もしくは反社会的な思想といった類いのものを除去した時…いや違うな…それらも総括しても良いかもしれない…そうだ…根底的には全てと言っても差し支えがないある共有的なエッセンスがある。」

「それって…ひとつになるって目的の事?」

「その通りだよ椿姫!」

セラが満足気に椿に返す。



神の息・人の息 64


「アフリカを起源として発祥した人類はそこから様々な地域に広がり混血を繰り返し肌の色、瞳の色を変えながら独自の習慣、言語、宗教を生み出してきた。その間人類は各々が造り出した価値観で争い支配し自らに取り込んでいった。争いの発端は思想にせよ宗教にせよ背後には少なからず利益の追求と言う欲求がある…」

セラがまた言葉を区切り、そして椿が先を促す。

「あるにせよ…なに?」

「争いが帰着した際に他者を容認する事は稀有だ…短期的には経済的な安定感を得るために思想的、宗教的に支配する事は有効かもしれないが多くは長期的には反乱を呼び起こしている。つまり経済的に支配したとしても思想や宗教は各々に任せた方が本来は長く支配を保持できるはずなんだ…本来的な目的を達成するにはね。」

「確かにがんじがらめにされたら反抗したくなるよね。」

椿がセラの考えに理解を示す。

「故にこの部分、つまり思想的、宗教的支配と経済的な支配は本来切り離して考えるべきなんだ…だけど歴史上現実的に実現したのは極近代になってからだ…しかもまだ実現していない分野も多い…特に宗教的な価値観、民族的イデオロギーはね…」

「確かに宗教や民族問題を背景とした紛争ってなくならないよね…」

「何故か?…実は経済的な欲求の追求にすり替えられやすいこれらの支配後の行動は本来そうでなくまさしく…」

「ひとつになるため…なの?でも宗教って神様の事でしょ?だから信じる人は譲れないんじゃないの?」

「そう!椿姫は良い指摘をしてくれる。だから譲れないって考えられがちなんだけど…神も単独では神として存在し得ない…と僕は考えてるんだ!」


神の息・人の息 64


「神様は何がなんでも神様でしょう?」

「椿姫…神がどんな存在であるのかを実は誰も知らない。客観視、もしくは科学的には観測し得ないからだ。また、そうだからこそ神と言えるのかもしれない。しかし神が神として人類の上に存在するためには我々の存在が絶対的に必要なんだ。」

「私達なんかいなくても神様は神様でしょう?」

「確かに我々がいないからと言って神の存在が否定されるものではないよ。だけど一般的には相互的なコミュニケーションではなく我々からの一方通行的なコミュニケーションによって神は存在するんだ。少なくとも今の科学では実在として捉えきれていないからね。しつこい様だけどだからと言ってその存在を否定するものではないよ。」

「なんだかややこしい話しになって来ちゃったね…」

「あはは…本当だね。ここらでまとめよう。つまり何が導き出したいかって言うと…やはり神にとっても我々にとっても最終的な目的は…」

「やっぱりひとつになることなの?」

「その通りだよ椿姫。だからこそ経済やその他の欲求を超越した次元で神は、宗教は存在し得る。また様々な宗教が時に融合する事はあったとしても本質的な部分で頑固なまでもその独自性を曲げないところから類推するにそう言った超越的な存在が本当に複数存在しているのでは、と考えるともに、平行して独自性は地域性もしくは民族性に起因するもので、実は一なる(いつなる)存在なのでは?とも考える。教義等は異なったとしてもやはり最終的には神とひとつになる事が重要なエッセンスとなっていると大局的に捉えて大きな誤差はないと思うからね。」

「やっぱりひとつになることが大きなテーマになって来るんだね…」

「そう…神も人もなにもかもが最終的にはひとつになることが目的だと僕は考えるんだ…二百億年前のビッグバンからこの世のすべてが始まったとして、そのほんのわずか手前ではすべてのエッセンスが同一点上に存在していたとも言える…だとすればそれはこう言い換えれないだろうか…すべての存在は拡散する事を本能的に求めまた同時に…回帰すること、つまり収束…ひとつになる事を本能的に求めるのだと…」


神の息・人の息 65


セラは過去に意識を置きながらその奥底で苦悶していた。


不意に目眩を覚え意識がふらつき誰かに寄りすがりたいと弱気になるが、そこには誰もいない…

『こんな時はいつもそうさ…』などと自嘲的に呟くがそれに答える声もなくまた苛つく。

全くの手探りではあったが膨大な時間の消費の果てに、なんとか自分達の置かれている状況に限りなく迫れたはずだ!

にも関わらずこの閉塞感はなんだ!

意識を過去にさ迷わせながら、一体俺は何をしているのか!

しかしセラは、苛立ち苦悶しながらもその訳を理解しつつあった。

と言うよりも、理解していたからこそ過去に意識を飛ばし、いつものように答えを導き出そうとしたのだ。

だが結果はどうだ?

自らの拡散する意識と収束する意識。

それはちょうど宇宙の有り様とも重ねられる気がしてきた。

宇宙には中心も果てもないという…

セラは、宇宙の果てに目も眩む程のヴィーナスがいてくれたのならその時こそ本当に果てなど無いことが実感出来るのに…などと半ば本気で考えた。

なぜならもしもそうであれば、自分が全能力と全精力をかけてそこに辿り着く事を確信出来るからだ。

およそフロイトの言っている事に間違いはないななどと妙な納得をするのであった。

そしてまた、今や途方もない過去の光りとなってしまった自らの少年期、宇宙の果てに焦がれた想いもまたそれと重なるかもな…などと妙な感慨を覚えるのであった。

セラの苦悶の核心。

それは…

戦うべき相手が見出だせない事にあった。

暗闇に立ち尽くし、周囲を取り巻く暗黒を取り払う為には戦わなければならない事を本能的に察知しながらその相手が見出だせない。

セラは苦悶し続ける


神の息・人の息 66

ひとつに・・・

ひとつになる・・・

誰・・・

誰と闘えばいいんだ!!!

セラの頭の中で繰り返し繰り返し巡り苦しめる掴みきれない今。

その切迫した状況が瞑想にあったセラを突き醒ました。

「テラ!ひとつになるんだ!ひとつに!俺たちは!俺たちは誰と闘えばいいんだ!!!」


微動だにしなかったセラが突然飛び起き絶叫する。

セラの目覚めを静かに待っていたテラと七瀬はその突然の目覚めに慌てる。

「セラ?大丈夫か!どうしたって言うんだ?過去へのインナートリップで何かあったのか?」

テラはセラの状況を把握しようと必死になる。

「セラ?何がひとつになるの?闘うって何?」

七瀬もセラをなだめようと必死に声をかける。

「テラ!サイバーワールドはどうなってる?」

セラがせっ突く様に問いかける。

「セラ!サイバーワールドは順調に機能しているよ。今では1億を超える住民が無限の時間の中で各学問の向上に努めているよ。」

「テラ!カフェリンダのメンバーはコンプリートしているだろうな!」

セラが珍しく問いつめる様な口調でテラに言う。

「もちろんだよ!カフェリンダのメンバーは各界でのスペシャリストばかりだ!当然彼らが亡くなる前にきちんと説明し、彼らの細胞、遺伝子データから知的、金銭的財産そしてなにより重要

な記憶をサイバーワールドに移植しているさ!」

テラは早くセラを安心させる為に矢継ぎ早に伝える。

「セラ!私もさっきサイバーワールドにアクセスして街を見て回ってきたところだけど、素晴らしいことになっているわよ!各界のスペシャリスト達は休むことなく研究を続けているわ!残念

なことに・・永遠の時間に疲れ果てて自ら消去を選んだメンバーも少なからずいるけれど・・・。でも街は素晴らしい機能を果たしているわ!学問だけでなく娯楽も素晴らしいの!」

七瀬も続いて報告する。

「よかった・・・テラ!オウガさんはどうしてる?まずオウガさんとすぐにでもアクセスしたいんだ!」

セラは少しの時間も惜しいと行った調子でテラに言う。


「セラ!心配いらないよ。オウガさんもちゃんとサイバーワールドに存在している。彼はサイバーワールド内の商業に関して一気に引き受けてくれている。それに・・・娯楽部門もね!七瀬がさっき言った様に永遠の時間に絶望して自らのメモリを消去する者が続出するというサイバーワールド存続のピンチに際して彼が娯楽と密かな現実社会との繋がりを創出したんだ。おかげでそ

の後メモリ消去する者の数は劇的に減少した。また彼は密かに彼の残したオウガエンタープライズを今でも影から動かし続け現実社会に大きな影響力を持っているよ。」


「さすがだ!オウガさんはそうでなくっちゃ!俺たちはきっとひとつになるんだ!やっぱりそれが目的なんだよ!でも闘わなくてはならない!そうしなくてはいけない理由が判然としないけ

ど。これは矛盾しているんだ!だけどやっぱり闘わなくちゃいけないんだ!でも・・・誰と闘えばいいか!それが俺にはわからないんだ!早くオウガさんを!」

セラが再び混乱にも似た様相になっていく。

その時テラと七瀬の間からセラに呼び掛ける声がした。


「オイオイ・・・セラ・・・!セラ!何を泡くってんだおまえは?男はやたらに慌てんなって教えたはずだぞ・・・・俺なら・・・もうここにいるぞ!」

「オウガさん!」


神の息・人の息 67


「セラ?ずいぶん様子が変わったな・・・テラと人格を・・いやそうじゃない完全分離した結果か?良い顔つきになった。」

オウガがゆったりと言う。

「オウガさんは既に、この状態を理解しているの?」

セラは様子を覗う様に聞く。

「当り前だろ?お前の復活はサイバーワールド内で一番注目されていることだぞ?復活してからの状況は全てワールド内に中継されていたさ。もっとも核心的な部分はテラがカットしていたみたいだがな。」

「そうなんだ、ちっとも知らなかったよ。」

「それはそうとお前は俺を呼んだ・・・何の為かも察しはついている。全くお前はな・・・どんだけ勿体ぶれば気が済むんだ?復活したと思ったらいきなり過去にインナートリップしやがって?ワールド内をどんだけヤキモキさせれば気が済むんだ?」

オウガがイライラをぶつける。

「ごめんよオウガさん!サイバーワールドにはこの後すぐにでも出向くよ!皆に挨拶しなくちゃね!それに数々の研究の成果も見てみたいしね!」

セラはワクワクした調子でオウガに伝える。

「ワールド内の研究は大きく分けて三分割されている。一つはお前が残した研究開発リストに基づいて行われている物だ。もう一つはお前がどんな形で形で復活しそれが今後どのように応用されていくかといった検証的な研究だ。そして最後にもう一つ・・・。復活したお前が次に何をするのかの検証だ。お前が開発を命じていた科学技術、論理的検証を元に、次なる動きを予測しその準備に当たるためにな。」

「参ったよオウガさん。サイバーワールドに各界の著名人の記憶を世間には知られないよう密かにセーブさせ、大いなる賢者たちに心行くまで研究をと考えてはいたけど・・・まさかそこまで先回りして対処してくれているとはね!」

「あったりまえだろ!お前はあれからどんだけ時が経っていると思ってんだ?ゲップが出るほどだぜ?こんだけとんでもないレベルのスペシャリスト達が、指をくわえてお前の次の指示を待ってるとでも思ったか?」

「あはは、そりゃそうだね。そうだ!オウガさん?ところでビジネスで世界は一つになった?」

「フフッそう来ると思ってたぜ…セラ!俺はビジネスで世界を一つにすると、とんでもない過去にお前に言った。途方もなく昔の話だ。さっきも言ったようにあれからゲップが出るほどの時が経っている。だがな・・・今度は俺の方の答えを言う前に、お前にも聞いておきたい事がある。セラ?お前はなにを持ってして世界を一つにしようとしている?」


オウガがセラに問いかける。

「オウガさん、オウガさんがビジネスで世界を一つにしようとしているのならそれも俺にとっては手段の一つだよ。これは当然だよね?親愛なる仲間がやろうってんだからさ?」

セラはことさら悪戯っぽく言いさらに話を進める。

「でも、単純にオウガさんがやるから応援するってんじゃなくて俺にも考えはあるんだ。ビジネスは『最大多数の幸福と利益』という大義がきちんとかかげられた時最高の手段となる。何しろ人間ってのは利益を追求させた時一番能力を発揮するからね!だから一つにするという大仕事のためには非常に効果的な手段の一つなんだ。」

「お前らしいよセラ…」

「ハハッありがとう!オウガさん。で俺が何を持ってして世界を一つにするかって言うとね…。」

セラは一呼吸おいてゆっくりと語りだす。

「科学技術、思想、神秘、これらは一見交わりにくい様で結局一巡するんだ。科学技術の果てに思想は求められ神秘の果てに科学が欲求され、また科学技術は神秘を探るところから端を発したり逆にそこに行きついたりする。そしてまたひとめぐりさ。科学が神秘を神秘で無くしたり、でも結局まだまだ科学では捉えきれない神秘が厳然と存在したり。つまり全ては最終的に一つにて

いく過程俺は考えているんだよ。」

「フフッ要するに・・・セラとテラと七瀬だな?」

オウガが確認するように言う。

「さすがオウガさん話が早いね!」

「了解したセラ!で、俺への本来の要件は…それもお前なりに答えは出ているんだろう?」

「出ている…だからさっきの質問をしたんだけどね。」

「それすら結論は出ているんだろ?」

「推測にズレがなければね。で?正解は?」

「セラ恐らくお前が予測している通り俺はまだビジネスで世界を一つにし得ていない・・・これだけの時間と意志と財力をつかってなお実現ができていないんだ。」

オウガが吐き出すように言いそしてさらに続ける。

「セラ、そしてそれはお前が俺に問いかけようとしている次の質問にも通じて行くだろう。」

「さすがだね…オウガさん!俺はオウガさんにそのことを教えてもらいたかったんだ。」

「セラ!俺たちが戦うべき相手はガンスワット財団だ…。」

オウガが、真っ直ぐに言う。

「だが言っておくがな世界シェアの70%は俺が手中に入れてる。人間が快適に生活するためのビジネス!絶対的に必要なものは俺がプライドにかけて安全と、平和のために供給しているんだからな!」

「オウガさんのその言葉でそいつらの企業形態が何となくわかった気がするよ。俺の推測が間違っていなければ、そいつらが今の社会を、そしてこの状況を創りだしたと言っていいんだね。」

「その通りだセラ・・・。恐らくお前が考えているように奴らには何かの意志が働いている。奴らはある時を境にその手法をガラリと変えてきたんだ。」

「オウガさん!サイバーワールドでの研究が、かなりグローバルに進められているのは本当のようだね。俺は、恐らく奴らに意志が働いているのと同じように俺たちにも何らかの意志が働いている気がしてきたんだ。そしてそれが意味するところは・・・」

「代理戦争だ…な?」

「その通り・・・目的は同一にもかかわらずね。だけどオウガさん!俺はどちらの意志の良いようにはならないよ!俺たちが俺たちなりに気が済むまでやるために!この闘いには絶対に負けられない。大いなる意志に逆らうことができないまでも俺たちの意志は見せてやるさ!


神の息・人の息 68


「フッ…威勢がいいな…セラ?きっとこの後お前はガンスワッド財団の事を聴きまくるつもりだろうが…」

オウガはわざと語尾を消え入れさせる事で逆にセラを促す。

この辺りの二人の間合いはちょうどセラとテラがそうであったと同様だ。

どんなに時を隔とうとも変わる物ではない。

「わかってるよオウガさん。その辺の話はサイバーワールドでね…って俺も早く行って見たくなってたんだよね~。一体どんな風になってるのかさっきからずっと考えてたし~。だって七瀬が素晴らしい娯楽があるなんて意味深な事言うしさ~。」

「セラ~」

七瀬が唸る様な声でたしなめる。

「フッ…そっちも期待に添えると思うぜ…セラ…」

「オウガさんも~。セラを煽らないで!」

七瀬がまたまた吠える。

「まぁまぁいいじゃないか七瀬。こんな時だからこそ冗談のひとつもでないとね。」

「テラまで甘いこと言って~。あなた達は今のセラの事知らなすぎるのよ!」

「何だよ、七瀬!余計な事言うなよな!それにテラまで何だよ冗談なんて…久しぶりに目覚めたんだぜ?本気で楽しんだってバチは当たらないだろ?」

セラもムキになって来る。

「オイオイ…お前らが揉めてどうすんだよ…。七瀬?お前は何をそんなに心配してんだ?この俺がついてんだぜ?今のセラの事はお前さんが一番良く知ってるかもしれないが…ケンカの仕方から酒の飲み方…女の落とし方まで…セラに教えたのは他でもないこの俺だぜ…一体何の心配があるってんだ?」

オウガが、面白がって更に七瀬を煽る。

「だ~か~ら~心配してんでしょうが!この享楽コンビ~が~」

七瀬まんまと煽りにのって叫ぶ。


「享楽コンビとは失敬な!」

セラとオウガが声を合わせて反論すると、後には四人の笑い声が広がった。

「ところでオウガさん?ワールド内で俺はどんな形で存在する事になるの?」

セラが素朴な質問をする。

「お前のその姿そのままをちゃんと三次元で存在させる。後の事は追い追いにな…つまりは…お楽しみだ…」

「アハ♪その焦らし方が嫌が応にも期待させる~。存在形態はリアルアバターって感じか~。ん?って事はテラと七瀬はどうなるの?ってか七瀬はついてくんなよな…」

「なによセラ!あんたがなに言おうと絶対について行ってやるんだから!!」

「テラと七瀬についてもお楽しみだ…七瀬?ちょっとこっちに耳貸せ…」

オウガが七瀬に耳打ちする。

「わかった♪」

さっきまで有り有りと不機嫌な様子を醸し出していた七瀬の声が弾む。

「なんだよオウガさん~七瀬に内緒話かよ~。七瀬はここに残ってお前の価値観からガンスワッド財団の事検証してろよ?享楽的な事はお気に召さないんだろ?」

セラが皮肉たっぷりに言う。

「わかった…寂しいけどセラがその方が良いって言うんならそうする…」

七瀬がしおらしく言う。

「へっ?いいの?」

「うん…いってらっしゃい…私の分まで楽しんで来てね…」

「あ…はい…」

何かと突っかかってくる七瀬がアッサリ引いてしまいなんだか調子が狂った様子のセラ。

「よ~しそれじゃあ行くか!セラ?そのままでいいリラックスして目を閉じてろ…そんで次に俺がお前の名前呼んだらゆっくり目を開けるんだ。わかったか?」

「オーケー、了解だよオウガさん!」

そう言うとセラはゆっくりと目を閉じた。


神の息・人の息 70

「セラ君久しぶり~!あら本当!セラ君どことなく精悍な顔つきになってる。」

リンダが一番にセラに声をかけ肩に手をやり、しげしげと顔を見て言う。

「リンダさんは相変わらずきれいだね。逢えてうれしいよ。」

セラは満面の笑顔でリンダに答える。

「きゃ~あのシャイなセラ君からそんなこと言われるなんて~。なんだかドキドキしちゃう~。」


はしゃぐリンダの横からもセラに言葉をかける男がいる。


「おいおいセラ、何言ってんだおまえは・・・っと本当に顔つき変わったな。」


リンダの夫であるリンダマンもセラの顔を見てそう言う。


「おっといけね!リンダマンさんもいたんだっけマズイマスイ、アハハ~。」


セラが陽気に笑うと周囲にいた仲間達もドッと笑い出す。


そんな中、人垣の後ろの方から冷たい声が聞こえてくる。


「あたしはそう言うセラの顔見たことあるよ・・・。」


セラがその声に気付き周囲を見渡す。


後ろの方からセラを見る鋭い目線を見つける。


「ん?おまえは・・・モコ?モコじゃないか!」


「モコじゃねーよ!マコだよ!ったく相変わらず何気に嫌みなやつだな!」


そう言うと後ろの方から躍り出てくる声の主。


「おぉ~マコだ!あれ?おまえもうちょっとモコモコっとしてなかったっけ?俺おまえのモコッとしたところ好きだったのにな。あぁ~そうか!アバターだからちょっと自分好みにしちゃ

か?」


セラがさもありなんと言った風に言う。


「モコってなんだよ?確かにあの頃のあたしはちょっぴりポッチャリしてたけど・・・残念でした!あんたが寝ちゃった後にお陰様でこんなに美しくなりました~。」

そう言うと微笑みをたたえクルリと回ってみせる。


自分で言うだけあってマコは美しかった。


細身だがスッと張った肩のラインや、一重なのにそれを感じさせないほど大きな目は美しく強い意志を携えていた。


マコの横でリンダがおかしそうに微笑んでいる。


リンダにはセラの言葉で変わっていくマコの様子が良く見て取れたのである。


「ふ~ん・・・でおまえはあれから何してたの?」


セラが興味なさ気に言うが視線はしっかりとマコを見つめていた。


「あたしはあの時と同じよ。精神分析学をトコトン突き詰めた一生だったわ!そしてテラに勧められワールド内に来てからは・・誰かさんの『心』についてた~っぷり研究したわ!あんたな意

味わかるでしょ。きっとすご~く嫌だろうけど。」


マコが薄く形の整った美しい口元に微笑みを浮かべる。


「ん?・・心の研究・・って俺の心か・・?あぁ~なんだよ!テラ!何でよりによってマコなんだよ~。」


セラは頭を抱え視線を床に落とし叫んだ。


「すまないセラ・・マコがセラの幼なじみだとわかってはいたのだが、彼女は最高に優秀な専門家なんだ。セラが復活後に性格変容していることを始め復活後のセラについて素晴らしい見仮を

打ち立ててくれたよ。私達はそれに基づきセラを守るための対策をしてきたんだ。」


頭を抱えるセラにテラが言う。


セラはテラの声が届いているのかどうか床を見たままだ。


「セラ?あんたの無意識の領域での活動は、研究すればするほど素晴らしいわ!これが私達にも応用できればもっと凄いことになるわ!」


マコが興奮気味に伝える。


「なんだよ、今更そんなこと言われたって・・・大体マコ!おまえもし逆に俺がおまえの心研究したって言ったらどう思うんだよ?嫌だろうが?ってか恥ずかしいだろ?テラ?テラだって俺気

持ちわかってくれるだろう?・・・ん?テラ?今テラの声がしたよな?テラ!どこにいるんだ?テラ!。」


セラが勢いよく辺りを見回しテラの姿を探す。


「セラ!私はすぐ側にいるよ。」


セラのちょうど斜め後ろから声がする。


「テラ!」


セラが叫びふり返る。


セラはふり返った先に実体を持ったテラを見つける。


電子の姿とはいえ初めてお互いを存在として実感するセラとテラであった。



「セラ君久しぶり~!あら本当!セラ君どことなく精悍な顔つきになってる。」


リンダが一番にセラに声をかけ肩に手をやり、しげしげと顔を見て言う。


「リンダさんは相変わらずきれいだね。逢えてうれしいよ。」


セラは満面の笑顔でリンダに答える。


「きゃ~あのシャイなセラ君からそんなこと言われるなんて~。なんだかドキドキしちゃう~。」


はしゃぐリンダの横からもセラに言葉をかける男がいる。


「おいおいセラ、何言ってんだおまえは・・・っと本当に顔つき変わったな。」


リンダの夫であるリンダマンもセラの顔を見てそう言う。


「おっといけね!リンダマンさんもいたんだっけマズイマスイ、アハハ~。」


セラが陽気に笑うと周囲にいた仲間達もドッと笑い出す。


そんな中、人垣の後ろの方から冷たい声が聞こえてくる。


「あたしはそう言うセラの顔見たことあるよ・・・。」


セラがその声に気付き周囲を見渡す。


後ろの方からセラを見る鋭い目線を見つける。


「ん?おまえは・・・モコ?モコじゃないか!」


「モコじゃねーよ!マコだよ!ったく相変わらず何気に嫌みなやつだな!」


そう言うと後ろの方から躍り出てくる声の主。


「おぉ~マコだ!あれ?おまえもうちょっとモコモコっとしてなかったっけ?俺おまえのモコッとしたところ好きだったのにな。あぁ~そうか!アバターだからちょっと自分好みにしちゃっ

か?」


セラがさもありなんと言った風に言う。


「モコってなんだよ?確かにあの頃のあたしはちょっぴりポッチャリしてたけど・・・残念でした!あんたが寝ちゃった後にお陰様でこんなに美しくなりました~。」


そう言うと微笑みをたたえクルリと回ってみせる。


自分で言うだけあってマコは美しかった。


細身だがスッと張った肩のラインや、一重なのにそれを感じさせないほど大きな目は美しく強い意志を携えていた。


マコの横でリンダがおかしそうに微笑んでいる。


リンダにはセラの言葉で変わっていくマコの様子が良く見て取れたのである。


「ふ~ん・・・でおまえはあれから何してたの?」


セラが興味なさ気に言うが視線はしっかりとマコを見つめていた。


「あたしはあの時と同じよ。精神分析学をトコトン突き詰めた一生だったわ!そしてテラに勧められワールド内に来てからは・・誰かさんの『心』についてた~っぷり研究したわ!あんたなこ

の意味わかるでしょ。きっとすご~く嫌だろうけど。」


マコが薄く形の整った美しい口元に微笑みを浮かべる。


「ん?・・心の研究・・って俺の心か・・?あぁ~なんだよ!テラ!何でよりによってマコなんだよ~。」


セラは頭を抱え視線を床に落とし叫んだ。


「すまないセラ・・マコがセラの幼なじみだとわかってはいたのだが、彼女は最高に優秀な専門家なんだ。セラが復活後に性格変容していることを始め復活後のセラについて素晴らしい見識次々

仮説を打ち立ててくれたよ。私達はそれに基づきセラを守るための対策をしてきたんだ。」


頭を抱えるセラにテラが言う。


セラはテラの声が届いているのかどうか床を見たままだ。


「セラ?あんたの無意識の領域での活動は、研究すればするほど素晴らしいわ!これが私達にも応用できればもっと凄いことになるわ!」


マコが興奮気味に伝える。


「なんだよ、今更そんなこと言われたって・・・大体マコ!おまえもし逆に俺がおまえの心研究したって言ったらどう思うんだよ?嫌だろうが?ってか恥ずかしいだろ?テラ?テラだって俺の

気持ちわかってくれるだろう?・・・ん?テラ?今テラの声がしたよな?テラ!どこにいるんだ?テラ!。」


セラが勢いよく辺りを見回しテラの姿を探す。


「セラ!私はすぐ側にいるよ。」


セラのちょうど斜め後ろから声がする。


「テラ!」


セラが叫びふり返る。


セラはふり返った先に実体を持ったテラを見つける。


電子の姿とはいえ初めてお互いを存在として実感するセラとテラであった。



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